第34話 異界の双子
俺を孤独から救ってくれた婚約者がどうして!
「異なる理の世界に住まう巫女、この世界の理に住まう巫女、彼女たちは異なる理に存在する同一人物である」
耀夏とアウラが瓜二つなのは、全くの偶然ではなく、平行世界の同一人物だから!
「異界の双子には贄として捧げることで境界を開き、根元に至る鍵としての力がある!」
そのために俺の世界から、いや俺の元から耀夏をさらったのか! もう居ても立ってもいられなかった。目の前に救うべき者たちがいる。一歩駆け出した時には、白王の首筋に抜刀した刃を叩きつけていた。
「ふんぬっ!」
首の皮一枚まで迫った刃は、白王の不可視の力で弾かれる。
勢いのまま弾き飛ばされた俺は、宙で体勢を整えればステージに着地した。
白王が言い出すより先に俺は声高に言う。
「これ以上、陰陽の境界に踏み込むな! 円の災禍が、陰陽の自滅因子が今ある文明を滅ぼし尽くすぞ!」
観客のざわめきに飲まれようと、内より猛る怒りに呑み込まれるな。理不尽に怒り抱くのが人間だとしても、怒りに支配されるな。ただ内に秘め、理不尽を打倒する力に変えろ。
取り戻せ、全てを! 討て、仇を!
「ちょ、ちょっとムサシ、あなた!」
「悪いな、当主、専属契約はここまでだ! ここからは俺の復讐と奪還の始まりだ!」
カエルラに一方的な契約破棄を口頭で伝えた俺は、呼吸を全身に行き渡らせる。
「んぬ、お主、もしや、生きて!」
「ああ、この瞬間ために生き恥を曝してきた!」
ガチ会えば正体が露見するのは承知の上だ!
俺は雷光の如く踏み込み、切り込もうと不可視の壁に幾重にも弾かれる。だが、万能ではない。接触する寸前、空気の対流が窄まるのを俺は逃がさない。
「ぐうっ!」
不可視の壁を形成するよりも速く、なお速く、刃を振り下ろし、白王の皺だらけの顔に創傷を刻む。
「どうした、ジシイ!」
「ならば、倍返しじゃ!」
白王は手に持つ錫杖の石突をステージに突くことで音を鳴らす。
呼吸を組み上げた途端、俺の周囲が忽然と爆ぜた。
回避もままならぬ俺は、ステージ上に血をまき散らしながら横転する。
「くっ、この程度!」
空気でも破裂させたのか、耳がキンキンする。
直感で全身を地の型、重ね山の型で応対したのが良かった。
地より派系する山の型は、どっしりとした山のように全身を防御で固める型。攻撃は一切できないデメリットがあろうと固さは折り紙付きだ。
「ふんぬ、山か、ならば津波で流すのみ!」
白王が錫杖を一振りするなり、水気一つないステージから俺を包み込まんとする大津波が現れた。
俺は両手で刀を構えれば呼吸を整え、次なる型を出す。
「お、それは火と風を合わせたものかのう?」
全身にひねりを加え回転することで斬撃の威力を上げんとした俺だが、両足に絡みつくツタにより回転を阻止された。
津波に呑み込まれる中でツタを切り落とした俺は両足の筋肉をバネのように引き絞る。風重ね――
「お次は飛んで突きを入れる跳び鼬だったかな?」
真上から不可視の巨人の手が押しつけられたかのように、俺はその場から跳び立つことすらできず、ステージに押しつけられる。津波はステージから一滴も零れることなく消えていた。こ、このジジイ、どうして俺が出そうとする型が分かるんだ! まさか未来予知か!
「別に未来予知でも何でもないわ。だってわし、お前さんが使う剣の型、幼き頃からすぐ近くで散々見てきたし、ケンカした時もボコボコにされたから、よ〜く覚えておるわい」
なんでだよ! この剣術は異世界にないぞ! なんで異世界のジジイが細かく知って、知って! まさか!
「そうか、そうか、今分かった! お主、あやつの転生前の弟だったか! どうしてあやつが兄弟を欲しがりながら、いないことに安堵した理由に今合点が行ったわ!」
「だから、どうした! あんたの友がなんであろうと、俺には関係ない!」
このステージに立つのも、全ては復讐と奪還のためだ。
俺は俺の女を取り戻すためだ!
誰の弟とか一切関係ない!
「ぶっ殺すのは簡単じゃが、それだとあやつに申し訳ない。というわけで事が済むまでお前さんには静かにしてもらおうかのう」
錫杖がチリンと鳴った時、俺はステージに倒れ伏す俺自身を見上げていた。な、なんだよ、これ! ゆ、幽体離脱でもしているのか! 必死に宙に浮く身体をジタバタ動かそうと、場に留まるだけだ。
「事が済んだら戻してやるわい」
これも白王の天紋の力なのか! 後少しなのに、後少しで敵を討てるというのに! アウラを、耀夏を助けられるのに! 何一つ、白王の首一つすら穫れないのか!
『こ、ここまで、なのか、ごめん、アウラ、耀夏』
絶望が俺の心を蝕んでいく。あれほど積み上げ、重ね上げてきたものが今まさに無駄になろうとしている。
『ごめん?』
膝を折りかけた俺を何者かの声が揺さぶった。
『いっぱしの男が泣き言を言うな!』
俺を叱咤激励する声は、まさかのアウラ! でも、アウラは水晶体の中に、いや違う! これはテレパシーだ。黒王の力で声を俺に届けているんだ!
『あなたがどんな苦行を重ねてきたか、私は知りません! ですがその姿で何を為し、何を求めてきたか理解できます! 私の知るあなたはどんな状況だろうと前を見て進んできたはずです! それなのに、たかだかジジイ一人に膝を折りかける軟弱な男なんて私は認めませんよ!』
テレパシーを介してアウラは俺に発破をかけ続ける。
『助けに来た男が、助けられる女に助けられてどうするんですか!』
あはは、そう、だよな、うん、そうだな。アウラに叱られたことで、冷静さを取り戻した俺は幽体離脱の中、呼吸を整え己を落ち着かせる。
『時間がありません! ど、どうにか、しますから! あなたも、どうにかしてください!』
重い荷物を持ったかのようにプルプルと力むアウラのテレパシーが俺の意識をぶっ叩けば、ホールインワンのように肉体から離れていた意識を元の鞘に戻していた。
「も、戻った!」
「ぬあんとっ!」
白王が口をあんぐり開けて驚愕する。
その時、既に俺は力強くステージを蹴り、刀の切っ先を白王の喉元に突き入れんとした。
「ぬぼっ!」
錫杖で防ごうとしているが、間隙を突いた俺の方が速い!
「ぬあらばあああああああっ!」
刀の切っ先が今まさに届く、そんな瞬間、大気が、ステージが、あらゆる事象が鳴動する。
俺が腰に下げる無窮の楔も警鐘のように鳴り、白王に触れた刀の切っ先が塵となる。
「開け、境界よ! 至れ、根元よ! 今こそ我シュメオ・ソルメン・バナルリウスに神への道を!」
「させるか!」
後は本能のままだった。
俺は腰に下げた無窮の楔を左手で抜き取れば、白王に叩きつける。
「無窮の楔よ、本来あるべき境界に戻せ!」
そして世界は白く包まれる。
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