第33話 白王生誕一〇〇周年祭
白王生誕一〇〇周年祭開幕!
この日、誰も彼もが白王一〇〇歳を祝い、白王都はお祭り騒ぎであった。
通りには出店が溢れ、誰もが祝い事を楽しんでいる。
メインステージとなる新大聖堂には昨夜から長蛇の列が並び、誰もが白王を直に祝わんとしていた。
「コミケの列だな、まるで」
大聖堂内にある一二聖家控え室の一室、俺は窓辺から長蛇の列を見下ろしている。
俺はコミケに参加したことはないが、テレビやネットニュースで何度か見たことがあった。
徹夜組がいるのは世界が異なろうと同じのようだ。
「お、これまた立派なことで」
隣室の扉が開き、公務用の白き衣服に着替えたカエルラ・ルキフゲが侍女と共に現れた。
紛れもなく一二聖家の一家、ルキフゲ家当主なのだ。
着飾ればどの当主よりも負けぬ美貌はある。あの二人には劣るがな。あの二人には! あ・の・二・人・に・は・な!
「次、冷やかしたら解雇するわよ」
「それは失礼いたしました。目が眩むほどお似合いでございます、御当主様」
演技臭く畏まる俺にカエルラは嘆息一つ。
大規模な公務とはいえ、緊張で強ばっていないようだ。
「どうもこの空気、気に食わないわね」
女の勘か、それとも散々他の聖家から嫌がらせを受け続けた経験か、カエルラの顔はそっち方面でも強ばっている。
「この生誕祭で他の聖家がなにかやらかすと?」
まあやらかすのは出てくると思うな。
何しろ、いつまでも後継者を指名しない白王に業を煮やして、クーデターを起こす可能性は否定できない。
俺としては一騒動起こしてくれれば、首を獲りやすいから是非とも起こして欲しい。
「きな臭さはあるわ。あなただってここ数日、何一つ嫌がらせは受けていないでしょう?」
俺は無言で首肯した。
嫌がらせがないのはありがたいが、なさすぎるのは確かに不気味である。
次なる手を企んでいると邪推してしまう。
「今日の式典で白王自ら発表があるけど、なんなのか、誰も把握していないわ」
「大方、続投表明じゃないのか?」
「あの人ならありえるから困るわ」
何しろ一二〇歳まで生きると、いつぞやの晩餐会で明言していたのだ。
カエルラとて参加していたから知っているだろう。
「ルキフゲ当主、お時間です」
通路側からドアがノックされれば案内役の騎士が現れた。
「行きましょうか」
お抱え開闢者として、今はルキフゲ家当主の護衛として俺はここにいる。
扉より外に出れば他の一二聖家の当主たちと鉢合わせ。
当主の誰もが祝うどころか顔を強ばらせているのだから、祝福ムードなんてシの字もないときた。
カエルラに目線一つ合わせないなど、礼節に欠けた奴ばかりである。
「お小言の一つでも言われるかと思ったわ」
各当主も護衛を連れているが、どこか剣呑である。
そんな中、式典会場へと続く通路を進む中、カエルラがぽつりと零してきた。
何人かの当主の顔がなお強ばるのを俺は見逃さない。
「御当主、お戯れで式典に望む当主の方々を刺激するのは程々にしてください。祝いの席ですぞ」
見かねた俺は、カエルラを窘める道化を演じる。
端から見れば、主を抑える従者に見えなくもないだろう。
「あなたが言うのなら、仕方ないわね。あなたが言うのなら」
大切なことなので二度も言っている。
あ~当主の何人かの腸が煮えくり返っているのが、匂いから分かる。
腹からこう怒りの匂いが漂わせているぞ。挙げ句、小声だが「無紋の分際で」とか吠えている始末。
緊迫した空気はなお一層張りつめるも通路から式典会場へと一歩出れば、どんな魔法か当主の誰もが営業スマイルに様変わり。席を埋め尽くす民衆に向かって笑顔で手を振っている。
切り替え上手いな。惚れ惚れするわ。
「これより白王様より重大な発表があります」
司会進行役の男がマイクを介して拡大された声を会場の隅々まで届けている。
式典会場中央にある円形のステージ前に一二聖家の当主の面々が着席し、そのすぐ背後で俺のような護衛が控えている。
そのステージの中央には、齢一〇〇になろうと全く衰えを見せない白王が護衛もつけず玉座に鎮座していた。
「諸君、この度はわしの一〇〇歳を祝うため、集ってくれたことを誇りに思う」
玉座に座ったまま白王は演説を開始した。
演説を聞き流す中、俺は白王の位置に妙な違和感を抱いていた。覚えのある匂いがどこからか漏れている。薄すぎて匂いの正体と距離感を把握できないが、その匂いは俺に胸騒ぎを与えてくる。落ち着け、冷静さを保て。目測で一〇〇メートル。首を穫れるか否か、瞬間を見逃すな。
「であるからして、わしが白王に就任してかれこれ八〇年が経過した。友を失い、誰もが魔物脅威に曝されぬ世界を目指してきたが、努力虚しく魔物は増加傾向にある」
あ~もう全校集会とかにある校長の長話かよ。
いいからとっとと公表するべきものを公表しろ。
見ろ、カエルラなんて欠伸しているぞ。各当主はしっかり聞いているのに白王の前でまた欠伸するなんて剛胆な女だな。
「既に一〇〇となった身、各所から引退と次期白王指名の催促が矢のように止まらんから困る。よってわしは今ここで宣言しよう」
来るか。俺は顔を引き締めては呼吸で精神と身体を整える。
「誰も彼も後継者にふさわしからぬ!」
口調に怒りが混じり出す。
同時、観客席からざわめきがさざ波となって広がっていく。
「かつて世界には二つの文明が栄えておった! 一つは竜が築いた竜の時代! されど竜は大寒波で滅び、次は知性を持った獣が人を奴隷とした獣の時代が誕生する。だが栄華を極めた獣の文明は奴隷である人の反乱により滅んだ! そして今! 人の時代は新たな時代の扉を開こうとしておる!」
ゴゴゴと力強い振動が足下から伝わってくる。
見れば白王が鎮座するステージの左右が円型状に開き、下から何かがせり上がってくる。
「獣の文明が滅んだのは、陰陽の境界に触れるという大罪を行った故! 獣はただ触れるからこそ滅びを招いて失敗した! じゃがわしは違う! 白王より神となるわしは断じて違う!」
おいおいおい、獣の文明が失敗した理由を把握しながら、白王は繰り返す気か! どんなアプローチでも触れたらダメなんだぞ!
「境界に触れるのではない! 境界を開き、根元に至らなければ神にはなれぬ!」
ドラゴン曰く、陰陽の自滅因子である円獣は、世界のどこかに現れている。
文明崩壊阻止を大義名分に、白王の首穫って止めるべきかと逡巡した時、ステージに現れた二つの結晶体に俺は瞠目した。
コンテナサイズの結晶体の中に人影、あ、あれは、あの姿は! 観客の誰もが気づいたのか困惑が波となる。
「あ、アウラ、そ、それに!」
まさか、まさか、まさかあああああああ!
よ、耀夏!
なんで、耀夏が結晶体の中にいるんだよ!
俺を孤独から救ってくれた婚約者がどうして!
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