第32話 勇気を貸してくれ
「なによこれ、ドラゴン! 遺跡がドラゴン族のシェルター!」
帰還した俺に依頼主のカエルラは大興奮。
現像された写真に写る壁画やドラゴンと興奮は鎮まりを一切見 せない。
しっかし、写真ってプリントアウトするもんじゃないんだな。
基本原理は、いや元々が地球由来らしいが、昔は手間暇かかっていたようだ。
フィルムは日の光に当ててはダメ。
感光――光による化学変化が起こり、写した像がダメになるそうだ。
日の光が入らない暗室という部屋でフィルムから写真を現像する。
その現像ってのが手間暇かかるときた。
工程は大きく分けて五つ。
現像:像が出ていないフィルムを現像液という薬液に漬けることで写した像を見えるようにする。
停止:現像が終わったら停止液という現像を停止させる薬品を使用する。
定着:長期保存が可能な状態に像を固定する定着液を使う。
水洗:文字通り水で薬品を洗い流す。
乾燥:これまた文字通り水濡れの写真を乾燥させる。
これでようやく写真をアルバムに入れるなり、閲覧するなりできるようになるときた。
デジタルカメラが如何に現像肯定を省いたのか、技術の変革に改めて知ることになった。
「悪いんだけど、後で報告書の提出をお願い! ドラゴンとどんな会話をしたか、しっかり書き記して!」
「追加料金だ」
「当然、払うわよ!」
通常報酬と比較して五〇倍にも関わらず、気前よく了承する辺り、ドラゴンとの会話はお釣りが来るほど、学術的価値があるようだ。
「タイピングはめんどいが」
地球ならスマートフォンでささっと文字入力できたが、生憎、この世界にあるのはタイプライターと呼ぶ装置である。
サクサク文字が打てると思えば、キーは重いし、改行は手動で行うなど慣れねば面倒である。
一応、仕事として割り切ってはいるが。
「さてと、ふぁ~」
俺は脳内で内容を整理しつつ、欠伸を漏らしてはテントに足を運ぶのであったとさ。
「白王生誕祭まで後一週間か」
「ああ、噂じゃ白王が次なる白王を指名するとかあるが」
「噂だろう? まあ誰が流しているか、安易に予想はつくけどさ」
「どの一二聖家も次なる白王の椅子を狙っているからな」
「表に裏にあれこれやってるぽいが、もう一層、家々から一二人の代表選んで戦わせろよ。それで最後まで勝ち残った者が次の白王でいいだろ」
「あっはははは、名案だ。それなら迷惑被る奴がいねえ!」
「うお、なんだ、なんだ!」
「人が雪崩込んできたぞ!」
はい、本日五回目の襲撃基、嫌がらせである。
俺は人間八人を峰打ちホームランで開闢者組合本部の中に叩き込んでいた。
一歩中に室内に踏み入れれば、視線を一身に受けるも無視して折り重なる人間まで歩を進めた。
「お前ら暇で羨ましいよ」
白目剥いて昏倒する輩に、俺は冷ややかな目線を向ける。
「おいおい、あいつって、最近ランク一〇〇になったムサシじゃないか?」
「一〇〇に至れる奴なんて、一年に一人や二人しかいないぞ」
「ああ、間違いねえ。単独の遺跡調査に成功した功績から一〇〇ランクとなり、一二聖家の一家、ルキフゲ家に召し上げられたって話だ」
「こころなしか、着ている服もよくなってるな」
「ああ、ルキフゲ家お抱えなら、それ相応の格好をしろと当主からのご指示なんだよ」
俺は聞こえるように大きめの声で開闢者たちに言う。
今までは古ぼけた外套やくすんだ灰色の衣服だったが、ルキフゲ家のお抱え開闢者となって以来、公務限定だが支給された服を着込むようになった。
以前着ていた学生服のような詰め襟に近くも、通気性がよく蒸れにくい。
後左胸にお抱えを示すルキフゲ家の家紋が彫られた銀バッジを装着していた。
「ったく、職員、こいつらの処分よろしく! いつも通り、俺への妬みそねみでの嫌がらせで処理しとけよ!」
今日もまたルキフゲ家の公務として朝早くから白王都内をあれこれ忙しなく動いていたわけだが、お抱えとなって以来、襲撃という嫌がらせは日に日に増している。
俺個人としては元凶の顔は割れているので逆襲撃をかけたいのだが、雇い主から全面戦争になると阻止されている。
「ほれ、ルキフゲ家当主から預かった公文書だ。無くすなよ」
以前から開闢者組合に提出しようと、文書の紛失や欠落など、ちょくちょく嫌がらせはあったそうだが、俺がお抱えとなって以来、まったく起こらなくなった。
俺としては普通に渡しているだけなのだが、受付嬢は涙目で何度も頷いては受け取っている始末ときた。
一時期拠点としていたとある地方都市の開闢者組合の職員とかは、俺がランク一〇〇になったと知れば祝電を律儀に送ってきたし、依頼で顔を出せば祝賀会を開くなど関係は良好なのに、この差はなんだ?
「お~怖い、怖い。どこの命知らずなんだか」
「挑んだどころで返り討ちに遭うだけだろに」
「金と相手が割に合ってねえから大金積まれてもごめんだわ」
「聞けば、あいつの襲撃に腹を立てた商家が、一二聖家の一家と取引を打ち切ったとか」
「ああ、それなら知っているぞ。かなりの老舗であっちこっちにツテがあるもんだから、下手に一二聖家でも圧力かけられねえ。どんな相手でも金さえ払えばしっかり商売するのに、どこをどう怒らせたらそうなるんだ?」
「噂だが、その商家の孫娘が誘拐された時、助け出したのがムサシだって話だ。今じゃルキフゲ家お抱えだが、以前まではどんな小さな依頼でも確実に達成する開闢者で有名だったからな」
言っておくが公務がない時でも開闢者として依頼を受けてはこなしているからな。
ああ、誘拐か。窓の隙間から飛び込んできた矢を鞘で叩き落とした時に俺は思い出した。
なんかの依頼の帰り道だったか、森の中で身なりのよい小さい子が大人数人に囲まれて泣きじゃくっていたから、放置しておけず助けたら、実はとある大商家の孫娘でしたってオチで、依頼も受けてないのに謝礼金をたんまり貰ってしまった。
その縁あって装備や保存食の買い出しなど、贔屓してもらっていたりする。
「久々に顔を出すか」
ここ数日、ルキフゲ家の公務にて多忙につき顔を出していない。俺は刃物持った透明女の顔面に椅子を蹴り飛ばせば、そのまま開闢者組合を後にする。
透明は厄介だが、身体に染み着いた血の匂いで居場所がバレバレだっての。
後、血臭隠しの香水きついぞ。
「ぽーぼぼっ!」
「ふあっきゅん!」
外では待っていたポボゥとランボウが三人の男を執拗なまでに踏みつけていた。手には餌袋。無臭に近いが毒々しい気が漏れている。次は毒餌で嫌がらせかと、本当に懲りない。
「ほどほどにしとけよ」
ランボウはともかく、ポボゥが怒り狂う原因は踏み潰された一輪の花。こいつ、綺麗なものとか好きだからな、暇さえあればよく眺めている。今回は花のようだ。俺はランボウを落ち着かせれば騎乗。バサバサと羽根で滞空するポボゥは、飛ばした羽根を倒れ伏す三人の尻に突き刺していた。
「ぽっ~ぼーん!」
鉤爪を鳴らして次に飛ばすは火花。羽根先に一瞬で着火すれば尻は燃え上がった。
「よくやった」
仕返しに満足したポボゥは旋回してランボウと併走すれば、そのまま頭部に着陸する。
後方から悲鳴が聞こえるが人々の喧噪に上書きされた。
「ふむ」
俺は机の上に広げられた用紙に嘆息する。
今までは宿屋や野宿がザラであったが、ルキフゲ家お抱えとなってからは、白王都内にあるルキフゲ家の屋敷の一室を私室として与えられていた。
「地下室は食料備蓄庫だが」
用紙にはとある建造物の構造図が書き記されている。
今度行われる白王生誕祭の会場となる新大聖堂。
陽神と陰神を祀る宗教的な目的もあれば、緊急時の避難所としての機能もある。
そう、かつて黒王アウラが対魔物用の結界を施した建造物だ。
最大収容人数は四万人、白王都各所にある避難施設としては最大収容数。
プロ野球の試合でお馴染みのドームのような形に近い。
俺がこの構造図を所持しているのは、当日に護衛の仕事があるからだ。
襲撃者に備えるため、内部構造を把握する必要がある、と当主に頼めば昨今の嫌がらせの件もあってか、すんなりと入手できたのは塞翁が馬だ。
「まあ建前は大事だな」
所詮、入手するための建前。全てはこの日のため。大小様々な依頼をこなし続けてきた。黒王アウラの奪還、白王への復讐。全てはこの二つの悲願を成し遂げるために、俺は今この異世界にいる。
「全てはこの日のために」
当初の目論見通り、一二聖家の一家から信頼を得て内に入り込めた。白王の首まで後一〇手か、一〇〇手か分からずとも距離が縮まっているのは確かだ。
「油断するなよ、俺。一〇〇近いジジイとはいえ、陽に属する全ての天紋が使えるからな」
就任以来、後継者を誰も指名せぬほどに強大な力を持つ人物。
一撃一瞬一殺に重石を置いた計画を立てる必要があった。
「アウラ、少しでもいい、俺に勇気を貸してくれ」
俺は無窮の楔を強く抱きしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます