第31話 円の災禍
近い内に災禍の波が起こる……。
ふと、俺は壁画を思い出した。
「壁画の文字もそれっぽいのが描かれていたな」
「まあ、転生特典の特殊能力の一つかな? 時折さ、遙か遠き未来の姿を夢で見る時があるんだよ。暇を持て余していた時だったから、予言ぽくしてみたんだ」
あれ、全部お前製かよ。
多芸なドラゴンに俺は感心するが、顔を引き締めては要点を問う。
「原因は?」
「人の時代である故に、人が起こすとしか断言はできないね」
つまりは、この世界に住まう誰かが起こすって、まるで犯人はこの中にいるって言っているようなもじゃないか。
「文明を滅ぼすのは円の災禍だよ」
「円の災禍?」
五枚目の壁画にて、日本語で刻印されていたのを思い出す。円とか境界とかもまた。
「境界が歪めば、必ず現れる概念だよ。時に竜の文明を滅ぼした大寒波、時に獣の文明から血潮を鎮めた獣。姿形は異なるけれど、陰陽の境界が歪みし時、必ず現れ、文明を滅ぼす存在を僕は円獣と名付けている」
「……円獣」
ドラゴン曰く、境界の防人、陰陽の破壊者、または太極の自滅因子(アポトーシス)。
「これは僕なりの考えだけど、太極は陰陽が均一に隣り合ってこそ太極なんだ。けど陰と陽、どちらかが極端に肥大化した時、文明は境界に触れる大罪を犯す。犯してしまう。偶然なのか、必然なのか僕にも分からない。円獣は肥大化した方を破壊することで陰陽の均等を保つ。そうしないと太極そのものが存在できず消滅、つまりは世界滅亡どころか消滅を招く」
それで自滅因子か。確か生物の授業で習ったぞ。端的に言えば死をプログラムされた細胞。個体をよりよい状態に保つため、管理、調整を行う。確かに、太極という身体の健康維持のためには、必要な防人であり、破壊者であり、自滅因子である。
「あえて聞くが、その円獣ってのは?」
「ん~予測だけど、既に今の文明に出現していると思うな。出現条件はとっくに満たしているから、スタートラインに立っていない方がおかしい」
ならば既に文明滅亡のカウントダウンは、開始されていることになる。
文明一つを滅ぼす存在だ。俺一人では手に余るはずだ。
「言っておくけど、自力で見つけだして仕留めようなんて思わないことだね」
「できないのか?」
「円獣は一種の概念だよ、が・い・ね・ん。神の一部が顕現した存在だから、災禍の波とは比べ物にならない脅威だよ。もし仕留めるつもりなら、神と同等同一の存在にならないと無理だと僕は考察している」
「なら滅びは運命だから受け入れろと?」
アウラや耀夏と再会できぬまま、世界が滅ぼされるのを座視するなど俺にはできない。
「君はさ、もう少し右を見たら、左も見た方がいいよ。一方通行の道路を横切る時に、右からしか来ないからって左を確認せずに渡って逆走車にビックリした経験とかあるでしょ?」
カチンと来る物言いだ。確かに、右見て左見ぬなど、小さい頃ないこともないが、俺は危うく刀をまた抜きかけた。
「この世界は陰陽隣り合う太極だよ? 右があるなら左がある。破壊の概念が円獣ならば、隣り合うのは創造の概念だよ」
謎かけ多かろうと、いちいち切れていては話にならない。ふと手に掛けた刀で我に返る。
「……無窮の楔か」
「大正解!」
黒王アウラより託された祭具。
代々の黒王が継承し、境界の座標であり、混ざり合ったものを正しき位置に戻すとされる。
「本来、黒王が持つ楔を君が何故持っているかの理由はさておき、その楔はね、いかなる時代において、様々な形で存在した言わば文明保護の最終安全装置なんだ。森で出会ったお坊さんも、どうして自分が黒き槍を持っていたのか、気づいたら持っていたとしか分からなかった。獣の時代でも奴隷の反乱が起こった際、リーダー格の女性が黒き旗を掲げていた」
「なら、この楔を使ったら世界滅亡を回避できるのか?」
「使い方が分かればね」
予測していた返答だけに、俺は怒りも嘆きもしない。当然だろう。使い方が分かっていれば竜の文明に滅びなどなかったはずだ。
「いや可能性は、ある」
黒王たるアウラが使い方を知っているはずだ。
アウラは結界を張る際に、何度も無窮の楔を祭具として使用している。
アウラを救い出せれば、自ずと滅亡回避に繋げられる可能性があった。
それに、俺が以前、壊滅させた駐屯騎士団が執拗なまでに無窮の楔を探していた理由に合点が行く。
白王のジジイめ、万が一の保険として確保するつもりだったんだな。
「まあ、僕が伝えたいのは、人の文明で起こる問題は人が解決すべきだってこと」
至極当然だが、ドラゴンは外界に干渉する気は毛頭、いや鱗一枚ないようだ。
「ならどうして俺に色々と教えてくれた?」
不干渉を貫くには中途半端すぎて矛盾する。
「なに、同じ日本人としてのよしみだよ。言うならばただの善意とお節介」
ドラゴンが日本人いうか、ドラゴンが。
というか、その姿、東洋じゃなくって西洋竜だろう。日本人離れしすぎているぞ。
「ま、まあそのお節介に感謝だな」
この遺跡に入ってかなりの時間が経過している。
そろそろベースキャンプに戻るべきだろう。
「あれ、帰るの? 折角だから、ひと対戦していかない?」
「悪いが外で依頼主が待ってるんだ。帰還しないと今後の仕事がやりにくくなる」
おいとましようと俺は立ち上がる。
「ああ、それなら仕方ないや。なら君が出たら、この部屋の出入り口を封印するからね」
だいたいの事情は尋ねずとも分かる。
何しろ遺跡の奥に伝説のドラゴンがいた。
学者連中が知れば、嘔吐吐き気を気合いで堪えて探索に来ること間違いなしだが、ドラゴンからすれば迷惑以外ない。
出入り口を封印するのは当然だろう。
「今度来る時は、対戦の一つぐらいつきやってやるよ」
「ホント! 約束だからね! 来たらノックしてよ! そん時はフルボッコにしてやるからね!」
ドラゴンは口端が裂けんばかり晴れ晴れとした笑顔になる。
インターネットもないから、対戦プレイに心弾むのは当然だろう。
「それじゃ、おじゃましたぜ」
「またね~」
まるで友達の家から出るような掛け合いに悪い気はしない。
部屋から一歩外に出れば壁画の間に様変わり。
床の上では暇を持て余したポボゥが、ボールのように丸まり、コロコロと転がっていた。
「さて、帰るぞ」
ともあれ帰宅するまで遠足ならば、ベースキャンプに戻るまでが調査である。
俺は丸まったポボゥを担げば外へと歩き出した。
「あ、彼に異界の双子について伝えるのを忘れていた。こことは異なる理に存在する同一人物、贄として捧げることで境界を開き、根元に至るとされる鍵……まあいっか。彼ならどうにかしようとして、どうにかなるでしょ。さてと、今日は厳選しようかな、厳選、厳選、厳選地獄♪ さあ、来い、覚醒パワー天よ!」
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