第30話 魔物の正体

「獣の時代は、力こそ全ての弱肉強食だけど栄華を極めていたよ。自力でこの世界が隠陽隣り合う太極で成り立っていること、二つの神、そして境界の存在を発見するほどにね」

「隠と陽の神か」

 今では二大神として崇められる二神じゃないか。

「当時の獣の時代は、誰が獣の王になるかで策謀渦巻き、モメにモメていたみたいでね。とある獣が王を越える神になろうとしたことが、文明崩壊を招くトリガーとなった」

「神になる?」

 そりゃ俺らの世界でも、神だああああああああ! とか自称する輩はごまんといるが、流石は異世界、自ら神になろうとする輩がいるのか。

「この世界はね、隠と陽が均等で隣り合うが故に平穏が約束される。逆を言えば隠と陽の均等が崩れれば、文明崩壊を招くトリガーが発動される」

「世界の法則ならぬバランスが崩れれば、世界は崩壊すると?」

「そう、僕の時代も、地脈エネルギーを吸収しすぎたことで隠陽のバランスが崩れ、滅びを招いてしまった。原因は君のいう災禍の波」

「その波が獣の時代でも起きたと?」

「うん、触れた境界より現れた獣が他の獣を魔物化する形で再び起こったね」

「なら魔物の正体は文明築いた獣なのか? けれど」

 黒い渦巻きから発生するのは、どこか矛盾している気がする。

「あらゆる事象にはね、隠と陽、二つの面があるんだ。隠は陽を生み、陽は隠を生む。境界がなんらかの原因で壊れると隠と陽は混沌として混ざり合い変貌する。獣の魔物化はその一面であり一部だよ」

 魔物と化した獣は文明を蹂躙した。

 蹂躙するだけでなく、存在するだけで他の獣たちの知性と野性を鎮め、ただの獣に堕とさせる。

 そこで起こるのが家畜の反乱。獣は森へと追い立てられ、ここで獣の文明は滅び去った。

 ドラゴン曰く、ドウツカ大森海の原生生物は、獣の文明の末裔だとか。

(ポボゥが火どころか、ナイフやフォークを使えるのも、その名残か)

 一種の先祖返りだと俺は読む。

「また世界は一瞬で変わる。リセットされた世界で新たな文明の担い手となった人は、この遺跡のように残っていた前文明の文献により陰陽に恐れと敬意を抱き、神として崇めるようになった」

「御霊信仰か」

 俺とて神社の婿養子だったんだ。

 毒を薄めれば薬となると言うように、恐るべき存在を手厚く奉ることで、御利益を得る。

 日本では受験の神様、菅原道真が一例だろう。

「でもよ、渦から出る魔物の正体が結局わかんないままだぞ?」

「まあ、君は持ってないから分からないよね」

 イラっとくる発言に俺は危うく刀を抜きかけた。

「この世界では誰もが天紋を持っている。その紋はね、太極が自らの事象を広げるために与えたものなんだ。ドラゴンの能力だって元を正せば天紋だった。まあ気づいたのは獣の時代が滅んだ後だったけどね」

 天紋が隠と陽に分類されるのにどこか納得できた。

「いいかい? 太極があらゆる事象の根元なんだ。太極は均一でありながら事象を螺旋のように広げていくのが本来の形。けれど、広がるに連れて澱みってのが否応にも生まれてしまうんだ」

「澱み? なら、魔物は太極が生んでいるのか?」

「別に好きで生んでいるわけじゃないよ。太極は陰陽隣り合わせで生きている概念。生きているからこそ、わだかまった気が生まれてしまう。発展・衰退の螺旋を描き繰り返す中、境界より擦れて生まれ出る老廃物、それは君がよく知る魔物の正体だね」

「ウ○コかよ」

「うん、ウ○コだね」

 嫌なところで投合してしまうな。

 つまり世界は生きている。生きているが故に老廃物が生じるのは当然のこと。わだかまった気だからこそ死を内包し、生ある存在に襲いかかる。

「姿形がスライム、ゴブリン、オーガとか、地球での定番モンスターなのは、怖くて恐ろしい人間の敵という概念を人々が抱いているからなんだ。言わば、無意識が形になったと言っていい。転生者や転移者もいるから、なお影響を強く受けて概念が固定化される」

 なるほどRPGに定番のモンスターが姿形なのは、それが理由だったわけか。

「魔物は、太極より生まれ出たわだかまった気が、陰の気が強い土地に引き寄せられ、留まることで誕生するんだ」

 魔物の卵と呼べる黒き渦を切ると魔物出現を阻止できるのも、わだかまった気が場に留まれず霧散させられたから。魔物のほとんどがドウツカ大森海から来るのも、未開という陰に属しているから。でもよ……

「神の試練とでも言いたいのか」

 過去の波を照らし合わせても、聖虹武人たちの活躍があろうと、下の世話を行わせる神様にいい感情など俺は抱かない。

「まあ、あながち間違っていないと思うな」

 ドラゴンはどこか達観しているときた。

「陰陽は衰退と発展の螺旋だよ。衰退するにしろ、発展するにしろ、先へと進ませる要素が必要になる。砂粒一つでも、人でも、存在しないものを生み出すことでもいい。その事象が次なる螺旋を描く要素となる」

「どういう意味だ?」

「そうだね、君のような転移者に例えると、太極は存在しない者を別なる世界から呼び寄せることで世界に事象の変質と拡大を促すのさ」

「事象の変質と拡大を、促す、だと」

 思い当たる節があった。竜気機関車然り、ミシン然り、電報然りと地球由来の知識や技術で生み出された物は数知れず。発展をもたらす一方で混乱を生み出す面もある。事象拡大を促すのは地球からの転生者や転移者だ。

 だが、ここで一つ疑問が走る。

 天紋ではない無紋。大それた知識も技術もない剣術に長けた俺がこの世界に呼ばれた理由はなんだ?

「実際、僕の時だって、そのお坊さんのお陰で、ドラゴンたちは外敵や戦というものを知った。まあ結果はこの有様だけど。話を戻すね。太極は事象を拡大させる。拡大する要素は様々。衰退が発展を導く要素なら、わだかまりより生まれる魔物だって発展を衰退に導く要素となる」

「螺旋のようにグルグル巡らせるわけか、ウ○コの再利用が上手いことだ」

 まるで進化の淘汰圧だ。衰退による滅びに抵抗させ、勝利すれば発展へと、敗退すれば文明は滅亡する。滅べば新た世界がスタートし、後は螺旋の如くグルグルと繰り返しだ。

「竜の時代は、地脈エネルギーの枯渇で滅んだようなものだから思うんだ。能力ばかり使うのではなく、地球人のように自らの手で道具を、武器を作り災禍の波と戦っていれば竜は滅びなかったと。あのお坊さんの一閃はそのヒントだったと」

 物作りという発想が転生ドラゴン以外、他のドラゴンは持たなかった。作るより自らの能力を使う方が手軽だった面が滅亡の遠因になった。

「獣の時代だってそうだ。世界の理を知ったから、世界そのものになろうとした不相応が滅びを自ら招き入れた。強者でいながら家畜とする弱者に敗れる結末だ」

 けれど、人の時代は違ったとドラゴンは語る。

「災禍の波は人の時代になろうと幾度となく発生した。でも滅びもせず人は今なお文明を維持し続けている」

 特に聖虹武人の活躍が大きいのだろう。

「天に地あれば、太陽に月あり、天に紋あれば、無にも紋あり」

 唐突に比喩めいた発言に、俺は眉根を寄せて困惑する。

「つまりは人の時代、陰と陽のバランスがいいってこと」

「無紋もまた太極の事象の一つだというのか?」

「そうだと言ったよ。それに天紋じゃなくっても強いでしょ君?」

 否定はしない。謙遜はしない。ただ事実故、頷くに留める。

「過去の聖虹武人たちもそうだよ。無紋だろうと有り余る武の才覚を持つ故、太極により無紋に留められた。身体に紋があっても一生覚醒しない人も同じ。天紋に勝る才覚を持つが故に、太極は覚醒させないブロックルーチンをかける。もし天紋を与えていたら事象はバランスを崩して滅茶苦茶になっていたよ。もちろん例外だってあるよ」

 例外、例外ね。思い当たる節が二人ほどいた。白王と黒王である。

「例外いうより特異点かな、人の文明という陰陽に当てはまる陰の黒王と陽の白王。実際、この世界は二人の王の元で成り立っているでしょ? 王という点により面という事象が広がっていくの」

「まるでゲームのバランス調整だな」

 太極は世界のゲームマスターでも気取っているのか。ただ一つだけ疑問が沸く。かつて黒王アウラは俺の異世界転移について陰神と交信した際に尋ねるも心当たりがないと返された。いや陰神とは陰陽の陰だ。太極の片方であって太極そのものではない。だから知らなかった。

「まあもっとも最近は、あっちこっちで陰陽のバランスが崩れているみたいだけどね」

 空間を介して覗き見をしているからか、ひきこもりながら外の出来事を把握しているようだ。ただ思い当たる節はある。本来、魔物は結果内に入れない。入れないはずが結界内部に現れている。これこそ陰陽のバランスが崩れている証明だろう。

「近い内に、人の手により陰陽の境界が崩れ、今まで以上の災禍の波が発生すると僕は予報するよ」

 予測じゃなくって予報かよ、お前もう、気象予報士に転職しろ。

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