第23話 乾竜池

 おいおいおい、なんでフラッシュなんてもんがあるだ!

「動物に向けるな! 失明するぞ!」

 混乱して暴れるポボゥを両手で抑えながら、俺は叱りつける。

 特に夜目が効く動物に強い光は致命傷だ。

 だが、だがよ、あのカメラには撮影のための発光装置があるが、乾電池が存在しないこの異世界で如何にして発光させている!

「あら、それは失礼。何分、完成して一日しか経ってないから家具以外で実験したことがなかったのよ」

 ポボゥが落ち着きを取り戻せば、自力で俺の手から放れ、テーブルの上を鳥足で歩く。

 そしてカエルラの皿から肉をかっさらっていた。

「まあ詫びとしては安い方ね」

 食事をかっさらわれ様と当人から表情の崩れはない。

 むしろ、新しい玩具を手に入れて、興奮する子供の匂いが強いときた。

「竜気機関車は確かに便利だけど。構造が大きすぎる、重すぎるって問題があるわ。それは燃料とする竜晶石が、生み出すエネルギーに、並の器では耐え切れぬ故、器を巨大化させて耐久性を上げた経緯がある」

 だからこそ、竜気機関車は、地球の列車を太巻きのように四本束ねたサイズまで巨大サイズとなった。

「もし、もしもよ。子供でも持ち運びできる大きさまで小さくできたら、世の中、どうなるのかしらね?」

 そりゃ第二の産業革命が起こるだろう。

 アウラから聞いた話だが、地球の自動車やバイクを、こちらの世界の技術で、竜気機関車のように再現しようとする研究が行われていたそうだが、大きすぎる動力部を小さくしようとも、竜晶石の内包するエネルギーに耐えきれず失敗ばかりだったとか。

「チキュウという世界では、電気を内包した金属筒をカンデンチと呼ぶそうね」

 俺に見せつけるよう取り出すは、親指ほどある金属筒だ。

「それに習ってこれを私は乾竜池と名付けることにしたわ」

 電池には液体と乾の二種類あるが、説明するだけ疲れるから沈黙を選ぶ。

 まあ無機物鉱石使っているから、水気のない乾いた電池なのはあながち間違っていないが。

「これは他の一二聖家どころか白王すら知らない一品よ」

 いやはや、乾竜池が一般に実用化されれば生活レベルが一変するぞ。

 小さな器であろうとしっかりエネルギーを内包しているとは。

 確か、乾電池は電源を確保できな凍土など、僻地における電力確保のために生み出されたはずだ。

 懐中電灯のように携行できる明かりがあれば、ランプは必要ない。

 非常時での備えにもなる。

 もしかしなくても、乾竜池の大型化に成功すれば、電気自動車やバイクだって開発できる。

 金属加工技術はあるんだ。モーターの是非はともあれ。

「この家は発明を生業としているのか?」

「曾祖父から代々受け継がれた資料を基に研究開発しているだけよ」

「そうかい」

 そう言葉を返した俺は、グラスに注がれた水を一気に飲み干した。

 他の一二聖家がどうか知らないが、何故、この家が他の家と違って冷遇されているのか、おおよそ見えてきた。

 携行式カメラといい、乾電池ならぬ乾竜池といい、一歩進んで開発に成功しているのだから、他の家々からやっかまれるわな。

 同情? まあ、ないこともないが。

「後、遺跡から発見された技術も少々応用しているわ」

「技術だ?」

「ドウツカ大森海に眠る遺跡の中には、その時代に合わない遺物が、極稀に見つかることがあるの」

 時代に合わない遺物に俺は眉を跳ね上げた。

 何となくであるが、思い当たる節がある。

「例えば銃よ。四〇年ほど前まで普及していたのは、フリントロック式と呼ばれる銃だったわ。銃口から火薬と弾を詰め、火打ち石で火薬を燃焼させて弾を発射させる。二発目を撃つのに少々時間がかかるのと、弾と火薬の持ち運びがネックね。あと雨や湿気に弱いのもあるわ。けれど、とある遺跡から発見された銃が、そのあり方を変えたの」

「回転式弾倉に、薬莢、雷管か」

 参考資料として執事から渡された写真には、土汚れの激しいリボルバー拳銃が写っている。

 相当古いようだが、劣化もないとは。

 しかし、やや角張った形からして、博物館で、そう、幕末絡みで見たような、ああ、思い出した。

 この古い形、確か坂本竜馬が持っていた拳銃みたいだ。

 えっと確か、世界で最初に回転式弾倉を採用した拳銃だった、はずと、うっすら覚えていた。

「一番有力なのが、チキュウの転移者の持ち物ではないかと言われているわ」

 この世界にない代物なら自ずとそうなるだろう。

 ただ、ぶっ飛んだ代物を手に入れたとしても、この世界では未知である故、解析はおろか修復、再現は不可能に近い。

 鉄が採掘されるからと言って、その鉄を加工、例えば異なる金属を合わせて合金を作る。熔解した鉄を型に流し込む鋳造など、培われた技術や整えられた設備がなければ意味がない。

 頭にある知識だけでポンポンできるほど人間は万能ではない。

 なんで俺が詳しいかと言えば、ラノベ投稿サイトで異世界作品を読んでいたからだ。

 結末は決まって二つ。

 ご都合主義で再現か、試行錯誤を積み重ねて再現か。

 もっとも、この世界の場合、竜気機関車が製造された通り、それなりの金属加工技術や設備があった。

「まあ現状、遺物全てを解析して再現するのは、何世代もの試行錯誤が必要だわ」

「そのカメラみたいにか?」

「乾竜池もね」

 曰く、実用化レベルで完成に至ろうと、一つ作るのにも製造コストは天井知らず。

 乾竜池の金属素材や内包させる竜晶石も、細かな配分量が求められるため、量産には不向きで要研究だとか。

「つまるところ、あなたへの依頼は主に三つ」

 では、改めて依頼と契約内容を確認しよう。

 一つ、道中の護衛。

 二つ、カメラの性能実験。つまりは遺跡内部の撮影。

 三つ、遺跡の調査。

 報酬の半分は前金として。遺跡調査達成の暁には事前掲示額五〇倍のボーナス。開闢者ランクアップの推薦状、そして一二聖家お抱えとしての採用。わお、捕らぬ狸ではないが、涎が漏れ、血が滾る内容なことだ。

「質問あるかしら?」

 強いていうのならば一つだけある。

「妨害があった場合、切り捨てるが、構わないか?」

 この聖家にお抱えとなるということは、自ずと他の聖家と政治的に敵対する意味も含まれている。

 黒装束の派遣だけでなく、開闢者としての仕事に圧力をかけて潰してくる可能性も否定できなかった。

「向こうから来るのなら構わないわ」

 ただし、と釘を刺してくるのは当然のこと。

「あくまでこちらが被害者となるように立ち回りなさい」

「承知した」

 上手く立ち回って正当防衛に持ち込めと言うわけね。

 加減は、善処するしかないか。まあ、相手によるがな。

「ぽ~ぼぽ~(※超特別意訳:え~ホントにできんのかね~)」

 鳥が失礼千万なことを言ったように聞こえたので、フサフサした頭頂部を俺はペシっと叩いておいた。

「ぽぼう」

 残念、柔らかな羽毛により衝撃は遮られたのであった。

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