第22話 依頼内容

 この大陸は一二聖家プラス白王、黒王領の一四に分割されている。

 貴族に該当する故に、領地運営は当然のことだが、立場上、公務として白王領に長期滞在する必要もある。

 その長期滞在の折に使用する屋敷が、今から俺が訪れる区域にあった。


「ムサシ様、お待ちしておりました」

 件の屋敷の門扉前で絵に描いたような老執事がお出迎え。

 腰を低く、恭しくお辞儀をする姿はまさに執事である。

「あ、悪いんだが、こいつらどうする?」

 俺の背後には黒装束が三〇人ほど痛み苦悶し倒れ伏している。

 ほんの数分前、俺を襲わんと待ち構えていたようだが、結果はこの通り。

 一二聖家の屋敷外とはいえ、路面で寝そべる光景は立派な景観破壊だ。

「敷地外ですので、そのまま放置しておいて構いません」

「そうか」

 執事の発言から相手は敷地内に入り込むほど間抜けではないようだ。

 下手すると戦争だしな。

「壮観だね」

 屋敷は白を基調とした洋式建築のようだ。

 広大な庭に、整えられた庭木、どの屋敷もデザインが同じで、門扉に一二聖家の紋章がなければ迷うこと請け合い無し。

 しっかし、毎度思うのだが、なんでこうお偉いさんの住処ってのは絵に描いたようなデザインなのかね? 日本の教科書で見たことあるような建築様式だし、建築家は転生者あるいは転移者なのか?

「武器をお預かりします」

「だが断る」

 主に害をもたらさぬため、武器を預かるのは当然だろうと、俺は断った。

 依頼主が誰かは把握しているも、あくまで第三者から聞き及んだ情報を整理した結果な訳で、己自身が判断する第一要素でしかない。

 それに武器を手放したせいで、暗殺された事例など元の世界で暇がない。

 例を挙げるなら、鎌倉幕府二代目将軍の源頼家。裸ひとつの風呂の最中、襲われたことで命を落とした。刀さえあればと悔やんだことは有名だ。

 まあ俺的には本音を言えば、布でグルグル巻きにしたもう一つの武器を渡したくないってのもある。

「ですが」

 執事は頑として譲らない。職務熱心なのは構わないが、熱にほだされるのは遠慮願いたい。

「構わないわ。持ち込みを許可します」

 鈴なりの声が空間に響く。声の発生源はロビーと二階を繋ぐ緩やかな正面階段。立つのは金髪ロングに身体にフィットした白きドレス、歳は少し年下の少女。されど藍色の目にはどこか力強さが宿っていることから、ただの子供ではないようだ。

「こちらの都合で振り回したようなものよ。それに彼が害を加える気ならば、その時既に私の首は胴体からおさらばしているわ」

 ひゅ~と俺は心の内で口笛を吹いた。

 いや、別に口笛が吹けないわけではない。

 吹けないわけでは。

「改めて紹介するわ。私は一二聖家が一つ、ルキフゲ当主、カエルラ・ルキフゲよ」

「ご指名いただいた開闢者ムサシだ」

 名乗ったからこそ名乗り返そう。ふと、この少女にどこか見覚えがあった。ああ、そういえば、いつぞやの駅ホームでの出迎えや晩餐会の席にいて、あくびをしていた記憶がある。ただ、端にいたことから一二聖家内においてヒエラルキーは低いと見た。いや、今まで見聞した情報を統合すれば、冷遇されているか。

「子供が当主とか言わないのね」

「聞くだけ野暮で時間の無駄だ」

 黒王アウラだって二十歳未満なのに王だぞ、王。

 ここは地球とは違う理の世界だ。

 常識だって違う。

 未成年が王様やったり当主やったりしても、その世界の常識に踏まえれば、おかしくはないだろうよ。

「ささやかながら食事を用意したわ。依頼の話は食事をしながら行いましょう」

「ポボボボ!」

 食事と聞くなり、俺の右肩に留まっていたポボゥが、羽根を羽ばたかせて嬉しそうに鳴く。ああ、耳元で羽根羽ばたかせるな、羽根先が耳穴触れるからくすぐったいんだぞ。

「ボモボクボなんて珍しい鳥をつれているわね」

「ドウツカ大森海でハートを掴んじまったようだ」

「その鳥、オスでしょう」

 ジョークのつもりだったが、思わぬ指摘に俺は目を見開いた。

「ボモボクボのオスは胸の羽毛が縦縞なのよ」

 目から鱗だ。油断する気はないが、ただの子供と思うと火傷程度で済まないだろうな。


 執事に案内されたのは屋敷内のホールである。

 天井に煌めくシャンデリア、長テーブルの上に並べられた料理の数々。壁際に控えるは執事やメイドの面々、なのだが。

「おいおい、招待客は俺だけか?」

「ポボウ!」

 右肩に留まるポボゥが自分もいると一鳴き。

 何しろ用意された椅子の数と招待客の数が一致しない。

 遅刻かと思えども、新たに用意された円の小テーブルの席に当主の少女が腰掛けているから違うようだ。

「予定では五〇人の高ランク開闢者が集まるはずだったわ」

 執事に促されるまま俺は当主と対面する形で席につく。

「けれど誰もが急な公務、依頼帰りの事故、そして襲撃で遺跡調査の依頼を直前でキャンセルしてきたの」

 はは~ん、なるほどね。何者かが横やりを入れてきたわけか。

「なら遺跡調査は中止か?」

「いえ、手持ちの騎士を護衛に編成して赴くわ」

「俺の出番はないも同然だろう」

 並べられたグラスに注がれるのは水のようだ。

 用心に用心を重ねた俺は、ハムハムと焼いたハムを頬張るポボゥの鼻先にグラスを近づける。

「ぽー……ぽぼぼ――ぽーん!」

 匂いをかいだポボゥは両羽根で〇印を作る。

 ふむ、どうやら毒の類は入ってないようだ。

 ちなみに毒があると、両羽根を交差させて×印を作る。

「用心深いのね」

「散々襲われれば疑心を抱きたくもなる」

 実際、何度か毒を盛られかけたが、ポボゥのお陰で助かった。どうやらポボゥには毒に対する感知能力があるようだ。野生で生きるからこそ、獲物が毒を持っていては食せない。毒ある生き物は最初から獲物と見なさい、近づかないが身についているのだろう。

「残念だけど、あなたの出番はしっかりあるわ」

 ふと執事が俺の前にモノクロ写真を三枚差し出してきた。

「ドラゴン?」

 そうドラゴン。RPGで有名な金銀財宝を蓄える西洋の竜だ。

 一枚目は巨大な黒きドラゴンが描かれた壁画。二枚目はドラゴンの足下、簡素であるが黒き棒きれを掲げた人が描かれている。三枚目は、黒き波が壁を破壊してドラゴンへと押し寄せる光景が描かれていた。

「いや、ただの波じゃないな」

 写真に目を凝らせば、波の中に一つ一つ魔物が描かれている。間違いない、この波は、魔物の大量発生、災禍の波だ。

「鑑定では今より二〇〇〇年前に描かれた壁画だそうよ」

「なら二〇〇〇年も前から災禍の波は起こっていたのか……」

 自然災害の一種ならば、台風のように起こると理解できるが、問題は一枚目の写真に写るドラゴンの壁画。足下にいる人と黒き波に向き合っていようと、俺が考察することじゃないか。

「遺跡にあった壁画か?」

「ええ、その通りよ。壁画はまだ奥にあるみたいだけど、現状、進めたくても進めないの」

「魔物の巣窟か?」

 いやそれなら壁画を写真に転写する時間などないはずだ。

 当たり前だがこの世界にデジカメはない。

 カメラはあるにはあるも、デジカメと違って一瞬で撮影などできず、やや時間をかけて印画紙に焼き付ける代物。

 動体を撮るならば、分身のようにブレブレで、静止した状態を維持し続ける被写体ではなければ撮影は不向きだ。

「遺跡内部に魔物どころか原生生物一匹もいないわ。ただね」

「ただ、なんだよ?」

 もったいぶらずに言って欲しいものだ。

 俺はいらだち紛れに、ソーセージにフォークを刺すも乾いた音が響くのみ。

 横からポボゥにかすめ獲られた後であった。

「問題は二つ、異世界文字で刻印された扉は鍵がかけられていること。もう一つは誰もが遺跡に入れば、天紋の力が一切使えなくなることよ」

 俺の元に新たに差し出される一枚の写真。

 長年の風化を物ともせず、役目をこなす扉には、確かに横文字が掘られている。

<この扉をくぐる者は一切の希望を捨てよ>

 日本語ときたか。まあ文字はともあれ、これラノベでよく流用されるフレーズじゃないか。確か、ダンテの地獄の門。まあ、原点では扉じゃなく門だったっけ?

「扉の鍵は時間をかけて解除したわ。異世界文字だって解読完了している。けど一歩でも奥へと足を踏み入れると、天紋持ちの誰もが、頭痛、吐き気、目眩などの異常に襲われるの」

 異常ね、大抵の遺跡は王などの時の権力者の墓だったりする。

 ピラミッドがいい例だ。

 中でもツタンカーメンの墓を調査していた者たちが原因不明の事故や病気で死んだことで、誰もがツタンカーメンの呪いだと恐怖した。

 世界が違えども呪いはあるようだが、頭痛などで済ませるのは、お優しいこった。

「天紋持ち、ね、なんで天紋持ちだけとわかったんだ?」

「雇った開闢者の中で唯一無事だったのが無紋だったのよ」

 依頼の筋がだいたいわかってきたぞ。

「つまり、俺に遺跡内部を調査しろと?」

「ええ、報酬は弾むわ。それどころか、新発見の暁には掲示した額の五〇倍は出すわよ」

「五〇倍なんて破格だぞ。払えるのか?」

「当初の予定では、集めた五〇名の無紋開闢者で遺跡調査を行うつもりだったもの」

 予算はしっかり組んでいるわけか。ところが残る四九名は様々な理由によりキャンセル、俺一人になったと。

 総取りと聞こえは良いが、達成しなければただの数字。

 加えて単身で探索しなければならず、リスクは高い。

「それだけじゃない。開闢者ランク一〇〇への推薦状やルキフゲ家お抱えだって追加報酬でつけておくわ」

「そりゃ魅力的だわ」

 ランクアップは、今後の開闢者業をより行いやすくする上で必要であり、一二聖家お抱えとなるのは当初からの狙い通りだ。

「けどよ、俺は遺跡調査なんてしたことがないぞ?」

 土に埋もれた遺物を掘り出すならお断りだ。

 それなら普通に人を雇えばいい。

 魔物と戦うのではなく、腰の痛みと戦うだけだ。

「カメラ、だと?」

 執事から煉瓦のような物体が俺の前に差し出される。

 一見して分厚い煉瓦のようだが、中央にある丸いレンズ、側面にあるボタンと、古いドラマなどで見たことのあるデジタルではないカメラだ。

「最新式のカメラよ。剣みたいに携行できるなんて驚いたでしょ」

「ぽぼぅ!」

 おい、さっきから人の肉を喰ってる鳥、何でお前が胸を張る。

「従来のカメラなら三脚で固定し時間をかけて撮影するけど、このカメラは三脚なし両手で構えて撮影するの。ボタン一つ押せば、待つことなく一瞬で撮影できるわ。更にね」

 執事からカメラを受け取れば、俺にレンズを向けてボタンを押してパシャリと撮影。

「なっ!」

「ぽぼぼぼっ!」

 一瞬だけ目映い閃光がカメラか走るる。

 俺はあり得ない瞬間に絶句し、ポボゥに至れば羽根をバタバタ振るわせ混乱していた。

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