第20話 指名依頼

「護衛に調査か」

 宿屋にて開封した二通の手紙に記されたのは、護衛と調査の指名依頼だ。

 一つは、ドウツカ大森海の奥地にて新たに発見された遺跡調査の護衛。

 もう一つは、黒王都に駐屯していた騎士団失踪の原因調査。

 喪に服す黒王を護衛する駐屯騎士団が、一夜にして消え去った。

 騎士団から調査隊が派遣されるも、誰一人帰還しておらず、第二の調査隊を派遣する下準備として俺を斥候として指名してきた。

 下手に派遣し続ければ、騎士団の戦力低下を招くからこそ、開闢者を代用するのは賢明だろう。

「本命が来たか」

 俺は口元を手で抑えていようと、内よりこみ上げる笑いを抑えきれなかった。

 遺跡の護衛依頼も、失踪調査の依頼も、封蝋の紋章が一二聖家の家々だからだ。

「ようやくだ。ようやく」

 この三ヶ月、どんな依頼でも受け続け、完遂し続けたのは、信頼と実績を重ねることで名声を高め、一二聖家に近づくため。

 高ランク開闢者となれば、例え無紋であろうと、その実績により一二聖家御用達として召し上げられる。この話を知った俺は開闢者となる道を選んだ。いや選ぶしかなかった。

「アウラ、必ず見つけ出すからな」

 俺は布で巻かれた鞘に納めれし黒き剣を抱きしめながら、新たな決意を抱く。

「ぽぼおう」

 ベッドの上で身体を丸くして横となるポボゥが寂しげに鳴いていた。


 翌日、俺は開闢者組合に顔を出した。

「依頼主に頼む」

 俺は遺跡調査の護衛依頼を受ける旨を依頼主に伝えるよう受付嬢に伝える。

「分かりました。もう一つの依頼はどうしますか?」

「時期が重なっているから、無理だと断っておいてくれ」

 本音は駐屯騎士団失踪の調査など、するだけ無駄だからだ。

 誰一人とて生きておらず、遺体は大森林の原生生物の腹の中に隠してある。

「ではお伝えしますね。しばらくお待ちください」

 受付嬢はタイプライターをパチパチと叩けば書類を作成する。次いで別の職員に書類を手渡せば更なる奥の部屋へと運ばれる。奥にあるのは電信室。モールス信号を用いた電信にて各地にある支部と情報の送受信を行っている。本来なら三〇分ほど待たされるのだが、手早く伝わったのか、依頼主からの電文が俺に届けられる。

「三日後、白王都でか」

 日時と場所が記されている。

 どうやら詳細は直接会ってからのようだ。

 しかし、この都市から白王都まで竜気機関車を使っても丸二日はかかる。

 千載一遇のチャンスを遅刻で不意にしたくない。

 今から出発したほうがが賢明だろう。

「今から白王都に向かう。竜気機関車の搭乗手続きを頼む」

「は、はい、今すぐに!」

 受付嬢は新たな書類を作成して電信室に回している。

 開闢者ランクが五〇を越えているのならば、竜気機関車搭乗は、依頼限定での移動のみ、優先的に座席を確保できる権利が与えられる。

 駅窓口ではなく、開闢者組合の窓口で搭乗手続きを行うことができた。

「え、えっと、ムサシさん、今日の最終便で座席と貨物の確保ができました。便が便ですので寝台車両になります」

「上出来だ」

 流石はこの支部の看板受付嬢、物の数分で終えるなど手腕が凄まじい。

 竜気機関車は主要交通機関である故、席の取り合いなど珍しくない。

 切符を購入して搭乗するのは、世界が異なろうと同じ。当然、無賃乗車はもってのほか。

「ではお気をつけて。あなたに太極の加護があらんことを」

 加護、加護か。嘘偽り無く立場を越えて身を案じてくれるのは嬉しいが、今の俺には乾いた美辞成句にしか聞こえなかった。


 時は金なり。

 出発が深夜の最終便だからこそ準備を怠ってはいけない。

 いけないが、残念にも俺は妨害に愛されているようだ。

 開闢者組合支部を出た俺は、買い出しのため大通りを歩く。

 駅に近いだけあって人の出入りは多い。多いが、いくつかの視線が俺の首筋をチクチクと否応に突き刺している。

「ぽぼ、ぽぼぼ?」

 俺の右肩を止まり木としたポボゥがしきりに頭を傾げては、クルリと首を一回転。獣特有の感で感づいているようだ。

「はてさて」

 尾行される原因に心当たりがありすぎて困ってしまう。三日前にぶちのめした地上げ屋の仲間か、それとも五日前に玉潰したヘンタイの報復か、はたまた一ヶ月前に横流しの罪をなすりつけようとしたどこぞの商人か。まあ、この際どっちでもいいか。俺は素知らぬ顔で通りを歩き続け、裏路地に足を踏み入れる。当然のこと視線の根も動き出した。

「数は……六人飛んで、一二人か」

 表の大通りから人気が飛んだ裏路地は、高い家屋のせいで日当たり悪く、影が路地の先を覆っている。正面に三人、背後から三人が現れる。こんな真っ昼間で顔隠した黒装束なんて、お前ら夜の仕事ばかりしているから時間感覚なくしてんのか? まあ挟み込んで逃げ道塞ぐのは定石だが、まさか他人様の屋根の上に六人ほど控えているなんて、これは地中に潜んでいても驚かないぞ。

「ふう」

 俺は呼吸を整え、全身に力を行き渡らせ脈動させる。俺の変化を気配で察したのか、黒装束の誰もがナイフを無言の無音で抜いてきた。音一つ立てず抜くなど相応の担い手だ。微かに射す日光の反射具合からして刃に何かが塗布されているようで、匂いもどこか刺激的ときた。

「まずは六人」

 呼吸を深く、なお深く。同時に身を深く屈め、頭部が路面ギリギリまでつくかつかぬかの位置まで下げる。左手で構えるのは鞘、右手に添えるのは刀。ポボゥは離れるより側にいたほうが安全だと判断したのか、俺の右肩に鉤爪をしっかりと食い込ませて離れない。

「この程度、誤差の範囲内」

 元々体重が軽いため、いてもいなくても関係ない。ただし敵刃は自己責任だぞ。黒装束たちは刃を前に深く頭を下げて許しを請っていると思ったのか、嘲笑の匂いを漂わせている。では次も笑ってもらおうか。

「風の型改め、雷の型・一刀霹靂!」

 狭き路地に雷鳴が響く。だが本日の天気は晴天。雨雲一つありはしない。路地どころか家屋の壁に靴跡が刻まれた時には、空から六人の黒装束が雷代わりに落ちてきた。

 誰もが胸部の衣服が裂けて素肌をさらけ出すほど強打された跡があり、白目剥いて倒れ伏している。

「お、おい、な、なにが起こった!」

「い、今、雷鳴がしたぞ! 話が違う! こいつは無紋じゃなかったのか!」

 ちょっとばかし速い居合いを打ち込んだだけだがな。

 俺は鞘に刀を納め、チンと冷たい金属音を路地裏に響かせる。対象を見失った残りの黒装束たちは、緊迫した呼吸で狭き路地裏を忙しなく眼球移動で探している。どこを探しているのやら。霧の呼吸法で気配を霧散させた俺は、黒装束の一人の背後で深く身を屈めているというのに。

「先に抜いたのはお前らだ。文句は後で地面とキスしながら好きなだけ言いな」

 俺の前には刃抜いた黒装束が六人。直線上に棒立ちとなっているのは滑稽だが好都合。身体に風を、刃に火を。炉にくべた火を風で煽って火力を上げるように全身を強化する。多くの酸素を取り込んだことで体温は急上昇、心音は跳ね上がり、表皮には玉の汗が現れようと上昇した体温にて蒸発してしまう。

「火の型、風にて改め炎の型・炎竜巻!」

 俺は一歩力強く踏み出すと同時、右足を軸に全身に強いひねりを加えて切り込んだ。殺したいのは山々だが今後の仕事がやりづらくなる。一回転する度に生じた遠心力にて切断力を増すこの型は本来なら刃を向けるも、前述の理由で峰打ちに留めていた。されど、それは殺傷能力が落ちただけで破壊力は増している。

 峰打ちは切られていないから死ぬわけでないと思うな。峰の一打は骨を砕き、内蔵を破壊する。敵を生かしながら死へと苦しめる手だぞ。

「ぐあっ!」

 第一の竜巻に飲まれた一人が弾かれた身体を壁面にめり込ませる。第二の回転は二人同時、路面に首だけ晒して身体が埋まる。

「ひ、こ、こんなの聞いていないぞ!」

「お、俺は、お、降りるぞ! こんなでたらめな相手なんてできるか!」

 あり得ぬ光景に恐怖を抱いた二人が、ナイフを捨てて逃げださんとする。

 竜巻のように回転する俺から背を向けて路地裏から退散せんとするも、まるで路地がベルトコンベアー化したかのように、いくら駆けようと前に進んでいない。

「な、なんでだ! なんで進まない!」

 原因はただ一つの吸引力。

 回転する度に威力が増す=回転にて生じる大気の渦が吸引力を生む。一度大気の見えざる手に掴まれれば敵に逃れる術などない。

「く、るな、くる、な、くるうなああああああああ!」

 恨むなら己の不幸を恨むことだ。

 赤き竜巻と化した俺は、振りかぶった刀の峰で残る黒装束を殴り飛ばしていた。

「ホームラ~ンと!」

 回転を徐々に緩めながらも、黒装束がかっ飛んで行く光景を見逃さない。蒼天に黒装束が飛ぶ姿は日の光もあってかよく目立つ。

「ぽ~ぼぼぼ~ぽ~」

 俺の右肩にずっと留まっていたポボゥは振り落とされなかったも、目を蚊取り線香のようにグルグルと回していた。

「ぽ~ぼぼぼ!」

 流石は野生動物、顔をプルプル震えば、ものの数秒で三半規管の麻痺から回復して見せた。ほんの少しの緩みが死を招く野生に生きていたからこそ、現状への回復能力は高いようだ。あ、ちなみにあれだけ回転していた俺が平気なのは、鍛錬の賜である。

「もう少し踏み込めるな」

 ほんの数ヶ月前まで基本の型しか使えなかった俺が、今では各型を合わせて応用とするまでに至るとは思えなかった。時折思う。もしあの時……あの時、俺にこれだけの力があったなら。いや止めておこう。後悔はある。けれど膝を抱えてばかりでは先に進めない。見つけ出すと決めた。助け出すと決めたからこそ俺は――

「あ、ヤッベ!」

 遠くから響く倒壊音で我に返った俺は絶句する。続いて第二、第三の音が響き、右肩に留まるポボゥが「ほぼ~(あちゃ~)」と言わんばかり右羽根で顔を覆っているときた。

 ホームランは打ち上げてスタンドに落ちるもの。

 ならば俺が打ち上げた黒装束は一体、どこに落ちたのか……。

「お、おい、大変だ! 開闢者組合に人が落ちてきたぞ!」

 噂の伝達速度は時に雷光より凄まじい。

 瞬く間に騒動として発展した。

「ま、まあ、まだ慌てるような時間じゃないしな」

 俺は足を開闢者組合支部に向ける。

 出立は夜だとしても、状況説明に、事情聴取、関係者として拘束され、解放されるのはいつか、めんどいので今は考えるのを止めた。

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