第19話 開闢者ムサシ

<黒王都、魔物襲撃! 犠牲者多数! 生存は絶望的か!>

<同時期、黒王搭乗の竜気機関車、魔物襲撃にて脱線! 車両横転にて崖より落下、行方不明者多数!>

<魔物鎮圧されるも死傷者多数。黒王、犠牲者に哀悼の意を重ね、喪に服すとの声明を発表>


「黒王都の魔物襲撃から半年か」

「犠牲者が多すぎて今でもあの都には立ち入れねえ」

「黒王都は直接ドウツカ大森海に入れるから便利なのに、騎士団の奴らいつまで封鎖しているつもりなんだ」

「仕方ないだろう。黒王様が喪に服すとかで封鎖は解けないって話だし」

「親戚が黒王都で働いているんだけど、同じように喪に服すとか手紙来たけど、無事なら顔を見せて欲しいよ」

「ぽぼ、ぽぼぼ?」

「ああ、またお前か、ほれ、食うか?」

「ぽーぼぼぼ!」

「あはは、相変わらずこの鳥は元気だな」

「なんでも珍しい鳥じゃなかったけ?」

「手出すの止めとけ、止めとけ。以前、金になるから捕まえて売ろうとした奴いたけどよ、飼い主から一撃でノされている」

「ああ、最近話題のあいつか」

「凄いらしいな。どんな小さな依頼でも完遂し、ミノタウロスが現れようと一刀で切り捨てる。何より驚くべきは無紋だってことさ」

「ほれ、噂をすれば」

「ああ、間違いねえ、右頬の傷跡に頭の先から服まで灰色のガキだ」


 一歩建物に足を踏み入れるなり、弾んでいた空気に微かな緊張が走るのを逃さなかった。

 味のある三階建ての木造建築、西部劇の酒場のような構造をしたここは、とある都市部にある開闢者組合支部だ。

「ぽーぼぼ!」

 俺の姿を見つけるなり、ポボゥが焼いた肉を飲み込み飛んできた。バサバサと器用に頭上で旋回すれば、そのまま右肩を止まり木とする。

「おい、あいつだぜ、最近話題の」

「この前は、辺境の村に現れたスライムの群を退治したとか聞いたぞ」

「スライムは物理攻撃が効かねえ魔物なのに、剣で切り捨てたとか」

「俺が聞いた話じゃ、天紋持つ盗賊を壊滅させたそうだ」

「まだガキじゃねえか。実は無紋なんて嘘じゃないのか?」

 好き勝手に言っていろ。昼間っから酒を飲んだくれる輩の戯言にいちいち相手する暇など俺にはない。

 無視して進むも、案の定酔っぱらいの大男が俺の前に立ち塞がってきた。

 ほんの少し大男を見上げれば目測だけでおおよそ二メートルあり、今の俺より二〇センチほど高い。

「へっ、最近色々と羽振りがいいそうじゃねえか、折角だから酒でも、へっ?」

 大きさはどうでもいい。俺の行く道を妨げるな。軽く足払いをしたつもりだが、室内に倒木したような音が響き、大男は頭から床上に突っ込んでいた。

「次は誰だ?」

 外套で隠した刀を周囲にチラつかせながら、俺は冷徹な目で睥睨する。

 寄るならば切る。寄らぬとも切ると力強く目で語りかける。

 開闢者の誰もが露骨に視線を逸らす。

 己が命を一番とするのは賢明な判断だ。

 なんせ死んだらさけが飲めないからな。

「依頼の品だ」

 俺は何事もなかったかのように、窓口カウンターにいる受付嬢に開闢者手帳と依頼品のブローチを渡す。

 ショートカットヘアの童顔でスカートスーツとスカーフの似合う受付嬢は、手帳と依頼品を受け取れば、分厚い本のページをめくりながら該当の項目から照合に入る。

「はい、確認しました。依頼主の家より盗まれた家宝と一致します。ご苦労様でした。報酬額は、えっと」

 算盤を弾きながら受付嬢は、報酬額から税やら事務手数料やらを引いている。

 開闢者の主な活動はドウツカ大森海の探索であるが、他に田畑を荒らす害獣退治や盗人討伐。要人や商隊の護衛など多岐に渡る。

 今回、俺が受けた依頼は、彼の名家から強奪された家宝の奪還。騎士団でも手を焼く盗賊に盗まれたとかで、依頼が舞い込んできた。

 報酬金は危険に見合うだけ出ようと、騎士団でも手を焼くのが他の開闢者に依頼受理を拒めさせた。

「では、ご確認お願いします」

 もっとも額面通りの報奨金が支払われる訳ではない。

 事務手数料や税諸々がしっかり引かれていたりする。

 異世界だろうと国家の枠組みの中で生活している以上、徴税は免れない。

 税金に持って行かれると嘆きたくもなるが、一部報酬金は開闢者引退後の年金として積み立てられている。

 それだけでなく納税の義務を果たせば、負傷時の治療費自己負担額減、竜気機関車運賃割引、年に一度ある確定申告において、事務手数料無料で開闢者組合側が代行するなど損はない。

「これで依頼は完了です。手帳をお返しします」

 受付嬢から返却されたのは開闢者手帳。

 開闢者に関する規約を筆頭に、顔写真つき身分証明書も兼ねた手帳である。

 手帳には如何なる依頼を受け、成否についての経歴や自身の開闢者ランクが記載されている。

 なお、この手帳は証明書であるため開闢者事務資格を持つ者しか記入を認められない。

 メモ書き禁止と規約にしっかり記されている。

「今回の依頼達成にて、あなたの開闢者ランクは九〇となりました。わずか三ヶ月で」

「それで?」

「い、いえ、い、以上です」

 脅したつもりはないのだが、受付嬢は声と体を若干萎縮させている。

 表情も明るく、荒ぶる開闢者相手でも恫喝に臆することない胆力は嫌いではないのだが、はて?

「次の依頼はどうしますか?」

「休む」

 今日だけで四つの依頼をこなしている。

 鍛えているとはいえ限界はある。

 宿屋で一眠りしたい。

 そのまま出入り口を跨ぎかけた時、受付嬢から呼び止められた。

「あ、あの、ムサシさん!」

 眠気にイライラを押された俺は、目尻鋭くして振り返ろうと受付嬢は怯えない。

 受付嬢の右手には、封蝋が施された手紙が二通ある。

「ご指名の依頼です!」


 開闢者ムサシ。

 今より三ヶ月前、開闢者となる。年齢は一六、性別は男。出身地、不明。家族構成不明。天紋なく無紋。曰く、ドウツカ大森海の中で物心ついた頃から、剣の師であるジジイと暮らしてきた。一六となった日、見聞を広めて来いと師より送り出される。

 なんでも借金逃れ、自殺志願者がドウツカ大森海に入り込むのは珍しくなく、俗世を嫌って隠れ住む者もまた。

 だからこそ、かつての名を捨て、都合の良い設定を持ってして僕、晴信は……俺はムサシと名乗った。

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