第177話 勇者のプロポーズ Ⅰ

「あ、来た来た。柏木く~ん、こっちこっち」


 駅近くにあるホテル。

 俺と茜が入口を入った途端、ロビーの方から呼ぶ声が聞こえた。

 声を掛けてきたのはお馴染み、章雄先輩である。

 先輩はご機嫌な様子で俺達に大きく手を振っているが、ここは多くの人が利用するシティホテルだ。

 当然俺達以外にも多くの人がいて、章雄先輩の大声で無駄に注目を集めてしまっている。

 最近は注目を浴びるのは少々トラウマを刺激するので、できるだけ避けたい。

 なのですぐさま先輩に歩み寄り、

 

「い、痛い痛い痛い、柏木君、なんで顔面掴むのぉ?!」

 ちっ、どっちにしてもうるせぇ。

 仕方なくアイアンクローから解放する。

「勘弁してくださいよ。変に注目されたじゃないっすか」

 俺がジロリと睨むと章雄先輩は顔についた指の跡をさすりながら目を逸らす。

 そんな章雄先輩の後ろから声を掛けてくる人がもうひとり。

 

「よう、柏木! 久しぶりだな」

「お久しぶりです。小野寺先輩と仁志田先輩も来てたんですね。というか、2年ぶりっすか?」

 久しぶりに見る顔に驚く。が、考えてみればいてもおかしくないか。

 それに2人の他にも見知った顔がチラホラ。

「神崎や岡崎が卒業して、章雄が大学院、考えてみればそんなになるのな。オメェが会長やってたんだって?」

 この人、小野寺先輩と仁志田先輩はツーリングサークルのOBなのだ。

 俺がサークルに入ったときは3年生で、一緒に活動したのは1年に満たないほどだが色々とお世話になった。

 周囲にパラパラと見える見知った顔もほとんどがサークルのOB、OGだ。

 

「あ、あの、お久しぶりです」

「あ、えっと、確か工藤、さん、だったよな。何度か柏木に会いに来てた。ってことは、はは~ん、やっぱりオマエらくっついたのか? まぁ、そうなるとは思ってたけどなかなか進展しないから俺は2千円負けたんだよなぁ」

「小野寺は夏前に賭けてたんだっけな。俺はクリスマスにしてたんだが」

 げっ、まさかほんの数回顔を合わせただけなのに覚えていたとは。

 というか、そんな前から俺と茜ってそんなふうに見られてたのか。それより何勝手に人で賭けしてやがる。

 

「あ、相川達も来たみたいだね。俺、行ってくる」

 ……逃げたな。

 おおかた大声で俺を呼んだのも先輩達にイジられるからだろうが、昔からやたらとこの2人に絡まれてたみたいだからな。

 別に虐めているわけじゃないのだが、章雄先輩が先輩面しようとすると混ぜっ返してたから苦手なんだろう。良い人達なんだけどな。

 まぁ俺は特に嫌いじゃないのでかまわない。どうせしばらくしたら皆も集まってくるだろうし。

 

「にしても、神崎と岡崎が結婚とはな。付き合ってるのは知ってたけど、卒業して3ヶ月でって、早すぎだろ」

 そう。

 市内とはいえ、こんなシティホテルにサークルの元・現メンバーが集まっているのは、本日神崎先輩と岡崎先輩の結婚式がここで行われるからなのだ。

 以前章雄先輩から2人が付き合っているのは聞いていたがまさか卒業してすぐに結婚するとは思ってもみなかった。

 それも話を聞くと、特に岡崎先輩が妊娠したとかの事情があるわけじゃなく、ベタ惚れ過ぎて卒業する前ででも結婚したがっていた岡崎先輩と、最低限の生活基盤を築いた時点で責任もって迎えたい神崎先輩の思惑が一致したのがこの時期だったということらしい。

 

 俺としては“あの”岡崎先輩と結婚しようとすること自体が勇者の所行としか思えないのだが。勇者の俺よりも格上の勇者、勇者オブ勇者である。

 まぁ、それは置いておこう。

 なにしろ今日はおめでたい日である。

 お祝いムードに水を差すつもりなどまったくない。

 さすがに岡崎先輩も今日くらいはお淑やかにしていることだろう。多分。

 

 

 そんなこんなで1階ロビーが参列者で騒々しくなってきた頃、受付開始時刻になったのでまずは式場へ移動する。

 このホテルは建物内にチャペルが備えられているらしく、案内に従って7階へ。

 特に座席の指定はされていないが前の方は親族や会社関係の人が座るだろうし、中央のバージンロード側は親しい友人が陣取るだろう。

 なので俺達サークル関係は様子を見つつ後ろの邪魔になりそうにない場所に座る。

 もしバージンロード側が空くようならそっちに移動しよう。

 

 席に着いてしばらくすると、扉が一旦閉じられる。

 いよいよ式が始まる。

 お馴染みのメンデルスゾーンの結婚行進曲が流れ、まず新郎である神崎先輩が、いつの間にやら祭壇の上に現れていた神父さんの前に歩く。

 そして、少し間を置いて遂に新婦の登場である。

 ヴェールでうっすらと隠れた顔を俯かせ、父親らしき男性のエスコートでバージンロードを歩く岡崎先輩。

 ……アレ、ホントに岡崎先輩か? 影武者とかじゃなく?

 自分の目が信じられなくて、思わず鑑定魔法を使って確認してしまったぞ。本物だったけど。

 

 普段の岡崎先輩の態度とのギャップが激しすぎて違和感が凄いが、神崎先輩の隣に並び、神父さんの前で『永久の愛』を誓い、指輪の交換。そしてヴェールを上げられて誓約の口付けを交わす。

 その姿はとても厳かで神聖で、そして何よりとても綺麗だった。

 ……ひょっとして俺は疲れているんだろうか。

「岡崎先輩、すごく綺麗……」

 茜がその姿を見ながらポツリと呟いた。

 良かった。俺の目が腐ってしまったわけじゃないらしい。

 

 そうして時間にするとせいぜい30分程度の式は、特に波乱もなく厳粛な雰囲気のまま終了した。

 そこからはまた移動である。

 といっても同じホテル内の披露宴会場だ。

 受付に招待状を提示して席次表を受け取る。

 サークル関係でいえばOBやOGはその時にご祝儀を渡すのだが、現役の学生はサークル全体でご祝儀を取り纏めて既に渡されているのである。

 

 これは神崎先輩の提案による。

 大学生の場合、個人ごとに経済状況にかなりバラツキがあり、例えばネットでアクセを売っている俺などは一般社会人並みのご祝儀を包むことにそれほど躊躇しないで済むが、道永などは他県からうちの大学に通うために1人暮らしをしている。実家からも精一杯の仕送りはしてくれているらしいのだが、それでは到底足りないのでほとんどの生活費はアルバイトで賄っているのだ。そうなるといくらお祝い事だといえ、数万円のご祝儀を包むのは難しい。無理をすれば半月ほどご飯と具無し味噌汁だけの食生活になってしまいかねない。

 

 それでは多く出せないメンバーが萎縮しかねないし、ご祝儀を預かった受付の人達や金額を知った親戚、友人知人からどのような目で見られるかも分からない。

 そこで、サークルで大きな袋にカンパ的な感じで誰がいくら出したのか分からないようにお金を入れてもらい、入れた人も入れられなかった人も関係なく一律に披露宴に招待することにしたのだとか。

 実に神崎先輩らしい大胆且つ細やかな心遣いである。

 久保さん曰く、金額は分からないまでも入れなかった人は誰もいなかったし、今回招待の対象となっていない一年生達も『気持ちだけでも』と皆がカンパしてくれたらしい。

 

 俺? もちろん入れたよ。

 それに貧乏学生が多いうちの大学だ。他のメンバーはそれほど多く出すことができないだろうと考え、結構頑張った金額を入れた。いくらかって?

 ごく親しい兄弟姉妹の子供の結婚式に出席した叔父(伯父)さんと同じくらい。

 披露宴の料理や引き出物だって結構な金額らしいし、そもそも神崎先輩には散々お世話になったり迷惑を掛けたりしたのだ。これだけ気を使ってくれている先輩達に負担を掛けるわけにはいかない。

 もっとも他の連中も同じようなことを考えていたらしく俺の分を除いても合計金額はそれなりになったらしいが。

 

 披露宴会場に入ると席次表に従って大きな丸テーブルのひとつに用意されている席に着く。

 現役&在学中サークルメンバーは新郎側の一番後ろ。卒業済みのメンバーは新婦側の一番後ろに配置されているらしい。

 OB達に囲まれることになった章雄先輩は少々気の毒である。が、まぁ大丈夫だろう。普通に可愛がられてたはずだし。

 

 席に着いてしばらくするとスタッフの人が料理を並べはじめ、その後ビールやジュースなどを各テーブルに置いていく。

 そしてそれが粗方終わった頃合いで披露宴が始まった。

「いや~、なんか、岡崎先輩別人みたいっすね」

「いや、あれ絶対別人だろ。じゃなかったら俺女性不信になりそうだ」

 相川と山崎が高砂席にいる新婦を見ながら正直な感想を言い合う。

 うん。俺も同じ気持ちだ。

 

「岡崎先輩、綺麗~!」

「ああしてると良いところのお嬢様みたいよね」

 女性陣は少々感じ方が異なるらしいな。

 そんな中、茜はボンヤリとひな壇の新郎新婦に視線を向けていた。

「茜? どうかしたか?」

「ふぇ? あ、な、なんでもないわよ。うん」

 具合でも悪いんだろうか?

 

「あのニブさ、どう思うよ?」

「鈍感系主人公っすね」

「この手にあるステーキナイフで刺してもいいよな?」

「でも工藤先輩の気持ち、わかるなぁ」

「憧れるわよねぇ」

 外野が煩い。

 けど、ひょっとして、茜が考えてることって、そういうこと、なのか?

 

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