第175話 勇者とメイドの攻防戦 Ⅳ
「ねぇねぇ、君ら観光の人? 俺達がこの街案内してあげるよ」
「いえ、連れがいるので大丈夫です。それに観光客じゃありませんから」
「そんなつれないこと言わないでさぁ、すっげぇ良いところ知ってんだよ。ここからも近いし、行こうよ」
「結構です。人を待っているので」
茜の素っ気ない態度にもめげずに声を掛け続ける男達。
「そっちの人は外国人? 俺達が日本ならではの場所連れてってやるよ。楽しいぜ?」
正直なところ、男達に囲まれた茜とエリスさんの事はそれほど心配いらない。
異世界に行き来するようになってから、茜は俺の足手まといにならないようにと魔法だけでなく格闘術も積極的に訓練をしていた。
さすがに1年に満たない訓練では騎士達はおろか一般の兵士にも遠く及ばない実力ではあるが、それでもこちらの世界の人間と比べると遥かに頑健で身体能力も高い異世界一般人よりも強いといえる程度には鍛錬しているのだ。普通の、少々鍛えていたり喧嘩慣れしている程度の日本人相手ならそうそう後れを取ったりはしないだろう。
そしてエリスさん。
実力を確認したことはないが、ヤクザがスピッツ程度にしか感じられない鬼と悪魔が跋扈する貴族社会において誰ひとりとして敵に回そうとする人間はいないんだとか。
以前メルがエリスさんの事を指して“護衛としても優秀”と評していたし、実際に俺ですら背後を取られて驚かされることが何度もあった。心配するだけ無駄である。
むしろ俺が心配するのは相手のことだったりする。
今の所は対応を茜に任せて静観しているが早めに何とかした方が良さそうだ。
「ひとつお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
俺の内心を察してくれることなく、エリスさんが口を開いた。
でも、あれ?
相変わらずのアルカイックスマイルはそのままに、口調も穏やかだ。
気分を害しているわけではなさそうだし、大丈夫か?
「え? 俺? 良いよ良いよ、何でも聞いて? っていうかさぁ、お姉さん日本語上手いじゃん!」
話しかけられた男は一瞬驚いたような表情をするも、反応があったことに嬉しそうに応じる。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて。
貴方と貴方は何故髪の毛を金色にしているのでしょうか? 顔形が日本人のままなのに髪色ばかり外国の方に似せても非常に、何と申しますか、そう、非常に貧乏くさく見えてしまいますが、それで良いとのお考えなのでしょうか?」
「は? え? えっと、な、なに…」
問われた男は、あまりに真顔で聞かれたことで馬鹿にされているとは思えず、さりとて内容のあまりの非道さに反応が止まる。
確かにエリスさんの指さした2人の男は茶髪を通り越した金髪。それも根本は黒い髪が見えており、見事な逆プリン状態ではある。
しかし、二度も『非常に』を強調するのは、実に非情である。……あ、これダジャレだ。
「それと、そちらの貴方は何故そのようにズボンを下着が見えるほど下にさげているのでしょうか?
それでは動きづらいでしょうし、何よりただでさえ短い足が余計に短く見えますよ? それにそのような服装を続ければがに股になってしまいます。もう既に手遅れだとは思いますが、少しは直さなければその内横にしか歩けなくなります。確かに突然知らない婦女子に下半身を見せつけるには便利でしょうが」
「な?! ななな…」
「そちらの方は、少々香水が過ぎるようですね。いえ、もしかしてトイレの芳香剤を携帯なさっているのでしょうか? いくら放屁の匂いを誤魔化したいからといってもそのように過剰ではむしろ余計な注目を集めてしまいますよ? あ、それとも注目されながら放屁することに喜びを感じられるのでしょうか、そうであれば余計なお世話でしたね。申し訳ありません」
「い、いや、ちょっと、あんた…」
「それからそちらのお二方は普通の人に見えなくもありませんが、鼻や口、耳に過剰な飾り金具をつけているということは、“家畜”なのですね? 申し訳ありません、てっきり人間だとばかり思っておりました。しかし、この国の法律は存じませんが、家畜を外に連れ出すのならば引き綱をした方がよろしいかと思います。この中に飼い主の方がいらっしゃるのでしょうか?」
「………………」
内容だけ聞いていると完全に相手を小馬鹿にして煽ってるとしか思えない。
しかし、長身の外国美人が、表情をまったく動かすことなく、ごく平坦な口調で言っているので男達もどう反応したらいいのか分からないようだ。
「あ、あんた、いいかげんに…」
「状況から考えるに、あなた方は
古今、女性は男性に対し、頼りがいのある理想の父親像を深層で求めているものです。であればこそ、男性は女性を引きつけたいと思うのであれば男らしさと清潔感がなければなりません。
しかるに、誠に残念なことにあなた方にはそれらが少々不足しております。
奇天烈な格好をするのも結構ですが、鍛えてもいない貧相な身体と威圧的な態度では滑稽さを振りまく道化のようなもの。
なにより姿勢がよくありません。ダンゴムシのように背中を丸めてはどのような態度であっても卑屈に見えます。もっと背筋を伸ばし、何事にも動じない態度を出すべきです。
それから……」
「あ、お、俺、これから約束があったの忘れてて」
「お、俺もだったわ」
「そ、そうだな、それじゃ」
結局男達がとった対応手段は逃走、である。
一様にどんよりと頭部に闇を纏わせ、足元もヨロヨロしてる。かなりのダメージがあったらしい。
ナンパ男達に同情するのもどうかと思うが、まぁ、なんだ、相手が悪かったな。
強く生きてくれ。うん。
「ところで、ユーヤ様はどうして覗き見ているのでしょうか。粗野な男性に声を掛けられて戸惑う美女の表情を盗み見て興奮されているのでしょうか。そういうシチュエーションがお好みでしたらもう少し別の対応を取ったのですが」
出ていくタイミングを逸して立ち尽くしていた俺に気付いたエリスさんの辛辣なるコメントである。
断言しておくが、俺にはそんな趣味は無い。困ったような茜の表情がちょっと可愛いとかそんなことを考えていたわけではないのだ。
「……とりあえず、飯、行くか」
「あははは、エ、エリスさんって、凄いわね」
凄いというか、恐いな。
絶対に敵に回したくないタイプだ。間違いなく精神を折られる。
「はて、あの方達はどうなさったのでしょうか。何やら顔色が悪くなっていましたが」
エリスさんのせいでな。
昼食を済ませ、山手線に乗り別の場所へ。
ちなみに昼食は某牛丼チェーン店だった。
これにはエリスさんの『一般の方が日常的に昼食として摂られる食事を食べてみたいです』という言葉でチョイスした。
ファミレスやハンバーガーチェーンも選択肢としてはあったのだが、最終的に本人の希望を優先することになった。
そして席に座るなり注文を聞かれたエリスさんは『アタマ大盛り、つゆだく、温玉、とん汁で』と流れるようなオーダー。
……もうね、裏メニューまで把握してるとか、ツッコむの諦めたわ。
まぁ、それは置いておいて、移動した先はかつてのオタクの聖地、秋葉原である。
今では再開発も進んで古き良きマニア向けの店が随分と少なくなってしまったという話だが、その分観光客も増えて活気に溢れている。
秋葉原といえばやはりパソコンをはじめとする家電製品だが、そんなものを異世界に持っていったところでほとんど役に立たない。なにしろ電気がないんだから当然である。
では何をしに来たのかといえば、もう一つの秋葉原名物“メイド喫茶”だ。
一時期に比べれば相当数が減っているらしいが、エリスさんはこの“メイド”という部分にかなり興味を引かれたらしい。
本職が王宮侍女、つまりはメイドであるのだから、まぁ、わからないでもない。
けどここでいう“メイド喫茶”は、当然ながら本物のメイドなど1人もいない。それどころか実際のメイドとはかけ離れた存在なのは周知の事実。
そのことは伝えたものの、以前ならばそれなりにテレビでも取りあげられていたがブームが下火になった現在は情報そのものが少なくなったのであまりイメージが掴めなかったらしく、結局、それならばと行ってみることになったらしい。
スマホで情報を検索し、マップで場所を確認、駅からさほど歩くこともなく到着。
鼻にかかった甘ったるい声で出迎えられて店内にGO。
白を基調にした萌え萌えな空間に足を踏み入れた途端、エリスさんがフリーズしてしまった。
あまりに想像の斜め上を行く空間に脳神経が焼き切れてしまったらしい。
何を聞いても話しかけても『え、ええ』としか言わなかった。
店内には1時間も居なかったのだが、美味くもないのにクソ高いドリンクを人数分頼んだだけだ。
店の入っているビルを出て駅までの通りを歩くうちにようやくエリスさんが再起動することができた。
「い、いろいろと衝撃でした。この国の方達はメイドというものにあのようなイメージを持たれているのでしょうか」
「え、えっと、さすがにそんなことはないんじゃないかな。多分」
「確か元々は男性向けのゲームか何かのイメージでできたんじゃなかったっけ? その内だんだんおかしな方向にぶっ飛んでいったみたいだけどな」
「もしかして、ユーヤ様もああいったメイドをお望みなのでしょうか」
「マジで止めてください」
はっきり言って、ああいう店はノリについていけないとかなり居たたまれない。見ているだけで恥ずかしくなってしまうのだ。
そして俺はついていけないタイプである。
確かにメイドさんの服装は可愛らしいとは思う。スカートも短いし、胸元も大きく開いてるし……ゲフンゲフン。
どちらにしてもあのノリを生活空間に持ち込みたいとは欠片も思わないのだ。いやマジで。
だから茜も『奈っちゃんに作ってもらおうかな』とか言わないように。オオカミさんが暴走しちゃうよ?
中途半端な時間となったが、お次は再びの買い物である。
場所は何と、庶民には敷居の高い場所である“銀座”。
理由は単純でお土産、である。
化粧品や工芸品など、異世界に持っていってもあまり不都合がなく、且つ喜ばれるものなど東京にはいくらでもある。
特に化粧品に関しては相当強く求められているとのことで、多くの化粧品ブランドが軒を連ねるこの場所にやってきた。
とはいえ、俺はその辺は完全に門外漢だし、茜にしても女性とはいえ所詮は大学生である。銀座に詳しいわけもない。
というわけで、実際に銀座を薦めたのは母さんで、ショップ名や場所、買うべき商品は既に指定済みらしい。お金もその分は事前に渡されているので茜とエリスさんが買う物の荷物持ちが俺のお仕事だ。
ある程度増えたらまとめてアイテムボックスにコソッと放り込む。
銀座最後は“江戸切子”の店だ。
これも母さんのお薦めで、俺の家にもグラスがいくつか置いてある。めったに使わないけどな。
実際にそれを見たエリスさん曰く、王国で売ったら家が建つくらいの価値があるそうだ。
店内に入ると色とりどりの美しい切り子ガラスが並んでいる。
別にこういった工芸品が好きというわけではないが、それでも綺麗なものは綺麗だと思う。見てるだけでも割と楽しいし。使うのは恐いけどな。
Pipipipipi……。
「あ、ゴメン、ちょっと電話だ。はい、もしも…」
『姉ちゃん? 今どこに居る?』
「信士? えっと、東京だけど。裕哉と一緒に」
『あっちゃー、デート中かぁ。いや、姉ちゃん最近あんまり家に帰ってきてないだろ? なもんだから今日は父さんが朝から機嫌悪くてさぁ、あんまり鬱陶しいから適当な理由つけて酒飲ましたんだけど』
「……酔っぱらってクダ巻いてるのね。お母さんは?」
『恒例の近所の主婦友達と食事会。遅くなるらしいし、月に一度の事だから連絡するのも悪いし、姉ちゃん、悪いけど帰ってきてくんない? 俺も5時からバイト行かなきゃならないし、この状態の父さん置いてくのも不安だし』
店の隅で小声で話す茜だったが、ここは銀座の高級店。
店内は抑えめの音量でピアノ曲が流れているだけの静かな空間なので、電話越しの信士の声までまる聞こえである。いや、感覚が強化されてる俺だから内容まで聞き取れるだけなんだけどな。
「あ~、裕哉、ゴメン」
「悪い、聞こえてた。親父さんだろ? しゃーないよ。ひとりで大丈夫か? 転移で送っても良いけど」
「まだまだ明るいから大丈夫よ。東京にいるって言っちゃったし、あんまり早く帰るとおかしいでしょ? だからこっちは良いけど……気を付けてね」
そういうことを言わないで欲しいのよ。
不安になるじゃん。
「アカネ様はお帰りなのですか?」
「うん、ごめんなさい。ちょっと急用ができて」
「私の事はお気になさらず。お気をつけて」
茜は急いで帰っていった。
まぁ、影狼もいるし、そっちは心配ないだろう。
親父さんも単にクダ巻いてるだけだしな。
問題は、
「二人っきりになってしまいましたね、ユーヤ様」
……エリスさん、恐いっす。
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