第174話 勇者とメイドの攻防戦 Ⅲ

 茜と一緒にエリスさんを連れてデパートのレディースカジュアルのフロアへ行くと、華やかな衣装に身を包んだ等身大のメルのパネルが置いてあった。

 ……何だこりゃ?

「ユーヤ様、つかぬ事をお伺いしますが、姫様はこちらの世界で有名人となられたのでしょうか?」

「い、いや? そんなことはない、はずなんだけど」


「あ! そういえば去年の夏にメルが亜由美ちゃんと服を買いに行ったときにモデルみたいなことをしたって言ってたわよ」

 ……そういえばそんなことを言ってた気がするな。

 確か、あの時はヤクザ者相手に魔法を使ったとかで口止め脅しに行ってトラブルに巻き込まれたり、非常に面倒なことになった覚えがある。

 んでも、もう半年以上前の事だろ?

 移り変わりの激しいファッション業界でまだ使われてるのか、コレ。

 

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「あ、はい。えっと、この写真、っていうか、パネルって」

「ああ、それは昨年ご来店になったお客様でとても素敵な方がいらして、お願いして写真を撮らせていただいたらしいんです。ちょっと時季外れではあるんですけど評判がいいのでそのまま飾ってるんです」

 ……後で亜由美のやつを叱っておこう。

 

 満面の笑みで語ってくれる店員に苦笑いを返しながら、何とか気を取り直して改めて服を探す。

 ここから先は茜の独壇場だ。エリスさんに日本でのファッションの傾向や流行などの説明をしながら一緒に売り場を見て回りはじめる。

 俺? 店の入口近くの隅っこでマネキンと同化してますが何か?

 

「素晴らしいですね。生地の色といい、肌触りといい、王国では見たことがありません」

 いくつかの商品を手に取ったりしながらエリスさんは感想を言う。

 エリスさんも女性である。ましてや王族の衣装などの準備をしたりすることもある王宮侍女だ。服飾には一家言あるのだろう。

 ちなみに、エリスさんもレイリアによって言語理解の魔法を掛けられているので普通にこちらの言葉が話せる。

 茜やうちの家族も全員が言語理解の魔法を使われてるので端から見ると飛び交う言語がわけ分からない状態になっているのだが。

 

 売り場にある服は春夏物のようで、明るい色合いで華やかなデザインからシンプルなタイプまで至る所にディスプレイされている。

「いかがですか? そちらのお客様は背も高いですしスタイルが良いのでどれでもお似合いになると思いますよ」

 アレコレと服を選んでいた茜とエリスさんに先ほどの店員さんが声を掛ける。

「服はどれも素晴らしいと思います。この国の服飾というのは凄いですね。ただ、残念なこともあります」

 相変わらずのアルカイックスマイルでエリスさんが告げる。

「残念、ですか?」

 エリスさんの台詞があまりに淡々としているのでピンとこなかったらしい店員さんが首を捻る。

 

「はい。残念、というか、勿体ないですね」

「は、はぁ」

「飾られている服の組み合わせと着こなしがあまり良くありません。折角のデザインと質感が生かされておらず、非常に勿体ないと言えます。

 貴女の今来ている服もこの店で売っている物でしょう? それなのにその着こなしでは服ばかりが強調されて貴女自身の魅力が半減してしまっています」

 いきなりプロ相手にダメ出しを始めるエリスさん。

 店員さんも呆気にとられて、プライドを刺激されるどころではなさそうだ。

「ちょ、エリスさん!」

「アカネ様、そちらのスカート、右側の青い物を取って下さい。そう、それです。それと向こうの白いジャケットも」

 

 咎めようとした茜を制して、さらに服を持ってこさせるエリスさん。

 そしてマネキンが身につけている服を外して別の物を着せていく。

 茜も店員さんも口を挟む隙がない。

 わずか2、3分でマネキンの衣装を整え直し、最後に帽子といくつかの装飾品を着けると完成、らしい。

「……こんな感じですね。いかがですか?」

 そう言ってエリスさんは一歩下がり、マネキンを示す。

 うん、変わった、のか?

 なんとなく雰囲気が変わったのは分かったが、俺みたいなファッションに無頓着な朴念仁には差が分からないのだが、店員さん反応は劇的だった。

 

「す、すごい! 組み合わせだけでこんなに変わるの? いえ、襟の角度とか袖の見せ方も違うわ」

「次は貴女ですね。服とは着ている女性の魅力を引き出し、飾り立てるものでなければなりません。折角素材が良いのだから、服に着られているようでは本末転倒もいいところ。ボトムスはそのままで構いませんが、シャツはもう少し色合いを抑えた方がよろしいでしょう。こちらの物がデザインも質感も良いかと思います。それと靴は悪くありませんが足首にワンポイント欲しいですね。それと……」

 店員さんの意見を聞くこともせずに売り場にあったいくつかの商品をチョイスして持たせると、強引に試着室に押し込んでしまった。

 良いのか? アレ。

 

 あまりのエリスさんの勢いに押されたのか、店員さんが言われるがままに着替えて試着室から出てくると、今度はエリスさんがその服を整え始める。

 襟や裾などをアレコレ弄っているようだが、俺には何をしているのかさっぱり分からない。

 見守ること数十秒。

 確かに先ほどまでの店員さんとは印象が違っているような気がする。それまでも別に変な格好をしているわけじゃなかったし、服飾店の店員としておかしくはない清潔感のある服だったのだが、一気に華やかになった感じがする。

 というか、普通にかなりの美人さんに見えるな。

 

「こ、こんなことって……別に服のグレードが上がったわけじゃないのに。この人、凄い」

「エリスさん、やり過ぎよ……」

 鏡に映った自分の姿を見て感動しているらしい店員さんと、頭痛を堪えるような表情の茜。

「ついでですので他のディスプレイも全部やってしまいましょう。手伝っていただけますね?」

「は、はい! 何をすれば良いですか?」

「よろしい。では、まずそちらのトルソの服を替えてしまいましょう。そこの……」

 あくまで淡々とした口調を崩すことなく勝手に行動を始めるエリスさんと、どういうわけだか喜々としてそれに従っているように見える店員さん。

 

 完全に傍観者と化した俺の見ている前で、エリスさんは次々に店員さん、途中で増えて3人の女性に指示を出しながらディスプレイを替えていく。

「あ、あの、わ、私もトップスとボトムを揃えたいんですけど、相談に乗っていただけませんか?」

「お任せ下さい。ご予算をお伺いしてもよろしいですか? それと、どんな場面でお使いになるかを……」

「わ、私のもお願いします!」

「来週、新しい彼と初めてのデートなんですけど…」

「同窓会に着ていく服を…」

「農作業用の…」

 途中から別のお客さんがエリスさんに服のコーディネートを頼み始める。

 一人が口火を切ると、次々と来るわ来るわ、あっという間に女性客達がエリスさんを取り囲む。

 だが、最後の奴はワー○マンに行った方が良いぞ。

 

 

 

 たっぷり1時間以上を経過して、俺と茜、エリスさんはようやくデパートから出てきた。

 あの後、女性客達に対して次々にコーディネートを提案していたエリスさんだったが、客が客を呼ぶというのは飲食店だけでなく服屋さんにも適用されるのか、切れることなく客が押し寄せて、売り場の棚がかなり寂しくなったところを見計らって店を出ることにした。

 

 店員さん曰く、1日で1ヶ月分くらいの売り上げをたたき出したらしい。

 コーティネイトの都度、ポイントやコツのアドバイスを交えながら説明をしていたらしく、途中からエリスさんのことを『先生』とか呼んでた。

 しかも、普通は女性客はいくつかの服をサイズ違いでチョイスして試着するらしいのだが、エリスさんは一目見ただけで女性の正確なサイズを見抜き、エリスさんが勧めた服の組み合わせはこれ以上ないというくらい完璧で、漏れなく即決でお買い上げとなるため、意外にも1人1人に掛ける時間はそれほどでもなかったそうだ。

 途中から茜まで一緒になってエリスさんのファッション講座を熱心に聞いていたんだが、ストッパー役はどうした? 頼むぞ、本当に。

 

 まぁ、そんなこんなで店員にまで感謝されて惜しまれつつ店を後にしたのだが、お礼とばかりに何着も服を提供? 譲渡? されて、今俺の両手は通行の邪魔になるほどの紙袋で塞がっている。

 予想外に出費が抑えられたのは結構なことなのだが、とにかく荷物が邪魔だ。

 さっさとアイテムボックスに放り込んでおきたいのだが、下手な場所で入れるわけにはいかない。

 というわけで、両手の荷物を何とかすべく新宿駅の東側に向かう。

 バスタ新宿の近くの高架下に新宿ツーリストインフォメーションセンターというところがあり、その裏手にコインロッカーが集まっている一角があるのだが、そこは入口がオープンになっているロッカールームのようなところで、奥側は道からは見えないようになっている。

 そこへ行き、一番奥の空きロッカーを見つけ、そこに荷物を入れるフリをしながらアイテムボックスに大量の紙袋をしまう。

 実際には荷物を預けているわけじゃないので料金は掛からない。それに取りに戻る必要もない。

 

「はぁ~、最初っから疲れたよ」

「あ、あはは、凄かったわね」

「申し訳ありませんでした。つい、メイドの血が騒いでしまって」

「どんな血だよ! って、まぁいいや。次は……飯にするか」

 まったく、欠片も反省しているようには見えないエリスさんに脱力しながらスマホの時刻を確認する。

 既に昼近い。

 12時を過ぎるとどの店ももの凄く混むのでその前に何か食べておきたい。

 と、その前に、ちょっと失礼する。

 

 茜にエリスさんを任せて、駅の構内に入る。

 理由? トイレだよ!

 店に入ってから行っても良いのだろうが、どうも飲食店に行ってトイレを使うのって微妙に抵抗があるんだよな。コンビニとかなら気にならないんだけど、何でだろ? もしかしたら俺だけなのかもしれんが。

 ともあれ、用を済ませたらさっさと茜達のところに戻らねば。

 なんといっても世界有数の人がひしめく東京新宿駅周辺だ。どんなトラブルが舞い降りるか分かったものじゃない。

 などと考えてたのが悪かったのか、いつの間にやらイベントフラグが成立していたようだ。

 

 俺が茜とエリスさんが待っている場所まで戻ってみると、数人の男に取り囲まれる二人の姿がそこにあった。

 ……お約束過ぎてツッコむ気にもならないな。

 

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