第173話 勇者とメイドの攻防戦 Ⅱ

 本日は異世界からお越しのエリスさん(王宮侍女)を東京に連れて行く、らしい。

 できるだけ外出を遅らせるべく、茜に紅茶を勧めてみたりテレビを点けてみたりしたのだが、『本日の外出はお気が乗らないのでしたら、それはまた別の日にして家の中でしっぽりと、というのでも……』というエリスさんからの脅迫を受けたので大人しく出かけることにした。

 のは良いのだが、

 

「エリスさん……なんでメイド服のまんまなんですか?」

「これは異な事を。王宮侍女たる者、いついかなる時であろうとも常に奉仕の精神を保たねばなりません。メイド服とはその心根の表れなのです。謂わば侍女の戦闘服と呼べる物です。

 ですので、私は、この服を脱ぐときはユーヤ様のお手つきになるときだけだと心に決めております」

 ピクリとも動かないアルカイックスマイルで口から出任せを言うのは止めて欲しい。

 優秀な侍女であることは認めざるを得ないが、奉仕の精神とやらを感じたことなんて一度もないぞ。

 いや、優秀なんだけどな。マジで。

 それと、今もこれからも、俺はエリスさんをお手つきにするつもりは欠片もない。

 

「まぁ、冗談はともかく。

 非常に残念なことに、メイド服以外のものを持ってきておりません。ああ、王城に取りに戻るというのには及びません。ユーヤ様とのデートが終わるまでは、例え一時であっても戻るつもりはございませんので」

 くそっ、言おうと思ったのに先に釘を刺された。

 にしてもどうしようか。

 さすがに都心部に行くのにメイド服は目立ちすぎる。間違いなく何かのイベントかどこかの店の宣伝と思われるのがオチだ。

 

「茜、エリスさんが着れそうな服とか、あるか?」

「う~ん、エリスさんって私よりもだいぶ背が高いから厳しいかも、一応試してみるけど」

 茜が難しい顔をしながらも請け負ってくれたので、2人で我が家にある茜の部屋・・・・に移動してもらう。

 んで、当たり前だが俺が廊下で待っている間に着替えてもらったのだが、

「……駄目だな」

「あ、あはは、無理ね、コレは」

 

 おそらくは茜の持ち物の中で、一番マシなのを選んでくれたのだろうが、着替え終わって出てきたエリスさんを見た俺と、着替えさせた本人である茜が揃ってダメ出しせざるを得なかった。

 理由は……エリスさんの身長とスタイルである。

 以前にも語ったことがあるが、エリスさんはとんでもなくスタイルが良いのだ。

 身長は175センチくらいで胸と腰は豊かなのにウエストは恐ろしく細く、足も長い。

 写真でしか見たことはないが、クリスティアーノ・ロナウドやブラッドリークーパーと浮き名を流して話題となった元スーパーモデルのイリーナ・シェイクのようなスタイルなのである。

 

 茜だって日本人としては充分にスタイルは良いと思うし、容姿にも恵まれている(多分に主観が混ざるが)のだが、バランス的に欧米人に近い体型のエリスさんとはやはりだいぶ異なるので、実際に茜の服を着てみると、なんというか、非常にエロい。特に胸元と腰つきが。

 こんなの連れて歩いたらトラブルホイホイ間違いなしだ。

 スタイルでいえばレイリアはそれ以上ではあるが、そっちはそっちでこれまた体型が異なるのでどちらにしても大して変わらないだろう。

 となると、どうしよう。

 

 スマホの時計を確認する。

 8:47

 どう考えても時間が早すぎである。

 9時過ぎくらいにゆっくりと家を出れば都内には少し早いくらいの時間に着くからと考えていたのだが、着替えを買ってからとなるとユ○クロも、し○むらも開店するのは10時過ぎだ。

 そうなるとドン○ホーテか? ちょっと遠いか。あ、あそこがあった。

 

「とりあえず親父に車借りてくる」

「うん。それは良いけど、どうするの?」

「ワー○マンならもうやってるからな。車なら10分も掛からない」

 元々は作業服専門店だが、最近は女性ものの衣類の取り扱いも増えてファッション誌にも取り上げられることが多くなった。

 とはいえ、あくまで仕事着との兼用を考えられているので多少の野暮ったさはあるのだが、メイド服よりは余程マシだろう。

 

 というわけで借りた車にエリスさんと茜を乗せて近所のワーク○ンで女性用のテーパードデニムパンツとシャツ、パーカーを買ってから帰宅。

 試着した時に見たのだが、機能性が高く値段が安いが野暮ったいデザインのはずの服も、スタイルの完璧な美女が着ると高級カジュアルブランドの服に思えるのに驚いた。

 茜もちょっとショックを受けてたし。

 それは置いておいて、着替えを済ませてから改めて、今度は徒歩で家を出る。

 ……ちょっとだけ時間が遅くなった。 

 都内への交通手段はバイクではなく電車なのである。

 エリスさんを後ろに乗せるのが恐い、というのがないわけではないが、エリスさん自身が希望したというのが一番の理由だ。

 

「んで、今日は都内で買い物と食事ってことで良いんだよな?」

「ああ、それなんだけど……」

「お任せ下さい。本日のデートプランはバッチリでございます」

 行く場所について相談を受けていたであろう茜に聞くと、その言葉を遮ってエリスさんが待ってましたとばかりに口を挟む。

 その手はまるでポーカーでもしているかのように数冊のガイドブックを広げている。書店に行くと沢山おいてある、る○ぶとかのやつだ。

『1日で遊び尽くす東京』『東京グルメ100選』『買い物を楽しもう-東京編-』『東京デートプランはこれ一冊で完璧!』『ムード満点!東京ナイトツアー』『恋人と素敵な夜を-東京のホテルパーフェクトガイド』……。

 いったい何日滞在するつもりだ?! しかも不穏なものが混ざってないか?

 

「だ、大丈夫よ裕哉。一応私も確認してるし、そんな無茶な内容じゃないから。とりあえず新宿まで行くわよ」

「……わかった。エリスさんが暴走しそうになったら止めてくれ。頼む」

 最寄り駅へ向かいながら歩くエリスさんと俺たち。俺が茜とコソコソ話ながら歩いているが、エリスさんは気にする様子もなく、表情も変えずに後をついてくる。いや、グルメガイドブックに夢中の様子である。

 まぁ、ガイドブックに載る程度の食べ物なら何とかなるだろう。銀座の回らない寿司屋とかが載ってないことを祈る。

 

 歩くことおよそ20分。

 駅に到着すると、さすがのエリスさんも表情を変える。

「これは……凄いですね。姫様から話は聞いていましたが、何もかもが不思議でおかしくなりそうです」

 話で聞いたりテレビで見たりするのと実際に見るのは大違いだ。

 エリスさんは駅の無人改札や券売機、ホームに入ってきた電車を見て目を白黒させている。

 いかなる時でも冷静で表情を動かさなかったエリスさんが戸惑いを露わにしているのを見るのはちょっと楽しい。

 まるで悪戯が成功した時のような気持ちとでもいうのか、いや、別に何もしてないけど。

 

「ユーヤ様、意地の悪い顔をされていますよ。そんなに私が驚くのが楽しいのでしょうか? どうせならベッドの上でもっと色々な表情を見ていただきたいのですが」

 いつものきわどい軽口にもキレがない。ちょっと顔も赤いし。

 ギャップ萌えってこんな感じなのか?

 これ以上余計な事を考えてると色々とマズそうなのでさっさと電車に乗り込むことにする。意地悪が過ぎると反撃が怖いし。

 

「それにしても、ユーヤ様の世界は、なんというか、言葉にならないほど刺激的です。この“電車”ですか? これほど静かで乗り心地が良く、早い乗り物など想像したこともございませんでした」

 動き出した電車の窓からチラチラと外を見ながらエリスさんが嘆息する。

 現代日本人からすればそれほど車内は静かでもなければ乗り心地も良くないのだが、移動手段といえば徒歩か馬、馬車、木造船くらいしか存在しないウィルテリアスしか知らない人からすればそういうふうに感じるのだろう。

 幸いというか、休日なので乗客はそれほど多くない。

 あのすし詰め状態のラッシュも経験させたいような気がするが、万が一痴漢でも出た日には大惨事になりかねないので、やはり無難なのが一番だろう。

 

 池袋駅で乗り換えて新宿まで。

 電車を出た後端、ホームから駅構内まで人の波、波、波、である。

 さすがは1日平均350万人の乗降者数を誇る、ギネス認定の巨大駅だ。

 これでも休日な分少ないくらいなのだが、それでも数万人にも届こうかと思われる人間がこのごく狭い範囲に密集しているのだから冷静に考えると恐ろしいくらいだ。

 キュッ。

 不意に俺の服の裾が引っ張られる感触に振り向く。

 と、そこを指先で掴んでいたのはエリスさんだった。

 えっと、何? このシチュエーション。

 

「その、こんなに大勢の人がいる場所ではぐれでもすると困りますから」

 驚いた俺に、いつものすまし顔で平坦に言うエリスさん。

 ……あ~、うん、言葉通りに受け取っておこう。

 エリスさんの態度が演技でもそうでなくても地雷であることには変わりない。

 そもそもエリスさんの気配は完全に掴んでいるのではぐれることはあり得ないし、エリスさんもある程度の魔法は使えるはずなのでそれは同様だ。

 とはいえ、異世界人であるエリスさんが東京の人混みに圧倒される可能性も否定できないのできちんと気を使わなきゃならないのは確か。

 

 時間を確認すると、もうデパートなんかは開店している時間だ。

 なので、エリスさんが掴んでいる裾はそのままに、茜を促して駅に隣接されているデパートに入ることにした。

「えっと、まずは服を見るんですよね?」

「はい。姫様にこちらで買った服を見せていただきましたが、どれも素晴らしいものでした。できれば王国で着てもおかしくないデザインのものをいくつか購入できればと」

「とすると、すこし落ち着いた感じの方が良いのかなぁ。なら新宿○島屋? それとも伊○丹?」

「小○急にしてくれ。遠慮なしに強請られたら破産する」


 高級百貨店に目の肥えた王宮侍女なんか連れて行った日には間違いなく貯金が全部飛ぶ。

 それなりにネットのアクセ販売で稼いでいるとはいえ、買い物だけじゃないんだからできるだけ抑えめにしないと本気で破産してしまう。

 一応、親父と母さんからは、使ってもいいって家族用クレジットカードを預かってはいるが、そこまで負担を掛けるわけにはいかないしな。

 なのでもっと庶民的なデパートをプッシュする。

 茜もちょっと笑いながら同意してくれた。どうやら冗談だったらしい。

 エリスさんは茜の言ったお店にも興味がありそうだったが、服の買い物はほんの出だしだ。

 他にも色々と行くと約束するとあっさり納得してくれた。

 ……その素直さが怖い。

 

 そんなわけで、4階の婦人服売り場へ。

 そこで俺たちの目に飛び込んできたのは……。

「あ、あれは、姫様、メルスリア殿下では?」

 メルの等身大のパネルだった。

 なんで?

 

 

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