第172話 勇者とメイドの攻防戦 Ⅰ
朝、外では雀が元気にさえずり、春の柔らかな日差しが注いでいる。
ベッドの中で暫しの間微睡んでいる至福の時間だ。
部屋の中にいるのは俺一人だけ。
複数の女性と同居し、その内3人(時々4人)と深い関係を結んでいるとはいえ、毎日毎日誰かと一緒に寝ているわけではない。大体3日に1日は一人で過ごすことにしているのだ。
その時にネット販売のアクセサリーを作ったり、学校の課題をこなしたりしている。というか、どうしても誰かと一緒にいるとイチャイチャしてしまってやるべきことが手に付かないのでそういうことにしてもらった。
みんなが魅力的なのが悪いのだ。
昨夜も遅くまでアクセ制作に没頭し、バックオーダー分と新作を数点作り上げたところで切り上げて就寝した。
睡眠時間は4時間ちょっと。
少々眠いが、まぁ大丈夫だろう。若いし。
……朝から元気な部分があるが。
まだ目覚ましが鳴るまでには数分残っているからそれまではこの時間を満喫したい。
カチャリ。
微かな音がして、スーッと部屋のドアが開く。
「………………」
「……おはようございます」
部屋に入ってくる気配に向かって先に挨拶する。
「おはようございますユーヤ様。既に起きておられたのですか。チッ」
「舌打ち聞こえてますよ。っていうか、ノックもせずに入ってこないでください!」
「まだお休みになられているかもしれないと思いましたので。念のため確認して、もし寝ておられるようなら時間を改めようと思っておりましたよ?」
何故に疑問系?
それと、今身体の後ろ側に隠したロープを何に使うつもりだったのか是非とも説明して欲しい。
……部屋に鍵を付けときゃよかった。どうせ家族しかいないからと油断してたな。今からでも付けられないだろうか。頑丈でセキュリティー性能の高いやつ。ついでに窓にも外から開けられないような頑丈なシャッターが欲しい。
「で? こんな早くからどうしたんですか? エリスさん」
そう、麗らかな春の休日の日本。それも家族と共に暮らす俺の自宅に出現したのは、アリアナス王国の王宮で王女専属のメイドを務めるエリスさんである。
「どうしたも何も、本日は一日千秋の思いで待ち焦がれたユーヤ様とのデートの日ではありませんか」
「デートじゃねぇ! 観光案内です!! 2人きりでもありませんからね!」
(チッ!)
舌打ちすんなよ。
「以前より姫様に幾度となく願い出て、この度ようやく了承が得られたのにやれ調査の仕事だとか合宿だとかと延び延びにされていたのです。ついその欲望、もとい、喜びで先走っても仕方がないではありませんか」
「欲望ってなんすか?! ……だったら大人しく王宮にいれば良かったじゃないですか。そうすれば待つこともなかったわけだし」
「それではユーヤ様はなんだかんだと理由を付けて逃げそうな気がしましたので」
……読んでいやがる。
「というか、メルにどうしてもと頼まれましたからもう逃げませんけど、どうやって
「何やら人聞き悪そうなものを込められた気がしますが、そうですね、普通にお願いしただけで特にこれといって特別なことはしておりませんよ? ただ、姫様が幼い頃や社交界に出られるようになったとき、ユーヤ様と出会った頃のことなどの思い出話はしましたが」
絶対何かの弱みを握って脅してるな、これは。
そりゃあ小さい頃から一緒にいたエリスさんならメルの人に知られたくないことの一つや二つ知ってるだろうからな。……気の毒に。
俺も弱みを握られないように気を付けよう。マジで。
今のやり取りで分かっただろうが、日本の俺の家に王宮侍女たるエリスさんがいる理由。それは自分も日本に行ってみたいとそれはもう強硬に主張し、どういうわけかメルまでもが加わって俺を説得したからである。
メルは現在はこの家に一緒に暮らしているのだが、本来の身分はアリアナス王国の王女である。
当然そちらでは他に代わることのできない仕事を多く抱えているわけだ。
転移の宝玉の力で時間経過は無視できるものの、やはりこちらで過ごす時間が長くなれば王国での仕事の感覚が鈍くなり支障をきたしかねない。
そこで数日に一度は王宮に戻って執務をおこなっているのだ。当たり前だがその際には俺も一緒に王国に滞在している。じゃないと意味ないからな。
だが、そうすると必然的に空いた時間にエリスさんを交えて日本での生活の話をする機会が増えるわけで、日本の風景や文化、生活、食べ物などの話を聞いたエリスさんが日本に行くことを熱望するようになり、結局メルと俺は押し負けてしまったというわけである。
この調子でいくと国王陛下や王妃陛下まで来ることになりそうで、今から不安で仕方がない。
ともあれ、こうして日本への訪問が決まったエリスさんだが、こちらの準備が整ってからという俺の希望はサラッとスルーされ、メルの日本への帰還に合わせてついてきてしまったのである。
けれど、俺は俺でサークルの関係で久保さんに頼まれた仕事があったので当然それを優先せざるを得ない。
あの廃ホテルでの調査は、無事に権太の捕獲(保護)と密輸品取引の連中の逮捕ができて一安心とまではいかなかった。
どうも密輸品を持ち込んでいた側、仙波さんの話では外国の犯罪組織の連中だったらしいのだが、捕まえようとしたときに銃を発砲して抵抗したらしい。
んで、ちょうどそのすぐ側をあの光る人影を追跡していたティアとメルが通りかかりそこに乱入。見事に全員をぶっ飛ばしてしまった。
手を出さないようにいわれていたのにティアの頭からはすっぽりと抜けてしまっていたと。まぁ、俺と親しげに話をしていた仙波さんがいる可能性を考えて救援に駆けつけたということなのでティアを責めるわけにはいかない。
おかげで散々文句を言っていた仙波さんを大原という、あの深海探査船救助の時に対応してくれた海上保安官の人が取りなしてくれたので1時間くらいのお小言で済んだ。
ちなみに、廃ホテルに密輸品の回収に来たヤクザ者は、
その供述を基に関連する暴力団構成員と関係者が残らず逮捕されるという結果に終わった。
逃げたはずの密輸品回収者が自首したり異様に素直、というか率先して供述したことに関して、明智さんに形容しがたい目で睨まれながら事情を聞かれたが、俺はその時はまだ廃ホテル内で調査中だったと押し通した。
うん、俺はナニモシラナイシナニモシテイナイヨ。
ただ、結局、あの光る人影に関しては分からずじまいだった。
あの騒動の日から一度も出現することがなかったのでお手上げだったのである。
合宿の直前まで粘ったものの、もしかしたらあの朽ちかけた道祖神の導きだったのかもしれないなどという宗教めいた感想を零しそうになった。
一応、久保さんの叔父さんに報告したんだが、再開発の際に祠を場所を移すことなく修繕して残すことにすると言っていた。
ナンマンダブナンマンダブ……。
話が逸れた。
んで、調査の後はサークルの春合宿に出発。
久保さんは約束通り会長になってくれて、引き継ぎも問題なく終了。
その後も就職内定先の親父さんの店に突然イタリア製高級バイクが何台も届き、驚いた親父さんに急遽呼び出されたりしたし、大学関連で外せない用事ができたりした。
そうしてようやく時間が取れるようになったのが今日である。
その間エリスさんは何をしていたかというと、超有能王宮メイドの能力を遺憾なく発揮してあっという間に我が家の諸々を掌握。
これまで家のこと全般を担当していたティアを上手く使いながら、掃除洗濯料理に庭の管理やご近所づきあいにいたるまで完璧な環境を作り維持していた。
有能すぎて恐い。いや、マジで。
だから母さんと親父に取り入るのは止めて欲しい。誰が何と言おうと観光案内が終わったらアリアナス王国に送り返すから。絶対に。
「すぐに朝食の用意もできますが、いかが致しますか?」
「……みんなと一緒で良いよ。どうせ茜が来るまで出られないんだし」
「私はユーヤ様と2人だけでも一向に構わない、というか、それを希望致しますが」
ごめんなさい。勘弁してください。
「ふぅ、仕方がありません。これ以上ご無理を言ってはご迷惑でしょうから我慢します。それに3人で、というのも悪くありませんし」
……それは街を散策するときってことですよね? ね?
朝から精神的な疲労を抱えながら身支度を調える。
リビングに入ると食卓には親父と母さん、メルが座っており、親父の隣に紗由奈が、母さんの隣には敏哉がそれぞれテーブルに固定するタイプの補助席に座り、一足先に食事中だった。2人の赤ん坊は先々週くらいから離乳食を食べ始めているのだ。
あと、ティアはキッチンでみんなの食事の準備、エリスさんはコーヒーを淹れているようだった。
「おはよう」
「裕哉、おはよう」
「ユーヤさん、おはようございます」
「ああ、おはよう。亜由美とレイリアはまだ?」
挨拶をしつつ俺も席に着く。
するとすぐに目の前に置かれる淹れたてのコーヒー。
まるでタイミングを計っていたかのようだ。本当にこういうところは優秀だよな。
待つほどのこともなく亜由美が、ほんの少し遅れてレイリアも席に着いたので食事が始まった。
我が家は休日は基本的にパンが多い。今朝のおかずはシンプルにベーコンエッグとサラダ、ヨーグルトだ。
俺はトーストされたパンにバター。それぞれは好きなジャムやクリームチーズなんかを塗っている。
後は適当に雑談しながら食べて、最後にもう一度コーヒーなり紅茶なりで締めくくる。
「裕哉はエリスさんに東京を案内するんだったな」
「ああ。なぁ、やっぱりティアとレイリアも一緒に行かないか?」
「わ、私はお家のことをしないといけませんから、その、えっと、頑張ってください!!」
「我も残念じゃが今日はアユミとマンガのイベントとやらに行くことになっておるのでな。まぁ、なんじゃ、主殿、ふぁいと、じゃ」
ちくしょう、孤立無援かよ。
ティアは以前からエリスさんには遠慮気味だったから仕方がない。王宮で侍女見習いみたいなことをしてたときの上司だし。
けど意外だったのはレイリアまでエリスさんが苦手らしいことだ。
別に嫌っているわけではないのだが、『あやつは黒龍たる我からみても得体の知れない恐ろしさがある』とまで言わしめたのである。
マジでエリスさん何者だよ?!
「おはようございま~す」
亜由美とレイリアが外出の準備のために自室に引っ込み、親父と母さんは双子を連れて庭に出た。茜がリビングに入ってきたのはそんなタイミングだった。
茜は既に俺達の中では家族扱いなので家の鍵も持っているのだ。なのでチャイムを鳴らすことなく普通に入ってくる。
「茜!」
思わず駆け寄ってギュッとする。
ああ、良かった。俺はひとりじゃない。
「ちょ、裕哉!」
照れるな照れるな、スリスリもしておこう。
「い、いい加減にしなさい!」
……抓られた……。
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