第171話 勇者の引退と幽霊騒動 Ⅷ

 Side ティア

 

「どこに行くんでしょうか」

「分からないわね。でも追わないと」

 私とメル様が光る人影の後を追ってホテルから出てしばらく経ちます。

 まだホテルは何とか見える位置ではあるものの、結構な距離を歩いた気がします。

 人影は近づけば遠ざかり、私達が速度を落とせばそれに合わせて一定の距離を保っているようでした。

 

 不思議なことにあの光る人影は私達以外の人から見えていないようです。

 何度か車や歩行者とすれ違ったのですが、懐中電灯を持たずに歩く私達の姿を見て驚くことはあっても、あの光る人影に目を向ける人は誰もいなかったのです。

 そうして追いかけているうちにたどり着いたのは砂浜でした。

 時刻は既に真夜中。

 さすがに浜には誰もいません。

 どうしてこんなところにと考えていたら、人影はそのまま海に向かってスーッと移動していき、浜から数10メートル離れたところで溶けるように消えてしまいました。

 

 困りました。

 結局何も分かりません。

 一応消えた地点は覚えておくとして、海の中に何かがあるのでしょうか?

 私がメル様と途方に暮れていると、私達から数百メートル沖合で凄いスピードで船が走っています。

 ……海の上でも走る、で良いのでしょうか?

 船は2隻。

 片方はもの凄く明るいライトで周囲を照らしながら、サイレンのような音とマイクで何かを叫んでいます。

『止まれ』とかを色々な言語で言っているようですが、もう片方は止まる様子がありません。

 そちら側は船内は灯りが点っているようですがライトも点いていません。見た目真っ黒です。

 

 やがて、明るい方の船が暗い方の船の前に出て強引に止めてしまいました。

 もしかしたら、ユーヤさんの言っていた密輸船とかいう船なのでしょうか。

 とすると、明るい方の船に、先日会った『センバ』とか言う人が乗っているのかもしれません。確か海の警察の人で、ユーヤさんの能力もある程度知っている人だとか。

「と、とりあえずどうしましょうか。一度戻ってユーヤさんに…」

 そこまで口にしたところで、海上の船から、何かの破裂音のような音が連続して聞こえてきました。

 遠かったので微かにしか聞こえませんでしたが、あれは多分拳銃という武器が使われたときの音だと思います。

 

 ユーヤさんやレイリアさん、メル様と私にはそれほどの脅威ではないという話でしたが、それでも無防備な状態では危険だし、こちらの世界の人にとっては相当凶悪な武器だそうです。

 テレビでも毎日のように人が死んでいます。……海外ドラマですけど。

 あの船に乗っているのはこちらの世界の人たちです。

 もしかしたら『センバ』という人もいるかもしれない。

 ユーヤさんとも親しげに話をしていましたし、もし怪我したりしてたらユーヤさんが悲しみます。

 ならば私がすることは決まっています。

 

「メル様、行ってきます!」

「ティ、ティア?」

 メル様が驚いた顔をしていますが、今は時間がありません。

 私は一気に海に向かって走り出します。

 そして、水面に強く足を打ち付けると、その反動をそのまま前に進むための推進力にします。

 これを繰り返せば短時間なら水の上を走ることができるのです。

 全力で踏み込まないといけないのであまり長時間はできないのですけどね。

 ユーヤさんやレイリアさんのように空を飛べれば簡単なのですけど、私は飛べませんし。

 ちょっと距離がありますけど、頑張ります。

 

 

 

 Side 仙波

 

 銃声に船内に緊張が走る。

「一旦離れろ! 負傷した者はいるか?」

「だ、大丈夫です! 船体には当たりましたが損傷なし!」

 考えてみれば銃器の密輸もしてるんだ。武装くらいしてても不思議じゃない。

 しかし、そうなると簡単に接舷することもできないな。

「全員防弾ベストを着用…「してます!」お、そ、そうか」

 そりゃそうか。

 しばらく現場から離れてたから勘が鈍ってんな、こりゃ。

 

「各自、必要に応じて発砲を許可する。ただし、先に警告するのは忘れるな。現場の指揮は大原に任せる!」

 勘の鈍った上司がこれ以上口を出したら現場が混乱する。

 つい今まで口出ししちまってたが反省しよう。

 大原もやりにくかっただろうに、言ってくれりゃ良いんだが、言えねぇよな。悪いことした。

「各自武装を確認! 突入準備を完了したらもう一度接舷するぞ!」

 本来の指揮権を取り戻した大原が声を張り上げる。

 

「突入準備完了しました!」

「左舷から接舷します! って、岸から何か、え?! ひ、人です!」

 は?!

 岸から人って、んなわけが……。

「人が水面を走ってきます!!」

 一瞬大原と顔を見合わせるが、すぐに窓から外を見る。

 ……マジで誰かが水面を走ってくる。

 そういえば昔テレビで水面を走るトカゲを見た気がするな。

 人間その気になれば水面だって走れるように、って、んなわけあるか!!

 

「不審船が気付きました! っ! 発砲!!」

「か、躱しました! そのまま速度を落とさずに不審船に飛び込みました!」

 実況してる場合かよ!

「! 大原!!」

「は、はい! こっちも突入するぞ! 接舷!!」

 バジリスクよろしく水面を走ってきたのが誰か知らないが、とにかく放っておくわけにいかん。

 大原がすぐに指示を出し、衝撃と共に強引に不審船に接舷する。

 すぐさまロープを不審船の甲板の手すりに引っかけて引き寄せる。

 

 ほぼ同時に防弾ベストとライフジャケットを身につけた保安官が不審船に飛び乗る。

 が、そこにあったのは意識を飛ばして転がっている不審船の乗組員が複数。

 おそらくというか、ほぼ間違いなく水面を走って不審船に飛び込んだ人物がやった事だろう。

 大原の指示でそいつらをすぐに拘束する。

 俺は巡視船からそれを見るだけだ。

 ああ、身体がウズウズするな。昔は真っ先に飛び込んでいったもんだ。

 こんなことを考えるってのは歳取ったってことか?

 

「うにゃ~!!」

 大原達が船内に飛び込もうとした瞬間、妙な叫び声と共に人が吹っ飛ばされてきた。あ、海に落ちた。

「ふぅ~、これで最後ですぅ」

 そんな言葉と共に船内から出てきたのはまだ十代後半くらいの少女。

 両手には白目を剥いた男2人を引きずっている。

 ……ちょっとまて。あの娘、あの連中の仲間だろ? 何度も一緒にいるのを見たぞ。

 銃を構えながら誰何しようとした保安官達を慌てて止める。

 あの野郎、手ぇ出すなって言ったじゃねぇか!

 

 

 

 Side 裕哉

 

「う~ん、何も出ないな」

「どうやら空振りじゃの」

 俺とレイリアは先日と同じく展望レストランの屋外ラウンジに出て光る人影の出現を待っていた。

 かれこれ1時間近く経つのだが、人影はおろか物音ひとつ聞こえない。

 レイリアの言うとおり空振りっぽい。

 まぁ、必ず毎日出るとは限らないのだからこういうこともあるのだろう。

 それに、あれが人為的なものであれば警戒して出さないのかもしれないし。人為的ってのはあり得ないとは思うけどな。

 

 スマホを取り出して時刻を確認する。

 あれ? SMSが入ってら。全然気がつかなかった。

 見ると、メルからだ。

『ユーヤさんが逝っていた人影が洗われました。ティアと老い欠けます』

 ……誤字がひでぇ。

 とりあえずそれはそれとして、なるほど今度はティア達の方に出たってか。

 気配察知の範囲を広げるが、どうやらメルとティアはホテルから出てしまっているらしい。

 ってことはあの人影はホテルに限定するってわけじゃないのか?

 

「メル達の方に出たらしい。とにかく一旦ホテルを出て合流しよう」

「ふむ。仕方がないのぅ」

 レイリアは肩をすくめて同意する。

 完全な空振りじゃなくて良かったと思うことにしよう。

 人影を待ち受けるためにラウンジの隅で身を縮めていたので少しばかり強張ってしまった背中を伸ばし、歩き出す。

 とはいっても別に急ぐ必要はない。

 

 人影の正体がわからないとはいえ、直接的に何かされたとしてもティアとメルがどうにかされるとも思えないし、万が一の事態が起きたとしても見た目や年齢と不釣り合いなほどに実戦経験が豊富な2人だ。引き際も弁えているはずだ。

 それに、メル達の方にあの人影が出たとはいえ、絶対にこちらに出ないとも限らない。

 だから俺達も見落としの無いように注意しつつ本館を降りていく。

 

「ん?」

 3階まで降りてきたとき、正門側ではなく、山側から誰かがホテルの敷地に入ったのを察知する。

 一瞬、昨日のような心霊スポット巡りの連中かと思ったのだが、だとしたらわざわざ正門ではなく山側からくる意味がわからない。正門なんて簡単に乗り越えられるからな。昨日もそうだったし。

「レイリア」

「うむ。3人じゃな。真っ直ぐにこの建物に向かってきておるの。主殿、どうする?」

 どうすると聞かれてもな。

 

 気配からすると間違いなく生きている普通の人間だ。しかも近づいてくる足取りに迷いはなく、明らかに来慣れている動きだ。

 となると、一番可能性が高いのがここを密輸品の隠し場所にしていた連中だと思う。

「とにかく様子を見よう。んで、密輸品売買の連中だったら警察に連絡、だな」

「ふむ、承知した」

 ん? ずいぶんあっさり承知したな。

 俺達で捕まえようとか言ってごねるかと思ったんだが。

 まぁ大人しくしていてくれるに越したことはない。

 

 俺とレイリアは各自で認識阻害の魔法を掛ける。普通ならこういう場合、何らかの方法でお互いを認識できるようにしておかないと、一瞬でも意識を逸らした途端お互いを見失いかねないのだが、俺とレイリアの場合は魔法による従魔契約をしているので見失う心配はない。そうでなくても俺たちならば認識阻害程度の魔法はほとんど意味ないしな。

 ってか、レイリアが俺の従魔(契約的には対等だが)だってこと覚えてる奴いるのか? 最近俺自身が忘れがちなんだが。

 

 そんなこんなで準備を整えて1階まで降りると、丁度3人の男がホテルに入ってきたところだった。

 男達は懐中電灯を、おそらくは外から見られないようにだろう足元のみを照らしながら周囲を窺いつつ1人がレストランへ向かい、1人が大浴場へ、残った1人は階段を上っていった。多分、客室に隠されていた物の回収だろう。

 というわけで、密輸品取引の片割れ確定である。

 俺は急いで明智警視にSMSでそのことを伝える。もちろん連中が裏の山側からホテルに入ってきたこともだ。

 ほんの十数秒後、返信があり『小田原署の警察官が対応するので手を出すな』と素っ気ない連絡だった。

 

 わずか数分で男達はそれぞれに箱や紙袋を手に合流してホテルの建物を出る。

 一応俺達も少し離れて後に続く。

 手を出すつもりはないのだが念のためだ。

 おそらくこのホテルをお巡りさんが監視しているはずで、そうなればすぐにでもこちらにやってくるだろう。

 そう思って気配を探っていれば、やっぱりいた。

 慌てたように人が2人、ホテルの正門側から入ってくる。

 けど、山側には誰もくる様子はない。

 ……これ、大丈夫なのか?

 たった2人、多分張り込みをしていた警官なんだろうし、もしかしたらすぐに応援が駆けつけるのかもしれないが、そう簡単に足留めができるとは思えないんだが。

 

 男達は誰かを待っているのか、ホテルの裏口を出たところで物陰に隠れるように固まっていたのだが、当然周囲の警戒は怠っていない。なので、気配を殺すなんて芸当ができずに入ってきた警察官に気がつく。

 すると、当たり前だが3人の男は身を隠したままその場を離れようとする。

 そりゃ捕まりたくはなかろう。

 制服は着ていないとはいえ、2人の男が懐中電灯であたりを探りながら近づいてくるのだから、後ろ暗い奴ならまず警察を想像する。

 だとするなら既に勝手に私有地に入り込んでいる以上言い逃れもできないし、捕まれば所持品も検査されるだろうからな。

 

 ただ、問題なのは男達は警察官に気がついているのに、警察官の方は男達が居る場所に気がついていないことだ。このままだと間違いなくあっさりと逃げられる。

 手を出すなとしつこく念押しされているものの、このまま黙って見過ごすのも気分が悪い。

 というわけで、俺は手近にあったバスケットボール大の石を拾ってコソコソと離れようとしていた男達のすぐそばに放り投げる。

 

 ガサッ、ドシャッ!

「!! そこで何をしている! 動くな!!」

「チッ! クソッ、逃げるぞ!!」

「逃げるな! 止まれ!!」

 刑事ドラマなんかでよく見るやり取り。

 けど、追われる側が止まるわけがない。

 ましてや最初から逃げる気満々の男達である。すぐそばまで近づいていたのならまだしも、警察官と男達の距離は20メートル以上離れている。

 このままだと逃げられると思った瞬間、逃げいていた男の1人が何かに足を取られたかのようにひっくり返った。

 

「な、うわぁっ!」

 もう1人。

 今度は分かった。

 レイリアが親指大の小石を男達の踏み出した足、その靴のソール部分にかなりの勢いでぶつけたことで男達がひっくり返ったのだ。

 ……器用だな。

 あくまで俺たちが手を出したことが分からないように、怪我をさせず、さらに跡も残らないソールを狙い撃ちかよ。

 

 ここぞとばかりに走り寄る警察官2人。

「クソッ!」

 バンッ!

「なっ?! は、発砲!」

 男達の最後の1人が懐から拳銃を取りだし、そして発砲。

 素人がろくに狙いも付けずに撃ったところで当たるわけもなく、銃弾は明後日の方向に飛んでいくが、それでも警察官の足を止めさせるには十分だった。

 俺の方はというと、とっさに石でも投げようかと思ったのだが射線が警官達からズレているのが分かったのでとりあえず静観。

 

 しようと思ってたんだけどなぁ。

 拳銃を撃たれてすっかり及び腰になってしまった警官2人を見る。

 考えてみたら、こういった荒事の場面で俺が見たことのある警察官や海上保安官ってSATとSSTみたいな特殊部隊の人達ばかりだ。

 当然銃火器で武装した犯罪者を相手取るように訓練を受けた人達なわけで、普通の警察官だとそうはいかないんだろう。

 周囲の気配を探っても、まだ応援が駆けつける気配がない。

 となると、逃げられるな、これは。

 けどなぁ、手を出すなって言われてるし。

 

「主殿、このままだと奴らに逃げられるが、良いのか?」

 良くはない。

 聞いたところだと相当量の麻薬が隠されていたらしいし、であれば今までにもかなりの量の麻薬が密輸されて、それがどこかでばらまかれたってことのはずだ。

 以前、宍戸達が巻き込まれた事件で俺も麻薬をばらまいていた反グレ集団を潰すことになったが、ああいった連中には嫌悪感しか抱かないからな。

 のさばらせておくわけにはいかない。

 そうこうしているうちに連中は山の中に入り込んでしまったし、これじゃもう警察官が捕まえることはできないだろう。

 

 しょうがない、か。

 コソッとちょっだけ手を出して、後はしらばっくれよう。

「レイリアは銃を持ってる奴を頼む。怪我はさせずに意識を刈り取るだけでいい。残りの2人は俺がやるから」

「そうこなくてはな! 任せよ!」

 いや、だからサクッと片付けるだけでいいんだってば。

 俺の内心のツッコミも虚しく、次の瞬間レイリアの身体は俺の側から消え、拳銃を持っていた男の背後に。

 俺もすぐに他の2人の背後から後頭部を引っ掴み雷撃をくらわせる。

 はい、終了!

 後は、どうしようか?

 このままにしておくと意識を取り戻してまた逃げられてしまうかもしれないし、かといって縛り上げたりしたら俺がやったってバレそうだしなぁ。

 

 俺が腕組みをして頭を悩ませていると、レイリアが担当した男の髪の毛を掴んでズルズルと引きずってきた。

 ……まぁ、良いか。

 レイリアにこの男達をどうするか相談すると、『任せよ!』と実に良い笑顔で請け負ってくれる。

 不安が尽きないがとにかく任せる。

 レイリアは3人を1カ所に集めると、何かの魔法を掛ける。

 闇系なのは確かだが、俺に分かるのはそこまでだ。

 レイリアの説明によると、掛けた魔法は2種類。

 ひとつは嘘がつけなくなる魔法、もう一つが男達の良心を大幅に増幅するものらしい。

 となれば、後は勝手に警察に自首するなり応援に駆けつけた警察官につかまるなりして知っていることを洗いざらいしゃべるだろう。

 ……精神系の魔法って、本気でえげつねえな。

 

 とにかく、小田原署の邪魔はしてないわけだし、後で文句を言われることはない、と良いなぁ。

 明智さんあたりは俺たちが手出ししたの気付くかもしれないし。

 とにかく、この件は、知らないヒーローが勝手にやった事だと押し通そう。

 今はティア達と合流しないとな。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る