第170話 勇者の引退と幽霊騒動 Ⅶ

 Side 仙波

 

 小田原新港近くの駐車場で俺が部下の報告を受けていると、黒いアルファードが入ってきた。明智の私有車だ。

 奴は最初に時間を優先して電車を使って来ていたが、都内ならともかく小田原近辺では車がなければ不便でしょうがない。

 

 もちろん小田原署に言えば警察車両の一台くらい用意してくれるだろうが、パトカーで移動するってのは自由度が減るからな。

 呼び出し自体が急だったんで仕事も中途半端に残してきたらしいからな。その整理とついでに自分の車を持ってくることにしたらしい。

 公務なんだから署の覆面パトでも良いだろうに、自分のを持ってくるのがアイツらしい。現場で使用している車をこっちで使うのを遠慮したんだろう。普段は警視庁でデスクワークだからな。

 

 かくいう俺も本来なら役職的にも密輸事件の現場指揮をするような立場じゃない。

 が、今回はアイツらが関わってるからな。人任せにはできないのだから仕方がない。

 部下に指示を出し終えてから俺は明智の車に乗り込む。

 特に打ち合わせていたわけじゃないが、捜査本部ではなくこちらに来たということは俺に何か用があるのだろう。

 それに俺の方も明智に言わなきゃならないこともあるから丁度良かった。

 

「よう! 思ったより遅かったな」

「すまんな。こっちの事件がどのくらいで片付くか予想できないからな。警視庁むこうの仕事をある程度引き継いでおかなきゃならなかった」

 そりゃそうだろうな。

 海保こっちはまだ管轄海域内だから通常業務の範囲だが、管轄が違うと色々と面倒臭いのは分かる。

 

「まぁ、別にこっちは別にかまわないんだが、小田原署から苦情が来てるぞ」

「苦情?」

 俺の方の要件ってのはそのことだ。

「ああ。お前、あの連中に廃ホテルへの出入り制限しなかっただろ? だから昨夜あの連中は調査のために建物内に入り込んで、たまたま肝試しに来た無関係の大学生を驚かせるって一騒動があったらしい。

 密輸品の回収に来た人間を捕捉するために配置していた捜査員が、慌てて廃ホテルから逃げ出した大学生に釣り出されて危うく張り込みが無駄になりそうになったってよ。

 連中の対応は全てお前さんがすることになってるから直接文句を言うわけにもいかないからな。朝になって俺が捜査本部に顔を出したら散々愚痴られたよ」

 

「そうか。それは悪かったな」

「で? 連中の行動を制限しなかったのはわざとだとして、どういうつもりだ? どう考えても捜査の邪魔にしかならんだろ。それともアイツらに事件を解決させるつもりか?」

 俺としてはアイツらが絡むと事が大きくなりかねない気がしてるんで、できるだけ関わって欲しくないんだけどな。

 

「密輸に関わった連中の逮捕は小田原署、いや、警察官か海上保安官がする。その方針は変わらんよ。

 だが、仙波は今回の事件で犯人を逮捕できる可能性はどのくらいあると思う?」

「……五分五分だな。多少の偽装はしたらしいが、あれだけの捜査員が廃ホテルを捜索したんだ。豊泉会とかいう連中に気付かれてても不思議じゃない。

 そもそもこれまでほとんど放置されていた廃墟に再開発の業者が出入りするようになったんだ。それなりの警戒くらいはしてるだろう」

 俺の見解に明智も頷いて肯定する。

 

 これまで密輸業者と豊泉会がどういう取引をしてきたのかはわからないが、おそらく双方がそれぞれに気付かれないタイミングを見計らって決まった期日までにブツを廃ホテルの隠し場所に置いたり回収したりして、顔を合わせることなくやり取りして来たんだろう。

 代金の決済自体は今じゃ仮想通貨とか色々あるからな。方法なんぞいくらでもある。

 押収量を考えればそう簡単に諦められるものじゃないだろうが、それでも逮捕されるリスクと引き替えにするかと言われれば難しいだろうな。

 

「俺としてはもう少し分が悪いと考えている。だが、それでも逮捕を諦めるわけにはいかない。銃器や違法薬物の密輸売買など許すわけにはいかないからな。そのためにも可能性は少しでも高めておきたい」

「それがアイツらを自由にさせることと繋がるのか?」

 普通に考えれば逆だと思うんだが。

「……自分でもオカルトじみてるとは思うんだがな、奴は自分で意図してるか知らんが行く先々でトラブルに巻き込まれている。それも特大の、な。

 普通の人間なら一生に一度でも巻き込まれれば『運が悪い』と言われるだろう。それを何度も、だ。となれば、もうそういう体質、あるいは宿命とでも言うべきだろうさ」

 

「で、今回もそれを期待するってか? 確かに奴らが特大のトラブルに巻き込まれるんだったら今回の件だろうさ。フィクション的に考えれば奴らが豊泉会と密輸業者の双方と出くわして三つ巴、いや俺達海保と小田原署を合わせりゃ五つ巴か? の争いになるかもよ。

 ってか、そんな偶然に頼るってのはお前らしくねぇな」

「自分でもそう思うよ。ただ、アイツらに付き合ってるとこれまでの経験やノウハウがクソみたいに感じるからな。馬鹿にでもなってなきゃやってられん。

 といっても、理由はそれだけじゃない。

 犯人達が警戒しているとして、廃ホテルに大勢の人間が出入りした直後に、急に誰も近寄らなくなれば逆に警戒を強める可能性がある。それならどう見ても警察関係に見えない人間が普通に出入りしていた方がカモフラージュになるんじゃないかと思うぞ」

 

 確かに明智の考えにも一理ある。

 けどなぁ……どう考えても連中が絡んだらろくなことにならないように思えるんだが……。

 少なくとも俺達にとっては非っ常に面倒なことになる気がしてならない。

 はぁ……本部長への説明、どうすっかなぁ。

 誰か代わってくんねぇかなぁ……。

 

 

 

 

 

 Side 裕哉

 

 今日も今日とて深夜の廃ホテルである。

 俺達がここに来ている理由は当然、あの光る人影の正体を探るためだ。

「ここで主殿がその光る人影とやらを見たのじゃな?」

 本日のパートナーであるレイリアが最上階の展望レストランで周囲を見回しながら確認してくる。

 

 あの人影を見た翌日、つまり今日の昼間だが、人影が消えたゴルフ練習場跡周辺を捜索してみた。

 残念ながらそこには何の痕跡も発見できなかったのだが、そこから山に続く小道のようなものを見つけた。

 といっても、年単位で人が通っていないために半ば獣道のようなものだったのだが、その奥に朽ち果てたお社のようなものがあったのだ。

 確か外宮と言ったか、お地蔵様が納められている木製の小さなお社は崩れ、石造りのお地蔵様がむき出しになっている。首に巻かれた赤い布も色あせてボロボロだ。

 こんなものがあるとは事前に聞いていなかったが、もしかしたら昔からある道祖神のようなものなのかもしれない。

 

 ひょっとしたらこれがあの人影の原因かとも思ったのだが、レイリアもメルもこのお地蔵様からは何の気配も感じることができなかった。

 なので光る人影の正体に関しては今のところ手がかりゼロである。

 というわけで、夜になるのを待って、再びこの廃ホテルを訪れているというわけだ。

 メンバーは俺、レイリア、ティア、メルの4人。

 茜と亜由美はホテルでお留守番だ。さすがに懲りたらしい。

 このホテル内に入ってきたのは俺とレイリアだけ、ティアとメルは人影が消えた場所を中心に外を見回ってもらっている。

 

「そうなんだけどな。やっぱり何の気配も魔法や神気の残滓もないな」

「うむ。主殿が見間違えるとも思えぬが、我にも痕跡が分からぬな。こっちの世界の“科学”ではないのか?」

 もちろん可能性としては考えたし、明るいうちに徹底的に調べたのだが映像を投影する器械も、そういったものを設置した形跡もなかったのだ。

「色々調べたんだけどなぁ。まぁ、少し待ってみようか」

 こうなりゃ腰を据えて掛かるしかないだろうな。

 早いとこ片付けたいんだけどなぁ。

 

 

 

 Side ティア

 

 カサッ。

 夜になるとまだまだ寒い季節なので虫やカエルさんの鳴き声も聞こえない、静まりかえった廃ホテルの外部施設に地面を踏みしめる音が大きく聞こえます。

 元々暗いのは慣れているので動き回るのに不都合はありません。

 それに一緒にいるのはメル様ですのでいきなり怖がらせたりして驚かせたりしませんので安心です。

 ウィルテリアスにいたときは夜なんて別に怖くもなんともなかったのですが、最近はちょっと苦手になってしまいました。

 だって、アユミさんが見せてくれた映画、“ホラー”とかいうものを見たんです。なんですか、あれ? 

 日本の映画、怖すぎます。

 

 ウィルテリアスで散々ゴーストとかウィスプとかと戦いましたけど怖いと思ったことはありません。もちろん最初に遭遇したときは驚きましたし緊張もしましたけど、魔力を込めて攻撃すれば簡単に倒せるのですぐに慣れました。

 でも、映画で見た幽霊は、そういった直接的な暴力ではなく、何か得体の知れないものの怖さを凝縮したような、気がついたら自分の後ろにいたり、お風呂でのんびりしているときに身体を触ってきたりしそうで怖いです。だって、反撃する隙なんてないんですよ?

 アカネさんやユーヤさんは『作り物だから大丈夫。こっちの幽霊も攻撃すれば消せるから』と言いますけど、怖いものは怖いのです。

 

 話が逸れました。

 とりあえず屋外ならそれほど怖くないのでメル様と廃ホテルの外を担当することになってホッとしています。

 ユーヤさんは泊まっているホテルでアカネさん達と待ってて良いと言ってくれましたが、ユーヤさんのお役に立ちたいのでそれはできません。

 それにこの廃ホテルには悪い人達も出入りしているというお話なので、捕まえてケーサツに突き出した方が良いと思います。

 

「ユーヤさんはこのあたりで人影が消えたと言っていましたね。ティア、何か感じますか?」

 メル様が聞いてきます。

 草がボーボーのゴルフ練習場跡、耳を澄ませて周囲を探りますが何も聞こえません。いえ、遠くの波の音とか時折ホテルの前を通り過ぎる車の音とかは聞こえるのですが、特にそれ以外の音はありません。もちろん私達以外の気配もです。

 ……変身魔法で普人種の姿になっているのでちょっと音が聞こえづらいですけど。

 

「いえ、何もいるように感じません。あ、小動物っぽい気配はありますけど」

「そう。とにかくゆっくりとこの周辺を見回ってみましょう。もしユーヤさんが見たという光る人影が出たら『浄化魔法』を試してみます」

 私が答えるとメル様は何かを思案しながらそう提案しました。

 でも、ユーヤさんが、目の前にいるのに気配を掴めないなんてことがあるのでしょうか? 不可解です。

 ともあれ、ユーヤさんのお役に立たなければなりません。

 何一つ見落とすことのないように注意しながらゴルフ練習場やプールの回りを音を立てないように歩き回ります。

 

 どのくらい時間が経ったのでしょうか。

 多分、それほど掛かってはいないと思いますが、新館の裏側を回って、表側に来た時に、目の前、といっても50メートルは離れていましたが、そこに人の形をしたぼんやりと光るものがいきなり現れました。

「メル様」

 私が小声で呼びかけると、別の方向を見ていたメル様もすぐにその人影に気がつきます。

 メル様は即座に『浄化魔法』を発動。

 浄化の光が人影に伸び、そして包み込みます。

 ですが、光が収まっても人影に変化はありません。

 

「効果なし、ですか」

 ある程度予想していたのか、メル様の声に落胆や動揺はありません。

 でも、ユーヤさんの言っていたとおり、人影には気配も魔力も感じられません。見えていなければまったく気がつかなかったことでしょう。

 どうしようかと考えていたら、動かなかった人影がゆっくりと移動を始めました。

 新館の前から本館の方へ、それを追うと、今度は正門からスーッと外に出てしまいました。

 

「外に行っちゃいました」

「追いましょう。とにかくどこに行くのか突き止めないと」

 予想外の展開に、私とメル様は慌てて人影を追いかけました。

 

 

 

 Side 仙波

 

「次長! 借り受けた漁船に搭乗している浜崎一等保安士からの連絡です。例の現場近くの岩場に不審な漁船らしき船が現れました!」

「何?! どこの船か分かるか?」

 相模湾内を巡視船で巡回していると、無線を受けた保安官の報告が飛び込んできた。

「漁協からの情報では相模湾で操業している漁船に当該地域で漁をする予定の漁船はありません。それにそんな場所に接岸するのも不自然ですから」

「マジで密輸船かよ。よしっ! すぐに向かってくれ。それと待機している巡視艇も逃走に備えて急行させろ! 浜崎は引き続き不審船の監視! 無理に接触させるなよ」

「了解しました!」

 

 ……マジかよ。

 てっきりまずは密輸品の回収をする豊泉会の連中を捕まえるのが先だと思ってたんだが。

 ひょっとしたら再開発の業者が出入りしていて回収できず、次の密輸品の納入が先に来たのかもしれないな。

 とにかく、そっちは小田原署の管轄だから任せるとして、密輸船は海保俺たちの管轄だ。

 現れたからには逃がすわけにいかない。

 

 10数分後、不審船が接岸した場所まであと少しといったところで浜崎から無線が入る。

「不審船が動き出しました。上陸した者はいない模様!」

 チッ!

 気付かれたか?

「船首側に回り込め! 岸側に押し込んで逃がすな! 巡視艇はどこまで来てる?」

「現場まであと10分です! 本船は不審船の針路を塞ぎます! ライト点灯します!!」

 

 直後、巡視船に装備されているサーチライトが一斉に点灯し、周囲を照らし出す。

「見えました! 左舷方向、距離300メートル!」

 操舵士の言葉の方角を見る。

 漁船、いや、夜間に航行する船舶なら必ずマスト灯、舷灯、船尾灯の3カ所は点灯しなければならないのが国内法のみならず国際法でも義務づけられている。

 にもかかわらず、その不審船は一切の灯火を点けていない。距離的にまだ薄らとシルエットが浮かんでいるだけだが、この時点で停船させて取り締まる口実になる。

 

「不審船の前に出ます! 衝突の可能性あり!」

「構わん! そのまま船首を抑えろ! 停船命令を出せ! 保安官は突入準備!」

 にわかに船内に緊迫した空気が流れる。

 だが、海上保安官俺たちにとっては日常茶飯事であり、あまり報道されることはないが中国船籍や韓国船籍、不明船の密漁を取り締まれば毎度のように似たような状況になる。

 だから全員が素早く自分達のするべきことを行う。その動きは流れるように無駄がない。

 

 不審船の針路を外洋側、右舷から塞ぐと当然船は左側に舵を切らざるを得ない。

 見たところ不審船はそれほど大きくないFRPの漁船だ。鋼製の中型船舶である巡視船と衝突すればあっちが沈む。となれば少々ぶつけることはあっても逃げるしかないはずだ。

 こちらとしてはとにかく船首を抑えて岸に追いやり停船させなきゃならない。

 

「不審船、速度落ちました! 甲板に人の姿を確認! 接舷します!」

 準備していた保安官がロープで不審船を巡視船に係留させるべく動き始めたとき、

 バンバンバン!!

 マジかよ、撃って来やがった!

 

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