第169話 勇者の引退と幽霊騒動 Ⅵ
真夜中の廃ホテル。
俺達の他には誰もいないはずのそこで、出たといえば可能性は3つ。
ゴキか密輸売買の悪党か、それとも……。
俺は茜と亜由美が指さした方を向く。
テラスの向こう、ガラス越しに見えるレストラン、そこにいた、いや、あった、かな? のは、ぼんやりと光る人影だった。
数年の放置で白く汚れたガラスのせいかはっきりとは見えないが、確かに人の形をした何かが浮かび上がっている。
が、猛烈な違和感。
確かに姿は見える。
しかし、それなのにいまだに俺の感覚はそこには何の気配も感じ取ることができていない。
生身であれ幽霊、いや、ゴーストでもウィスプでもレイスでもなんでもいいが、そこに何かがいればその気配を感じることができる。
もちろん気配を殺すことのできる人間やモンスターも確かにいるが、そこにいると分かっている存在の気配を俺が掴めないなんてことはあり得ない。
まるでホログラムか何かの3D映像でも見ているような感じだ。
けど、そんな装置がこのホテルには設置されていないのは昼間に散々確認したから分かっている。そもそも電源死んでるし。
んじゃアレは何だ、といわれても判断の付けようがない。
…………
よし、捕まえよう。
アレコレ考えてても結論なんて出ないし、少なくとも近寄ってみないことには何もわからないからな。
俺は茜と亜由美にしがみつかれている腕を強引に引き抜き、代わりとばかりに2人を両脇に抱える。
「え?! な、なに?!」
「に、兄ぃ? ちょ、ちょっと」
「とりあえず追っかけるからな。頭打ったりしないようにちゃんと抱えておけよ」
「ちょ、ま…」
「に、にぎゃぁぁ!!」
2人をここに残しておくわけにはいかないし、2人の歩調に合わせてたら捕まえることができないかもしれない。
となれば、ここは抱えていくのがジャスティス!
というわけで本人達の意向はガン無視して小脇に抱えたままダッシュでテラスから屋内に飛び込む。
果たしてそこには……いねぇし!
素早くレストラン内を見回す。
すると入口からスッと出ていく光る人影。
……光っているのに人影とはこれいかに?
すかさず俺もその後を追う。
抱えたままの2人がG(加重のことね。ゴ○ブリじゃないよ)でダメージを受けないように加減しつつも最速でレストランを横切り廊下に出る。
一旦そこで立ち止まり、廊下の先を見る。
いた!
北側の階段の手前に、やはりぼんやりと光を放ちながら人の形をしたものが浮かんでいる。
ただ、位置的には確かに階段の前あたりにいるはずなのだがどうにも距離感がおかしい。近くにも遠くにも感じられる。それに大した距離でもないのに姿もはっきりしない。男なのか女なのかすら分からないのだ。
ソレは動かない。
動かずにこちらに顔を向けている。位置的に俺と目が合ってもおかしくはないのだが、この期に及んでも視線を感じることもなかった。
……まんま映像を相手にしてるみたいだな。
どんな挙動をしてもすぐさま反応できるように気を配りながらゆっくりと近づく。
が、階段まであと10メートル程まで来ると、ソレはスゥーッと滑るように階段側に消える。
「チッ!」
すぐに俺も階段に飛び込むが、ソレがいたのは今度は6階の階段前。
「ゆ、裕哉、まだ追いかけるの?」
「な、なんか、ちょっと気持ち悪…」
近寄ると消えてその先に現れる。なんか馬鹿にされてるようでムカつくので、徹底的に追いかけてやる。
「喋ってると舌噛むぞ」
「「ふぎゃ~~!!」」
おや? どこかに猫が?
5階
4階
3階
え~い、鬱陶しい!
先回りするために3階の階段横の非常口から外階段に出る。
そしてジャンプ!
『いやぁ~~!!』
両脇からの叫び声をBGMに華麗に地面に着地。
もちろん茜と亜由美が怪我をしないように細心の注意を払っているので問題ない。
「問題だらけよ~!!」
「兄ぃのバカぁ~~!!」
文句は後で聞く。
俺は再びホテルの裏口から階段へ回ろうとするが、そこから光る影が出てくる。
……マジでコイツ瞬間移動できるのか?
屋外に出たことで立体映像って線は完全に消えた。
3D映像の投影ってのは複数の投影機で映像を投影し、光が交差する位置に映し出す。だから投影機が複数設置できる可能性のある屋内はともかく、屋外にはそうそう映し出すことはできないはずなのである。まぁ、元々そんな可能性なんか無いとは思ってたけど。
けど、んじゃアレは何だといわれると分からないんだけどな。
再び滑るように移動する人影を追う。
俺はソレを追うが、追いつけないままゴルフ練習場跡で見失ってしまった。
一応周囲の気配も探ったのだが、もとより一切の気配を感じていなかった相手である。完全に無駄に終わった。
くそったれ。
どうにもモヤモヤするな。
未練がましくさらに気配を探っていると、新館の方からこちらに近づいてくるのを察知する。とはいっても考えるまでもなくティア達のことだ。
「ユーヤさん!」
「主殿、何事があったのじゃ?」
「ユーヤさんがかなり急いで建物から飛び出したのを感じたので私達も来たのですが」
ティア、レイリア、メルが小走りで近寄って来て口々に尋ねてくる。
なので状況説明。
「ふむ、なるほどのう」
「気配のない光る人影、ですか……」
「ユーヤさんが捕まえられないなんて」
レイリア、メル、ティアの言葉である。
とにかく捕まえられなかったのは残念だが、そもそも捕まえることができるかどうかは分からない。正体不明だしな。
とりあえず明日、明るい時間に消えたこの周辺を中心に捜索してみることにしよう。あと、最上階のレストランだな。
今の状況で考えてても結論は出そうにない。
どうやら密輸してる連中とは別口で何かありそうだし、目撃された人影や人魂云々のいくらかは先ほどの光る人影の可能性もある。
はぁ、結局まだまだこの依頼は終わりそうにないな。
メルに新館の状況も聞いてみたが、そちらは特に気になることはなかったらしい。
「と、ところで、ユーヤさん、その、アカネさんとアユミちゃんがグッタリしてますけど、良いのでしょうか?」
あ、抱えたまま忘れてた。
「う、うう……」
「き、気持ち悪い……」
振り回しすぎたのか、意識はあるもののグッタリとした茜と亜由美を解放し、極度の乗り物酔いのような症状で―――(自主規制)な状態になった2人を介抱したりしてたら結構な時間になってしまった。
「ひ、酷い目にあった」
「兄ぃに汚された。謝罪と賠償を要求する。もちろん無期限・無条件で」
「悪かったって。何か美味いものでも食わしてやるから勘弁してくれ」
何とか持ち直した2人だったが、亜由美はすっかりむくれてしまった。
まぁ、コイツは食い物で釣るとしよう。それ以上の要求は誠に遺憾ながら後ろ向きに検討させていただこう。
「そういえば少しお腹が空きましたね」
「そうは言っても、この時間ではどこも開いていないのではないですか? コンビニくらいでしょうか」
「主殿、パフェを食べられる所を探そうぞ」
ホテルで食事してから結構時間経ったしな。俺も腹が減ったから深夜営業のファミレスでも探すか。
そんなことを話ながら俺達がバイクを置いた本館の裏手に戻ってくる。
明智さんからは何も言われていないのだが、万が一俺達がここに来ているときに密輸取引をしている連中が来ると警察の邪魔をしてしまうかもしれないと考えて、その連中が出入りしていると思われる裏口とは逆側の目立たない場所に置いていたのだ。
……そういえば、手を出すなとは言われたけど特に夜間の出入りは止められていないんだが、捜査の邪魔になったりしないんだろうか?
まぁ、犯人逮捕まで出入り禁止とか言われると合宿までに調査が終わらないのでこっちも困るし、言われてない以上、特に気にしなくても良いんだろう。
「あ、ユーヤさん、誰かこのホテルの前に来たみたいです」
バイクを引っ張り出そうとしたとき、ティアがそう告げる。
獣人であるティアはこういった感覚が俺達の中で一番鋭い。なのでいち早く気がついたらしい。
俺も注意すればそれなりの範囲の気配を探れるが、あくまで注意していればだ。言ってみれば俺のはアクティブスキル、ティアのはパッシブスキルってところかな?
メルはそれほどそういったのは得意じゃないし、レイリアは強大な力を持つ黒龍だけあって割とその辺は鈍い。
ティアに言われてホテルの周囲を探ると、確かにホテルの入り口前に車を駐め、門を乗り越えて誰かが入ってこようとしている。
気配は……4人か。
密輸取引の連中か、と思ったのだが、どうも様子が違うな。
4人とも若い。
多分大学生くらいの、男女だ。
男性2人、女性2人。
遠目で見ていると、1人がカメラっぽいものを手にしているので動画を撮影しているらしい。
となると、肝試し的なアレか?
確かに近隣で広まっている噂を考えればこのホテルが心霊スポットになってても不思議じゃないか。
とはいえ、どうしようか。
おそらく長居はしないだろうし、建物も鍵が掛かっているから勝手に入ることはできないはずだ。
ちなみに健二と昭彦の2人は一階事務所の窓が開いていたのでそこから出入りしていたらしいのだが、そこも既に鍵を掛けてある。
諦めて帰るまで待つしかないか、そう思っていたら、
ガシャン!
あ、アイツらガラス割りやがった!
解体を待つ身とはいえどの程度まで保全しなきゃいけないのか分からない。
ガラスなんかが割れていれば勝手に出入りする奴も出てくるだろうし、何より建物が傷むのが早くなる。
最上階のレストランで閉め出されたらガラスを割っちゃえば良いとか考えてたのは横に置いておく。実際割ってないし。
「ユーヤさん、あの人達、入っちゃいましたよ?」
これ以上壊されちゃたまらない。
俺は皆にここで待っているように頼むと、正規の出入口(裏口)から本館に入り、気配を探りながら侵入者の後を追う。
しばらくすると連中の声が聞こえてきた。
周囲が静かだからというのもあるが、それよりもやはり恐怖を隠すためだろうことさら大声で会話しているようだ。
「ねぇ、本当にその人見たの?」
「いや、俺も聞いただけだからわかんねぇって。だから確かめに来たんじゃん」
「や、やっぱり帰ろうよぉ。ガラスまで割って入っちゃマズいってぇ」
「良いじゃん、どうせ放置されてる廃墟なんだし! それよりさぁ、良い動画撮れたらユー○ューブにアップしようぜ」
……予想通り過ぎてどうしたもんだか。
まぁ、声を掛けるしかないんだが。
とはいえ、驚かせても仕方がないから普通に声を掛けるか。
まずは声の届くところまで近づいて、と。
なんて声を掛けるかな。
「えっと…」
ガタン!
「キャァ!!」
「な?!」
「だ、だれ?!」
声を掛けようとした瞬間、足元に転がっていた消化器を蹴っ飛ばしてしまった。
途端に上がる悲鳴と誰何の声。
そして向けられる懐中電灯の光。
眩しいっす!
「う、うわぁぁぁ!!」
「いやぁ~~!!」
「キャァーー!!」
「ま、待ってくれよぉ!!」
………………
………………
……逃げちゃった。
いや、普通に近寄ろうとしただけなのにそこまで驚かんでも。
あ~あ、懐中電灯1個と、あれ? ハンディカムのカメラまで投げ捨てられてら。
心霊映像投稿するんじゃなかったのか?
仕方がないので拾い上げて、ふと気がついた。
あの連中があんなに驚いた理由。
俺、懐中電灯持ってくるの忘れてたわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます