第168話 勇者の引退と幽霊騒動 Ⅴ
Side 仙波
「おう、わかった。とりあえず高速船は小田原新港と米神漁港で待機。巡視船は相模湾を巡回させとけ。おそらく本番は日が暮れてからだ。接岸できそうな場所も確認しておいてくれ」
とりあえずの指示を出し終えて電話を切る。
そうして周囲にいる人間達に状況を伝える。
「聞いての通り、
俺の言葉に明智と小田原署の連中が頷く。
「海上のほうは仙波に任せる。それで、今回押収された密輸品を回収して捌いている組織にアテはありますか?」
「確証はありませんが、おそらく豊泉会だと思われます。指定暴力団○×組系列で小田原から熱海周辺を縄張りにしているマル暴ですが、ここ1、2年妙に羽振りが良いので捜査を進めていました。ようやく最近になって麻薬を都内の売人に流しているらしいところまでは突き止めたんですが確実な証拠は掴めていません」
小田原署の刑事課長が苦々しげに状況を説明してくれる。
気持ちはわかる。
この手の麻薬売買ってのはどうしたって証拠を揃えるのが難しい。入手ルートが分からなければ末端の売人を捕まえるのが精一杯で本丸まで辿り着くのが容易じゃないからだ。
日本ってのは実は密輸天国でもある。
島国であり世界有数の海岸線を持つ割には沿岸警備が非常に薄い。予算と人員が圧倒的に不足しているからだ。
海からの密輸を取り締まる立場である
それだけに今回の密輸品の隠し場所の発見は密輸組織の尻尾を掴むチャンスでもある。
「聞き込みの結果、月に2回くらいの頻度で不審な乗用車が夜間に廃ホテルの近くで人を降ろしたり乗せたりしているようです。そして、それとは別に東洋人らしき外国人が何か荷物を建物に運び入れているのを近くに住む老人が目撃しています」
次々と関連のありそうな証言や小田原署でこれまでに捜査した情報などが報告される。
刑事課長がそれを聞きながら情報を整理し署員に指示を出していく。時折明智にこれで良いか目線を送るが、明智は特に何か言うことはしない。
「それで、今回の密輸品の第一発見者の青年ですが、その、何かあるんですか? 随分と雰囲気のある青年でしたが」
捜査関係者からしたら当然の疑問だろう。本来であれば発見した経緯などを直接聴取したかったはずだし、普通はそれで問題はない。
だが、奴の正体を知っているこちらとしては、できるだけ行政関係者には接触させたくない。これまでのやり取りである程度の性格は把握できているし、そうそう問題を起こすことがないのも分かってはいる。ただ、常人ではあり得ない能力をもっているせいなのか、奴の行動はこちらの予想の斜め上をカッ飛んで行くことがあるからな。
情報の秘匿もしなきゃならないし。
「申し訳ないが、彼はちょっと特殊な事情があってね。警察庁長官からマル特案件として処理するように言われている」
表情ひとつ変えずに明智が刑事部長に詮索しないように釘を刺す。
ちなみにマル特とは国際関係や特殊な要件で特別な配慮が必要な人間を指す言葉だ。
不審には思うだろうが警察官をやっていればままあることなので余計な事はしないだろう。
「わかりました。まぁ、警視殿の方で聴取をしてくれていますから特に問題ありませんので。それでは、今回の押収量から近日中にに密輸売買組織があのホテル回収に来ると考えられる。絶対に見逃すな! 必ず組織の尻尾を捕らえるんだ!!」
『はい!!』
刑事課長の力強い指示に捜査本部に集まった警察官達が応え、解散する。
さて、俺と明智もそれぞれ職務を果たすとしよう。
Side 裕哉
日が沈み、そろそろ街も眠りにつきそうな夜中。
俺達6人はまたまた廃ホテルにやってきていた。
理由は言わずもがな。久保さんの叔父さんからの依頼を果たすためである。
ただまぁ、測量作業員の機材が紛失して別のところで見つかった件と獣の唸り声はツキノワグマの権太と権太に餌付けしていた地元中学生の仕業であることは分かっているし、夜中にホテル内で目撃された人影はこの廃ホテルを密輸取引の場所にしていた連中であることはある程度確定しているので、俺達の仕事はほとんど終わっているようなものだ。
ただ、それでも依頼人の意向でもう少し様子を見て欲しいとのことだし、いくつか解決していないことも実は残っている。
測量機器の故障と車のタイヤが切り裂かれたようにパンクした件、それと近隣の人から人魂が建物の中を漂っていたとか切り裂くような女性の悲鳴が聞こえたという話を聞いている。
器械の故障とタイヤのパンクは当初昭彦と健二がしたことだと思っていたのだが、2人はそれを強く否定していた。さすがにそこまで悪質なことはしていないって。
どちらも偶然の可能性もある、というか、高い。器械は大体において肝心なところで故障するものだし、タイヤだって裂けるようにパンクすることもそれほど珍しいわけではない。色んなものが落ちてたりするからな、ここ。
人魂は単なる見間違いや廃ホテルが心霊スポットになって噂に尾ひれがついただけ、悲鳴は(こっちは実際に聞いた人が居た)風か何かの音だろうと思う。
なので、それほど真剣になって調査する必要はないのだが、まだここに来て2日しか経っていない。当然夜の廃ホテルの調査もしていないから、さすがに一度も調べてませんってわけにはいかないだろう。
それにちょっと気になることもないわけじゃないのだ。
「別に茜とティアは無理する必要ないぞ? 夜中のホテルを調べるのは俺とメルかレイリアでできるし」
俺は何度目かの問いを2人にする。
「だ、大丈夫よ。別に、こ、怖くなんかないし」
「わ、私もです」
いやそんなビクビクしながら言われてもな。
若干の不安を覚えながらも敷地内にバイクを駐めて、まずは敷地内をぐるりと回る。
敷地内にある電灯はひとつも点いていないので当たり前だが周囲は真っ暗だ。
といっても空は晴れていて見事な星空だし、月も細いが出ているので夜目の利く俺や異世界組にとってはそれほど不都合はない。
それに全員がア○ゾンで買った強力なLEDマグライトを持っているので明るさは十分である。というか、全員が点けると色んなところに乱反射して眩しい。
「とりあえず何もない、な。まぁ当たり前だけど」
「……次に期待する」
「何もなくていいわよ! と、というか、何もないことを確かめてるんでしょ?」
「外なら私も大丈夫です」
「少々もの足らぬが、まぁ別に良いじゃろ」
「…………」
雰囲気にそぐわないくらい賑やかに探索する。
茜とティアはことさら賑やかにしてるが、やっぱり怖いんだろうな。
ただ、ひとりだけ静かだな。
「メル、何かあったか?」
「え?! あ、すみません。別に何かあったとかではないのですが、少しこの場所に違和感があって。昼間は特に何も思わなかったのですが……」
メルもそう思うのか。
俺も今日の昼過ぎくらいからどことなく違和感というか、微妙な雰囲気をこのホテルから感じているのだ。
別に視線を感じるとか人の気配があるとかそういうわけじゃないのだが、もう、違和感としか表現のしようのない感じ。
随分前になるが、合宿の時に心霊スポットに行ったときに感じた気配とも異なる、奇妙で原因の分からないのが若干イラッとくるな。
気のせいかとも思ったんだがメルまで感じているとなると何かがあるのかもしれない。
とはいえ、理由の分からないことをいつまでも気にしてても仕方がないし、茜やティアに言えば不安にさせるだけだろうからとりあえず放っておこう。
「とにかく、6人でゾロゾロと動いてても意味ないしな。二手に分かれるか。俺と茜、亜由美の3人と、メル、レイリア、ティアの3人でそれぞれ本館と新館を回ってみよう」
色々な意味で手間の掛かりそうな2人は俺が引き受ける。ティアもメルやレイリアと一緒なら異世界で旅をしてたときのようにジャパンホラーのイメージを引きずらずに済むだろうし。
レイリアの暴走が心配だがメルがいれば何とかなるだろう。
「はい。それでは私達は新館の方を回りますね。何かあればケータイに電話をします」
異世界とは違って電話が通じるのがありがたい。待ち合わせとか考えなくて良いし。
メル達が新館に入るのを見送ってから俺と茜、亜由美の日本人トリオは本館、既に数回使用した裏口の扉を開けて館内に入る。
玄関ロビーに出ても外が暗いので当然真っ暗闇である。普通のホテルならば例え照明が落とされていても非常口などは常にランプが点灯しているものだが廃業したホテルにそんなものは機能しているわけがない。俺達の持つマグライトだけがこの建物に存在する光源である。
「や、やっぱり誰もいないホテルって不気味よね」
「アカ姉、だらしない。そんなんじゃ師匠に正妻の座を奪われる」
「亜由美ちゃん、その呼び方やっぱり変じゃない? それに、正妻の座って、言い方がちょっと嫌」
「アカネネェ、言いにくい。それにちょっと呼び捨てっぽくてGood!」
「最近亜由美ちゃんの私に対する扱いが雑!」
ああうるせぇ。
茜と亜由美がキャンキャンとやり合ってるのを放っておいてさっさと歩きたいが、生憎それぞれに両腕をがっしり抱え込まれているので歩きづらくて敵わん。
ってか、コイツら仲が良いのか悪いのか。まぁ、時々一緒に買い物に行ったりしてるから仲良いんだろうが……。
とにかくこんなことしてたら回り終える前に朝になってしまう。
新館の方は12階建てで客室数は多いが、本館は7階建てと客室数自体は新館よりも少ないながらレストランやバーなどの店舗が複数あるし建坪自体は本館の方がでかいのだ。
メル達を待たせるのも悪いのでさっさと回ってしまおう。
エレベーターが生きてるなら最上階まで行ってから順に下がってくるのだが、電気が遮断されているので階段で一階ずつ回りながら上がっていくことにする。
まずは1階のレストランや売店、大浴場などを回り、2階に上がる。
建物の中央部分にエレベーターがあり、両サイドに階段があるというオーソドックスな造りなので北側の階段を上って2階に出たら順に部屋を確認しつつ今度は南側の階段で3階に。
いちいち同じルートを使って戻らなくて済むだけありがたい。
店舗も客室も鍵は全て開けっぱなしになっているので、俺が魔力を薄く広げながら気配を探りつつ、念のため全部の部屋に足を踏み入れてライトで照らしながら異常がないかチェックをしていく。
「ちょっと、裕哉、早いよ」
彼女から聞きたくない台詞だな。
いや、歩く速度なのは分かってるけど。
「兄ぃ、内心でビビってるから早く終わらせたいのは分かってる。けど、このままだとアカ姉が漏らしそうだからもっとゆっくり行くべき」
「誰が漏らしそうよ!」
ビビってるのは
妙に腰が引けてるし俺の腕を抱えたまま離さないし。
緊張感を欠いたまま3階を終えて4階。そして5階を回る。
当たり前なことに何も異常はない。
人魂はもちろん、人影も見当たらない。
6階。
異常なし。
んで、とうとう階段を7階まで上り、最後のフロアに足を踏み入れる。
ここは展望レストランやバーだけで客室はないらしい。
一歩踏み入れると、微かに冷たい風を感じる。
……どこか窓でも開いてるのか?
昼間に見て回った段階ではどこの窓も開いていなかったしガラスの破損もなかったはずだが。
それに、奇妙な違和感が強くなっている気がする。
茜と亜由美は別に感じるものはないのか、先ほどまでと同じ感触が両腕から伝わってくる。
フロア全体の気配を探る。
うん、誰もいない。
ゴーストっぽいのも感じないな。
それでも心持ち慎重にバーを見て回り、その奥のレストランに入る。
展望レストランは広く、奥側にテラス席もあった。
そのテラス席に繋がるガラス製の扉が、開いてる?
警察の現場検証のために一時的に開けたが、事故防止のために施錠しておいたはずだ。
密輸品が見つかった部屋は、物を回収した後にダミーを置くためにもう一度警察官が入っていたが、ここのテラスからは何も見つからず、俺が確認してから鍵を閉めた覚えがある。そしてここの鍵は俺の持っているやつしか存在しないはず。まぁ、ここで働いていた元従業員が持っていないとは限らないけど。
個人的には面白いが今は茜と亜由美がいる。
見落としのないように注意深く周囲を探りつつ、一旦テラスに出る。
ホラーの定番なら出た途端に扉が閉まってしまったりするのだがそういったことはなかった。
というか、この程度ガラスなら理科の実験に使うプレパラートに被せるカバーグラス並に簡単に壊せるけどな。
テラスにはいくつものテーブルや椅子が散乱している。
廃業した際に放置された物だろうが、数年間雨ざらしになっていたせいでほとんど壊れていた。
気配は何も感じないが、念のため隅々まで見て回る。
「ふぅ。何も変なところはないな」
「……ね、ねぇ、裕哉……」
「に、ににににに、兄ぃ……」
ん?
茜と亜由美が強く俺の腕を抱きしめる。
ボリュームに圧倒的な差があるな。
いつもなら俺がこんなことを考えてたら茜なり亜由美なりがジト目で睨んだり抓ったりするものだが反応がないな。
そんなどうでもいいことを考えつつ2人を交互に見る。
と、茜も亜由美も、レストランの方を見ながら固まっている。
「どした? 何かあったか?」
「あ、あああ、アレ……」
「で、ででで出た……」
何が?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます