第163話 勇者の帰国
ロンドンのヒースロー空港。
世界有数の国際空港のターミナル5という場所に俺達は来ている。
一日の不本意な休みを挟み、ロンドン市内のバイク屋やバイヤーを巡り数台のヴィンテージバイクを仕入れた俺達は次にマンチェスターを訪れた。
移動は予定通りバイクである。
確かに緯度の割には暖かかったのだろうが、それでも真冬のイギリスは寒い。しかも時折冷たい雨が突発的に降るのがかなり堪えた。さらに日本ならば幹線道路といわずいたるところにコンビニがあるのでトイレに行きたくなってもほとんど困ることはないのだが、イギリスにはいわゆるコンビニはほとんど存在しない。そうなると代わりのお店は、などと思うのだが無料で開放されているトイレのあるお店ってのが極端に少ない。あってもお客さん専用で使用するときには従業員に鍵を借りたりする必要があったりする。
公衆トイレも極端に少ない上に有料であることがほとんどで、それもドン引きするぐらい汚いことも多いのだ。
結局ガソリンスタンドで用を足すことになるのだが、そう何度も給油する必要などあるわけもなく非常に難儀することになった。
とはいえ、マンチェスターでの取引、サンダーバード6Tの仕入れは特に問題なく無事に終えることができた。イタリアでのすったもんだを考えると拍子抜けするくらいあっさりと。
ロンドン市内でも数台のヴィンテージバイクを入手できたことも併せると今回のイギリス訪問は大成功と言えるだろう。
良かった良かった。うん。
……このところ連日大衆新聞であるタブロイド紙(日本でいえばスポーツ新聞みたいなもの)だけでなく一般紙或いは高級紙と呼ばれるブロードシート(普通の新聞や経済新聞のようなもの)をはじめとしてテレビのニュース番組までロンドンに突如現れてテロリストとその黒幕を誅した覆面男のことを報じているが、これはまぁ、無視しても問題ないくらい些細な出来事だ。
むしろ積極的に無視してさっさと忘れるべきである。
たとえその場にいて助け出された政治スキャンダル専門のパパラッチが連日各紙や各番組からインタビューを受けて、その時の様子を熱く語っていようが気にするようなことではない。ないったらないのだ。
……あの野郎、こっちにカメラ向けてなかったから油断してたのにしっかり隠し撮りしていやがった。雷撃魔法もっと高出力でくらわせてあの部屋の電子機器全部破壊しておくべきだった。いや、そうすると証拠まで消えてしまうか……。
まぁ、嫌なことにはさっさと蓋をしてしまおう。
俺が忘れてしまえばなかったことになるはずだ。心からそう願う。
と、いうわけで、今回の仕入れ旅行の全ての日程を無事(?)に終えて帰国のために空港までやってきたというわけである。
イギリスに入国した際も利用した、ロンドン郊外にあるヒースロー空港は世界有数の空港として知られており、滑走路は2本しかないものの年間8000万人以上が利用する巨大な空港である。
ターミナルは大きく3カ所あり、今回俺達が帰国のために利用する成田直行便ブリティッシュエアウェイズは空港の西側にあるターミナル5から搭乗する。
なんにしてもこの空港、ヒースローエクスプレスの終点である専用駅を降りるとすぐ目の前なのだが、とにかくでかい!
比較的新しいターミナルのために色々なところが自動化されている。なので慣れた人には使いやすいのだろうが、旅慣れていない俺達のような人間にとっては結構分かりづらい。
一応ネットで調べてはいるのだが、単に人の波に付いていけば何とかなる入国とは違って案内を探してからそれにしたがってあちらこちらと移動しなきゃいけない。
親父さんはしょうがないとしても章雄先輩もこういったときにアテにならないので俺がキョロキョロしながら案内表示に従ってチェックインの場所を目指す。
因みに章雄先輩はロンドン観光をしたらしいのだが、かなりヘロヘロに消耗して帰ってきた。
ホテルの部屋のベッドに倒れこんで「ロンドン嫌い。もう二度と来たくない」とかブツブツ言ってた。
何があったのか聞いても答えられないくらい憔悴してたので放置した。俺も精神ダメージがMAXだったし。
まぁ、何かトラブルに巻き込まれても大丈夫なように事前に自動障壁機能を付与したバングルを渡していたし、ちゃんと身につけていたようだから深刻な事態には陥っていないはずだ。
そうそう、言い忘れていたがミラノで大火傷を負った時は水仕事を手伝うために一時的に外していたために作動しなかったようだ。
15分ほどウロウロと歩き回ってようやく自動チェックインの機械を見つけることができた。
コンビニに置いてあるATMかチケット販売機のような外見の機械にチケットの予約番号を入力し、あとは画面の案内に従って手続きをすれば完了である。機械は日本語表示もできるので親父さんでも問題なく進めることができる。
俺、親父さんの順にチケットを発券させ、章雄先輩が機械と格闘している間に、次の目的地である荷物の預け場所を探すために周囲を見回す。
さすがにイギリス随一の空港だけあって多くの人でごった返しているのだが、その中に大きなスーツケースを押しながら歩く1人の小柄な男の子が目に入った。
別に何か引っかかるものがあったわけではないのだが、少年の身体がすっぽりと入ってしまいそうな、おそらく無料で預けられるギリギリのサイズであろう大型のスーツケースと、10歳くらいに見える小柄な少年というコントラストに自然と目が引きつけられた感じだった。というか、見ていてちょっと危なっかしい。
ガタッ。
『あっ』
『うわっ! チッ! このガキ、どこを見ている!』
ちゃんと前が見えているのか心配になってハラハラしていると、案の定スーツ姿の男性にスーツケースがぶつかってしまう。
『ご、ごめんなさい! あっ』
ガタンッ!
あ、あの男、少年のスーツケースを蹴飛ばしやがった!
少年が慌ててスーツケースを支えようとするものの、やはり大きさに見合う重さがあるらしく一緒になって転んでしまう。
『ふんっ、大袈裟なガキだ。チッ、服に汚れが付いちまったじゃないか。どうしてくれるんだ? なんだその目は!』
いくらぶつかった少年に非があるとはいえ、そんな態度を取られれば腹も立つ。思わずなのだろう少年がキッと睨むように見たのが気に入らなかったらしい男が、腹立たしそうに怒鳴り、少年の胸ぐらを掴もうと伸ばした手を俺が捻り上げる。
『い、痛っ! 何をする貴様!』
『何をするじゃねぇよ。そっちこそたかがちょっとぶつかったくらいで、いい大人が子供相手に何してんだよ』
身動きが取れないように男の肘関節を後ろ手に極めながら、間に合ったことにホッと息を吐く。
注目していて良かったよ。とりあえず見たところ怪我はないみたいだし。
『き、貴様こんなことをしてただで済むと思っているのか! 私は王国議会の議員だぞ!』
だからどうしたって感じだな。
そもそも旅行者の俺達にそんな権威による威圧なんて意味ないし。
『どうしました? 何があったんですか?』
そんなやり取りをしているうちに誰かが通報したのだろう、黄色いジャケットを着た空港警察官が2人走り寄ってきた。
『そこの男の子がこの男にぶつかってしまったんだけど、この男は謝っているのに突き飛ばして転ばした挙げ句に暴力を振るおうとしたから取り押さえたんです』
簡単に事情を説明。
少々脚色を加えたけど、見ていた分にはそれほど間違っていないだろうから問題ない。
先進国ならどこの国でも子供に対する暴力にはかなり厳しい目を向ける。転んで上体を起こした姿勢のままで呆然と成り行きを見ていた少年もその場にいるので警察官も男を険しい目で見る。
『俺も見ていたぞ! その子を突き飛ばしてから殴ろうとしたのをその人が止めたんだ!』
『その前に子供を蹴ってたぞ!』
『そうだ! それに議員だぞって言って脅してた!』
周りにいた人からも声が飛ぶ。
……見てたはずなのに男の不利になるように証言が改竄されてる気がするな。別に訂正する気にもならないけど。
『議員? まずお名前を聞かせていただきましょうか』
『い、いや、議員なんて言ってないぞ。その子供だってぶつかって転んだだけだ。その、誤解されるような態度に見えたのかもしれない。謝罪しよう。フライトまで時間がないんだ、し、失礼させてもらいたい』
『お名前は? それとパスポートか身分証明書を見せてください』
『そ、それは……』
何かが警察官に引っかかったのか、あれよあれよという間に男の持っていた荷物からパスポートと搭乗チケットが引っ張り出され、それを確認した警察官が無線で応援を呼び、男を拘束した。
あれ?
そこまでするの?
『リチャード・バーン議員、貴方には連続爆弾テロの計画に携わった嫌疑が掛けられています。出国は認められません。逃亡しようとした疑いがあるので拘束させていただきます』
『は、離せ! 私は何もしていない! 何も知らない! 私は……』
あれあれ?
……まぁいいか。
警察官に両脇を抱えられながら引っ張っていかれた男を見送る。
何かどこかで聞いたような内容が聞こえてきたが、俺とは関わりのないことだろう。
『大丈夫かい? 立てる? うわ、結構スーツケース重いねぇ』
「ったく、んな小せぇ身体でこんなデカい鞄じゃ危ねぇぞ」
いつの間に近くに来ていたのか章雄先輩と親父さんが少年を助け起こしている。
『あ、ありがとうございます!』
2人に頭を下げつつお礼を言って、少年は俺の方も向く。
なんだろう、そのキラキラしたお目々は。
すっごい気恥ずかしいんだけど。
『災難だったね。派手に転んだみたいだけど、怪我はないか?』
『はいっ! 助けてくれてありがとうございました!!』
若々しい勢いでぺこりと再び頭を下げる少年。
『やっぱり柏木君は凄いねぇ。俺なんてこの間死ぬかと思う羽目になったのに』
章雄先輩は何やら落ち込んでいるんだが、この間なにかあったのか?
少年、名前はケント君というらしいのだが、親の姿が見られないので余計なお世話かもしれないと思いつつ事情を聞いてみたところ、父親は彼が幼い頃に事故で亡くなってしまい母親とロンドンで暮らしていたらしい。ところが先月、母親までも病気で他界し、母親の母国にいる祖父母と叔母のところに引き取られることになったのだとか。そちらの言葉は母親に習っていたので日常会話程度なら何とかできるそうだ。
わずか12歳の子供に1人で旅をさせることに親父さんと俺は憤慨したり引取先の人間性を心配したりしたのだが、実はつい先日まで叔母がケント君のところに来ていて色々な手続きや準備をしてくれていたそうだ。ただ、仕事の都合でどうしても先に戻らなければならなかったらしく、心配しつつも先に帰国してしまったのだとか。
ただ、母親の闘病中はほとんどひとり暮らしに近かったケント君は年の割にしっかりしていて移住先の手続きの完了を待ってこうして1人で空港に来たということだった。
そして、肝心の親戚のいる移住先だが、どうやら日本らしい。しかも俺達と同じ便の飛行機である。
乗り継ぎのない成田までの直行便なので、費用よりもケント君の負担を減らそうとする叔母さんの心遣いが感じられる。
話を聞いた親父さんは、それはもう同情し、既に発券されているチケットを変更してケント君と俺達の座席を同じ区画にした。
成田で出迎えるというケント君の保護者に引き渡すまでは「俺達にまかせろ!」と請け負ってしまったのだ。
まぁ、別に異論はないから良いんだけど。というか、章雄先輩も俺もどちらかというと乗り気だし。
荷物を預け、機内に持ち込む手荷物もコインロッカーに放り込んで身軽になると、まだまだたっぷりとある時間を買い物に費やすことにする。
イタリアやロンドンでも少しはお土産を買っていたけどそれほど時間に余裕がなかったからな。母さんと亜由美に買い物リストまで渡されているので平穏無事な生活のためにも欠かせない。もちろんそれは親父さんと章雄先輩も同様で、面倒だとは思いながらも逃れる術はもたないのだ。
もちろん買い物はケント君も一緒だ。
親父さんがケント君の親戚情報を聞き出して、遠慮するケント君に手土産を押しつけていた。
こう見えて親父さんは結構浪花節なところがあるからな。
何よりケント君も健気だし。
そうこうしているうちに昼時になったので俺達は海外で摂る最後の食事を終え、いよいよ飛行機に搭乗することになった。
12時間近いフライトになるので気が重いが文句を言っても仕方ない。いつかビジネスクラスとかファーストクラスで旅をしてみたいものである。
「アノ、ユーヤさんはマーシャルアーツとかしてるンですか?」
「ちょっとだけね。まぁ、それなりに経験はあるけど、本格的にしてるわけじゃないよ」
食事の時もこうして座席に着いてからもケント君は積極的に話しかけてくる。
練習がてら日本語で一生懸命に。もちろん俺だけじゃなく親父さんや章雄先輩にもだが、直接助けたせいか一番俺と話すことが多いようだ。ケントという名前は俺になつく習性でもあるのだろうか?
何やら憧れが混ざったようなキラキラした目で話しかけられると背中がくすぐったいんだけどな。まぁ、今後変態にならないように祈っている。
バイクにも興味があるようで、引取先の親戚が許してくれるなら免許を取って乗りたいらしい。
その際は是非ともグランドワークスをご利用下さい。
離陸して少しすると、ケント君は緊張が取れたのか眠ってしまい、しばらく雑談に興じていた親父さんと章雄先輩も寝てしまう。
暇になった俺はひたすら映画見てました。
機内食は……まぁ、それなり?
こうして俺達の旅行は終わりを迎えた。
翌日の昼前。
成田に到着した俺達は荷物を受け取り入国審査をあっさりと終え、ゲートをくぐる。
『あ、いた! ユーヤさん、叔母さんとお祖父さんがいました』
どうやら無事に親戚と合流できるようだ。
「ケント君! 良かった! 無事に着いたのね!」
「ウン、この人たちがたすけてくれて」
「そうなの? どうもありが、って、柏木君?!」
「あれ? 水崎さん? え? ケント君の親戚って水崎さんなんですか? マジ?」
いつもは引っ詰め髪にきつめのメイクなので一瞬分からなかったのだが、そのバインバインなお胸様は確かにバイト先のファミレス店長、水崎さんである。
髪を下ろして優しげな表情と、普段とはかなり雰囲気が違うな。
驚く水崎さんと俺だったが、とにかく簡単に事情を説明した。
水崎さんとお祖父さんにはもの凄く感謝され、ケント君も俺達の住んでいる場所が今度から自分が住むことになるところと近いのを知って喜んでいた。
親父さんが店の場所も教えていたのでまた近いうちに会うことになりそうだ。
「ユーヤさん、オヤジさん、アキオ、またね~!!」
「っまぁ、大丈夫そうだな。裕哉の知り合いんとこなら様子も知れるだろ」
「そうっすね。というか、世間って狭いっすね」
「ところでさぁ、なんで俺だけ呼び捨てなんだろう?」
「「気にすんな」」
「酷っ!」
元気に手を振って去って行くケント君達を見送り、俺達も帰ることに。
「やることは山積みだが、今日くれぇはゆっくり休むか」
「俺も疲れたから今日はよく寝れそう」
「っすね。とにかく帰りましょうか」
「ってことはこの後は特に用事はないんだな?」
荷物を手に歩き出そうとした俺達の会話に突如割り込む声が。
「ん?」
「だ、誰?」
「あれ? 仙波さん? 明智さんまで?」
驚いて振り向いた俺達の前にいたのは海保の仙波さんと警視庁の明智さん。
なんでこんな所に? ココ千葉よ?
「よぉ。ちょ~っと顔貸してくれや。なに、そんなに時間は取らせないしちゃんと送ってやるから」
「え? あ? ちょっと!」
戸惑う俺に構わず肩を掴んで引っ張る2人。
「……ロンドンでは随分と活躍したそうじゃないか」
「是非とも詳しい話を聞かせてくれ。っつか、吐け」
ナ、ナンノコトカナ?
あ、ちょっと、親父さんも章雄先輩も肩竦めて去ろうとしないで!
ちょっとぉ~~~!!!
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