第164話 勇者の引退と幽霊騒動 Ⅰ
「嫌です!」
うん、そう言われるのは予想してた。
我がサークル随一のクールアンドビューティー、久保さんだし。次点は1年の瀬尾さんね。
「即答かい。まぁ、そんな気はしてたけど、もうちょっと考えてからにしてほしかった」
俺が『お願い』してから久保さんの返答までコンマ一秒。
早すぎである。
「俺からも頼むよ。この癖の強い連中が集まってるサークルを纏められるのは久保さんしかいない!」
俺の隣に座っている山崎もプッシュする。
今俺達が居るのはいつものごとくツーリングサークルの部室だ。
久保さんと山崎の他にも茜と大竹、信士がいる。
元々、春のツーリング合宿を再来週に控え、最終チェックも済ませているのでこの時期暇つぶしの連中を除いて部室にサークルメンバーが集まる予定はない。
そこに俺と山崎が久保さんを呼び、来てもらったのだが、大竹はこの後山崎と遊びに行くらしく暇つぶしの付き添い。茜も俺と合流するために少し前に部室に入ってきた。んで、信士は久保さんと一緒に。……仲が順調に進展しているようでなによりである。
久保さんを呼んだ理由は来期のサークル会長指名のためである。
神崎先輩から俺に渡されたバトン(あるいはタスキ)を後輩に託すため、来期の会長に久保さんを指名したいと考えた俺は山崎、大竹、道永、茜の3年メンバーの同意を経てこうして本人の説得に乗り出したというわけだ。
性格上、簡単には引き受けてもらえないとは思っていたものの、こうまであっさりと拒否されるとは。
「やっぱり会長は男性の方が良いと思います。相川君か野村君で良いじゃないですか。それに同じ女性でも恵美ちゃんの方がコミュニケーション能力高いです」
「相川だと調子に乗って率先して馬鹿する未来しか想像できないから論外だ。小林さんの場合は押しに弱い面がある。1年メンバーが濃すぎるから心配なんだよ」
諦めずに説得を続ける。
「野村君はどうなんですか?」
「「アイツは地味すぎて影が薄いから!」」
「うっわ、酷っ!」
あんまり登場しないし台詞も少ないからな。しかたがないのだ。
「久保さんなら何かトラブルがあっても冷静に対処できるし、1年生からの信頼も厚い。どう考えても現2年生、来期の3年生の中では久保さんしか適任者がいないんだよ」
実際、久保さんに引き受けてもらえないと困るのだ。
所詮大学の同好会とはいえ、ツーリングサークルの活動は基本的に学外が中心となる。活動内容がオートバイでのツーリングなのだから当然だ。
必然的に起こるトラブルというのは学校外、それも学生以外との相手であることが多い。事故や違反を始め、他のバイクや自動車に乗っている人とのトラブルや集団で走ることに対して不満を持つ人、絡んでくる奴までいるし、泊まりがけならそれ以外のトラブルも当然発生する。
そうなるとサークルを纏める会長に必要な資質はトラブル対応能力ということになる。もちろんメンバーからの人望もあるに越したことはないが、それは他のメンバーがフォローすれば良い。
その点、久保さんは育ちのせいか穏やかで上品な口調や仕草のみならず、いざ問題が発生したときに毅然と対応することができるし機転も利く。もちろん他のメンバーからも信頼されているのでいうことがないのだ。
野村や小林さんは性格は悪くないのだがどうしても周りに流されたり気弱な面がある。相川はお調子者だし。
「サポートに信士を付ける! 手足のごとくこき使って構わないしヤバいときには矢面に立たせりゃ良い」
さらに推す。
信士の了承は得てないが、放っておいても久保さんの手伝いなら喜んでするだろう。事実、いきなり名指しされて驚いた顔をしているものの反論は無いし。
「それに他のメンバーにも協力するように言って……」
「ちぃ~っす! あ、柏木先輩いた!」
久保さんが少し思案するような仕草を見せたのでさらに言葉を重ねていると、部室のドアが開き、件のお調子者が入ってきて俺の顔を見るなり破顔する。
あ、嫌な予感が。
「せんぱ~い! 聞きましたよぉ! 帰国した途端、空港で警察にしょっ引かれたらしいじゃないっすか。何したんで……あ、あれ? なんで顔掴むんす、い、いだだだだだだ! 割れる! 顔が割れるからぁ!!」
いったいどこで聞きつけてきやがったんだ?
……後で章雄先輩は異世界式電気按摩の刑だな。魔王の四天王の1人を無傷で降参させた技をたっぷりと味わわせてやる。
……嫌なこと思い出させやがって……。
先月の欧州仕入れ旅行の最終日。帰国した俺を待ち受けていた明智さんと仙波さんの2人に空港で捕まった俺はそのまま霞ヶ関にある警察庁に連行された。
明智さんの所属する警視庁でも仙波さんの所属する海上保安庁でもなく、警察庁、である。
警視庁を含む全国の警察のトップ行政機関である警察庁だが、ここには警察官はいないし捜査権もない。なので、何故連行された行き先がここなのか理解できなかったのだが、2人に連れられて入った部屋には50代前半くらいの男性が1人待っていた。
そこから始まる怒濤の追及とマシンガンのごとく浴びせられる文句の嵐。
どうやらイギリスの警察から、例のテロ事件の黒幕であった議員達の逮捕に関連して『クロノス』の正体や行動について散々追及されたらしい。
特に、あのパパラッチや議員達が言っていたように『クロノス』が日本の警察あるいは軍隊(自衛隊)の特殊部隊であると疑われていたらしく、その場合、今回の騒動は明確に内政干渉にあたるということらしい。
テロ犯が捕まってメデタシメデタシというわけにはいかないんだとか。
なにしろ俺の格好は『クロノス』のコスチュームだったので当然日本人であることは簡単に推測できる。となれば、あれだけ異常な能力を持っているということは普通に考えれば民間ではなく特殊な訓練を受けた軍や警察の部隊と考えてもおかしくない。というか、それしか考えられないのだろう。
日本の警察としては、俺の正体を把握していても事実として完全な民間人であるし警察の指示は受けていない。当然事前に今回の行動を知ることはできなかったので完全に寝耳に水の出来事なのだ。
「確かに君は民間人であり法律に抵触しない限り行政側がその行動を制限することはできないのだけどね。でもね、こちらが何にも知らないことで延々と文句を言われなきゃならない気持ち、分かってほしいんだよね。
それにさぁ、君からの要請で『クロノス』の正体も公表できないから反論しても説得力ないんだよ。
もうね、あの文句を言われ続けた1時間で僕の髪の毛が何本抜けたのか知ってる? 73本だよ?
せっかく何年もリ○ップ使い続けてようやく最近髪にハリとコシが出てきて喜んでたのに一気に元の木阿弥なんだよ?
君はアレかい? 僕に恨みでもあるのかな? そのうえ、事件の対応とイギリスとの時差のせいで僕は結婚記念日なのに家に帰れなかったんだよ? 次の日に帰ったときの妻の冷たい目。僕に新しい性癖が目覚めたらどう責任取ってくれるのかな?」
一から十まで自分の都合を押しつけられただけなのに、何かもの凄く罪悪感に苛まれたよ。
間違ったことをしたつもりはない(いや、不法侵入は犯罪だけども)のだが、もの悲しい頭部のおっさん、警察庁長官の血を吐くような言葉に心からのお詫びをする羽目になった。
……まぁ、頭部全体に治癒魔法をたっぷりと掛けたら、後日諦めていたところにまで毛が生えてきたと季節外れのお歳暮とお礼状が届いたが。
長官の苦情の次は明智さん&仙波さんの説教をたっぷり受け、結局家に帰り着いたのは夜中になってからだった。
やはり『クロノス』コスは廃棄処分することにしようと思う。
「柏木、おい、柏木ってば!」
俺が嫌なことを思い出して鬱になっていると、山崎が俺の肩を叩きながら呼ぶ。なんだ?
「相川、泡吹いてるけど」
おっと、やり過ぎたか。
目が逝っちゃってピクピクしだした相川の顔を解放する。
ん~、死んでないから、まぁ良いか。
「良くないっすよ! 何サラッと流そうとしてるんすか! やっぱり先輩何かの犯罪、いや、何でもないっす! ふぎゃ~!!」
相変わらずといえば相変わらずの相川に久保さんが大きな溜息を吐く。
「……わかりました。会長、引き受けてもいいです」
「マジで?! よっしゃ! ありが「ただし!」と、って、え?」
その言葉にハイタッチをしようとした俺と山崎を久保さんが制する。
「ひとつ条件を受けてくれたら、ですけどね」
「「条件?」」
俺と山崎は顔を見合わせた。
4日後。
久保さんの条件とやらを熟すために俺は、いや俺と茜、レイリア、ティア、メル、何故かくっついてきた亜由美の6人は神奈川県小田原市郊外にある海岸沿いの建物に来ていた。
元は観光ホテルだったらしい建物は、数年前に廃業して人気のない廃墟と化している。
とはいえ、今にも倒壊しそうな状態というわけではなく、むしろ少し整備すれば使用できそうな建物である。
廃業の理由は聞いていないが近隣には民家や商店もあり、昼間に来る分にはそれほど不気味な感じじゃない。まぁ、これだけ大きな建物が無人なんだから夜にでも来れば立派な心霊スポットになるだろうけど。
久保さんの条件はこの建物に関する事だった。
「叔父はリゾート開発とホテル経営を行う会社を運営しているのですけれど、数週間前に廃業したホテルを買い取ったんです」
久保さんの話をまとめるとこうだ。
久保さんの叔父さんが社長を務める会社が小田原郊外にあるホテルを買い取って、その場所に新しい滞在型のリゾートホテルを建てる計画を建てたんだそうだ。
無事に所有者からそのホテルを買い取る事ができ、いざ開発のための測量を開始した途端に色々と不可解な事が起きるようになった。
いきなり測量機器が故障したり、車のタイヤが何かに切り裂かれたようにパンクする。少し目を離した隙に機器がなくなり、その後とんでもない場所で見つかる。獣のうなり声のようなものがどこからともなく聞こえてくる。
さらに近隣の住民が幽霊や人魂を見たなどという噂まで流れ始める始末。
事前に調査した段階ではそういった話は聞き取れなかったということで、叔父さんも相当困惑しているらしい。
騒動が長引けば建設計画はもちろん、営業開始してからの集客にも影響しかねないということだった。
その会社の社員が時間を問わず見回りなども行ったらしいのだが、物音や人影が確かに確認できたらしい。
「サークルの活動とはまったく関係ありませんし、公私混同なのは分かっているんですけど、子供の頃から可愛がってくれた叔父なので何かしたいと思ってましたから。
別に解決する必要はありません。原因がはっきりすれば後は叔父の会社が適切に対応します。プロに頼むにもどこから手を付ければ良いのか分からないそうなので、少しでもとっかかりが付けばそれで良いんです」
ついでに、結果がどうであれ会長は引き受けてくれるということで、俺もその条件を引き受けることにしたのだ。
久保さんのことだから断っても会長を引き受けてくれるんだろうが、就職活動もオヤジさんのお陰で完了したのでそれなりに時間もある。
最近レイリア達とゆっくりとする事もできなかったし、その叔父さんの厚意ですぐ近くのホテルに1日あたり2食付きで泊まれるように手配してくれる、ということで俺と嫁(予定)達でやってきたというわけである。
ちなみに山崎は就活の面接があるために血涙を流しながら断念し、亜由美は入試を終えたばかりなので強引にくっついてきたというわけである。
……折角みんなとイチャイチャしようと思ってたのに。
というわけで、到着して早々に件の建物を確認するために来たわけである。
今日のところは簡単に下見をして、全体の状況を把握しておこうと思っている。
その建物はといえば、それなりに大きなホテルだったらしい。建屋や敷地を見回るだけでそれなりの時間が掛かりそうだ。
ゲートの閉まった門を括っている鎖と南京錠を渡された鍵で開ける。
ギギギィ、ガラガラガラガラ。
さびて軋んだゲートを動かして数メートル開くと俺達は中に踏み入った。
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