第156話 勇者の欧州珍道中 Ⅵ

 イタリア北部最大にしてイタリア第2の都市、ミラノ。

 芸術とファッションの街として知られ、大阪市の姉妹都市でもある。

 南部の街ナポリから高速鉄道で4時間ちょっと。お昼を少し過ぎた頃に到着した親父さんと俺、章雄先輩の3人は少し遅い昼食を取っていた。

 ナポリの商談が上手くいったことでご機嫌な親父さんの財布の紐がクタクタに緩んでいて、まだ昼だというのに名物料理に舌鼓を打っている。

 ミラノにほど近いパルマの生ハムとチーズを前菜にコトレッタ(仔牛の骨付きロースを使ったカツレツ)にトマトと野菜たっぷりのスープ(日本でもおなじみのミネストローネ)、イノシシ肉を赤ワインで煮込んで平たいタリアテッレというパスタに絡めたタリアテッレ・コン・チンギアーレ。

 

 海外旅行というとよく聞くのは食事の問題だ。

 日本では様々な国の料理を食べることができるが、基本的に日本人の味覚に合うように調整されているので、その料理の本場に行くと口に合わないなんてこともよくあるらしい。

 けど、イタリア料理ってのは本場でも実に美味しいものが多い。今のところは日本食が恋しいなんてのも感じていない。ってか、マジで美味い。

 

「いや~、俺まで奢ってもらってあざっす! 親父さんマジで神!」

「おう! たっぷり感謝しろや。まぁ、この貸しは労働で返してもらうがな」

「奢りじゃないの?!」

 ふたりも機嫌良くじゃれている。

 ミラノでの滞在期間は今日を含めて4日間。

 とりあえず明日はこちらのバイヤーとの商談でいくつかのバイクに関して交渉する予定となっている。

 それ以外はバイヤーを通じて出物を探したり、青空市場メルカートでパーツを探したりするとのことだ。

 時間にはかなり余裕があるので多少の観光もできそうだという話なので、ドゥオーモ広場の教会(ミラノ大聖堂)に行くつもりだ。

 

 小さなバイク屋なのにそんな沢山のバイクを仕入れて大丈夫なのかと心配になったが、実は知り合いのバイク屋仲間と連携しているらしく、今回の旅費もそれぞれが割合に応じて負担することで話が付いているとのことだった。

 どおりでベスパやサンダーバードの仕入れのためとはいえ、2週間ものヨーロッパ遠征を強行するはずだ。じゃなきゃ相当な高値で売らなきゃ元が取れない。

 予定では20台くらいのバイクを仕入れる予定で、その内容は親父さんに一任されているらしい。

「とりあえず、今日は市内のバイク屋に行ってみてぇな。裕哉、どこか良い店ねぇか?」

 章雄先輩の持っていたミラノのガイドブックを引ったくってペラペラとめくっていた親父さんが、目的の内容を見つけられずにポイッと投げ捨て俺に聞いてくる。

 まぁ、普通のガイドブックにバイク屋は載ってないよな。

 

 当然、事前にそれなりに調べてはいるのだが、ショップの場所と名前は分かるもののどんな店かは分からなかった。

 なので、やっぱり地元民に聞くのが一番早いだろう。

 ということで、リストランテを出た俺達は広い通りから地元民が住んでいるであろう路地に入る。

 イタリアにはこういった路地の先に建物に囲まれた小さな広場が至る所にあるらしい。そこにはちょっとした屋台が出ていたり、個人商店のような店が商品を広げていたりする、下町のような場所だ。

 路地と言ってもナポリのように危険な雰囲気はほとんど無くて、観光客の多い広い通りとは違い、もっと生活に根ざした落ち着きを感じさせていた。

 

 そんな広場の片隅で、数人の男性が年代物のバイクの傍らで談笑しながらタバコを吸っているのが目に入ったので近寄っていく。

『ボンジョルノ! ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?』

『ん? ああ、イタリア語上手いけど外国人かい? 僕らで良ければなんでも聞いてくれ。ああ、でも女の口説き方は自分で考えなよ』

 一瞬怪訝そうに俺達を見た男達だったが、すぐに愛想良く応じてくれる。本当にイタリア人ってのはフレンドリーな人が多いな。

『そいつは残念。イタリアは美人が多いから仲良くなりたいんだけどな』

 俺も冗談で返すと、男達は笑って続きを聞く姿勢を見せる。

『それで、何を聞きたいんだ? 君もそうだが、そっちの人はこのオートバイが気になるみたいだけど』

 俺もチラチラと見ているし、親父さんに至っては細部までガン見してるからバレバレだ。

 

『気に障ったら申し訳ない。実はオートバイを扱う仕事でミラノまで来たんだけど時間が余ったから近くのバイクショップを覗いてみたくてさ。どこか良いところ教えてくれないかな?』

『イタリアの誇るオートバイを気に入ってくれるなら大歓迎さ! そうだな、ブリアンツァ通りのそばの…』

『いや、そんな初心者の行くような店よりも、ちょっとここからは離れるが、グアスタッラの近くに…』

『ちょっと待てよ、この人達はプロなんだろ? だったらポルタロマーナ駅の近くにある店が…』

 何か突っついてしまったのか、俺達そっちのけで口論が始まってしまった。とはいえ、別に喧嘩になりそうな気配も無いし親しい友人同士でああでないこうでないと話しているだけだが、それでも地元民&バイク乗りならではの貴重な情報がいくつも聞けた。

 

 地図に聞いた場所の印を付けてお礼を言ってからその場を離れる。

『チャオ! ミラノを楽しんでくれよ! それから今度来るときは女の子も連れてきてくれ!』

 流石はイタリア男である。

「やっぱ便利だよなオメェは」

 便利扱いってのは喜んで良いのかどうなのか。

「俺も柏木君ほどは無理でも何か役に立たないとねぇ」

「章雄は、まぁ、いりゃあ場が和むな」

「章雄先輩はいるだけで良いんすよ」

「何か納得いかない!!」

 

 とりあえず、荷物が邪魔なのでまずはホテルで預けてタクシーを呼んでもらう。

 そして教わった場所まで移動して店を覗く。

 イタリアはバイクだけでなく自転車も愛好者が多い。

 世界的な自転車レースもあるし、プロも沢山いるらしい。もちろんオートバイでも世界的なプロライダーを沢山輩出している。

 ということで、一般的なバイクショップは自転車とオートバイの両方を扱っている店が多いということだ。

 1軒目と2軒目の店は新車と比較的新しい中古車が中心らしく、ちょっと覗いただけで終了。

 扱っている物が日本でも手に入る物ばかりだったので親父さんの食指も動かなかったようだ。

 そして3軒目。

 通りから2本ほど路地を入り、奥まったところにある店に到着する。

 

「おっ! コレはなかなかだな」

 面積的には小さな店だが、ガラスのショーウィンドウの手前側に2台のヴィンテージバイク、奥にはイタリア最高のライダー、バレンティーノ・ロッシが1999年に世界選手権250ccクラスでワールドチャンピオンを獲得したときに乗っていた“アプリリアRS250”(多分レプリカ)が飾ってあった。

『いらっしゃい! 何か探し物?』

 店の扉を開けるなり声を掛けてきたソバカスとえくぼが可愛らしい10代後半くらいの女の子に簡単に事情を説明してバイクを見せてもらう。

「う~ん、状態は良いし値段も適正だな。良い店だ」

「凄いねぇ。見たこともないバイクもあるし」

 親父さんが感心したように唸る。

 俺にはよくわからないが、親父さんがそこまで褒めるって3軒目はそれだけの理由があるんだろう。俺から見ると雰囲気が良くて掃除が行き届いているってぐらいしか分からんが。

 女の子に補足説明付きで通訳すると嬉しそうに笑った。

『この店は父さんが買い付けから整備まで全部やってるの。今日はローマまでバイクの買い付けに行ってるから不在だけど、ここにあるバイクは父さん自慢のものばかりだからゆっくり見ていって』

 俺達はその言葉に甘えて夕方までじっくりと堪能した。

 

 

 

 ミラノ2日目。

 午前中に予定通りバイヤーの人に会いに行く。

『グランドワークス(親父さんのバイク屋の名前)のオーナー、ジンナイとスタッフのカシワギです。今日はよろしくお願いします』

『……フン。そっちへ掛けてくれ』

 オフィスに到着すると早速アポイントを取っておいたバイヤーと面会したのだが、どうも雲行きがおかしい。

 出迎えたのは40歳くらいの男性なんだが、明らかに歓迎してないって雰囲気なんだけど、なんでだ?

 戸惑いながらも言われたとおり俺達は椅子に腰掛ける。

『詳細はその書類に書いてある。買うというなら早めに決めてくれ』

 そう言うと、男は封筒に入った書類をぞんざいに放り投げる。

「……」

 親父さんが片眉を釣り上げながらも、とりあえず書類を取り出して内容を確認する。

「なんだこりゃ。必要なことがまるで書いてねぇ。それに写真も不鮮明だし、コレじゃ決めるもクソもねぇな。裕哉、とにかく現物を見せろと言ってくれ」


 チラリと俺もその書類を覗き込んだが、対象のバイクの諸元表と数枚の写真があるだけの代物だ。写真も粗くて細かなところがほとんど見えない。

『まず現物を見せてほしい。買う買わない以前に物があるのかどうかもコレじゃ分からない』

『条件に合うからわざわざ来たんだろう。いちいち現物を見なきゃ買うかどうかも決められないのか?』

『見もせずに金を払う馬鹿がどこにいる? それとも現物の用意すらできてないのか? だとしたら詐欺ってことでいいんだな?』

 あまりに人を馬鹿にした態度にイラッとするな。けど、親父さんや章雄先輩までビビらせるのもまずいので、努めて気配を殺して丁寧に言い返す。

『……チッ! ついてこい』

 俺の目付きにちょっと怯んだようだが、気配を抑えてた分持ち直すのも早かった。先導するバイヤーの後ろを着いていき、オフィスのそばにある倉庫に。

 そこには数台のバイクやヴィンテージ物の自動車などが所狭しと置いてあった。

 

『そこに並んでいるやつだ』

 そう言って男が顎をしゃくった場所には10台ほどのバイクが並んでいる。見た感じ、状態は結構良さそうだ。とても目の前にいる態度の悪い男が整備しているとは思えないので、元の持ち主がしっかりしていたのだろう。

「……状態は悪くねぇな。いくつかはレストアしなきゃならなそうだが、致命的な部分は見られん。だが…」

 ついでとばかりに渡された見積書を睨みながら親父さんが腹立たしげに男を睨んだ。

「こりゃどういうこった? どれもこれも相場の2倍近いじゃねぇか。話になるかよ! 事前に聞いてた話とまったく違うぞ」

『……ってことだけど、どういうつもりだ?』

 通訳は俺。

 実際、事前に聞いていた話ではバイヤーと話を纏めたのは別の仲介者だということだった。なので多少の食い違いや状態の善し悪しは齟齬が起こっても仕方がない。

 だけど、金額に関してはそれがあっては困る。というか、あり得ない。

 

『文句があるなら他を当たれば良いだろう。卑しい日本人などに売らなくてもこっちは困らないからな。買う気がないならさっさと帰ってくれ』

『あ゛?!』

『っ?!』

 あまりの舐めた態度にさすがに腹が立つ。

 なのでちょびっとだけ魔力を放出して睨みつける。

 一瞬で青い顔になって足をガタガタさせるが構うものか。

「裕哉! もういい! こっちだってこんなところで仕入れなくても他にアテはある。帰るぞ!」

「え? え? どしたの? あれ? え? い、痛たたたたたぁ!」

 俺の態度から何を言われたのか察したらしい親父さんが俺の肩と章雄先輩の髪の毛を引っ掴んで倉庫の出口に向かう。

 

「親父さん、いいんすか? せっかくミラノまで来たのに。何台か仕入れないとまずいんじゃ」

「あのガキの態度じゃろくなこと言わなかったんだろ? なんでこっちが頭下げてまで買わなきゃならねぇんだよ。仕入れなんざどうにかならぁな!」

「いや、よく分かんないけど、とにかく髪の毛放してぇ! ハゲる、ハゲるからぁ!!」

 いつの間にやら親父さんは俺以上にキレてたらしい。

 まぁ、さすがに俺もあそこまで日本人っていうだけで見下した態度取る奴は初めてだ。

 

「チッ! 験が悪ぃ! 裕哉! 呑み行くぞ!」

「いや、さすがに昼前からってのは早すぎっすよ。とにかく落ち着きましょうよ」

 なんとか親父さんを宥めながらとにかく移動することにした。

 通りへ出てタクシーを探すと、運良く少し手前で客を降ろしたらしい車が目に入る。

 声を掛けてみると中心街まで戻るから、同じ方向なら割引してくれるとのこと。幸先が良いのか悪いのか。

 

『お客さん、不機嫌そうな人が混じってるけど何かあったのかい?』

 人の良さそうな運転手のオッサンが世間話として振ってきたのでごく簡単に事情を話す。

『そりゃ災難だったなぁ。たまにいるんだよ外国人ってだけで見下す人って。あ、そういやぁ、お客さん、オートバイの仕入れだったら軍用バイクってのはどうだい? 確か、今日の午後にドゥオーモ広場で軍用車両の展示があったはずだ。聞いた話じゃバイクとかの払い下げなんかもされるってよ』

「ほ、本当か?! おい運転手! 割引なんかしなくて良いからそこに行ってくれ!」

 運転手さんから聞いた耳寄り情報を親父さんに通訳する。

 即座に目の色が変わった。

 後ろから運転手さんの首を絞めんばかりに乗り出すので運転手さんもビビってる。

 

 十数分後、広場の近くでタクシーを降りる。

 割引をしてくれた運転手さんには親父さんからの指示で10ユーロ紙幣をチップとして払いお礼を言っておく。

 運転手さんは『絶対に買えるって保証はないよ? 俺も人から聞いただけだから』と言っていたが、俺としては親父さんの機嫌が戻っただけで大金星である。まぁ、願わくば親父さんのお眼鏡に適う掘り出し物があると良いんだが。

 

 広場には数台の軍用車両や軍装備が並び、屋台やフリーマーケットのように払い下げ品が置かれている。人通りも結構あるので騒然とした雰囲気だ。

 どういう嗅覚が働いているのか、親父さんは人混みで見通しが利かないにもかかわらずまっすぐ軍用バイクを展示している場所に向かう。

「むぅ、そんなに古くはないが装備が特殊だな。コレはコレで面白い。ポシャった仕入れの代わりにゃならねぇが、1台くらいは買っときたいな」

「あ~あ、スイッチ入っちゃったねぇ」

「でも機嫌が直って良かったっすよ。章雄先輩は親父さんと一緒にいてください」

 親父さんは先輩に任せて、俺は払い下げを買うときの手続きやルールの確認をしようと受付っぽいところを探す。

 

『あ、ごめんなさい。って、アレ? お兄さんって、昨日の』

 人混みに押されるように小柄な女の子がぶつかってきたので、避けずに受け止める。もちろん痴漢とかセクハラと言われないように細心の注意を払ったよ。

 んで、その声に改めて目線を動かすと、ソバカス&えくぼのバイク屋少女がいた。

 ……テンプレ?

 少女の隣に熊みたいな容貌のおじさんもいるけど。

 

 

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