第154話 勇者の欧州珍道中 Ⅳ

 温暖な気候で知られるイタリア南部とはいえ、真冬の2月、日が暮れれば割と寒い。

 といっても、北関東の空っ風に吹かれる地元に比べれば湿度もあるし着ぶくれするほど着込まなくてもなんとかなる。

 そんな俺達はナポリ観光名所のひとつである卵城のすぐそば、ナポリ湾に面した所にある見るからに歴史のありそうな高級ホテルの前で車を降りてしばし呆然とする。

 根が小市民な俺達なのでこういった超高級ホテルに来る機会なんか今までに無かった。親父さんもどうやらそうらしい。

 どう見ても三つ星とか五つ星とか言われてそうなホテルである。

「お、おい、どう考えても俺達ぁ場違いじゃねぇか?」

「服もめっちゃ普通の服だよ? ほ、ホントにいいのかなぁ」

 親父さんも章雄先輩も及び腰だ。もちろん俺も落ち着かないことこの上ない。

 

『ご案内します。どうぞこちらへ』

 俺達を乗せてきた車の運転手さんがホテルの入口に立っていたボーイさん(?)に何やら耳打ちすると、その人が近づいてきて俺達を促した。

 来ちゃった以上、回れ右するわけにもいかないので大人しく先導するボーイさんの後に続いて入口の回転ドアをくぐる。

 ちなみにこのボーイさん、スラッと背が高く俳優とか思えるほどのイケメンだった。爽やかな笑顔と気さくな雰囲気は日本に連れていったらモテまくりそうだ。イタリアの伊達男、侮れん。

 ぎこちなくフロント前を通り過ぎてエレベーターに向かっている時も、特に視線を集めることもなく俺達の服装に関しても気にする人はいないようだった。

 

 エレベーターを降りるとそこはホテルのレストラン。

 そこでボーイさんからウエイターにバトンタッチして更に案内される。

「お待ちしていまシタ。どうぞお掛けくだサイ」

 外国人特有の奇妙なイントネーションながら流暢な日本語で俺達を迎えてくれたのは、あの青空市場メルカートで銀の懐中時計を盗んだ本人から奪い返すことの出来た婦人だった。

 ここまでくれば、というか、とっくに察しているだろうが、俺達をここに招待したのはこの人である。

 

 騒動が大きくなる前にさっさと退散しようとした俺達を引き留めた彼女は、『是非お礼をしたい』と半ば強引に約束を取り付けたのだ。

 当然固辞しようとしたものの、決定権を持っているのが親父さんだと見抜いた彼女は日本語で話しかけ、勢いに負けて曖昧な返事を返した親父さんから泊まっているホテルを聞き出して、日が暮れた頃迎えを寄越すので招待させてほしいと頼み込んだ。

 そしてそこまで言うと、ボディーガードに守られながらどこかに行ってしまったのだ。

 一方的で強引な約束だったものの、親父さんも場に流されやすい日本人である。結局「まぁ、別に予定があるわけじゃねぇし、はっきり断らなかったのはコッチだしなぁ」と大人しく迎えを待っていたというわけだ。

 

 立ち上がった彼女は優雅に会釈をしながら微笑み、俺達を席に促す。

 彼女の服装は、えっと、多分、イブニングドレスとか言うんだったか、両肩の出た脚元までの裾の長いドレス姿だ。

 異世界ではそれなりに王侯貴族の晩餐やパーティーなどでこういったドレス姿の女性は見てきたが、現代に帰ってきてからは初めて見る。

 というか、日本だと結婚式くらいしか見る機会はないと思う。

 この辺りはさすが欧米人といった感じで実に様になっている。

 それに対して……俺達は思いっきりカジュアルな、ごく普通の格好である。

 周囲を見渡してもドレスやスーツ姿の人達ばかりで場違い感がハンパない。ドレスコードとか問題ないんだろうか。

 

 席に着くとすぐにウエイターが食前酒を運んできてくれる。

 そのグラスを全員が手に取ったところで、彼女が改めて口を開いた。

「改めて自己紹介をさせていただきマス。ルイーザ・オスティでス。本日は本当にありがとうございまシタ。おカゲで大切な時計を取り戻すことができまシタ。お礼代わりと言ってはアレですけども、是非とも楽しんでくれたら嬉しいデスわ」

 そう言ってニッコリと笑みを浮かべた彼女にドギマギとした感じで親父さんが応じる。

「い、いや、ありゃぁ裕哉がやったことだから俺まで礼を言われるのは気恥ずかしいんだが」

「助けてやってくれって言ったのは親父さんっすよ。でも、まぁ、別に大したことしたわけじゃないので」

「そうそう、お、僕なんて本当になんにもしてないし」

「「確かにな!」」

「ちょ、そこで声を揃える?!」

 

 ついいつもの感じでやり取りする俺達にクスクスと上品に笑いながらルイーザさんはウエイターを呼んで料理を運ばせる。

 いかにも高級そうなコース料理を食べながらワインで口を湿らせる。

 うん。見たことのない料理がいっぱいだけど、美味いな。

 地中海に面した港町のせいか、魚介を使った料理が多いがどれも絶品である。

 俺達は自分達なりに精一杯上品に見えるように気をつけながらも舌鼓を打つ。

 料理を楽しみつつ、少しずつ会話も弾んでくる。

 話によると、彼女はミラノで会社を経営しているらしく、イギリスやアメリカ、日本も度々訪れるとのことで、イタリア語だけでなく英語やフランス語はもちろん、日常会話程度なら日本語も問題なく話せるらしい。

 んで、今回も仕事の関係で数日前からナポリに滞在しているとのことだった。

 時計を盗まれた日も取引先の会社に訪問する際、パーキングスペースにレンタカーを駐めていたところ被害に遭ったのだとか。

 その他の貴重品に関しては身につけていたので被害に遭わなかったものの、時計は別のバッグにいれてあり、短時間だからと油断していたのがものの見事に車上荒らしに遭ってしまったのだとか。

 

「で、でも、こんな高級料理でお礼をするくらいなら、騒動を避ける意味でも大人しく買い取っても良かったんじゃ?」

 アルコールが入ってリラックスしたせいか、章雄先輩が余計なことを聞く。

「気分は良くないけド、少額ならそれでも良かったンですけど、付けられていた値段が1万ユーロだったのよ。サスガにそんな現金を持ち歩いていないし、メルカートでカードなんて使えないし使いたくもないカラどうしようもなかったの」

 1万ユーロ、約120万円か。

 確かにそんな現金持ち歩くわけがないな。現金を用意しても足下を見て更に値段をつり上げそうな感じだったし。

 っつーか、本気でその値段で売れるとでも思ってたんだろうか?

 

「でも、あなた方のおカゲで無事に時計は戻ってきたし、素敵な出会いもあったわ。今は感謝してるのよ」

 そう言ってルイーザさんが流し目で親父さんを見る。

 経験の差かかなり色っぽい仕草だ。茜達が同じことをしてもこの色気は出せないだろう。けど、まぁ、俺の守備範囲外なので関係ないが。

 ……ホントだよ?

「お、おう、いや、なんだ、まぁ、災難だったがそう言ってもらえりゃ裕哉も嘴突っ込んだ甲斐があったってもんだな。そうだろ? 裕哉!」

 動揺しまくってるオッサンがひとり。

「……親父さん、奥さんにチクりますよ」

 親父さんと同じく親父さんの奥さんにもお世話になってるからな。旅先で浮かれて過ちでも犯されちゃ面目が立たん。

 

「ばっ、てめ、雪絵に余計なこと言ったらぶっ飛ばすぞ! べ、別に浮気しようってんじゃねぇんだから良いじゃねぇか」

「動揺しまくってるねぇ。これは、なかなか面白く…」

「章雄、テメェ、それ以上余計なこと言いやがったら大学入ったばっかの時に近所の小学校の悪ガキ女にパンツ脱がされそうになって泣いてたのバラすぞ」

「ちょっ! 親父さん、もう言ってんじゃん! それ秘密にしてくれって言ったのに! 俺にだけ対応キツくない?!」

「うるせぇ! 気に食わねぇことに裕哉の奴は高校時代から隙がなかったから弱味なんざほとんどねぇんだよ! 代わりに生け贄になっとけや!」

「非道すぎる!」

 

 ギャンギャンじゃれつく男共は放っておこう。

「あんまりからかわないで下さい。後が面倒くさいんで」

 代わりに俺はルイーザさんにちょっと文句を言っておく。

「ウフフフ、ごめんなさい。でも満更冗談でもないのデスよ? 私はミラノ育ちだし父も皮革職人だったの。前の夫もね。だから職人の手と心が大好きよ。だからジンナイさんのこともとても好ましく思ってルの。頑固そうに見えて相手のことをちゃんと見てるところが父に似てるわ」

 こんだけお話に出てるのに名前は初出である。陣内勇太郎、親父さんの本名だ。ただ、まぁ、この先も多分『親父さん』としか呼ばれないだろうが。

 それはともかく、意外と純情でロマンチストな親父さんをあまり惑わせてもらっちゃ困る。

 

 そんなこんなで高級ホテルのレストランで滅多に食べられないような美食を堪能して、聞き上手なルイーザさんのお陰で話が盛り上がってしまいバーに移動。

 そして、

「うぃ~~~……」

「親父さ~ん! ちょっと、しっかりしてくださいよぉ」

 章雄先輩がへたり込んだ親父さんの肩を揺するがまともな反応が返ることはなかった。

 駄目だこりゃ。

 お酒を飲んで更に色気を増したルイーザさんに煽られて飲み過ぎた親父さん。完全に酔っ払ってグロッキーである。

 バーの前で彼女と別れたときまでは気を張っていたのか割としゃんとしていたのだが、エレベーターの浮遊感のせいかそれとも歩いたのが原因か、ホテルの入口にたどり着いたときには立派な泥酔者にジョブチェンジしてしまっていた。

 

「えっと、どうしようか。タクシー呼ぶ?」

「う~ん……」

 気の大きくなった親父さんが、来るときと同じく送りの車を手配すると言っていたのを格好つけて断ってしまったのだ。

 もちろん高級ホテルである。フロントに頼めばタクシーくらいは呼んでくれるだろう。

 けど、このまま車に乗せたら多分親父さん、吐くんじゃないだろうか?

 魔法でアルコールを分解することもできなくはないけど、すぐに酔いが覚めるってわけじゃないからなぁ。

 それにナポリのタクシーってぼったくるってイメージあるし。

「まぁ、ホテルまで3キロくらいだし歩きますか」

「だ、大丈夫かなぁ。治安、あんまり良くないんだよね?」

「そこまで遅い時間じゃないし、比較的安全なルートも聞いてるから多分大丈夫でしょ。なんなら章雄先輩だけ先にタクシーで戻っても良いっすよ」

「だ、駄目だよ! 俺一人でタクシー乗ったら間違いなくぼったくられて身ぐるみ剥がされるじゃん!」

 自信満々に言い切るのもどうかと思うが。

 

「んじゃとりあえず行きますか。章雄先輩は車道側じゃなく建物側を歩いてくださいね」

 一言注意事項を伝えてから、俺は揺らさないように親父さんを背負って歩き出す。

 普通に歩く俺の横をキョロキョロと前後左右ひっきりなしに気にしながら歩く先輩。怪しいことこの上ないな。

 事前に市内の観光ルートマップを調べたときに俺達の泊まっているホテルから卵城のルートも当然確認している。なので道は分かるし、比較的安全とされている道も把握済みだ。

 それにまだまだ市内は人工的な光で溢れているし、車や人の通りも多い。引ったくりなどにだけ注意していれば大丈夫だろうと思う。

「でもさぁ、想像してたのと違って、バイク見かけないよねぇ」

 沈黙しているのが不安だったのか、必死に話題をひねり出した章雄先輩。

 とはいえ、その感想は俺も持っていた。

 

「確かに小型バイクは沢山走ってますけど、大型バイクは見ないっすね」

 イタリアといえば数々の名車を生み出した自動車やバイクのメーカーが沢山ある。

 自動車だと古狸が小学生の頃流行ってて集めていたスーパーカー消しゴムでおなじみとなったフェラーリ、アルファロメオ、ランチャ、ランボルギーニが有名だし、バイクなら章雄先輩が乗っているドゥカティをはじめ、モトグッチ、アプリリア、MVアグスタなど高級バイクが目白押しである。

 にもかかわらず、ちょっとだけ見たローマでも、このナポリでもこれらの車やバイクは一度もお目に掛かっていないのだ。

 代わりにベスパやピアッジオなんかの小型バイクは結構見かけた。あと、HONDAやYAMAHAのスクーターも。

「やっぱり盗まれたりするのかな? 停まってる車の車上荒らしもすごいし」

 レンタカーも南部はもの凄く高いらしいしな。

 

 当初は俺達も移動はレンタルでバイクを借りてするつもりだったのだが、イタリア国内は運転も荒く交通事情も良くない上に盗難のリスクが高いと代理店の人に言われて諦めたのだ。

 せっかく国外免許(いわゆる国際免許の日本における正式名称。本来は国際免許ってのは海外で免許を取得した人が日本国内で運転するための免許なのよ)の手続きしたのに運転はイギリスまでお預けなのだ。

 とはいえ、そんな事情は外国人だけだと思っていたのだがどうやらそうでもないようだ。てっきり日本でHONDAやSUZUKIのバイクが走ってるのと同じような感じで見られるとばかり思ってたんだけどな。

 

「車もフィアットとかが多いよね。意外と日本車も走ってるし。イタリア自動車っていうと高級車ってイメージだけど、今のところ見たことが……あ、あった。柏木君、あそこに停まってるのマセラティじゃない?」

 えっと、最低ランクでも1000万円くらいする自動車ブランドだっけ?

 確かに通りに面したリストランテの前に停まってるな。神話で描かれる海神ネプチューンの三叉戟のエンブレムが特徴的だ。

 メタリックグレーのセダンタイプ。お金持ちの送迎なのか運転手が乗ってるのと車のすぐ側にボディーガードっぽい人が2人立ってる。

「高級車に背が高いイケメンボディーガードとか映画のワンシーンみたいだよねぇ。あ、でも、映画だとこのシーンの後大概爆発とか襲撃とかあるのが定番だけど」

 あ、フラグ立った。

 

 ヴィィィィン。

 リストランテから一組の男女が姿を現した直後、一台の小型バイクが俺達の横を追い抜き、停まる。

 2人乗りで、乗っている人間はフルフェイスのヘルメットを被っている。そして後部に乗っている奴の手にあるのは……マシンガン?!

「やばっ!」

 いきなりの暗殺現場遭遇事態に焦る。

 今までのパターンからすると間違いなく余計なトラブルに巻き込まれてる状況だけど、それでも見て見ぬふりなんざできるわけがない。

 

 俺達から小型バイクまで20メートルほど。

 その距離を全力で・・・走る。

 一気にバイクの横に並ぶと、まずは後ろの男が手にしているマシンガンを真上に蹴り飛ばす。

 万一を考えて銃口が上を向くように蹴り上げたのだが、引き金に指は掛かっていなかったのか暴発することはなかった。

『なっ?!』

 次いで小型バイクのボディーを蹴って弾き飛ばす。すると達磨落としのようにバイクだけが吹っ飛び、乗っていた2人は慣性の法則に従ってその場に落ちる。

 慌てて起き上がろうとしたところをすかさず、もはや恒例となった必殺のジュニアクラッシュ。

 呻き声すらあげることができずにその場で崩れ落ちた。

 タイミング良く落ちてきたマシンガンを、衝撃を与えないように足先で受け止めてから地面に落とし、銃身を踏みつぶす。

 鈍い音がしてマシンガンはグンニャリとへし折れたので一安心である。

 

「よし! 終わりっと! んじゃ、そういうことで」

 やるべきことは終わったので、さっさと章雄先輩の所に行こうと回れ右。

 一歩踏み出したところで声が掛かった。

『待て! そこから動かないでもらおう!』

 ……やっぱダメ?

 別に関わる気がないんだから放っておいてもらえないかなぁ。って言っても通用しないだろうなぁ……。

 ったく、こんなことになったのは絶対に章雄先輩が変なことを言ってフラグを立てたせいだ。そうに決まっている。

 俺は仕方なく溜め息を吐くとゆっくりと振り向く。

 

 振り向いた先には超高級車マセラティ。グレードなんかは知らないけど、うん、間近で見るともの凄く高そうな車だ。

 んで、車の向こう側に先ほどリストランテから出てきた男女、の男性の方だけ。女の人は車に乗り込んでいるようだ。

 それから男性を庇うような位置でボディーガードと見られる長身のイケメン。車の横から回り込むように移動してきた同じくイケメンボディーガードがもう1人。……ナポリはイケメン比率高すぎである。

 そのイケメンはどっちも拳銃をこちらに向けて構えている。

 さて、どうしようか。

 おそらくターゲットであった男女を襲撃した連中を俺が撃退したとはいえ、突然乱入してきた奴を警戒するのは理解できる。

 けど、俺としては銃を向けられて嬉しいはずもない。

 とはいえ、無関係な人間を巻き込みかねないマシンガンなんぞで襲撃しようとした阿呆はどうなろうが気にしないが、事情を知らないのにそれ以外の人をそうそうぶちのめすわけにもいかない。

 親父さんや章雄先輩を巻き込みたくもないし。

 

『銃を下げろ。まずは礼を言おう。我々を助けてくれたのだろう? 感謝する』

 重厚感と深みのある見事なバリトンボイスで、そう声を掛けてきたのはボディーガードに守られていた男性だった。

 改めて見てみると、年齢は多分40代後半位。外国人にしてはそれほど背は高くないが着ているスーツの上からでも分かるくらい筋肉質でがっしりとした体格をしている。服装もお高級そうだ。

 顔は綺麗に整えられた口髭を蓄え……イケメンである。どことなく俳優のゲイリー・オールドマンに似ている感じ。

 イタリアに来てからあまり自分の顔を鏡で見たくなくなってきたんだが、こういうのは労災認定してくれたりしないんだろうか。

 

 俺が現実逃避気味にそんなことをつらつらと考えていると更に男性から言葉が投げかけられる。

『ただ、感謝しているのは本当だが、まずは聞いておきたい。君は何者だ? 瞬間移動と見まごうほどの速度で近寄って、しかも足だけで一瞬にして2人の男を倒したとなれば気にしないわけにもいかないのでね』

『……通りすがりの旅行者、いや、仕事で来てるから旅行者ってわけじゃないのか、まぁ、たまたま通りかかっただけの外国人だよ。なんで、そっちがどんな人間なのかは知らないし襲った相手のことも知らない。別に関わるつもりもないから気にしないでくれ』

 別に誤魔化すことでもないので正直に答える。信じるかどうかは知らないけどな。

『とても信じられんが、まぁ、それは置いておこう。だが、この辺り一帯を仕切るカモッラの、これでも一応ボスなのでね。受けた恩は返さなきゃならん。恨みも恩も必ず返すというのがカモッラの掟なのでね』

 めんどくせぇ~!

 

『いや、明日にはナポリを起つ予定だし、マジで要らないから。それに……」

 全力で固辞する俺の言葉の途中で、背中で存在感無くグッタリとしてた親父さんが身じろぎする。目が覚めたのか?

「う、うげぇぇぇ」

 背負ったまま激しく動いたせいなのか、半覚醒状態になった親父さんがマーライオンにメタモルフォーゼしてしまった。

 俺の背に負ぶさったまま。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 俺の絶叫が夜のナポリにこだまする。

 

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