第153話 勇者の欧州珍道中 Ⅲ

 ナポリでは、というか、イタリアではあちこちの広場でほとんど毎日のようにメルカートと呼ばれる青空市場が開かれている。

 この青空市場だが、いってみればフリーマーケットみたいなものだが、日本と違い不要品を売る一般人だけでなく、的屋てきやのようなプロの無店舗販売者も多い。というか大半がソレだ。

 特にナポリではそういったお店で盗品が売られていることが多く、『泥棒市』などという不穏な通称で呼ばれるのが一般的らしい。

 

 ナポリ訪問の目的であった仕事を終えた俺達だったが、梱包や発送の手続きが思いのほか長引き、結局その日はどこにも行くことが出来なかった。

 まぁ、せっかく入手できたベスパが破損したりしないように親父さんがアレコレと口を出して梱包に手間取ったからなのだが、それは仕方がないだろう。

 とはいえ、夜(といっても治安の関係上割と早い時間だけど)にバイヤーさんお勧めのピッツェリアで絶品のモチモチピッツァと、これでもかというくらい魚介が山盛りになったコンキッリェという貝殻のような形のパスタの煮込み料理を食べることができたので割と満足である。

 いや、マジで美味かった。

 

 んで、翌日、朝九時から開かれるという駅近くの青空市場に来てみた。

 ナポリには有名な青空市場メルカートがあちこちにあって、食料品を中心に一般市民に親しまれているらしいが、ここ、中央駅近くの市場では食品はもちろん、衣類や雑貨、家電、美術品、自動車やバイクの部品などその種類はハンパないらしい。

 その代わりといってはなんだが、かなり雑然としていて一種異様な雰囲気がある。数年前に中央駅が改築されてからかなりマシになったらしいのだが、それでもやはりあまり治安はよろしくないらしい。

 親父さんと章雄先輩はパスポートを服の内ポケットにしまい、お金も分散してあちこちに隠してある。

 俺? 少額の紙幣と小銭以外はアイテムボックスに入れて、カモフラージュ用のボディバッグを身体の前側に引っかけているだけだ。

 

「おっと!」

「うわぁっ! イ、イタタタ!」

 俺は親父さんのウエストポーチの下側を切り裂いて中身をスリ取ろうとする奴の腕を捻りあげて蹴り飛ばす。

 ったく、今日すでに3回目だ。

 親父さんが今回初、章雄先輩は引ったくりとスリが一回ずつ。

 どれも今回と同じく直前に俺が防いでいるが、いちいち警察に突き出したりはしていない。んなことしてたらいつまで経っても散策できないし、そもそも引ったくりやスリ程度じゃまともに警察も動いてくれないらしいからだ。

 ちなみに俺は一度もターゲットになっていない。というか、怪しい奴は明らかに俺を避けて章雄先輩狙ってるみたいだし。

 

「裕哉、すまん。助かった」

「いやぁ、柏木君いなかったら絶対に外歩けないよね」

「別に良いっすけど、にしてもこっちのスリって物騒ですよね」

 スリ、っていうか、バッグやポケットをナイフで切って中身を盗もうとするんだからな。もし相手が怪我しても気にしないって感じだ。

 というか、頻度が尋常じゃない。

 昨日からこっち、あちこちで窓を割られて車上荒らしされた車も見たし、本当に先進国か? ココ。あと、ゴミがスゲぇ。

 

 そんなこんなで後3回ほど引ったくりとスリを撃退したところで近づいてくる怪しい奴はいなくなった。

 それでようやく落ち着いて露店を見て回ることができるようになった。

 本当に色々な物が売られている。そのうえ値段がもの凄く安い。

 食料品は分からないが(買っても意味がないのでほとんど見もせずにスルー)ありとあらゆるものが雑然と売られている。

「おっ! コレ良いなぁ、えっと、5ユーロ?! ど、どうしようかな? あ、え? それも? い、いや、その、はい、15ユーロ? あの、お釣り、いえ、ナンデモナイデス」

「コレ、K100(ドイツBMW社製バイク)の純正マフラーじゃねぇか? なんでこんなもんが3ユーロで売ってんだよ」

「え? く、靴は別に、いや、その、えっと、はい、買います、あっ! 財布ごと持ってかないで!!」

「ベスパ125のシフトワイヤー、コイツは買いだな。あん? こりゃ、純正のキーホルダーか? スタンドグリップはねぇのか? ソレだソレ! 見せろ!」

「ば、バッグは売らないから! だ、だから持ってこうとしないで! 2ユーロで売れ?! それ日本で1万以上するんだから! た、助けてぇ!!」

 

 ……落ち着いて見らんねぇ!

 親父さんはバイクパーツを扱ってる露店から動かねぇし、章雄先輩はちょっとでも目を離すと変な物を売りつけられたり持ってる物を奪われそうになったりしてるし。

 通訳して交渉したり露店員を威圧して取り戻したり、忙しすぎるわ!!

 とにかく先輩の首根っこを掴んで手の届く範囲にいて貰いつつ周囲を威圧して空間を確保。放っておくといつまでもジャンクパーツを漁っていそうな親父さんを説得してその場を移動する。

 できれば俺もみんなのお土産に何か探したいんだが、どうやらそんな余裕はなさそうだ。

 それでも目に付く物を『鑑定魔法』で片っ端から見ていく。

 やっぱりアンティークや美術品は贋作やレプリカが多い。しかもほとんどが中国製。わざわざナポリまで来て買うような物じゃない。

 逆に衣服や服飾小物なんかは年代物やしっかりとした品質の物が多いようだ。さすがはイタリアの伊達男の代名詞たるナポレターノの街である。見る目が肥えている人が多いんだろう。

 

『どういうことよ!! これは私の物よ!!』

 章雄先輩や親父さんをガードしつつ露店を見て回っていると、少し先の店から怒声が響いてきた。

 といっても怒声自体は別に珍しくもない。というか、そこここで怒声混じりの値段交渉なんかがひっきりなしに響いている。

 ただ、女性の怒鳴り声というのはそんな喧噪の中でも結構人目を引くらしい。

 周囲の人も何事かと声のほうに注目しだした。

『そんなこと言われてもこっちは知らねぇよ。俺は普通に仕入れた物を売ってるだけだからな。文句があるなら警察でも行ってくれ。

 まぁ、盗まれたってんなら可哀想だからな多少は値引きしてやるよ』

 店主(?)の男がニヤニヤ笑いながら煽るように返す。

『ふざけないで! どうして自分の物にお金を払わなきゃいけないのよ!』

 女性が眉を釣り上げながら更に言い募るも、男はヤレヤレとばかりに肩をすくめて別の客に声を掛けだした。無視を決め込むらしい。

 

「盗品が売られてた場合ってどうなるんすか?」

 法律に関してはよく知らないので、専門家現役法学部の章雄さんにコソッと聞く。

「う~ん、僕もイタリアの商法は知らないけど、日本だとああいった中古品売買(古物商)が盗品を仕入れた場合は、もし善意(知らなかった)としても1年以内なら無償で返さなきゃならないね。古物商じゃない場合は2年以内に買い取った代金と同額払えば取り戻せるけど。こういった露店とかだと日本の古物商みたいな資格を持ってないだろうから対価を払わず返してもらうのは難しいかも」

「んだそりゃ? 盗まれた挙げ句、金払わなきゃ取り戻すこともできないってか?」

「盗んだ本人にはその費用を請求できますけどね。ただ、イタリアの法律は知らないからどうなるかは」

 盗んだ奴に請求する権利があっても捕まらなきゃどうにもできないよな。

 

『ちょっと! 人の話を聞きなさいよ!』

 あくまで無視する男にキレた女性が詰め寄ろうとするが、女性の両脇にいたガタイの良い男性2人が制止している。

 ボディーガードだろうか? まぁ、こんな治安の悪い地域を女性が歩こうってんだから護衛くらいは必要か。

 ……ってことは、お金持ち?

 ま、まぁ、それは置いておこう。

 どちらにしても見てしまった以上、このまま立ち去るのも据わりが悪い。ちょっとばかし首を突っ込むか

 そう思って親父さんを見ると同じことを考えたのか、「裕哉、アレ、どうにかしてやれねぇか?」と言ってきた。

 章雄先輩は、まぁ、聞かなくても別にいいか。

「酷くない?!」

 心の中にツッコむの止めてください。

 

 ちなみに、すわっ『新ヒロイン』登場か? とか考えないように。

 女性は見た感じ30代後半くらいなのでソレは無い。割と美人さんではあるけどね。

 いや、熟女好きな人もいるだろうけど俺にはちょっと守備範囲外です。

 

『あの、ちょっといいですか?』

『な、何?』

 俺が近づいて声を掛けると、予想外の場所からだったせいか女性が戸惑ったように声を挙げ、ボディーガートっぽい人が素早く間に入る。

『驚かせてすみません。声が聞こえたので気になって。盗まれた物が売られているということでしたけど』

『そ、そうよ。貴方は?』

 警戒心むき出しの表情なのは仕方がない。気持ちは分かるし。

 とりあえず詳しい話を聞くことにする。

 どうやら盗まれたのは古い懐中時計。銀製のなかなか高級そうな物だった。

 買い物をするために車を置いて店に入っていたときにガラスを割られて車上荒らしに遭い盗まれたらしい。

 他にも盗まれた物はあったが、この時計は曾祖父から祖父、父へと受け継がれたもので父から託されてから大切にしていたらしい。他はどうでもいいとか言ってた。

 

『間違いなく盗まれたものですか? それはいつ?』

『蓋の裏に家名が刻印されているから間違いないわ。盗まれたのは昨日の夕方4時過ぎよ』

 となると、間違いなく普通に仕入れた物じゃないな。そんな短時間でまともな所から仕入れられるわけがない。

 となると、いっちょカマ掛けるか。

 俺は話をしていた女性から露店の男に視線を移す。

『なんだテメェは! 関係ない奴が首を突っ込んでくるんじゃねぇよ!』

『悪いことは言わないからこの人に時計返しなよ。もちろんタダで』

『はぁ? ふざけんな! こっちだって金出して仕入れてるんだ。そんなことできるか!』

『いや、だってさぁ、……この人の車から盗んだの、オマエだろ?』

『な?!』

 

『ふ、ふざけんな! 何を証拠に!』

 はい、ダウト。

 前回、人間は特別な訓練を積まない限り気配を取り繕うことはできないって話をしたよね?

 俺のカマ掛けに怒る表情はつくったものの、気配は見事に動揺してくれちゃってるのよ。

 それに、何より、この男を『鑑定』すると、ステータス欄に“窃盗の常習者”って書いてあるし。

『証拠? まぁ、ここにいっぱい並んでるよな。これも、そっちのも、あぁ、これも全部盗品じゃん。なんなら警察に調べてもらおうか?』

『て、テメェ、こんなことしてナポリで暮らせると思ってんのか? 俺はカモッラ(南イタリアのマフィア)の幹部と親しいんだぞ!』

『いや、旅行者にそんな脅しって、意味なくない?』

 南部訛りのネイティブ発音を聞いてナポリ在住だとでも思ったんだろう、そんな脅しを掛けてきたが、そんなん知るか。

 

『さて、いちいち警察に時間を取られるのは面倒だから素直に返すなら良し。そうじゃないなら警察行きかこのまま俺に強制整形手術(麻酔無し)受けるか、どれが良い?』

 男の顔面を掴んで持ち上げつつ聞く。

 当然男は暴れるのだが狭い露店の中である。バタバタと振り回す手足で商品の並んだ机やら棚やらがひっくり返る。

 ……しまった。

 あ、時計は素早く女性が避難させてる。

 

『わ、わかった、か、返す! 金も要らない!』

『盗んだ他の物は?』

『た、大した物は無かったから仲間に全部渡した。本当だ!』

 う~ん、全部回収するのは結構難しいか。

『これさえ取り戻せるなら他の物はどうでもいいわ』

 大事そうに懐中時計を握りしめて、そう女性が言うので放してやる。

 地面に落っこちた男はその場で顔を両手で覆って悶えている。が、自業自得なので放っておこう。

 ……あ~あ、散らばった商品、いつの間にやら全部無くなってるわ。更に残っている棚から盗もうとして手を伸ばした奴と目が合ったら引っ込めたな。

 本当に油断も隙も無い所だな。

 章雄先輩のウエストポーチに手を掛けた奴を蹴り飛ばしながらつくづく思う。

 

「か、柏木君、そろそろ移動した方が良くない?」

「そうだな。裕哉、面倒なことになる前に出るぞ」

 確かに。

 ちょっと注目を集めすぎた。

 警察とかマフィアとかが来ると面倒くさいからな。もうちょっと色々見たかったので残念だけど。

 遠巻きにしていた市場の人達の視線に今さらながら気付いたのでそそくさと逃げることにした。

『ちょ、ちょっと待ってちょうだい!』

 

 ……腕を掴まれました。

 

 

 

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