第152話 勇者の欧州珍道中 Ⅱ
成田空港を出発して約13時間。
俺達が乗ったアリタリア-イタリア航空の旅客機は無事にイタリア・ローマ郊外にあるフィウミチーノ空港に到着した。
本当に拍子抜けするくらい順調なフライトだった。ハイジャックもテロも天候不順による遅延すらなかった。
まぁ、長時間エコノミーの座席に座っているのは結構疲れたが、コレは仕方がないことだ。
日頃の行いって大事だね。物語の展開でいきなり物騒なイベントとかあるかもと警戒したが何事もなくて良かった。うん。
……メタ発言はこの辺にして話を戻そう。
到着したこの空港。うん、デカい。
さすがは観光大国イタリアで最大の空港である。正式名称は空港のある地名からフィウミチーノ空港というらしいのだが、別名をレオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港という。何故正式名称よりも通称のほうが長いのかは不明だ。
預けてあった荷物を受け取り、入国審査を受ける。日本のパスポートの恩恵か、係官は非常にフレンドリーでビビった。
ちょっとお腹の出た大柄な男性が満面の笑みで『
俺が一度だけ行ったことのある中東の空港だと目付きの悪い無愛想な男が胡散臭そうにこっちを見ながら必要最小限の言葉しか話さなかったからな。
「にしても、裕哉、オメェ荷物そんだけで大丈夫なのか?」
親父さんが俺の荷物を見ながら聞いてくる。
確かに親父さんや章雄先輩の持っている海外旅行用の大きな旅行鞄に比べるとかなり小さい。よく国内旅行とかで見るタイプでキャスターは付いているもののサラリーマンが出張とかで使う感じの奴だ。2週間分の荷物としてはかなり少ない方だろうと思う。
「着替えくらいっすからね。それでも纏めると結構入るから大丈夫ですよ。必要なものがあれば買えば良いし、あんまり荷物が増えるようなら途中で家に送っちゃいますし」
なんてことを言いながらも、実はアイテムボックスに色々と入ってるんだけどな。現代社会においてはコレってマジでチートだ。その気になれば密輸とかし放題じゃん。当然そんなことはしないけどな。
「途中で慌てても知らないよ? まぁ、柏木君なら大丈夫なような気がするけどさ」
そんな会話を交わしながら空港内にある駅でレオナルド・エクスプレスに乗る。ローマ・テルミニ駅までの直通列車らしい。
当たり前だが案内表示なんかはイタリア語と英語で書かれているが俺にとっては日本語と同じ。
サクサクと切符を人数分買って、親父さんと章雄先輩に説明しつつ渡す。
しきりに感心されたりしたが
タイミング良くホームに入ってきた電車に乗り込む。荷物を置くスペースも充分にあり意外と快適だ。
走り出した電車内で窓から見える夜景を眺めていると、気持ち的に落ち着いたのか章雄先輩がぼやく。
「う~ん、コロッセオとかスペイン広場に行ってみたかったなぁ~。あと、“真実の口”に手を入れてみたかった」
「やめとけや。章雄じゃ手が抜けなくなるのがオチだ」
「あれ? 手が千切り取られるんじゃなかったっすか?」
「何? その『偽りの心』満載って断言!」
日本でも有名な口を開けた顔の彫像|(?)のネタで笑い合う。
「まぁ、観光はナポリとミラノでちょっとくれぇできるだろ。一応こっちは仕事だから我慢しろや」
そう。
テルミニ駅に着いたらすぐに高速鉄道に乗り換えてナポリに移動するので今回はローマ観光はお預けなのである。
フィウミチーノ空港でナポリ行きの飛行機に乗り換えるって方法もあるのだが、予算の関係と乗り継ぎが上手くいかずに空港で足止めされることがあるという話を聞いたので電車での移動になったのだ。
まぁ、待ち時間なんかを考えると所要時間はそれほど変わらないそうなので移動の手間を気にしなければ安いに越したことはない。
ただ、まぁ、章雄先輩の言葉にも一理あって、俺も観光名所はともかく、本場のカルボナーラとかサルティンボッカ(薄くたたいた牛肉とセージの葉を生ハムで挟みバターで焼いた料理)は食べてみたかった。
まぁ、もう来られないってわけじゃないから、卒業旅行ででも茜達と一緒に来てみよう。
そんなこんなでやってきましたイタリア第3の都市ナポリ。
ネットで調べた事前情報によると今俺達が到着したナポリ中央駅周辺はナポリ市内でも有数の治安の悪い地域らしい。
普通は玄関口である大きな駅ってのは治安が良いもののような気がするのだがどうなってんだか。
しかも『夜は出歩かない方が良い』とか言われても到着が夜の9時過ぎなのでどうしようもない。とはいえ、中南米のようにいきなり銃撃されることはないそうなので大丈夫だろう。
構内の店舗もほとんど閉まり、それなりに人通りはあるものの、どの人も足早に歩いている。
駅員さんにホテルの名前を告げて道を確認すると親切に教えてくれ、最後に『くれぐれも注意するように』と忠告までされた。
「うわぁ、なんかちょっと怖いね」
「ぐずぐずしてるといいカモだな。さっさとホテル行くぞ」
駅を出た途端周囲を漂う怪しげな雰囲気が近代的で綺麗な駅と奇妙なコントラストを醸し出しているな。
少し離れた路地近くには数人の黒人と思われる集団がたむろしているし、不用意に近づいたら絡まれそうだ。
俺1人ならともかく、章雄先輩や親父さんもいる。余計なトラブルに巻き込まれないに越したことはない。
と、思っていたのだけど、
「おっと!」
ゴスッ!
「ウグァッ!!」
左肩に引っかけていたボディバッグを後ろから近づいてきた2人乗りの小型バイクが追い抜き様に引ったくろうとしたので裏拳でぶん殴っておく。
吹っ飛んだ奴は放っておいて、走り去ろうとしたバイクに一跳びで追いついてテールバーを掴み乗っていた奴ごと放り投げる。
あ、近くに居た黒人が振り落とされて無人になったバイクに駆け寄って乗ってっちゃった。
……逞しいな。振り落とされたひったくり犯が叫びながら後を追っていったけど。
「なんか、すごいな」
「あ、あははは、俺、帰りたくなってきた」
スリ・置き引き・引ったくりがナポリの名物と聞いたけど、なんだか住むのは疲れそうな所だ。
気を取り直してホテルに向かう。
その後はホテルまで何事も無く到着することができた。
翌日、時差ボケを治すために午前中はのんびりとホテル内で過ごし、近くのレストラン(こっちだとリストレンテというらしい)で本場のナポリピッツァを堪能する。美味かった。
んで、目的のバイクを見に行くために教えられたバイヤーさんに会いに行く。
大きな通りから1本路地を入ったところにあった事務所で出迎えてくれたのは日本人のバイヤーだった。
なんでも南イタリアで骨董品や美術品、手工芸品や自動車・自転車など様々なものを主に日本などのアジア地域に売買する仲介をしているらしい。
今回の件ではバイヤーさんは仲介だけで実際に売買の交渉は売り主と直接しなきゃならないらしい。というのもこういった器械機器は状態などによって価格が大きく異なるために専門家じゃなければなかなか適正な価格での取引ができないからだとか。
とはいえ、ナポリに長く住み様々なところにアンテナを張っているので今回もいち早く情報を得て話を持っていくことができたという。
そのバイヤーさんの案内で、保管してある倉庫まで行き、目的のベスパ(フェンダーライト)を確認する。当然交渉のために売り主も来ている。
そして、肝心のバイクだが、事前に聞いていたとおり車体そのものは錆も少なく状態は極上だった。だが内部のオイルは完全に劣化して固形化してしまっており、少々のオーバーホールくらいじゃどうしようもなさそうだ。それにドラムブレーキのパッドも完全に腐っているし長年放置されていたせいでタイヤのホイールも歪んでしまっている。キャブも分解清掃で何とかなれば御の字って感じだ。
隅々まで確認した親父さんだったが難しい顔で唸る。
「コイツぁ、ちょっとやそっとじゃどうにもなんねぇな。買っても良いが値段次第だ。裕哉、これじゃ4千ユーロまでしか出せん。交渉できるか?」
親父さんが俺の耳元でコソッと呟く。俺にはまだ分からないが、他にも問題があるのだろう。
それ以上なら諦めるし、ミラノでいくつか仕入れのアテがあり旅費もそっちでペイできるからやってくれとの言葉を頂いたのでなんとかしてみよう。
とはいえ、親父さんの目が『でも欲しいなぁ』と雄弁に語っているので頑張ろう。
『どうだい? 極上だろう? 他にも欲しいって話も沢山来てるのにここまで待ったんだ。少々色付けてくれよ』
売主である中年の男は、口調は軽く、人好きする笑顔ながら目は笑わずに言ってくる。
悪どいというよりも抜け目がないという感じだ。
が、俺は交渉事が苦手と言われる日本人だが、生き馬の目を抜く異世界で散々揉まれてきたのだ。ココは強気で押す。
『おいおい、わざわざ来たのにガッカリさせないでくれよ。良いのは見た目だけじゃないか。エンジンやミッション、付属部品も完全に腐って使い物にならない。これじゃ飾るだけしかできないな。せいぜい1500ユーロだ』
俺は
ネットでナポリに関して調べたときにナポリの人は外国人やイタリア北部の人に対してはぼったくることが多いって書いてあったからな。言語チートのなせる技だが、舐められないようにと思ってしたのだが、どうやら正解だったらしい。
売主は驚いたように俺を見る。
『日本人だと思ってたが、ナポレターノ(ナポリ人の男性形)だったのか? あ、いや、だ、だが、いくらなんでも1500はないだろう! ボディだけだってこれだけ痛みが少なければ5000だって売れる』
『んなわけあるか。この程度だったらそれなりに程度の良い部品探して組み合わせりゃできるからな。2000でどうだ?』
『一台でこれだけのパーツが揃ってるのなんかそうそうないぞ。4500!』
大分近づいてきたけどまだまだだな。
人間、ある程度は感情が表情だけでなく気配にも出る。殺気だとかもその一つだが、表情は取り繕うこともできても気配は相応の訓練をしないとなかなかコントロールができない。
この売り主も表情はあまり変わらないが気配には意気込みだとか焦りだとかがダダ漏れしている。
その気配からするとまだ売主には余裕がありそうに見える。そもそもこの人は別にバイクを売買する仕事をしているわけじゃないし他に売るアテがあるわけじゃないらしい。
もちろん売ろうと思えば方法はいくらでもあるだろうが相場を知っているわけじゃないし、こういったマニア向けのバイクはそれなりのルートがなければ買いたたかれるのがオチだ。
だいたい、このバイク自体、拘りがあるとか大事にしていたとかの思い入れもない、気がついたら倉庫に転がってた代物だ。ある程度納得できる金額なら手放すだろう。
『なぁ、兄さんはともかく、そっちの人達はわざわざこれを買うために日本から来たんだろ? なのに商談が纏まらなきゃ無駄足になっちまう。4000で手を打たないか?』
『話にならないな。日本まで送るための輸送費だってばかにならないんだ。とはいえ、あんたの言うとおりわざわざナポリまで来て手ぶらで帰るってのも勿体ない。この後北部で他のものを仕入れる予定だから無駄ってわけじゃないが、せっかくだから気持ちよく商談をまとめたいな。3000ユーロでどうだ? これ以上は出せないし駄目ならそれまでだ』
さらに押す。
売り主のおっさんが難しい顔で黙り込む。どうだ?
『…………はぁ、わかった、負けたよそれで良い。けど早めに引き取ってくれよ? 元々倉庫を拡張したくて整理してたら出てきた物なんだ。ナポリじゃ外に出しておいたらすぐに盗まれるから扱いに困ってるんだ』
おっしゃ!!
当初から商談が決まればすぐに引き取る予定だったからそっちは問題ない。
早速親父さんに商談の結果を報告する。
金額を聞いても売り主が目の前にいる手前「そうか。ごくろうさん」とだけ言って表情を変えていないが口元がムニムニと動いているので嬉しさをなんとか抑えているのだろう。……気配だけは狂喜乱舞してるようだけど。
「えっと、そうするとコレ運ぶんですよね? あの、どうやって?」
付いてきてはいたものの今の今まで完全に空気になっていた章雄先輩がようやく発言する。
「……章雄先輩、いたんですか」
「……俺もすっかり忘れてたな」
「酷っ!! ゴメンね? なんの役にも立たない空気みたいな存在で!」
男がむくれた姿を見せても誰得だ? って感じだが、まぁ、元々章雄先輩は完全に観光気分の自腹参加だからな。
親父さんも別に本気で批判しているわけじゃない。……ガチで忘れてたっぽいけど。
「オホン。と、とりあえず移動するしかないな。男が3人いりゃなんとかなんだろ」
「それでは私の所に運んでもらえば梱包と手続きは代行しますよ」
バイヤーさんがすかさず会話に割り込んでくる。手数料の割り増しを目論んでのことだろうが、むしろこちらにとっても有り難い申し出である。
親父さんがすぐに手数料金額を確認し、あっさりと合意する。
「一度事務所に戻って台車を持ってきましょう。少し待っててもらえますか?」
「いや、大丈夫っすよ。これくらいなら俺一人で持てますし」
そう言って俺はベスパをヒョイと肩に担ぎ上げる。
うん、成人男性1人分よりもちょっと重い程度だ。グッタリしてたり暴れたりしてない分持ちやすい。
バイヤーさんの事務所まで徒歩で20分くらい。大した距離じゃないし、待ってたら40分も無駄になるからな。
「あ~、えっと、柏木さん、でしたっけ? いったい何者なんですか?
「ああ、あんまり気にしない方が良いですよ。柏木君、色々おかしいし」
口をあんぐりと開けた後で思わずといった感じで呟いたバイヤーさんに章雄先輩が答える。
……失礼な。色々おかしいってなんだよ。
「うちの社員だ。それ以上でも以下でもねぇ。裕哉、そのまま運べるか? 途中で疲れたら言え」
「ういっす。さっき行ったバイヤーさんの事務所ですよね? あ、この状態だと引ったくりとかの対応できないんで各自で注意してください」
「おう。章雄、何かあったらテメェが肉壁になれ」
「酷っ!!」
さて、最初のお仕事は無事終了。
この後は、バイクや車のパーツや骨董品、日用品なんかの雑多な物を売っているらしい
不穏極まる通称だが、言葉が分かれば相当面白いらしい。
楽しみだ。
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