第151話 勇者の欧州珍道中 Ⅰ
「おし! そのまま支えてろ! おっと、もうちょい左だ」
「うす!」
親父さんの指示に従って支えていたエンジンをほんのちょっとずらす。直ぐさま親父さんがボルトでフレームに仮締めしてバランスを調整する。
目の前にあるバイクのフレームは殆どのパーツが取り外されているので骨組みにエンジンとタイヤが付いているだけの状態だ。
何をしているのかって?
いつものバイク屋で親父さんのお手伝いである。
先週、親父さんから『卒業したら
……結果は皆の予想通りなんだけどな。
いや、悩む必要ないとか言うなよ?
せっかく大学まで行って経済学んだのに結局就職先はバイク屋ってのはどうなんだとか、乗るのは好きだけどイジるのはそれほどでもないのにバイク屋なんてできるのかとか、工学系の大学なり専門学校なり行って勉強し直したりしたほうが良いのかとか色々と考えたのだ。
特に学費やその他諸々の少なくない費用を出してくれた両親に申し訳ないという気持ちも大きい。
それでも面接を受けた企業からのお祈りメールが続々届き、この先面接を受けても無意味になる可能性が高い状況で、俺をよく知る相手から望まれているのならば、別に会社の大小に拘らなくても良いんじゃないかと最終的に判断したのだ。
両親は俺の考えを尊重してくれたし、茜をはじめとした恋人達は『どんな仕事でも自分達が支えるから大丈夫!』と全肯定。
亜由美はネット販売のアクセサリーをもっと拡大して本格的にするべきだと主張していたが、コレは自分がもっと稼ぎたいという本音がダダ漏れだったのでスルーした。まぁ、アクセの販売は続けるけどな。今月も新作をいくつか出したら即日ソールドアウトしたくらいなので止めるなんて勿体ないし。
んで、その結論を伝えるために今日、バイク屋まで来たのだが、伝えるやいなや早速『どうせなら手伝っていけ』と言われたというわけである。
丁度親父さんが手掛けていたのは名車と言われた古いバイクのレストアだ。
レストアっていうのはモーターサイクル用語で“復元”という意味で、車両全体を修理・交換・整備して元の新車同様に復元することだ。
似たような意味でオーバーホールってのもあるが、これは分解整備のことで一定年数ごとに行うという違いがある。
レストアしているバイクはカワサキの往年の名車、650-W1(通称ダブワン)だ。
かつて日本国内には200社近いバイクメーカーが乱立していたらしいが、次々と淘汰され、倒産や現存のメーカーに吸収されていった。
その中の一つ、目黒製作所というメーカーがカワサキと共同開発して生まれたメグロK2(排気量500cc)をベースに、目黒製作所を吸収したカワサキが1966年、今から半世紀以上前に発売したバイクである。
ネイキッドタイプのクラシックロードスポーツで650cc4スト2気筒、前後輪共にドラムブレーキ、エンジンの振動を防止するバランサーも付いていないので音も振動もかなり凄い(どの位かというと、センタースタンドを立ててエンジンを掛けると振動でひとりでに移動してしまう)という、今では考えられないくらいの仕様だ。
このバイクを親父さんが完全に分解して部品を新たに作り直し、手ずから組み上げるのだ。普通に考えて買い換えた方が遙かに安く済む。
けど、金額の問題じゃないんだよなぁ。
「ふぅ。とりあえずはここまでだな。後は組み上げてから調整するしかねぇ。裕哉もご苦労さん」
「旧車って造りが大雑把に見えますね。エンジンがフレームに直付けとか」
「おうよ。今のバイクは色んな機能が付いてるし造りも繊細だからな。ただ、だからこそ古いバイクってのは同じ車種でもかなり個性があるし、調整次第で途端に調子が悪くなったりする。その分面白いがな」
確かに面白そうだ。けど、難しそうでもある。
ホントに俺にできるのか?
まぁ、決めた以上は頑張るけど。
「まぁ、なんだ、裕哉が来てくれるって決まったんだからこっちも色々助かるし、本格的には卒業してからっつっても、ヒマがあったら顔出せや。教えることは山ほどあるし俺も早く楽がしてぇ。バイト代くらいは出してやる。それに、っと、悪ぃ、電話だ……」
親父さんは相変わらずの仏頂面でそう言うとカウンターに置きっぱなしになってたガラケーを取る。
それにしても、たまに来るだけじゃ分からなかったが、このバイク屋結構本格的な設備が奥の倉庫(と思っていたが部品の加工場を兼ねているらしい)に揃っていた。旋盤にフライス盤、圧縮機等々。
中には見たことのない機械も沢山、というか、大半が初めて見るものばかりだ。
っていうか、よくこの面積にこれだけ入ってるなと思う。
視点が変わると色々なものが新鮮に見えてくる。改めて店内を覗いて回る。
「あぁ?! マジか! ちょ、ちょっと待ってろ!…………おい裕哉! オメェ英語とかイタリア語、話せるか?」
「はい? え、ええ、どっちも大丈夫っすけど」
手動式滑車クレーンをいじってたら親父さんにいきなり聞かれる。
うん、言語理解のチートがあるからどっちもいける。けど、何事?
「よっしゃ! 大学の休みはいつからだ? ああ、年末年始じゃなくて、その後だ」
「えっと、一月の最終週から4月の頭までっすね」
「おう、わかった!……もしもし、すぐには無理だが2月頭にゃ行く! それまで確保しておいてくれ。あぁん、うるせぇ、それをなんとかしろってんだよ! おう! 頼んだぞ!」
……なんだろ、絶対に何かに巻き込まれた感じがするんだけど。
「クックククク。よっしゃ、よっしゃ! 裕哉! 2月頭から2週間くれぇ空けとけ」
見たことがないくらいご機嫌な様子でそんなことを一方的に宣言した親父さん。
「ちょ、それは良いっすけど、なんすか?」
「今から説明してやるよ、って、オメェ、パスポート持ってるか? パスポート!」
……あったっけ? あ、いや、高校の時に一度親父の赴任先に行ったときに作ったな。未成年者は有効期間5年だったはずだけど、多分まだ大丈夫だ。
「よし! イタリアのナポリとイギリスのマンチェスターってところに行くぞ!!」
「は?!」
いや、アンタ、バイク屋だろ? なんでそんなところに? サッカー観戦か?
「ずっと探してたバイクをあっちのバイヤーが持ってるらしいんだよ! ただ、送ってもらうにゃ買い取りを確約しなきゃならねぇ。現物も分からないのに輸送経費だけで50万以上出してらんねぇからな」
「それは分かりましたけど、なんで俺が?」
「自慢じゃねぇが、俺は英語とか欠片もできねぇからな! 向こうの通訳は信用できねぇってのはよく聞くし、オメェならなんとかなんだろ? 現役大学生だし」
この親父、大学生をなんだと思ってんだか。普通の大学生は精々英語くらいしかできないぞ? まぁ、俺は
「はぁ、まぁ良いっすけど。それに親父さんがそこまでするバイクにも興味ありますし」
「ふっふっふ、その期待は裏切らねぇよ。イタリアで見つかったのはベスパの“フェンダーライト”だ!」
「フェンダーライトって、まさか」
「おう! しかも1950年のワイヤーチェンジシフトの初期型『125』だ」
マジっすか?!
……説明しよう!
日本でも人気があるイタリアのバイクメーカー『ベスパ』。丸っこい愛らしいフォルムで世界中に愛好者がいるが、その名を一躍有名にしたのが名作『ローマの休日』で主演のオードリーヘップバーンの演じるアン王女がローマ散策の時に乗ったスクーター、『ベスパ125』である。
現行のベスパはヘッドライトがハンドルに付いているが、当時のベスパは前輪のフェンダー部分に付いていたのだ。
このフェンダーライトにはいくつかのバージョンがあり、排気量の他に発売当初はシフトチェンジ方式がロッドチェンジ(昔の自転車のブレーキのようにワイヤーではなく鉄の棒で繋がっている)だったが、1950年にワイヤー式に変更されている。
車両としては希少価値でロッドの方が高いのだが、映画で使われたのはワイヤー式の方で、それも初期型となればマニア垂涎の代物らしい。
「なんでも、ナポリの会社の倉庫で古い書類に囲まれて放置されてたものらしいが、そのせいかほとんど錆もないそうだ」
古いベスパはタイヤとシート以外は全部鉄製だから錆びてない物なんて滅多にないはず。本当なら相当な拾い物だ。
「もうひとつはトライアンフの“サンダーバード6T”だ。1953年製のクロムメッキ仕様」
こっちは映画『
クロムメッキのボディーカラーはクロム市場の高騰や輸出の船で錆が出やすいなどの理由から短期間しか造られていない。
どちらも状態にもよるが滅多に入手できない代物なのは間違いない。
俺は別に特別名車が好きというわけじゃないが、それでも一度は見てみたい、触れてみたいバイクであることは確かだ。
にしても、2週間って長くね?
「その2台だけじゃ勿体ねぇ。せっかくだから他のバイクも探してぇんだよ。もちろん費用はこっちで持つから付き合えや」
…………ムフッ! ちょっと、いやいや、結構楽しみじゃない?
イタリアと言えばバイクの本場だ。日本でも知られるメーカーも沢山ある。
歴史的観光地? んなもん後だ、後!
あとは、茜達になんて言おうか……。
年も明け、正月気分も抜けきった2月。
イタリア・ローマ行きの飛行機に乗るべく俺は成田空港にバイクでやってきている。当然着いてすぐに
国際線第1ターミナルのアリタリア-イタリア航空のカウンター近くで親父さんと待ち合わせ予定となっている。
少々早く着きすぎたのか親父さんの姿はまだ見えないが、電車で来るって言ってたので心配はいらないだろう。ローマ行きの便は午後1時過ぎなのでまだ時間は3時間以上あるし。
「んで? なんで先輩がいるんすか?」
「あ、あはは、いや、ねぇ、ちょ~っと小耳に挟んだんで親父さんに聞いたら、柏木君と親父さんがイタリアにバイクの仕入れに行くっていうじゃんか。頼み込んだら『自分で旅費を払うなら付いてきてもいい』って言われてさぁ。俺ってイタリアバイクが一番好きだからね。それに進学も決まってるから時間もあるし、けど、言葉わかんないから一人で行くのは怖いし、柏木君がイタリア語できるっていうからココは是非連れてってもらおうかと」
そう。満面の笑みを浮かべながら空港で俺を出迎えたのは、我等がヘタレキング、章雄先輩である。
「……まぁ、親父さんが了承してるなら俺がとやかく言うことでもないんで良いっすけど、2週間の予定ですけど満岡さんにちゃんと伝えてあるんですか?」
「うっ! だ、だだだ、大丈夫、だひょ! ちゃ、ちゃんと『柏木君の仕事の手伝いで出かける』って言っておいたから、って、か、柏木君? 目が怖いよ?」
このヘタレ、ナチュラルに俺に責任を被せやがった。
「か、柏木君こそ茜ちゃん達になんて言ってきたんだよ」
「俺は普通に『バイト』って言ってありますよ。事実ですから」
茜とレイリアは一緒に来たがってたけどな。旅費も結構な金額になるし、親父さんの手前そんなわけにもいかないからなんとか説得したが。
おかげで2日に一度は転移で家に戻ることを約束させられたけど。
時差が日本とイタリアは7時間、イギリスとは8時間なんで、転移したら朝方だろうが大学は春休みなので会うことくらいはできるだろう。
とはいえ、俺も出張先で気の置けない先輩と一緒ってのは、まぁ、楽で良いかもしれないとは思う。
ナポリでピッツァをしこたま奢ってもらおう。
「おう! オマエら準備できてるか?」
そんなこんなと章雄先輩とじゃれてるうちにそこそこ時間が経っていたらしい。
ようやく到着した親父さんがでかい旅行カバンを転がしながら声を掛けてきた。
「「大丈夫っす」」
「んじゃ手続きすんぞ!」
いよいよ出張スタートだ。
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