第150話 勇者の就活最前線 Ⅴ
ウォン、ウォォォォォォン……。
師走の半ば、快晴。
俺はソロで群馬の山道をツーリングしている。
が、ちょっと寒い。
身体能力的にこの程度の寒さでどうこうなるわけじゃない。というか、多分真冬の南極大陸でも凍死したりしない。んだけど、やっぱり寒いものは寒い。
最近はマンガやアニメ、映画なんかで取りあげられることの多い北関東だがバイクツーリストにとっては魅力的なスポットが多い。
比較的道路も凹凸が少なくきちんと整備されているし、温泉や名所旧跡、名物料理など見所食い処も満載で、便利なコンビニだって至る所にある。
幸いまだ雪も降っていないので風が極寒なのを除けば最高のツーリング日和である。
因みに他の家族達はというと、まず茜は奈々ちゃんとお買い物。俺という恋人がいたとしても友達づきあいは大事である。
親父と母さんはお出かけ。というか、ティアの提案で子育てから解放される時間も必要だということで半ば無理矢理熟年(というと怒られるが)夫婦デートに連れ出された。
んで、当然ティアとメルは双子の弟妹、敏哉と紗由奈の2人の面倒を見ている。レイリアも不測の事態に備えて一緒にいる。
亜由美はあと3ヶ月に迫った受験のために勉強、のはずだ。
……ちゃんとしてるのか心配だが。双子に構って全然勉強してない気がするんだよな。
就活はどうしたって?
……人間気晴らしは必要よ?
海保の仙波さんの助言を受けてから2週間。
外資系の企業にエントリーすると共に既に応募していた企業への面接も数件受けている。
結果はといえば…………全滅、である。
いや、まだ殆どの会社からは結果が届いていないが、感触的に駄目っぽい。
結果が届いた会社は予想通りの“お祈りメール”。
『今後のご活躍をお祈り申し上げます』とか書いてあるアレだ。祈ってくれるくらいならその”活躍”の場を用意して欲しいものである。
相変わらずどの会社も出だしは悪くなかった。
仙波さんの話を参考に、できるだけ気配も抑えたし、多少は自信の無さそうな演技も織り交ぜてみた。
にもかかわらず終わってみると『何か、あまり学生っぽくないね』とか言われる始末である。
そういえば、一件だけ圧迫面接してくる会社があった。
就職セミナーでも話だけは聞いていたが、一緒に受けた学生達に無遠慮にエントリーシートや履歴書の記載内容にケチを付けていた。
んで、俺の時は記載にツッコミ所が少なかったのか、家族構成や私生活に質問が集中した。
ご存じの通り、ウチの家は事情が少々特殊だ。全部話すわけにもいかないので説明用の適当設定を話したのだが、ツッコミチャンスと思ったのか結構な、悪意があるとも思えるような発言が面接官から複数飛びだし、結果、ちょっとイラッとした。
そしたら何故かその面接官と、一緒にいた企業の人達が土下座をしだした。
謎である。
揃いも揃って青い顔で震えていたのだが、突発性の病気でも持っているのだろうか。
まぁ、そんなことは横に置いておいて、そんなわけで現在のところ就職活動は上手くいっていない。
何年か前に関東のガス会社のCMで就活に奮闘する女性を取りあげたが批判が寄せられて放映中止になったことがあった。その時は『ふーん、就職って大変なんだぁ』ってのと、別にCMなんかいちいち批判しないでも、と思ったものだが、うん、自分がその立場になって考えるとコレはクルわ。
俺は所詮まだ数件面接受けたに過ぎないけど、昨今の売り手市場って呼ばれる状況で何度も不採用になると、自分が社会に必要とされていない、自分の全てを否定されたような気になる。
就職氷河期なんて言われた世代の学生達を尊敬するよ。
俺もメンタルは弱くないつもりだけど、数十、数百の企業から不採用になったら折れそうな気がする。
と、いうわけで、たった数件の結果でちょっぴり凹んだ俺は気分転換も兼ねてこうしてツーリングに来たわけだ。
紅葉の時期は過ぎ去って景色を楽しむって状態でもないが、やはり風を切って走るバイクは色々な不安や不満を吹き飛ばしてくれる。
……いや、これが現実逃避ってのは分かってるんだけどさ。
のんびりと『奥利根湯けむり街道』を走り、川場温泉で日帰りの温泉に浸かって疲れと冷えを癒し、まだ少々時間は早いが帰路につく。
温泉、気持ちよかった。
川場温泉の日帰り湯は1人500円~で、もうちょっと出すと露天風呂があるところもある。アルカリ性の温泉で神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、皮膚病に効くらしい。
やっぱり日本人、温泉最高である。
就活が落ち着いて、双子達が大丈夫になったら家族全員で温泉旅行とか良いかもしれない。もちろん茜は家族枠である。
大きめの部屋付き露天風呂とかがある宿。良いなぁ。
12月は一年で最も日の短い時期である。
早めに戻ってきたつもりだったが辺りはすっかり暗くなってしまった。
とはいえ時間はまだ午後5時前。
丁度良いのでバイク屋に寄ってから帰るつもりだ。
どうも噴け上がりに違和感があるので親父さんに見てもらおう。ついでに試乗できるバイクがないか聞いてみようと思う。自分のバイクは当然気に入っているが、それでも他のバイクにも触りたいし乗ってみたい。バイク乗りの癖みたいなものだ。
「ちぃ~っす!」
店先に並んでいるバイク達を横目で眺めながら店の扉を開ける。が、誰もいない? あれ?
バイク屋は文字通り店内と店頭に複数台のバイクが売られている。当然その中には高級車も何台かあるし、親父さんの趣味というかこだわりで今では入手が難しい古いバイクもある。だから店内に人がいないってことはほとんど無い。
時々親父さんが出かけるときは親父さんの奥さんが店番しているし、そうでないときは店を閉めているはず。
そう思って気配を探ると、店の奥にある倉庫に親父さんらしき反応がある。
けど動かない。倉庫整理って感じでもない。
……まさか、脳卒中とか心臓麻痺とかか?!
そこまで思い至った俺は勝手に奥へ入ることにした。
「親父さ~ん! いますか? 裕哉っす!」
「う゛、うぅぅぅ……」
狭い通路を通って奥の倉庫に入ると、入口近くで案の定親父さんが蹲っている。
「親父さん! 大丈夫ですか? 返事はできますか?」
呼びかけながら素早く魔法を起動。まず即命に関わる脳と心臓、呼吸器系を探査する……する……したんだけど……異常ないぞ? あれ?
思わず親父さんを見る。
と、口元が動いている。何か言いたいようだ。
耳を寄せる。
「馬、っ鹿野郎、動かすんじゃねぇ、こ、腰が、痛ぇんだよ」
…………ってことは、ぎっくり腰?
はぁ~~~! 焦ったぁ!
人騒がせな。
って言っても、ぎっくり腰も酷い状態だとマジで動けないし、場合によってはそのまま障害が残ることもあるらしいから侮れない。特に慢性化すると椎間板などが損傷して
ぎっくり腰の原因は様々でハッキリしないものも多いのだが重いものを持ち上げたり、筋肉疲労が溜まっている状態で急に姿勢を変えたりすると起こりやすい。
直接的には背中の筋肉・筋膜の損傷が引き起こしているのでまずそれを治さなきゃならない。
「とにかく一旦俯せにしますよ。床は、汚ねぇな。まっ、しょうがないっしょ」
「うがぁ!」
「ちょっと我慢してください。とにかく動けるようにしましょう」
埃や油で汚れた床に親父さんを横たえる。顔が汚れるが我慢してもらおう。
少しでも動かすと痛いらしく、いつになく大人しい親父さんだ。普段なら文句と手が飛んでくるだろうな。
俺は親父さんの腰を力を入れずにマッサージしつつ治癒魔法を掛ける。
筋肉だけでなく神経も慎重に回復させていくと強張っていた筋肉が解れるのが分かる。
15分ほどマッサージを続けて様子を見るがすっかり身体は治ったようだ。
「もう良いですよ。動いてみてください」
「馬鹿野郎! そんなマッサージで治るわけが、って、痛くねぇな。マジか?」
ほっぺたを真っ黒に汚した親父さんが文句を言いながら身体の向きを変え驚いたように叫ぶ。
そろそろとおっかなびっくり起き上がり、少し腰を捻ってみたり屈伸したりして調子を確認する。
「驚ぇたな。裕哉にこんな特技があったとは。なぁ、月一で良いからマッサージしてくれねぇか? 代わりにオメェのバイクただで整備してやるからよ」
「良いっすよ」
もちろん快諾する。
この店には月に1、2回は来るし親父さんには世話になってるからな。定期的に魔法を掛ければ健康も維持できるだろう。
すっかりいつもの調子に戻った親父さんにバイクの噴け上がりを見てもらいながら雑談する。
「にしても、歳はとりたくねぇな。最近あちこちにガタがきてやがる。ちょっと無理すりゃすぐに腰やら肩やらが悲鳴を上げるんだよ」
世の理とはいえ、無情なものである。
魔法がありふれている異世界でも加齢による衰え自体はどうしようもない。まぁ、今回のように症状が現れれば治すこともできるけど。
「よし、こんなもんだろ。最近あんまり乗ってねぇな。短距離の街乗りだけじゃどうしてもカーボンが溜まるぞ」
「わかっちゃいるんですけどね。今は就職活動の真っ盛りなんで」
「早ぇな! もうそんなになるのか? いや、俺も歳取るはずだ。んで? 就職決まりそうか?」
あ、やっぱりその話題になる?
「…………そんなわけで、就活は苦戦中っすね」
俺はできるだけ深刻に聞こえないように気を使いながら説明をする。
今日のツーリングで多少の気晴らしはできたが、これからもしばらくエントリーや面接は続く。
気が滅入りそうだ。
「そうか……」
話を聞いた親父さんはそう言ったっきり何やら考え始めた。
何かアドバイスでもくれるんだろうか。
考えてみれば親父さんも大人の社会人。何か参考になる話でも聞けるかもしれない。
そう考えて言葉を待つ。
「……裕哉。大学で経済なんつー立派な勉強してる奴に言うのは躊躇われるっちゃぁ躊躇われるんだが……オメェよぉ、卒業したらココで働かねぇか?」
「は?」
「いや、さっきも言ったが、俺もそろそろ1人でこの店を切り盛りするのがきつくなってんだよ。ウチみたいな小さいところじゃ経理も在庫管理も全部自分でやらなきゃならねぇ。それに最近は常連のバイクも旧車が多くなっててな。リペアやなんかも多い。オメェ、アクセサリーとかで金属加工してんだろ? 俺も見たがありゃぁ見事なもんだ。あんだけ器用ならパーツ作るのもすぐにできるようにならぁ。
今でも最低限の整備や部品交換はできるんだし、仕事は教えてやれる。俺だってまだ後数年は現役でやるつもりだしな。けど、俺は今年で60歳だ。サラリーマンなら定年だろ? とはいえ長年通ってくれてる常連もいるし、旧車乗ってて故障してもここらじゃこの店くらいしか対応してないせいで新しい客も来てんだよ」
最近の定年は65歳になってきてる、ってのは野暮だな。
確かにこの店はバイクの販売ももちろんしているが、収益の半分以上は整備や修理、カスタムパーツやリペアパーツの販売なんかが占めているらしい。
バイクに限らず、製造メーカーが部品を保持している期間は法的に10年と決められている。
ただし、その部品は『重要保安部品』と『機能を維持するために必ず必要な部品』に限られているし、規制の大幅変更で数多くのバイクが生産中止になって10年以上が経過している。
当然入手困難になった部品は数多い。特に名車といわれるバイクの部品は売る人が少ないうえに高額になりやすい。
この店ではそんな部品を、図面を入手したり新たに図面を引いたりしながら作成したり、古い部品や別車種の部品を修理、加工したりしているのだ。
バイク人口が減り続けて多くのバイクショップが閉店する中やっていけているのはそのせいでもある。おかげでそれなりに儲かってはいるんだとか。おかげで親父さんは売るアテもないのに好きなバイク仕入れたりしてるし。
俺としてもこの店が閉店されたら非常に困る。
「ウチは娘が2人いるだけで、それももう嫁に行っちまってる。店を継がせる子供なんざいねぇんだよ。かといって客もこの店を頼りにしてるしそんなバイク乗りを見捨てるわけにゃいかねぇ。
仕事なんざやってりゃ覚える。っつーか無理矢理にでも覚えさせる。将来的には店を譲ったっていいさ。あ、そうそう、給料も相応に出すぞ! どうよ?」
どうよって言ったって、どうしよう……。
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