第149話 勇者の就活最前線 Ⅳ

「どうもありがとうございました。失礼します」

 一礼して面接会場となっていた部屋を出る。

 そのままあまり早足にならないように気を付けながらエレベーターに乗り、1階で受付にも挨拶をしてから企業の社屋を出る。

 しばらく歩いて充分に遠ざかったところで大きく息を吐いた。

 

 12月に入り、俺は本格的に企業への応募と面接をスタートさせていた。

 大企業に限定せず、中堅中規模企業も含めて事業内容に興味を引かれた企業へ複数エントリーしている。

 書類選考の結果が出ていない企業も多いが、何件かは選考通過の連絡が来ていて企業側が指定した日時に1次面接の予定となっている。

 んで、当然俺は充分に事前準備を整えて面接に臨んでいるというわけである。

 先ほど面接を受けた企業で3件目となるのだが、う~ん……。

 あんまり手応えがよろしくない。

 

 自分で言うのも何なんだが、現役の大学生として、条件は悪くないはず、なのだ。

 一応国立のそれなりのレベルの4年制大学に在学していて、悪くない成績をキープできている。単位にも多少の余裕があるしサークル活動もしている。留学経験は無いが語学力は(チートのおかげで)バッチリだ。

 現に今のところエントリーシートを提出して書類選考の結果が出た企業は全て通過している。

 が、いざ面接となると感触が悪くなってしまうのだ。

 開始直後は悪くない。というか結構好印象を持ってもらえているのが分かるのだが、ごく一般的な通り一遍の質問に答えているうちにだんだん、なんというか相手が遠慮がちになってくるというか、そう、引いてくるのが見て取れるようになるのだ。

 

 何故かは分からない。大学の就職支援セミナーやネットの就職情報サイトで仕入れた、面接時のよくある質問とそれに対する模範的な返答を幾通りも準備して、大学の就職支援担当にも事前に『大丈夫』とのお墨付きももらっているし、突発的に変なことも言っていないはずだ。

 今のところ想定外の質問もされていないし普通に答えているだけなのに。

 面接2件目のところは集団面接だったので他の学生への応対も見ていたが、明らかに俺の時だけ途中から場の空気が堅くなった。

 ……なんで?

 まだ面接の結果が出ているわけではないが、雰囲気的にダメっぽい。

 現状の社会情勢からもそれなりに自信があっただけにかなり本気でへこむよ、コレ。

 学祭のブーイングよりもよっぽど精神的にキツいわ。

 

 因みに、前回インターンシップで一緒だった面々とはメールで情報交換を続けている

 いち早く内定を決めた板垣は無事採用通知を正式に受け取り、相変わらずの無愛想さだったが一応喜んでいるらしい。楠さんはこの間の企業を第一志望として応募する予定、赤橋と緑山さんは既にいくつかの企業から内々定の通知を受け取ったとのこと。

 ……マジで俺、ヤバいよね?

 もちろん板垣のほうが切羽詰まってたのは間違いないのだが、プレゼンの結果を踏まえて事情を考慮した企業側が早々に結果を出してくれたようだ。本人が引き寄せたのは間違いないがかなりの幸運と言える。

 羨ましいというわけではないが、このままなんの対策もせずに就活していると板垣以上に苦戦を強いられかねないわけで。

 かといって幸運が舞い降りるのを待つのはあり得ない。

 

 

 

「んで? 俺んとこ来たってか? あのなぁ、一応俺も公僕として色々と忙しいんだが」

「どんな些細なことでも、いつでも相談するようにって言ってたじゃないっすか。んな迷惑そうな顔しないで相談に乗って下さいよ」

 俺の座ったソファーの対面にふんぞり返るように座った男、仙波さんが溜息を吐きながらジト目で俺を見る。けど、そう言ったのは確かなのでそれを実行してもらおう。『余計なこと言わなきゃ良かった』とかブツブツ言ってるが聞こえないのだ。

「つっても、俺は高校卒業して海上保安大学に入ったから普通の就活なんてしてねぇぞ。就職相談なら大学の学生課とか親に聞いた方が良いんじゃないのか?」

 一応は真面目に話を聞いてくれるらしい。

 仙波さんは腕組みをしながら難しい顔で言った。

 

 当然大学の就職支援課には相談済みだ。けど、『たまたま面接官との相性が悪かったんじゃないですか? 諦めずに面接をこなしてください』としか言われなかった。

 親にも相談しようとは思うが、やっぱり相手は身内である。客観的な立場で意見を言ってくれる社会人が望ましいのだ。

 俺の知り合いの社会人といっても、所詮は普通の大学生。大人との交友関係なんぞごく限られている。

 思いつくところでいえば、先日インターンシップでもお世話になった馬場の爺さんだけど、さすがに高齢で今の就職事情に通じているとも思えないし、章雄先輩の彼女である満岡さんの祖父、玄吾爺さんは経営者ではあるが堅気じゃない。それにヤクザに誘われても困るし。

 バイト先の店長である水崎さんは俺を引き込もうと画策しているので相談しづらいし、そうなると他に大人な意見を言ってくれそうなのはあんまり居ないのである。

 

 んで、思い出したのが公僕エリートの2人。

 警視庁組織犯罪対策部第2課課長明智吾朗警視と第3管区海上保安本部警備救難部次長仙波勇太郎三等海上保安監である。

 ……漢字ばっか。

 この2人ならば色んな人を見ているだろうし視野も広い、はずだ。

 ちょっと取っつきづらそうな明智さんはともかく、ざっくばらんな雰囲気のある仙波さんなら参考になる話が聞けるかなとおもって突撃してみたのだ。

「……まず、お前さんが普通に就職しようとしているってのにビックリだが」

「どういう意味っすか。俺の望みは慎ましい平凡な人生っすよ。就職くらいしますって」

「今のはツッコんだほうが良いのか?」

 失礼だなこのオッサン。

「声に出てんぞ、コラ」

 

 アホな前哨戦はここまでとして、俺は仙波さんに面接官になった気持ちで俺の評価をしてもらうことにした。

 エントリーシートや大学での成績証明の書類を見せて、面接で受けた質問やその回答などを話す。

 とにかく書類では評価が良いのに面接でダメになる理由を知らなきゃどうしようもないからな。

「あ~、なんだ、俺は人の面接なんざしたことないし、会社によっても求めるものが違うだろうから確実にコレだってのは言えないが、まぁ、なんとなく分かった、ような気がする」

「マジっすか?! 是非教えてくれ、っつか、ください」

「オメェ段々俺に対する遠慮が無くなってきてねぇか? まぁいいや、だが頼むから怒るなよ? 単に俺が感じた印象ってだけだからな?」

 今さら何言われようが就活のヒントになるなら問題ない。俺は首を縦に振って続きを促す。

 

「確かに俺が会社の人事担当だったらお前さんは採用しないだろうな。っつか、組織の運営を第一に考える企業は多分採用できん」

「だから、なんで?」

「慌てんなって。まずお前さんが組織に入って働くってことを理解してない。というより組織に組み込めるって気がしないんだよ。

 確かに条件的には結構な優良物件なんだろうが、書類とか画面越しじゃ分からないお前さんの気配っつか、オーラ? そんなようなもんが、普通じゃねぇ。無理に入れりゃ回りが振り回されそうな感じがするんだよ。

 もし俺んとこに部下としてお前さんが来たら、1人で完結する仕事か1人で操縦できる船与えて適当に密漁船の取り締まりでもさせるな」

 え? ってことは俺って就職無理ってこと?

「特に日本の会社ってのは官庁もそうだが、スタンドプレーよりもチームプレーを重視するからな。飛び抜けて優秀な奴ってのは持て余されがちだ。入れる前からそれが分かるなら最初から入れないって考えるんじゃないか?

 まぁ、個人の能力が重視される外資系なら別の採用基準で考えるだろうから望みはあるかもしれんがな」

 外資系か。そういえばあの存在感天限突破の神崎先輩が就職するのも外資系金融機関って言ってたっけ。

 そうなると応募する企業を外資系に絞った方が良いのか。

 それに魔力とかが漏れないようにかなり気をつけて気配を抑えてるんだけど、それでも駄目なのか。

 

「っつーか、まず確認するんだが、お前さん、組織の下っ端として就職して、上手くやってけんのか?」

「………………多分?」

「悩んだ挙げ句の疑問形かよ。

 いいか? 基本的に組織ってのは下に居るときは全体が見えないから、視点の関係で上司の指示に納得いかないことも多い。中には感情でものを言う上司にあたることもあるし、本気で理不尽なことを強要される場合だってある。

 なまじ尋常じゃない力を持ったお前さんが、それを甘んじて受けられるかってのが問題だろ? 普通の奴だってキレて上司相手に暴力事件起こしたり辞表叩きつけたりすることもあるってのに」

 ……うん、考えたこと無かったな。

 

 思い返してみると、俺はそういう意味で組織に属したことは一度も無い。勇者やってたときは基本的に仲間との少人数だったし、立場が立場だったので軽く扱われることもそれほどなかった。扱われても実力を示せば相手の態度が変わったし。

 サークルはそもそも共通の趣味を中心として集まっただけで、先輩後輩の関係すら緩かった。バイトも所詮は少人数で仲良くやってただけだし。

 そう考えると、組織に属するってのを真剣に考える機会なんて全くなかったな。体育会系運動部でも入っていれば違ったのかもしれないが。

 中学でのバスケ部? 運動部は運動部でもそれほど上下関係煩くなかったからなぁ。苦労した覚えがない。それに今みたいな力持ってなかったし。

 

 仙波さんの言葉に考え込む。

 自分が何をしたいかだけじゃなくて、その組織に馴染めるのかとか、組織の中でどうなりたいのか。

 考えれば考えるほど袋小路に嵌まり込んでしまう気がしてくる。

「大学生とはいえ、自分の将来に明確なビジョンを持ってる奴なんてそういないからな。別に不思議なことじゃないが、お前さんは自分の力をもう少し自覚したほうが良い。この国じゃその能力を十全に活かせる仕事なんてまずないし、ましてやそれを隠してってなれば尚更だ。少なくともある程度は理解してくれる人間が周囲にいるような環境じゃなきゃ組織の中で生きていくなんて無理だぞ。だったら自営業とかも視野に入れて考えた方が良いんじゃないのか?」

 厳しいな。

 有り難いけど。

 

「ありがとうございます。仙波さんみたいな人が上司だったら良いんすけどね」

「来んなよ! ぜってぇ来んなよ!! 良いか? フリじゃないからな!」

 酷っ!

 まぁ、その気はないけどさぁ。もうちょっと言い方ないのか?

 にしても、自営業かぁ。

 現実的なところでいうとネット販売してるアクセサリーとかか?

 う~ん、それもなんかなぁ……。

 せっかく遠出してきたのに悩みが増えた。

 俺の明日はどっちだ??

 

「もう来んじゃねぇぞ! 何かあったら電話しろ、電話!」

 ……う~ん……。

 

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