第147話 勇者の就活最前線 Ⅱ

「え~っと、それでは条件をもう一度言います。期間は週末を除いた5日間。

 5人ひと組のチームで商品の企画と購買層の選定、マーケティングプランの作成。マーケティングプランには商品の販売方法や製造原価、営業原価等のキャッシュフローの作成、生産数量や製造納期も含まれます。

 原価等に関しては当社の各部署の担当者に確認できますが、原則として1チーム各部署3回までとしますのでキチンと確認項目を纏めておくことをお勧めします。ああ、確認や質問はすぐに回答があるとは限りませんので余裕を持っておいてください。

 そして、来週の水曜日に各チームでプレゼンテーションをしてもらいます。プレゼンテーションの結果自体は評価に影響はしませんが、難しいとは思いますが実際に提案してくれた商品を当社が採用する運びになった場合、そのチームの参加者で希望される方は採用内定を出させていただきます。それと、その場合は申し訳ありませんが、当社に来る来ないは関係なく守秘義務の契約を結ばせていただきますのでその点だけはご了承ください」

 

 担当者は一息にそこまで話すと会議室に集まった一同を見渡し、質問等がないことを確認する。

「それではチームはこちらで組み合わせていますので発表します。メンバーの入れ替え希望は受け付けませんし、人間関係等のトラブルが起こり1日経っても解決しない場合はそのチームは失格となりますので注意してください。それと突発的な事情で人が欠けた場合も補充はされません。それじゃ、ひと組目は……」

 チームのメンバーが発表されるたびに多少のザワつきはあったが概ね静かに進行している。まぁ、友人同士で一緒に来ている人もいるだろうが。実際の会社でそんなのは考慮されないわけだし、参加者もそれは分かっているだろうから当然ではある。

 俺は1人で参加しているのでもちろん異存はない。

 

 何をしているかって?

 俺は前回話が出たインターンシップを受けるために現在とある電気機器メーカーに来ているのだ。

 このインターンシップ。

 いくつかの種類があって、大まかに分けると1、2日程度の短期、1~2週間の中期、1ヶ月以上の長期がある。

 企業にもよるが、短期は随時受付、月に1、2回の実施で内容はちょっと詳しい企業説明会のようなものだ。資料だけでなく実際の職場や製造現場の見学が含まれるケースが多い。

 長期は大学が夏休みや春休みなどの長期休暇期間に実施され、就業体験を含めたアルバイト的なことをしながら業務に必要な知識や技能を身につけるのを目的としている。少額ではあるが報酬が出ることも多いらしい。

 そして、今回俺が受けることにした中期インターンシップ。

 位置づけ的には短期と長期の中間で、技能の習得というよりは就業体験を目的として行われる。因みに無給だ。実施時期は企業によってまちまちで、長期休暇期間に実施されることも多いが、就職活動が活発になる秋から春にかけて通常の平日に実施しているところもそれなりにあるようだ。

 

 俺は先日神崎先輩達と話したときの勧めに従い、早速いくつかの企業にインターンシップを申し込んだ。

 短期を2社受け、その後丁度タイミング良く滑り込むことができた中期に今回参加しているというわけである。

 受けたのは中堅電気機器メーカー。

 自動車などの車載機器や中・小型の家庭電気機器の製造販売をしている企業で大手電機メーカーの委託製造などの下請けもしているらしい。

 今回のインターンシップは総合職や企画、営業を志望している学生を対象にしたもので、事前に(昨日と一昨日だけど)見学・説明を受けた施設設備を参考に新しい商品を企画し、製造や販売までのトータルプランを作成する就業体験となる。

 言ってみればごっこ遊びみたいなものだが、問われる内容は実際の業務に準拠するのでかなり専門的な内容になる。

 担当者はプランによっては会社で採用するかもというようなことを言っていたが、まぁ、所詮は学生の企画だ。まずそのまま採用されることはないだろうことは想像できる。

 因みに会社は明言していないが、先輩方の情報によるとインターンシップの結果は採用不採用には直接影響しないが、評価という面では確実に考慮されるらしい。まぁ、そりゃそうだ。

 

 チーム分けが発表された後はチームごとに割り当てられた部屋に移動する。

 指定された小会議室や商談室のようなところで、これから5日間ここが活動拠点となるらしい。

 俺たちのチームに割り当てられたのは、最初に説明を受けた会議室のすぐ隣にある10畳ほどの面積の部屋。

 普段ミーティングやプレゼンテーションに使われているのかホワイトボードとプロジェクター&スクリーン、楕円形の円卓がある。

「えっと、まずはみんなで自己紹介をしないか? お、僕はT大経済学部経営学科3年の赤橋豊あかばし ゆたか。趣味はマリンスポーツとスノーボードかな? よろしく」

「私はA大情報科学部3年、緑山恵美みどりやま めぐみ。よろしくお願いします」

「わ、私は、えっと、H大学経済学部3年の楠満里奈くすのき まりなでふ。しゅ、趣味は、えっと、アニ、じゃなくて、映画鑑賞とマン、いや、ラノ、でもなくて、ど、読書です!」

「あ、俺? えっとぉ、D大経済4年、板垣、よろ」

「S大経済学部3年の柏木裕哉です。趣味はバイク。これからよろしくお願いします」

 

 部屋に入り適当に席に掛けると先頭に立って部屋に入った赤橋という男が口火を切った。

 髪を短く刈り込んだ爽やか青年だ。顔はフツメンだが笑顔と雰囲気がイケメンっぽいな。だが、顔も雰囲気も行動もパーフェクトイケメンな宍戸には敵うまい。

 ……言ってて虚しいのでもう止めよう。

 とはいえ、率先して行動しているところを見るとかなりの積極性がある気質なのだろう。雰囲気的に仕切る気満々だし。大学もこの中では最も偏差値の高い名門校だ。このままリーダーシップを取ってもらおう。

 次に自己紹介した緑山さんはメガネを掛けた知的な感じの女の子だった。どこかの会社で秘書とかやってそうな雰囲気がある。

 楠さんはおかっぱで地味目、小柄な子だった。……亜由美と同じ匂いがするが、まぁ、気にしないでおこう。

 唯一の4年生、板垣、一応“さん”を付けたほうが良いんだろうか? は逆にあまり積極性は見られず、けだるげな感じのチャラ男っぽい。4年のこの時期にインターンシップに参加してるってことは未だに就職が決まってないのだろうが、あまり焦っているようには見えない。

 

 これに俺を加えた5人がチームとなって商品の企画をおこなうということになる。まぁ、だからといって社運が掛かっているわけでもない。もちろん真面目にはやるがそこまでシャカリキになる必要もないだろう。

「それじゃあ、まずはこのチームの司令塔、リーダーを決めた方が良いと思う。希望者がいなければ僕がやりたいと思うんだけど、どうかな?」

「……別に私は構わないけど」

「わ、私もそれで良いです」

「ん? なに? やってくれんの? OK、OK、俺じゃなきゃ誰でも良いや」

「積極性がある人がやったほうが良いと思うからお願いするよ」

 一瞬緑山さんは考えたようだが、別にこれが即評価に繋がるわけじゃないと判断したのか了承した。楠さんと板垣さんは寧ろやりたくないらしく積極的に賛成。未だに将来像を決めかねている俺も異存はない。

 

「ありがとう。頑張るよ。えっと、まずは企画する商品の方向性を決めないといけない。何かあるかな?」

「んじゃ、俺がボードに書き出すよ。議事録は……」

「わ、私書きます」

 何もしないのは参加した意味ないからな。立ち上がってホワイトボードの上部に『商品の方向性』と書き出すと、楠さんがバッグから大学ノートを取り出して議事録を取り始める。

「そうね、まず決めなきゃいけないのはマス市場を狙うのかニッチに行くのかね」

 顎に手を当てて考えながら緑川さんが言う。

「電気機器は複数の大手メーカーが市場を押さえてるし、ある意味もう家電は出尽くしてるって感じだからマスは短期間で企画するのは無理じゃないかな」

 

 あ、ニッチってのは『隙間』って意味の言葉で、経済学では大手が収益上ターゲットにしづらい特定分野に特化した市場のこと。逆に利用者が多かったり規模が大きかったりするのは『マス市場』って呼ばれてる。

 赤橋が言ったように、電気機器は複数の大手メーカーが鎬を削っているため、多くの人が必要とする、もしくは欲しいと思うような製品は既に市場に出回っている。

 だから、何年も前から商品開発は100人の内90人が『良いね』と思う商品よりも100人の内1人が『絶対に買う』と思う商品に移っているらしい。

 高性能なオーブントースターを高価格で販売した企業の成功は良い例だろう。殆どの人はトースターの性能なんてあまり気にしないが、中には美味しいパンをできるだけ美味しく食べることに拘る人もいる。

 そういった小さな、それでいて熱狂的なニーズに応えることができれば十分に商品として成功する。更にそれがブームに乗ることができれば大手メーカーすら参入せざるを得ないといった現象を引き起こすこともあるのだ。

 何せ、日本の人口は1億2700万人以上、世帯数でも5800万世帯ある。100人に1人しか買おうと思わなくても仮に全世帯が対象になれば58万人だ。大企業も目の色を変えるメガヒットとなる。

 

「じゃ、ニッチな市場ね。後はどんな分野をターゲットにするのか、だけど」

「あの、介護で使えるものって、ど、どうでしょう」

「介護かぁ。確かに超高齢化社会を考えるとニーズはありそうだね」

「ん~、でもよぉ、補助金まで出して鳴り物入りで導入した介護用のパワーアシストスーツ、だっけ? あれってあんまり普及してないんだろ? 介護用のベッドとか風呂なんかは色んなメーカーが既に出してるぜ? だめじゃね?」

「あ、あぅ……」

 意を決してという感じで頑張って主張した楠さんだったが、板垣さんに面倒くさげにツッコまれ顔を伏せてしまう。

 おいおい、否定から入ったら企画なんてできないぞ。

「アレはそもそも値段は高いうえに装着に手間と時間が掛かるから普及に苦戦してるだけじゃなかったですか? それこそニッチなニーズを探せば可能性はあるんじゃないかと思いますよ? それに、否定するなら対案出すのが企画の原則でしょ?」

「ああん? ……っま、そうだな、悪ぃ。余計なこと言った」


 板垣は一瞬俺に不満そうな視線を向けたもののすぐに思い直したのか表情を改めて楠さんに謝罪した。意外な反応にちょっとビックリ。てっきり突っかかるかと思ったが。

 怠惰で自分勝手なイメージがあったけど、そういうわけじゃないらしい。

「う~ん、確かに介護分野は僕らは知らないからなぁ。身内に要介護者が居ない限りイメージすらできないし」

「そうね。でも分野としては悪くないと思うわ。知人に介護関係の仕事をしている人はいない?」

 ニッチな市場ってのは探すのが難しい。というか、特定の人にしかニーズが発生しないからこそニッチなのだ。だからそういった人と接したりそういった仕事に就かない限り知ることがそもそも難しいのだ。

 けど、課題となっている電気機器の新商品ってのはかなりの難題で、大学生が簡単に思いつくようなものは既に市販されているか、失敗して消えているかのどちらかになってしまう。

 当然企業側もそんなことは承知の上で、対応力や思考の柔軟性を見たりしているのだろうと思うが、せっかくだからちゃんと実用的で会社を驚かせるようなものを提案してみたい。

 

「ウチのババアが要介護4だったよ。お陰で去年も今年も単位落とさないのが精一杯でほとんど就職活動できなかったからな。2ヶ月前にくたばったからようやく解放されたけどよ」

 板垣さんが天井を見上げながら自嘲気味に言う。

 その言葉の内容に赤橋が不快そうに眉を顰める。言葉だけを聞くと情が無さそうに聞こえるから分からないでもないけど、緑山さんは表情を変えなかったし、楠さんは寧ろ同情的な視線を向けていた。

 この辺は経験とか想像力の差かもしれないな。

 俺自身はまだ実体験はないし身内にも必要な人はいないが、介護ってのは聞いた話だけでも相当な身体的経済的精神的な負担を強いられるのが容易に想像できる。 実際に介護が必要になったことで将来を悲観し介護を放棄したり自殺や殺人を引き起こすなどの事件も繰り返し報道されている。

 板垣さんも相当な苦労があったのだろう。それに就職の大事な時期を介護のために費やしてしまったのだから複雑な心境なのだろうと思う。そう考えると楠さんの提案に対して反射的にネガティブな言葉が出たのも納得である。

 

「そう。大変だったのね。でも、あえて聞くけど、何か思いつくものはない?」

「知らねぇな。っつか、実際の介護自体はほとんどヘルパーの人がやってくれたからな。ただ、認知症やらヒステリーやらで目が離せなかったんだよ。昼も夜も関係なしに好きなときに寝たり起きたりしてやがるから、いつ何しでかすかわかんなかったしな。お陰で常に睡眠不足だった。ああ、5分寝たら5時間分の睡眠が取れる機械が欲しいって思ったな」

「それは……無理ね」

「はは、そんなのがあれば良いんですけど」

 確かにそれが作れれば介護現場だけじゃなく世界的なヒット商品になるだろうけど、今のところは無理だな。マジで作ってほしいのは確かだけど。

 間違いなく古狸は欲しがる。

 

「候補として介護関係は有りってことで良いのかな? でもそれ一本に絞るともし見つからなかったときに一から探し直すのは難しくなるんじゃないか?」

「じゃあ、介護部門で商品になりそうなのを探すのとそれ以外の候補を探すのを2チームに分けたら良いんじゃないかしら。とにかく商品が決まらないと企画自体が立てようがないのだから、今日明日の2日間は商品の選定を行なって3日目、金曜日の朝に最終決定。その後割り当てを決めてからコストや納期を各部署に問い合わせて、週末に各自が詳細を調べたりまとめたりすれば残りの2日間で形にできると思うわ」

 赤橋はあまり気が進まないのか懸念を口にするが緑山さんが現実的な対応策を提示する。

 ……リーダー赤橋、主導権を奪われてるぞ!

 

 ホワイトボードに緑山さんの提案を書き込み、チーム分けをする。

 とにかくこういったものは情報の収集を始めなきゃ進めようがないので介護関係の情報収集側に3人、残りの2人がネットで他に候補になりそうなものがないか探すことになった。

 幸い赤橋と緑山さんがノートパソコンとモバイルルータを持ってきているらしく、残留して候補を探すことになり、俺と板垣さん、楠さんが介護チームだ。

 とはいえどうするか。

 っと、そういえば馬場のじーさんが入った自立型ホームのすぐ側に、同じ系列の介護施設があったっけな。

 ……憶えてない?

 ウチの家をリフォームする前に隣に住んでたじーさんで、俺も亜由美もじーさんや故人となったがそこのばーちゃんに散々お世話になった。

 土地は親父が買い取ったけど、そのお金で県内にある自立型老人ホームに入所し、今は新しい趣味も見つけて悠々自適な生活を楽しんでいる。

 俺と亜由美は月一くらいのペースで遊びに行っているが、入所してから始めたソシアルダンス(いわゆる社交ダンス、で良いのかな?)で知り合った近隣在住の上品な雰囲気のお婆さんと良い仲になっているようで、最近じゃ俺達が行ってもお婆さんとキャッキャウフフして放置されることもしばしばだったりする。

 

 話が逸れた。

 とにかく思い出したからには有効活用させてもらおう。

 そう思って電話をしてみたところ、すぐに施設の人に連絡を取ってくれたらしく話を聞いてくれることになった。自分でもビックリのスピード展開である。ご都合主義とか言わないように。

「あ~、んじゃ俺車で来てるから出すわ」

 そういって部屋を出る板垣さんを俺と楠さんが追いかける。

 イマイチ積極性があるのか無いのかわかんない人だな。

 会社を出て200メートルほど進んだところにあったコインパーキングに板垣さんは乗ってきた軽自動車を駐めていたらしい。

 無言で車の鍵を開けた板垣さんが顎で乗るように合図したので乗り込む。

 そして発進。

 ここまで無言。

 

「あ、あの、えっと、ご、ごめんなさい。もしかして介護関係とか気が進まなかったですか?」

「ん? あ~、すまん。そういうわけじゃねぇんだ。元々あんましゃべんの得意じゃないんだわ。見た目で恐そうとか言われるし、別に怒ってるわけじゃねぇから気にすんな」

 楠さんが沈黙に耐えかねたのかおずおずと切り出すと、気まずそうに頬を掻きながら板垣さんが答えた。なんというか、色々と誤解されそうな人だ。

「えっと、んじゃ板垣さんも積極的に協力してくれるってことで良いんですよね?」

「おう。ウチの母ちゃんもババァの介護で苦労したからな。方向性としちゃ歓迎だ。それにいい加減俺も就職決めないとヤベェ。この時期まで決まってないと何か問題があるって思われるみてぇでどこもエントリーシートの段階で落とされんだよ。一発内定とまで高望みはしねぇがちょっとでも評価が高くなりゃ希望があんだろ?

 それと、敬語は止めてくんねぇか? 今更1こ2こ年が違うくれぇ大したことじゃねぇだろ? 呼び捨てでいいよ。俺もそうすんからよ」

 あ~、なんか接し方が分かってきたかも。

 

「それよりよぉ」

 そう言って板垣さ、板垣が真剣な顔をして突然車を左に寄せて停車する。

「えっと、ど、ど、どうしたんですか?」

 何かあったのか? 楠さんも慌てて聞く。

「俺、どこに向かえばいいんだ?」

 今聞くんかい!!

 ……っつか、俺も言ってないわ。

 

 

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