第146話 勇者の就活最前線 Ⅰ
大学から少し離れたファミリーレストラン。
俺がバイトをしている所よりもちょっとお値段が高めだが、その分テーブルのスペースも大きめで、比較的落ち着いた雰囲気のお店だ。
当然、駅からも近く利便性は高くても金欠患者で溢れている俺の通う大学の奴はあまり立ち寄ることはないし、俺も入学してから片手で足りるくらいしか来たことが無い。
具体的にどれくらいかって?
う~ん、ミートソースのパスタがだいたい一品千円ちょっとって言えば想像できるかな?
その分ファミレスとしてはそれなりに美味しいんだけどさ。
あ、パフェが5種類もある。今度レイリアたち連れてこようか。
メニューを眺める俺の前及び横、つまり同じテーブルには男が4人、女性が1人いる。
「えっと、んじゃ、オマール海老とオージービーフのサーロインのグリルプレートとシーフードドリア、茄子と挽肉のボロネーゼを全部大盛りで、それから温野菜のサラダとデザートにベリーとマンゴーのパフェ、あ、あと、コーヒーね」
好きなものを頼めとの有り難いお言葉を頂いたので、一切の遠慮会釈無く注文する。ワオッ! 合計8千円近くになった。
注文端末を持ったウェイトレスさんが『それ全部? マジ?』って顔を一瞬するが、男子大学生を舐めないでもらおう。これくらいは余裕である。
対面の男性がちょっと引きつってるが、その隣は至って平然とした表情である。
「それだけでいいのか? スープは?」
「あ、いいんすか? なら、牛タンのシチューを追加で」
お言葉に甘えまくる。
うん、これくらい食えば腹8分目にはなるかな?
「先日はすまなかった!」
全員の注文が終わりウェイトレスさんが立ち去ると、おもむろに右斜め前に座った男性、神崎先輩が頭を下げた。
「俺からも謝る。ウチのメンバーが調子に乗って煽ったせいで不愉快な思いをさせてしまって申し訳なかった。ほらっ!
「あ~、柏木、ホンッとスマン! イベントが盛り上がったんでちょっと煽りすぎて、つい本音が出た。っで! 痛ぇな」
順に神崎先輩、学祭のミス&ミスターコンでMCを担当したメディア研の会長(3年生)、司会で煽りまくってた宗像って奴(コイツも3年)。
「いや、俺らもああなるとは思ってなかったんだよ。事前投票で柏木君の人気が高かったし、名前も知られてるから盛り上がるって言うんで協力しただけなんだよ。ほ、ホントだって!」
「っま、確かにあそこまでってのは予想外だったなぁ。やっかまれてるのは知ってたから多少はブーイングもあるとは思ってたけど、多少はガス抜きになるだろって出させたんだけどな」
次いで章雄先輩と岡崎先輩。
ってか、宗像の奴は本音かよ! それと、岡崎先輩は予想してたなら言えや!
宗像は会長さんに頭を思いっきり小突かれ、岡崎先輩も神崎先輩に睨まれて首を竦めている。
という、今までの流れで分かると思うが、今日は先日、といっても既に学祭が終わってから2週間以上経ってるんだが、母さんの退院や生まれたばかりの双子の受け入れ準備やら屋台の成功のお礼回りがあったり、双子が可愛すぎて講義すっぽかして構い倒したり、双子を愛でたりするのに忙しく、神崎先輩から連絡貰っていたものの落ち着いてからということでこの日になったわけである。
んで、お詫びということで今日は目一杯ご馳走してもらえると聞き、遠慮なしに注文させてもらったのよ。
俺個人的にはあのイベントでの煽りとブーイングは確かに面白くはないが、そこまで目くじらを立てるほど気にしているわけじゃない。
茜にも言ったとおり、俺にはもったいないほどの美女美少女を4人も独占していればやっかみや嫉妬を受けることぐらいは織り込み済みだ。
直接喧嘩を売られればそれなりに対応するが少々のブーイングや嫌がらせくらいは許容できるししなきゃいけないと思っている。まぁ、限度を超えたり俺の周囲に何かしたりしたら容赦する気は全くないが。
「何にしても、あんな事態になったのは出場を無理強いした俺たちに責任がある。食事を奢る程度で詫びになるとは思っていないが、何か他にあれば言ってくれ」
神崎先輩が改めて頭を下げる。が、俺としては今日の飯でチャラってことで良いんだけどな。だって俺の分だけで諭吉さん飛んだよ?
「これで良いっすよ。元々予想できたことですし、気にしてませんから」
「おっ! さっすがハーレムキング。やっぱ違うねェ! って! 竜吾、じょ、冗談だって、顔はヤメて顔は!」
調子に乗った岡崎先輩は顔面を神崎先輩に掴まれてる。お願いです、もっとやってください。
そうそう、投票の集計結果を俺の分だけ教えてもらった。本来は1位と2位以外は非公表らしいのだが、俺が気にしていたら多少の慰めになるだろうということだそうだ。
というのも、結果は実は4位だったらしい。あれだけのブーイングの割にはマイナス投票した人はそれほど多くなかったらしく予想外の大健闘である。
結局お祭りのノリで騒いでただけだったってことだろう。
実際学祭前も後も睨まれたり変な噂を流されるってこと以外は大した嫌がらせはされてないしな。
因みにミスターキャンパスの栄冠に輝いたのは宍戸だった。
……イケメンめ。
一通りの謝罪を受けて、後は普通にしてくれるようにお願いする。
あんまり神妙にされてても飯が食いづらい。あ、オマール海老美味い。
お土産とか、持って帰れないかな?
オマール海老って売ってるの見たことないからなぁ。
料理が次々と運ばれ、食べ始めるにつれぎこちなかった空気も緩む。
メディ研の会長も宗像も殆ど初対面に近かったが、そこはそれ同性の同じ大学生。打ち解け始めれば後は早いものである。
宗像もさっきは本音がどうとか言ってたが、モテる男に嫉妬するのは男なら誰しも経験するものだ。
多少のやっかみ半分の言葉がちょいちょい混じるものの、基本的に社交的で明るい性格らしくすぐに軽口を叩き合うくらいになった。
そして大学3、4年の男女が集まれば話題となるのは色恋を除けばやはり就職に関することになる。
「そういえば神崎先輩と岡崎先輩は就職どうなったんですか? 章雄先輩が法科大学院ってのは聞いてますけど」
「ああ、俺は外資系の金融機関に決まった。真弓は電気機器メーカーの総合職だ」
「2人とも春には決まってたよねぇ。あ、因みに俺も東京の法科大学院の合格通知もらったよ」
神崎、岡崎両先輩は誰でも聞いたことのあるような有名企業に内定。
羨ましくなんか、いや、羨ましいっす。
数年前までは理系以外の大学生は結構就職苦労してたらしいけど今は売り手市場が続いているらしい。
とはいえ、今の時代、社内の雰囲気だとか勤務状況の実態だとかがネットで簡単に情報収集できる分いろいろな面での優良企業に人気が集中しているらしいから、そういった企業を志望するとそれなりに競争は激しい。2人とも見事にその難関をくぐり抜けたってことだ。
神崎先輩は納得だが岡崎先輩は採用担当者の目が腐ってるとしか思えない。
その会社の株を持っている人は岡崎先輩が勤務するまでに全部売り払った方が良いんじゃないかと本気で思う。
それはともかく、俺も夏頃から大学主催の就職支援セミナーに参加したり色々な職種の企業の情報収集をしたりしているが、友人たちの話を聞くに『動き出すのが遅い』らしい。
実際に学部の連中でも既に面接を受けて内々定をもらっている奴も少なくない。
内心ちょっと焦り気味である。
ニュースやなんかで『経団連が面接の解禁時期を4年次の春にした』とか聞いたことのある人も多いとは思うが、この経団連、正式には日本経済団体連合会という団体は確かに大きな影響力を持っている。しかし、実は加盟しているのは約1400社。
日本全体で企業数は凡そ380万社あり、その内大企業だけでも約11000社あるので加盟している企業はごく一部に過ぎない。
しかも、この就職解禁時期はあくまで経団連が加盟企業に求める指針であって強制力も罰則もなにもないのだ。
だから当然優秀な学生を確保したい多くの企業はそんなの関係ないとばかりにもっと早い段階から学生の囲い込みを行っている。
それにインターンシップなんてのもある。
これは在学中に企業で実際に就業体験をして企業内の雰囲気や仕事の流れ、業務に必要な知識を体験するという制度で、大学生の凡そ8割が申し込んでいるのだ。
直ちに就職に有利になるというわけではないが、中には就職を希望している学生に半ば義務づけているような企業もあるらしい。
もっとも、無給で働かせたりして批判されることも多い制度ではあるが。
インターンシップは3年の夏から冬に参加するものなのだが俺は未だにやっていない。
母さんの出産関係だとかでドタバタしていたのが理由なのだが、もう11月であることを考えるとリミットいっぱい過ぎてどうしようかと思っているのだ。
「俺はマスコミ関連と番組制作会社を3社受けて結果待ちだよ」
「俺は4社。メディア系は競争激しいから放送局にアルバイトの申し込みもしてるよ。少しでも経験あると有利になるらしいし」
宗像が現在の進捗を言うと、メディ研会長も頷きながら応じる。
同学年の2人も既に具体的に動き出しているようだ。
聞けばインターンシップも数社参加しているとか。
……マジ?
ひょっとして俺、ヤバい、か?
「柏木は就職どうすんの? その表情じゃまだ何もしてないんだろ? ってか、オマエ、ネットでアクセサリー売ってて結構儲けてるんだろ? 就職必要なくね?」
「いやいやいや、俺だって就活しますよ! ネット販売はあくまで副業ですから」
岡崎先輩の言葉に反論する。
確かに今のところはアクセの売り上げはそれなり、というか、結構ある。それこそ純利益で一般サラリーマンの平均以上の収入は得られているが、これがこの先ずっと続く保証はないし、そもそも大学まで出てそれを生かすこともなく家に引きこもるつもりはサラサラない。
ましてや4人もの嫁を貰おうってのにそれじゃダメだろ。
「柏木君の希望職種ってなんなの? 結構成績良いらしいからよっぽどの人気企業じゃない限り大丈夫じゃない? ウチの大学就職率高いし」
「希望職種……う~ん……」
「柏木、まさかそれもまだ決めてないのか?」
呆れたような神崎先輩の言葉が痛いです。
一応考えてはいた。んだけど、正直に言って自分がどんな仕事に就きたいかを考えれば考えるほどわからなくなってしまったというのが本音なのだ。
大学に入った当初は漠然とではあるが金融に携わる仕事に就きたいと思っていたし、そのために経済学部を志望した。
大学の講義を受けてもそれは変わらなかったはずなんだけど、2年になって俺は異世界での生活を余儀なくされた。ってのはご存じの通りで、そこでの経験は俺に強烈に価値観の変更を強いた。
異世界にはインターネットも無ければ金融システムもほとんど機能していない。
一応商人たちが創った商会ギルドが融資や決済などのごく初歩的な銀行のような役割を担ってはいたものの現代の日本と比較すればその利便性やシステムの複雑さは産まれたばかりの赤ん坊と大人ほどの差がある。
辺境に行けばいまだに物々交換でやり取りすることすらあるくらいだ。
だから異世界では物を作り出す人、それを流通させる人、それらを守る人が日々必死に自分たちの仕事を担っていたのだ。
それを
もちろん、現在の金融システムや商取引は様々な歴史や数多くの失敗、教訓の中から産まれ、発展してきたものであり、現代の豊かさの源泉でもある。だからそれを否定するつもりは全くない。そもそも俺たちは誰しもがその恩恵を受けて生活しているんだから、俺だって文句があるわけじゃない。
ただ、自分がその仕事に就いて、生き甲斐を感じられるような気がしなくなっただけだ。
とはいえ、だったら他にどんな仕事をしたいかと問われても、なまじ金融関係を中心に学部を選び講義を取っていた分、よく分からなくなってしまったのだ。
こんな事なら別の理系や工学系の学部にしておけば良かったと思わないでもないが、それこそ今更である。
なので、今はいろんな職種の大手企業や先進的な中堅企業を中心に情報を集めつつ、興味を引かれる仕事内容を探しているってのが実情だったりする。
神崎先輩の就職先は金融関係らしいからそこら辺のところはぼかしながら説明する。けど、ぼかすと将来のことを何も考えてないアホ学生みたいになってしまうので面々の視線が痛い。
「……まぁ、頑張れ」
「な、なんとかなる、んじゃないか?」
「ざまあ」
「だ、大丈夫だよ。柏木君なら、多分」
「就職に失敗する方に3千円」
宗像と岡崎先輩は後で覚えてやがれ。
「なんにしてもそういうことなら尚更インターンシップはやった方が良いんじゃないか?」
「そうだねぇ。実際に職場を経験してみたらもう少し見えてくるんじゃない?」
神崎先輩と章雄先輩の意見。
確かにそうだな。
時期的にあまり余裕がないし、帰ったらいくつかの企業をピックアップしてみよう。
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