第145話 勇者の弟妹 後編
「ふぅ~~!! 良かった。2人とも無事に生まれたか」
「親父?! 知ってたのか?」
「当たり前だろ? 今は妊娠初期からかなり細かく胎児の様子がわかるんだ。俺も診察には何度も立ち会ったから聞いてるよ」
ええぇ~~~?!
俺には内緒?
他のみんなは?
「あ、私は匂いで分かりますから知ってました」
「わ、私は聞いてないわよ。随分お腹が大きいからひょっとして、とかは思ったけど」
「我も聞いてはおらぬな。じゃが種にもよるが多産の者なら一度に4、5人生まれることもある。然程驚くことでもあるまい?」
それは獣人族の場合じゃねぇか。
亜由美は、というと。
「双子、ふふ、ふふふふ」
いかん、何やらトリップしてる。何を妄想してるやら、顔が緩んでちょっと残念な感じになってるぞ。
誰よりも弟妹が生まれるのを楽しみにしてたからな。さぞ幸せな未来を創造しているのだろう。
構い過ぎて嫌われなきゃ良いが。
「ご家族の方、もう大丈夫ですよ。どうぞ~」
助産師さんに促されて分娩室にゾロゾロと入る。
当たり前だが母さんは元々中にいるし、メルも付き添っているのでそこに俺と親父、亜由美、ティア、レイリア、茜が加わると8人。
それに案内してくれた助産師さんと同じ服装の人、看護師さんらしき女性が1人。
……人、多過ぎ。
想像してたよりも多少は広い分娩室だったが、助産師さんや看護師さんの邪魔しないようにしようとすると押し競饅頭状態である。
病院的にすっげぇ迷惑な状況じゃないだろうか。
とはいえ、だからといって全員が全員、遠慮する気はサラサラないし。
真っ先にメルに目をやり、言葉にせずに問いかけると、メルは安心させるように笑みを浮かべながら問題ないとばかりに頷いた。ようやく肩の力が少し抜ける。
次いで母さんに目をやると、上半身部分を少し起こしたベッドにもたれながら柔らかそうな白い布に包まれた赤ちゃんを両手に抱いている。
ちっちぇ~!
最初の感想としてそれもどうかと思わないでもないが、本当にちっちゃいな。
異世界でメルの付き添いとして何度か新生児は見たが、それに比べてもかなり小さい。双子だからかもしれないけど。
けど、こんなに小さくてもしっかりとした命の力強さは感じられる。
「お疲れ様。それと、ありがとう」
「ええ。でも裕哉たちの時と比べてもかなり楽だったわよ。先生ももの凄い安産だったねって言ってたし」
親父と母さんが夫婦の会話をしているのを余所に、俺と亜由美は赤ちゃんに釘付けである。
「ウフフフフフフフゥ」
亜由美が気持ち悪い。
抱っこしたいのか、手をワキワキさせながらにじり寄ってるが、落ち着け!
少し落ち着いたところで親父が、次いで亜由美と俺が順に赤ちゃんを抱っこしてから病室へ移動する。
母さんは車椅子に乗って親父が押し、赤ちゃんは車輪の付いた小さなベビーベッドのような物に乗せて移動。
移動前に受けた説明では、母さんの身体状態は良好で合併症の兆候も現在のところ見られない。赤ちゃんのほうは2卵生双生児で1人が男児で出生体重2500g、もう1人が女児で出生体重2300g。双方共に先天的な疾患や機能不全は見受けられず問題ないらしい。
体重が少ないようにも思えたが双子としては標準以上でNICUに入る必要もないくらい順調だそうだ。一安心である。
この後は順調に回復すれば1週間程度で母さんは退院。赤ちゃんも経過が問題なければ一緒に退院となるらしい。
聞きかじりだが双子の出産というのは普通の出産に比べると何倍もリスクが高いらしいのだが今のところは母子共に問題ないようで一安心である。
さほど歩くこともなく病室に着くと改めて母さんはベッドに横になり、赤ちゃんたちはそのままその横に固定される。あ、高さも合わせるのね。
亜由美はベッドに齧り付いてる。
今は2人とも寝てるっぽいから良いが、起きてたら怯えられるんじゃないか?
「んで? 双子だってこと、なんで秘密にしてたんだよ。色々と準備とかもあるだろうし、教えてくれても良かっただろ?」
恨み言、というわけでもないが、蚊帳の外に置かれたようでちょっとばかしお兄ちゃんは不満なのだ。
「ふふふ、まぁ、双子はリスクが高いから安定するまでは期待させないようにと思ったのよ。後は、亜由美の様子が可笑しくって」
サプライズの本命は亜由美か。
それなら俺には教えてくれても、と思わないでもないが確かに先に知ってたら亜由美に秘密にし続ける自信はないな。俺が色々と隠し事しても何故かすぐに茜や亜由美にはバレるし。
ポーカーフェイスの似合うクールガイにはなれそうにない。
当の亜由美はこっちの会話なんて耳に入っていなさそうだ。
ヤレヤレ。
「ふぅ~、やっぱり家に帰ってくると落ち着くわね」
出産から順調に1週間が経過し、特に問題ないとの診断で母さんと双子の弟妹が我が家に戻って(弟妹は初訪問? 帰宅?)した。
家に入るなり旅行帰りのオカンみたいなことを言う母さん。
「オバサン臭いとか考えてるでしょ?」
何故分かる?!
「呆れたような表情してたからじゃない?」
茜が指摘してくるが、そんなにわかりやすいか?
「疲れてないか? とにかくベッドで横になったら……」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ティアちゃんもいるし、随分と楽させてもらってるから。あんまり動かないのも身体に悪いし」
既に俺と亜由美がいるにもかかわらずまったく関与してこなかった親父は、オロオロと過剰な心配をしながら母さんに纏わり付いている。
今のこの会話も病院からここまでで3回以上繰り返されているものだ。我が親ながら少々情けない。母さんも少し呆れ顔だし。
「そう言いながら主殿も義母上殿や子らが僅かでも動けば神経尖らせておるがな」
ソンナコトナイヨ?
「少しは落ち着かぬか。メルスリアやティアが傍に付いておるのじゃ、滅多な事は起こらぬ」
「あはは、裕哉もお義父さんと同じで面白いわよ。でも、弟妹でそれなら自分の子供だったらどうなるのかしらね」
「ユーヤさんは凄く過保護になりそうですよね」
茜達が好き勝手言ってるが、反論できねぇ。
まぁ、でも、こんなことを言ってられるのは母子共に無事だったからなのでそれには神様だろうが誰だろうが感謝しておこう。
クソ女神には欠片もそんな感情は湧かないが。
荷物を片付け、リビングで一息つく。
途中で双子が泣き出したので授乳とオムツ替えをしたらしい。
赤ん坊の世話というのは大変だ。見ているだけなのにそう思う。
だが、入院中からメルとティアがほぼ付きっきりなので、母さん曰く、あり得ないくらい楽してるんだそうだ。乳母が付いてるみたいなもんか。
その双子だが、名前が決まった。
男の子、弟のほうが『
女の子、妹のほうが『
因みに敏哉のほうがお兄ちゃんである。
「あーう」
「あぷぅ」
「うふふふふふ。敏くん、紗由ちゃん、『お姉様』ですよ~! うふふふ……」
……亜由美は放置しておこう。
意外だったのは、赤ん坊ってのは寝てるか泣いてるかおっぱい貰ってるかのどれかだと思ってたんだけど、結構普通に起きてる時間があるんだな。
何か動くものを目で追ったり、手足を動かしたりしてるので見てて飽きない。ってか、可愛い。
亜由美の時は俺もオムツ替えたり哺乳瓶でミルクあげたりしてた覚えがあるんだけど、あの時は俺も小さかったし今考えると逆に母さんに余計な手間を掛けてただけのような気がするし、そこまで細かいことを覚えていない。
今なら自分が父親になったときのために予行練習できるかとも思うのだが、実の兄妹で練習するのもどうかと思わないでもない。
そもそも、ティアがかなり張り切ってるので手を出すこともできなさそうだ。あと、亜由美も。
となると俺にできるのは……怪我とかをしないように魔法具でも作るか。あと、この家の防犯強化とか事故防止措置とかか。
「やり過ぎる気がするのぅ」
「絶対やり過ぎますね」
「レイリアさん、ブレーキお願い」
「問題ない。むしろ推奨する」
外野が何やら言ってるが、今俺は考えをまとめるのに忙しいので放っておく。
そんなこんなで双子を中心とした日常が始まった。
とはいえ、母さんとティア、メル以外は会社や学校があるので普段通りになるんだけどな。
ティアとメルに関しては大学よりも双子と母さんのサポートを優先することになった。母さんとしては空いている時間に手伝ってもらうだけでもかなり助かるのでティアはこれまで通り、メルも予定通り聴講生として大学へ通うことを勧めたのだが、2人は『万が一の事があっては』と強硬に主張してそのようになった。
俺も賛成したし、親父と亜由美も本音では安心したと思う。
んで、双子の面倒を見つつ夕食を済ませ、くつろぎの時間。
さっきまで「あー」とか「うー」とか声を出していた敏哉と紗由奈もスヤスヤと夢の中に旅立った。
その様子を見てデロデロに顔が緩んだ亜由美をからかっていたときに事件は起こる。
プァ~ン、パラリラパラリラ、ウォンウォ~ン!!
「う、うあぁぁぁん!」
「うぇぇぇぇぇん!!」
………………!
俺はソファーから立ち上がる。
「兄ぃ」
「おう。ちょいと害虫駆除してくるわ」
玄関に向かう俺を親父が呼び止める。
んだよ、止めんなよ。
「裕哉、俺が許可する……ヤッテおしまい!」
「任せろ!!」
その日を境に、我が家を中心とした半径5キロのエリアで騒々しい音を立ててバイクに乗る奴が目撃されることは無くなったらしい。
因みに、泣き出した弟妹を宥めてて俺を止め損ねた母さんに、後でしこたま怒られた。親父と2人で玄関先で正座2時間。ちょっとキツかった。主にご近所の視線が。
後悔も反省もしないがな!
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