第143話 勇者の大学祭 Ⅷ
「さぁ! 大学祭のメインを飾るミス&ミスターキャンパスの本戦はあと30分後からの始まりだぁ!! 野郎共、準備は良いかぁ!!」
『おお~!!』
大学敷地の中央部分にある中庭。
一番奥にある講堂の手前に学祭用の特設屋外ステージが設けられていて、昨日と今日の午前中は発表系サークルが音楽演奏や演劇、ダンスを披露したり、イベントサークルが招いたお笑い芸人のライブなどが行われていた。
そして学祭2日目の午後、学祭のトリを飾るのが前述のいわゆるミスコンである。
わざわざ招かれたプロの芸人さんがメインじゃないのは少々不憫な気もするが、どこの大学もこういう系統がメインになるものだろう。いや、単なるイメージでよく知らんけどさ。
んで、メディア研究会の連中がMCを務め、投票の仕方を説明しつつ集まった観客たちを煽ってるわけだ。
歓声に野太い声の比率が大きいのは、まぁ、どうしてもメインが可愛い女の子を選ぶ『ミスキャンパス』になっているからな。
一応、ミスターキャンパスも選ぶって話だがそっちは添え物みたいなものなのだろう。
順番としては先にミスター、大トリがミスキャンパスとなっていることからもそれが窺える。
その学祭のミス&ミスターキャンパスはまず学祭1ヶ月前に全学生による予備投票で男女各50人が選ばれる。
そして、学祭一日目に来場者と大学、大学院の学生及び教授を始め、研究生や講師などの大学関係者全員にその予備投票で選ばれた50人の写真付きリストが配布されて、そのリストの人を対象に男女各5人までプラス投票とマイナス投票を行うという形式らしい。
つまりプラスポイントを投票したい相手を5人、マイナスポイントを5人までを各自が投票して、合計ポイントを集計する。
本戦はその合計の上位10人によって争われる形式で、投票は会場に集まった観客がプラス・マイナスをそれぞれ3人まで選び、その場で集計される。
だから幾ら人気があったとしても嫌っている学生がそれ以上に多ければポイントはマイナスになり選ばれることは無いのだ。
そして全ての学生が男女両方に投票することができる。よって、異性にどれだけ人気があったとしても同性に嫌われている奴はダメだということらしい。過去には同性からの人気だけで選ばれた人や50歳過ぎの人気教授がミス&ミスターキャンパスの栄冠に輝いたこともあったのだとか。
そんな学祭名物の人気投票だが、前々回にも話したとおり、茜とレイリアが本戦に出場することになっている。
ティアも選ばれてはいるのだが、今回は学祭に参加していないので除外するとして、2人とも個人的な感情を抜きにしても見た目は相当なレベルだし、茜は同性の友人も多い。レイリアも尊大且つ個性的な口調と共にその大雑把で姉御肌的な態度が結構女の子達に割と人気があるらしい。
だから選ばれるのは不思議なことじゃないし、むしろ常日頃から虎視眈々と狙っている男共や俺から引き離そうとする女の子たちで心配しているぐらいなのだ。
本音で言えばあまりこういったイベントに参加してほしくはないが、それは俺の狭量な嫉妬であるのは自覚しているので口には出さないけど。
だから、そのこと自体は別にいいんだが。
「なぁ、ミスの出番はまだまだ先だろ? 時間があるんだから、せっかくだし色々と見て回りたいんだけど」
茜とレイリアが出るミスの本戦にはまだ2時間近くある。中庭のトラブル処理とサークルの屋台でロクに学祭を見て回ることもできなかったので、ようやく取れた自由時間で楽しみたいと思っていたんだが、何故だか2人に会場まで連行されてしまったのだ。
ミスキャンパスの方は見るつもりなのは確かだがミスターは欠片も興味が無い。それくらいならばせっかく『クロノス』の衣装からも解放されて私服に着替えたのだから2人とのんびり会場を回りたかったのに。
「何、我らは、へなちょこ先輩に頼まれての。主殿の晴れ舞台だというから協力することにしたのじゃ」
へなちょこ先輩って、ひょっとしなくても章雄先輩のことか? なんて酷い名前、ってそうでもないか? へなちょこってだけで分かる先輩の評価は別に置いておくとして、気になるフレーズがあったぞ。
協力? 晴れ舞台?
途轍もなく嫌な予感がヒシヒシとしてるんだが?
「あ、いたいた! レイリアさんと工藤さん、ちゃんと連れてきてくれたんだね!」
「うむ。当然であろう。それよりも、約束は守ってくれるのであろうな?」
「大丈夫! ちゃんと料理研究会の女の子達に話を通してあるから、ミスコン終わる時間に合わせて特製のスペシャルパフェを用意してくれるって!」
……売られた?
い、いや、それよりもコイツら何するつもりだ?
「ちょ、ちょっと待て! いったい…」
「気にしなくて良いから! ちょっとイベントを盛り上げるためにミスターキャンパスに出てもらうだけだから」
はぁ?!
ちょっと待て! いつの間にそんな話になったんだ?!
それに俺が本戦出場者に選ばれてるなんて初めて聞いたんだけど!
そういえば投票対象者のリストすら見てないな、俺。
「事前に教えたら柏木君絶対に逃げるだろ? だから昨日本戦出場者が確定した段階で連絡は俺がするってことにして運営からは連絡が行かないようにしたんだよ」
余計な真似を。
ただでさえコスプレやあの双子騒動で悪目立ちしまくってたんだ。これ以上耳目を集めるなんて御免だ。
となるとさっさと逃げるしかない。勇者の能力を見せるわけにいかないとなるとレイリアが厄介ではあるが、今は約束のパフェに思いを馳せているらしく意識が俺から逸れている。
今だ。
「おお~っとぉ! 逃がさねぇよ! 竜吾、押さえて! 章雄は足にしがみつけ!」
「……すまんな柏木」
「頼むから大人しく出てくれよ!」
マジ?!
岡崎先輩に神崎先輩まで?!
「ちょ、嫌に決まってるじゃないっすか! レイリアと茜もなんとか言ってくれ!」
強引に振りほどくわけにもいかず、当てにならなそうなレイリアと、苦笑いしながら成り行きを見守っている茜に助けを求める。
「そんなに嫌がらずとも良かろう。たかがあの舞台に立つだけであろう? 主殿も以前は何千、何万という民衆の前に立ったことが何度もあったのじゃ。今さら何を怖じ気づく」
確かに異世界でそんなこともあったけど、それとは話が違いすぎるわ!
「わ、私たちもこの後出るんだから良いじゃないそれくらい。私だって恥ずかしいんだから」
それを言われると何も言えないのだが、やっぱり嫌なものは嫌なのだ。
「んじゃ、話も纏まったところで、時間もねぇしさっさと支度すんぞ!」
「纏まってねぇ! ちょ、神崎先輩!」
勝手なことをほざく岡崎先輩に反論するも、ガチムチター○ネーターに引きずられながら出場者控え室まで移動させられる俺。
何故か控え室には久保さんと満岡さんが待ち構えており、何やら俺のセンスとはかけ離れた爽やか系の衣装に着替えさせられ、メイクまでされた。
もちろん、途中で何度も逃げだそうとしたのだが岡崎先輩と神崎先輩、レイリアの手によってことごとく阻止された。チクショウ。
「いよいよミスターキャンパスの本戦も折り返し! 6人目は、昨年の大学を揺るがせた大事件で違法なドラッグが学内に蔓延するのをたった1人で阻止し、囚われた恋人を悪党共のアジトから助け出した正統派イケメン!
「うぉ~~!!」
「きゃ~~!!」
宍戸も選ばれてたのか。
確かに奴は性格も行動も容姿もイケメンだし、彼女持ちとはいえ選ばれたからには学祭を運営する中心であるイベントサークルに所属している以上、出ないわけにはいかないだろうな。
ここに至って抵抗を諦めた俺は大人しく舞台袖で出番を待っている。
本心では嫌でしょうがないが、茜に私たちも同じような気持ちなんだから我慢しなさいと言われ、またまた夜に慰めてもらうことを条件に渋々だが呑んだ。
章雄先輩はまたもや運営に泣き付かれて骨を折ることにしたらしいのだが俺の知ったことじゃないので後でたっぷりと借りを返してもらうことにした。
岡崎先輩は多分悪乗りしてるだけなので理由を聞くだけ疲れるからスルー。
不思議だったのは基本的に無理強いすることを普段しない神崎先輩が加担した理由だ。が、訊いてみたところ、少し言いづらそうに白状してくれた。
なんでも、卒業後は岡崎先輩と結婚!? することになっているらしく(3回聞き直したが)その時にペット、具体的には猫を飼いたいと考えていて、今回のことで協力するのを条件として岡崎先輩が巻き込んだらしい。
厳つい風貌で恥ずかしそうに白状する姿は、萌え、るわけがないが、意外な事実(いろいろな部分で)に文句を言う気も失せてしまった。
ただ、埋め合わせとして今度飯を奢ってくれるということなので遠慮せずに食いまくるつもりである。
「さぁ! 次の奴は、今学内で随一の知名度を誇る、経済学部3年、ツーリングサークルで会長を務める、柏木裕哉だぁ!
最早コイツを知らない奴はいないだろう! なんと3人、一説によるともう1人加えて4人もの美女を侍らせる現代のハーレムキング! 最新の情報によると他にも数多くの女性と浮名を流し、既に3桁に届こうかという数の隠し子までいるというから驚きだぁ!
まさに女の敵! 私を含めたモテない男にとっての放射性廃棄物!
だが早まったことを考えちゃいけない! この許しがたい男、2メートル近い鍛え上げられた体格を武器に片手でコンクリートブロックを粉砕し、不良学生の集団を瞬殺するほどの武闘派なのだ!
全男子学生の怨嗟を一身に浴び、今世紀最悪の女誑しが今、ここに降臨する!
エントリーナンバー9番! 柏木ぃ裕哉ぁ!!」
……紹介が悪意に満ちている。
マジで? この空気の中、出ろって?
いやいやいや、無理!
絶対無理!!
帰る! 誰が何と言おうが絶対帰る!!
「ウダウダやってねぇで、さっさと出ろや!!」
「うぉっ! って、何を…」
『Boooooooooo!!!』
『キャァ~~~!!」
岡崎先輩による渾身のドロップキックで舞台袖からほんのちょっぴり出てしまった俺が文句を言う前に、凄まじいブーイングと歓声が会場に響き渡った。
圧力さえ伴う音の洪水に、舞台袖に引っ込むタイミングを逸してしまった俺は、意地悪くゲラゲラ笑う岡崎先輩を睨みつけつつ、諦めて舞台の中央に向かった。
後で覚えてやがれ。
っつか、神崎先輩、アレとマジで結婚するの?
俺には理解できない。が、今はそれどころじゃない。
「いやぁ、スゴい歓声とブーイングですねぇ」
「…………」
誰のせいだ、誰の!
そう言いたいが、この場で何を言おうが火に油を注ぐだけだろう。
沈黙は金、である。
「まずは本戦に選ばれた感想をお聞きしましょう! どうですか? スゴい注目度ですが」
「……さっきまで選ばれていたことすら知らなかったんだけどな。気分は最悪だよチクショウ!」
『Boooooooooo!!!』
「そうですか。それは良かったですね! えぇっと、柏木さんにはいくつもの質問が届いています。
まず、常に美女を侍らせていますが、どんな弱みを握っているのでしょう?
次に、昨日隠し子を連れて学内を回っていたそうですが、実際に他に何人の子供がいるのですか?
そして、これまでにヤリ捨てた女性に一言お願いします!」
「ちょっと待てぇっ! なんだその悪意しかない質問は!! 弱みなんて握ってないし隠し子も居ねぇ! 昨日の双子は迷子を保護しただけだ! そもそもヤリ捨てたことなんて一度もねぇよ!!」
あんまりな質問に思わず睨みつけながら反論する。
「おぉっと、完全否定です! まぁ? こんな衆人環視の中で酷いことは言えないですよね? っというわけで! 信じるか信じないかはアナタ次第です! ありがとうございましたぁ!!」
き、聞いてねぇ!
誤解とデマを否定しようにも、ぶった切るように次のエントリーの紹介を始めた司会にそれ以上何もできず、泣く泣く舞台を降りた。
マジで泣きたい。
出場者の紹介が終わると直ぐさま投票が開始される。
ミスのコンテスト中に集計される予定らしい。んで、ミスの方はコンテスト後の休憩とミスターの表彰中に集計され、発表されるのだとか。
結果?
どうでもいいよ!
あ、因みにミスの方には予定通り茜とレイリアが出場。
こちらは特に波乱もなく終了して、残念ながら2人ともミスキャンパスの座は逃した。
選ばれたのは教養学部の2年生で、小柄で快活な女の子だった。恋人がいないってのが決め手になったのだろう。
んで、結局コンテストだけで休憩時間が終了し、サークルに戻ってきた俺たちは屋台の撤去中である。
因みに、サークルメンバーの何人かがコンテストを見ていたらしく、俺たちが戻った頃には全員に周知されていた。
言葉を選びながら慎重に俺の態度を測るメンバーの姿にマジで涙が流れました。
小一時間で屋台も片付き、分解した屋台その他の道具は、私物は各自が持ち帰り、その他のものは部室の隅に置くことにした。
けど、結構場所を取って邪魔なので部室棟の裏手に物置でも設置できるように学生課に相談しないとな。実際に置いてるサークルもあるし。
Pipipipipipi……Pipipipipipi……。
片付けを終えて、売り上げの集計をしていたら俺のスマホが着信を伝えた。
「あ、悪い、ちょっと電話出るわ……はい、もしもし」
『ユーヤさん? メルスリアです。あの、御義母様が産気づきました…』
マジ?!
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