第142話 勇者の大学祭 Ⅶ

 動画を撮りながら迷惑行為を繰り返している大学生がいるということで呼ばれてしまった俺は、呼びに来た後輩に連れられてその現場へとやってきた。

 そこで飛び込んできた光景は、20歳前後の男4人組と、険しい顔で男たちに詰め寄ろうとしているエプロン姿の学生、そしてそれを羽交い締めして止めている同じような姿の男の子だった。

 男たちの方はニヤニヤ笑いながらそれを囃し立てつつ、内2人が動画撮影をしているのだろうスマホを向けている。

 ……なんで撮影?

 自分たちのアホな行動を撮影して意味があるんだろうか?

 まぁ、それは別の問題として、とにかく騒ぎを収めないとな。

 

「運営係です。何がありました?」

 俺はわざと撮影を邪魔するように横切り、羽交い締めされている学生の正面に立ちながら聞く。視界を遮るようして男達から意識を切り離すことで落ち着かせるのが目的だ。

「あ、か、柏木? か? なんでそんな格好?」

 目論見通り意識がこっちに向かってくれたのは良いのだが余計なことまで気付かんでもよろしい。

 因みにコイツは俺と同じ学部の顔見知りだった。名前は蓮見 明はすみ あきら。友人とまではいかないが、顔を合わせればそれなりに会話する程度の付き合いだ。

 少々お調子者の気はあるが、社交性が高く後輩の面倒見も良く、滅多に不機嫌な態度を出さない奴だという印象がある。

 それだけに相応のことをされたのだと考えられる。とはいえ、知り合いだからと一方だけの言い分で判断するわけにはいかないので状況の確認をまずしなきゃならない。

 

「で? 何があったんだ?」

「……コイツらが俺たちが作ったお好み焼きを買って、食いもせずに投げ捨てて足で踏みつけやがったんだよ。さすがに頭にきて、文句言ったら『買った物をどうしようと勝手だろ?』とか言いやがった。しかも、今もだけど、コイツらそれをずっと動画で撮影してるんだよ!」

 俺が聞くと、蓮見は憤懣やるかたないといった様子で吐き捨てるように説明してきた。聞き終えてから、事実かどうかを確認するために一緒に屋台に居たらしい他のメンバーに視線を向けると、彼らも同じように怒りの感情を表に出しながら頷いて肯定していた。

 さっきまで蓮見を止めていた男の子(多分後輩だと思う)も同じ様子だ。

 視線を地面に移すと、確かにお好み焼きらしき残骸が散らばっている。もっとも、最早お好み焼きなのかたこ焼きなのか判別は付かないけど。

 

 ……わざわざ金を払って買って、ぶちまけて踏みつける? 意味がわからん。マンガやドラマなんかで地上げのヤクザとかが嫌がらせをする描写でそんなのがあった気がするが。

 なんにせよ、一応、念のために向こうの言い分も聞いてみよう。

「えっと、向こうはこう言ってるけど、君らの言い分はあるか? 事実なら理由を聞かせてもらいたいんだけど」

「うっわ! それコスプレ? どっかで見たことある!」

「あ! アレじゃね? あのシージャックの時の!」

「なぁなぁ、ソレって自分で作ったの?」

 コイツら人の話を聞いてねぇ……。

 しかも、スマホ突きつけられながらってのが激しくウゼぇ。

 っつか、俺の黒歴史を撮るんじゃねぇ!

 

「事情を聞きたいんだけど? 言ってること、分かるか? なんで嫌がらせしたのか言えや」

 イラッときたのでちょっぴり威圧を掛けながら再度聞く。

「うわっ! 怖っ!!」

「ちょ、ちょっと、別に俺ら喧嘩しに来たんじゃないから!」

「そうそう! 別に買った物どうしようが良いじゃん!」

「暴力ったら、動画撮ってるから訴えちゃうよ?」

 ビビりが入りながらも口々に勝手なことをほざく男たち。その間も動画撮影は止めないらしい。

 ……ちょっと威圧が足りなかったか。

 

「喧嘩売ってるんじゃないなら理由は? 金払えば何やっても良いってわけじゃないだろ。自分たちが一生懸命に作った食い物を目の前で踏みつけられれば怒って当然だ。いい年してやって良いことと悪いことの区別も付かないのか? ソレをするならそれなりの理由があるんだろ。それをさっさと言えや」

 威圧を強めながらもう一度聞く。

「ど、動画撮って投稿サイトにアップするんだよ」

「え、炎上させればアクセス伸びるし、その分報酬出るから」

 ……く、くだらねぇ!

 わざと炎上するような動画撮ってアクセス稼ぐってか?

 あまりに呆れて思わず威圧を解除する。

「オマエら、大学生っぽいけど、勇気があるというか、先のことを何も考えてないアホというか、まぁ、一言で言って、バカだろ?」


「バ、バカってなんだよ!」

「テメェには関係ないだろ!」

「アクセス伸びりゃあ月に100万超えることだってあるし」

 確かに故意に炎上させて動画のアクセス数を稼ぐ人がいるのは聞いたことがあるし、時折テレビなんかでも報道されたりしている。

 有名どころだと樹海で自殺者の映像を投稿したり、ファミレスで全メニュー頼んだ挙げ句大量に食べ残しをしたり、子供を誘拐する振りをした映像ってのもあったよな。

 けど、そういった投稿サイトの報酬ってのは企業の広告収入から支払われるものだ。その企業側からしたら炎上するような動画に広告を掲載したってイメージが悪くなるだけでメリットは無い。

 そうなればサイトの運営側はそういった企業の要望を踏まえた対応を取らざるを得ないし、実際にユー○ューブなんかは何度か規約が変更されているらしい。

 いつまでもそんな炎上商法が通用するわけがないのである。

 

「こんなことしてる動画を全世界に顔晒して、いや、晒さなくてもちょっと注意してみればすぐバレるだろうし、知ってる誰かが必ず実名公表するだろうよ。んで、そんな連中を好き好んで雇うようなまともな企業があるわけ無いだろ?

 炎上動画で稼ぐのもそう遠くないうちにサイトの規約変更でもされてできなくなるだろうな。

 そもそも4人で月に100万って、1人頭25万か? ちょっとキツめの肉体労働のバイトすりゃ、若いんだからそれくらいは普通に稼げるぞ?

 目出度く君らは使い捨て上等のブラック企業かフリーターのレールに乗ったわけだ。ヨッ! ゴール地点のニートまでまっしぐらだな! おめでとう!!」

 言葉を重ねるごとに連中の顔が引きつってくる。

「テ、テメェ、いい加減なこと…」

「いや、マジで言ってるんだけど? ちょっと想像すりゃ分かるだろ? もし内定受けてたとしても企業の担当者がこんな動画見たら間違いなく内定取り消しだぞ。もしテレビにでも取り上げられたら一発だ。まっ、有名税ってところか?」

 心底馬鹿にした顔と口調で念押ししておいてやる。

 

 想像もしてなかったのか、手にしたスマホすら降ろして青い顔してる男たち。

 身内の悪ふざけ的なノリの行動をSNSで投稿して炎上する奴もそうだけど、自分たちの取った行動がどういう結果を招くのかどうして想像できないんだろうな。

「マ、マジかよ。ど、どうすんだよ」

「お、俺、第一志望に内定もらったばっかなのに」

「オマエがやろうって言ったんじゃないか!」

「お前だってノリノリで案出してたじゃねぇか! 俺のせいにするなよ!」

 内輪もめに移行する男共。

 本気でアホだ。

 とはいえ、さて、どうするか。

 周りを見回すも、集まった野次馬の連中をみる目は氷点下だ。

「うっわ、あいつらバカじゃね?」

「内定取り消し。ザマァ」

「よし! 誰かアイツらの顔晒してやれよ!」

「さすが『クロノス』、容赦ねぇな」

 クロノス関係なくない?! っつか、俺何もしてないし!

 

 荒事なら腕力でなんとでもなるが、日本においては暴力の出る幕はあんまりないからな。山崎と斎藤が悪乗りしなきゃ俺がこんな格好をすることもなかったのに。

 そうこうしているうちに、言い争っていた男たちの雰囲気はドンドン険悪になってきていた。

 今にも殴り合いの喧嘩になりそうだが、さすがにこれ以上の揉め事は勘弁してもらいたい。

 漏れ聞こえてくる話、というか、罵り合いによると、既に何度も迷惑動画を公開しているらしく、今回の動画を投稿しなかったとしてもどうやら手遅れっぽい。

 仕方がないので助け船、になるかは分からんが、一時の悪ふざけで将来を台無しにするのを放置するのも寝覚めが悪い。ので、助言くらいはしておこう。

「オマエら、いい加減にしておけ。そんなにやっちまった事をなんとかしたいなら、方法は無いわけじゃないぞ。まぁ、絶対に大丈夫とは保証できないけど」

「ま、マジですか?!」

「お、おおお、教えてくれ! い、いや、教えてください!」

「今日のことはマジで謝りますから!!」

「このままじゃ俺たち本当にヤバくて」

 

 ここまで卑屈になるのなら最初からしなきゃ良いのにと思わないでもないが、なんにも考えてなかったんだろうなぁ。

 俺は溜息を吐きながらその方法を言う。

「んなぁ?!」

「ちょ、それは…」

「ふ、ふざけんなよ!」

「なんで俺たちがそんなことしなきゃ…」

 俺の提案を聞くなり、顔色を変えて文句を言ってくる男たち。

 ったく、往生際が悪い。

「別に強制するつもりはないぞ。オマエらがどうなろうが俺たちには関係ないからな。けど、少しは考えたらどうだ? 炎上動画が問題なのは、やらかした当人が反省もしないでヘラヘラしてるのが見ている人間にとって不快だからだ。

 つまり、やらかした事のツケをしっかりと払わされているのを公開すれば炎上はしない。はずだ。多分。きっと。まぁ、保証はしないけど。

 だから見る人間が“ざまぁみろ”と思うような状況であれば炎上は回避できるし、過去の炎上も十分に罰を受けたと見なされれば問題にならない。と思う」

 甚だ怪しい回答だが、ネット住民の受け取り方なんて完全に予測するのは無理だからな。ただ、少なくともやらないよりはマシだろう。

 

「要はオマエらが酷い目に遭ったことが分かれば良いんだから、この場で袋だたきに遭っているところを動画にしても良いし、俺が“OSHIOKI”しても良いけどな。まぁ、あまりお勧めはしない」

 そう言いつつ、蓮見の屋台脇に置いてあった設置の余りっぽいコンクリートブロックを拾い、真ん中辺をゴシャッと握りつぶす。

 ウォォォッ!!

 ギャラリーが沸く。

 どうする? って感じで問いかける仕草をする。

 途端に連中が一斉に青い顔で俺から目を逸らす。

「ど、どうする?」

「あ、アレに喧嘩売ってたとか、俺ら詰んでね?」

「け、けど、言われたことやるのかよ」

「就職できなくなるよりマシだろ? それにこのままじゃどっちにしても無事に帰れそうにないじゃん!」

 ボソボソと相談してる。

 それより、別に無事に帰さないとか言ってないからな? ちょっとわかりやすそうなパフォーマンスしただけだし。

 

「分かりました。やります」

「け、けど、道具を持ってないからどうすれば…」

 俺はクロノススーツのオーバーコートの内ポケット(と見せかけたアイテムボックス)からバリカンを取り出す。

「なんでそんなもの持ち歩いてるんだよ」

 蓮見がボソッと呟くが、俺には聞こえない。聞こえないったら聞こえないのだ。

 後輩君にどこかから折りたたみ椅子を持ってくるように頼むと、屋台に休憩用に置いてあったらしいものをすぐに出してくれた。

「ま、マジでやるのかよ」

「な、なんでそんなに用意周到な…」

 顔色悪くしながら表情まで引きつらせる男共を余所に、準備万端整いましたよ。

 賢明なる読者諸氏にはもうお分かりだろう。

 今回俺が提案したのは、古今、謝罪の形としては定番中の定番、最早使い古された感すらある、丸坊主&土下座謝罪である。

 それを連中が自分達で動画撮影して、迷惑行為の動画と一緒に投稿するというものだ。

 

 衆人環視の中でやるのは結構精神的にキツいだろうが、それくらいじゃないとインパクトが無いからな。

 なんでバリカン持ってるかって?

 クソ暑い北関東の夏を少しでも快適にしようと影狼の毛をカットしようと買ったんだが、やろうとしていることを知った影狼が影から出てこなくなったので諦めたのだ。よってまだこのバリカンは未使用である。

 というか、後で思ったのだが、そもそも柔らかくも強靱な異世界生物の体毛を普通の市販バリカンでカットできるわけがなかったのだが。

 真っ黒でモフモフの毛皮が見るだけで暑苦しかったからなぁ。ミスリル製のハサミでも作って問答無用でカットしてしまえば良かった。

 

 まぁ、それは置いておこう。

 準備が整い、視線で急かすと連中は熾烈な順番決めのじゃんけんの結果、最初の奴が椅子に座った。

 ヴィィィン。

 バリカンの音に強張りながらも目を閉じて悲壮な表情で自分の膝を握りしめる男。

 ジャリジャリジャリジャリ。

 後頭部から頭頂部まで一気に刈る。

 ジャリジャリガリッジャリジャリ。

「痛ぇ!」

 あ、何か皮膚まで引っ掻いた。

 ちょっち血が滲んでるが、まぁいいか。

 脱色したのか染めたのか、明るい茶色の髪が見る間に刈り込まれ、あっという間に青々とした坊主頭に。

 ジョリジョリ。

「撫でるなぁ!」

 あ、つい。

 

 涙目になってる男を放置して次の奴。

 坊主ってのは簡単で良いな。

 よく見ると少々所々長さが異なる部分もあるが、まぁ許容範囲だろう。

 それほど気にしてやる義理も無いし。

 1人頭(文字通り)5分程度であっさりと終わらせ、4人揃ってくりくりの坊主頭になった連中。

 そして、

「すみませんでした~~!!」

 迷惑を掛けた屋台とその学生に向けて、見事な土下座を披露した。

 もちろん、その様子はしっかりと連中のスマホで俺が撮影しておいた。

 全てを終えて、肩を落としつつトボトボと帰る連中を見送り、一件落着である。

 

「……柏木、容赦ねぇな」

「先輩、ヤバいっす」

「目、合わせんなよ! お前まで丸刈りにされるぞ!!」

「山ほど隠し子がいる奴は普通じゃねぇな」

 

 後日、俺の噂に『奴に逆らうと丸刈りにされた挙げ句全裸土下座させられて、彼女を奪われる』というのが加わった。らしい。

 ……なんで?? マジでなんでぇ??!

 

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