第141話 勇者の大学祭 Ⅵ
ジュー…パタパタ。
「…………」
クルッ。
ジュー……。
「焼けた。次」
「は、はい、兄貴!」
カチャカチャ(串を焼き台に並べる音)
ジュー。
「…………」
俺は無言で串を焼き続ける。
「お、おい、何か柏木、めっちゃ機嫌悪くね?」
「え、ええ、その、部室来たときからっす」
「あの冷たい視線がドキドキするっすね!」
「「ウルセぇ、変態!」」
山崎と相川、戸塚が後ろでコソコソ何やらしゃべってるがガン無視する。
「……大竹、何本焼けば良いんだ?」
「うぇ?! お、おう、き、昨日の売れ行きから考えると200は欲しい、です、はい」
「野村、仕込みはどうなってる?」
「は、はい! 昨日の残りが1200串だったんで、2000串追加完了。現在も部室で女子が残りの食材が無くなるまで仕込みを続けております! サー!!」
何故か同級生なのに途中から敬語になる大竹と直立不動で声を張り上げて答える野村。
「おい、工藤信、何があったんだ? 昨日戻ってきたときは何か落ち込んでたみたいだったけど、あそこまで不機嫌じゃなかっただろ」
「えっと、昨日は姉ちゃんが裕兄の所に泊まって…」
「泊まって?! クソッ! なんて羨ま、いや、妬ましい!」
「死ねばいいのに」
「今日は丑の刻参りだな」
「い、いや、それは置いておいて、朝は機嫌も直ってたんですけど、大学着いたら別の学生が裕兄の噂してて」
「……ひょっとして、愛人子持ちのアレか?」
「(コクリ)それが、その、女をとっかえひっかえしてるとか、あちこちで子供作りまくってるとか、スゴく広まってるみたいで」
「「「ああぁ~、なるほど」」」
コソコソうるせぇ!
思わずイラッとして魔力が漏れる。
「ウォッ! や、やべぇって! このままじゃ死人が出るぞ」
「だ、誰か工藤さんとレイリアさん呼んでこいよ!」
「……オマエら、しゃべってないで仕事しろや」
「「「「サー、イエッサー!!」」」」
全員気をつけで妙な返事をするサークルメンバーの背後から聞き慣れた声が響いた。
「主殿、その辺にしておくが良い」
「もうっ! 裕哉、八つ当たりしないの!」
レイリアと茜が呆れたように言いながら近づいてきて、強制的に魔力を霧散させられる。
2人に救世主を見るような視線を向ける山崎たちに、ちょっとモヤッとしながらも深呼吸して気を落ち着かせる。
まぁ、確かに八つ当たりであることは自覚しているので言い訳もできない。
不機嫌の理由は先ほど信士が山崎たちに語ったとおりである。
昨日の双子騒動で多大な精神的ダメージを負った俺は、それでもなんとか残りのトラブル処理の役目とサークル屋台を頑張り、無事に学祭初日を終えることができた。
しかも、山崎と久保さん達の企みである『コスプレ』の影響か、なんと、1日で串焼きを4000本近く捌くことができたのである。
売り上げはざっと110万円を超え、在庫の食材費用を含めても粗利は40万近い。さらに、それを考えると今日の売り上げ分は全て利益となるのである。
コスプレ衣装の費用に関しては含まれていないが、衣装の材料費と少々の謝礼を斎藤に支払うことで既に話が付いているらしいので、それを考えても大幅な黒字が既に確定している状況である。
俺個人としては不満や言いたいことが山ほどあるが、サークルとしては大成功なのだ。
よって、今日も全員がコスプレ姿であり、俺も例に漏れず非常に不本意ながら『クロノス』コスプレを継続中だ。
双子と岡崎先輩によってもたらされた精神的ダメージは約束通り、昨夜茜とレイリアによって回復するに至ったのである。
女の子の母性は偉大である。パフパフ、最高でした。
一晩掛けて鋭気を再度養った俺は、茜、レイリア、信士と一緒に大学まで来たのだが、そこで遭遇したのが噂話に興じる学生たちの姿だった。
曰く、「リアルハーレム野郎で知られる柏木が、実は女をとっかえひっかえしている鬼畜だった」「既に二桁に及ぶ隠し子がいて、養育は女に丸投げしている」「幼女を自分好みに調教する光源氏計画を目論んでいるらしい」「ヤクザを使って女の子の弱みを握り、次々に毒牙に掛けている」等々……。
思わず勇者の能力全開で噂している学生を消し飛ばそうとしたがレイリアに止められてしまった。
信士がいたのでそれ以上は行動に移すこともできず、部室まで歩く短い距離を指を刺されてコソコソと噂されながら歩く間に俺の機嫌は最底辺まで下がりきってしまったのだ。
八つ当たりくらいは許してほしいと思うのは人情というものだろう。
「ただの誤解なんだから、噂なんてすぐに消えるわよ。だから落ち着きなさいって」
このところ俺の『正妻』的なポジションを確立したらしい茜は醸し出す貫禄が板に付いてきていて、俺はすっかり尻に敷かれ気味である。
「そうじゃぞ。それに他人が何を言おうが我らが主殿と共にいるのは間違いないのじゃから気にせずとも良かろう。どうしてもというのなら、昨夜と同じ、いや、ティアとメルスリアも加えて4人でいくらでも慰めようぞ。のうアカネ」
「あ、あう……。それは、その、裕哉が手加減してくれるなら、良いけど。昨夜もスゴかったし」
男って単純である。
美女美少女にそうまで言われれば、どれほど不機嫌であろうと元気になるもので。いや、一部分だけじゃなくて。
「大竹、落ち着け!」
「離せ! 奴に、奴に正義の刃を!」
「気持ちは分かりますけどダメですって! 野村も無言で牛刀出すなよ!」
「ふ、ふふふ、今日なら深夜0時に『地獄○信』で地○少女に連絡できる気がする」
「……今宵の五寸釘は血に飢えている」
「あ、俺、彼女いるんでどうでもいいです」
何やら周りが騒がしいな。
「何やってるんですか? そんなことより、そろそろ入場始まりますよ。さぁ! 今日も張り切って儲け、いえ、サークル活動に励みましょう!」
久保さん、本音がダダ漏れです。
相変わらずのグダグダなメンバーを抱えての学祭、2日目の始まりである。
今日の俺は屋台で焼き担当からのスタートである。
元々、各サークルの模擬店が集まっているこの中庭のエリアでなんらかのトラブルがあった場合に対応するだけが俺の役割だ。
しかも、手が足りずにかり出されているとはいえ、他にも数人運営担当がこのエリアを巡回しているのでトラブルが起こってから行けば間に合うはず。
せっかくの学祭なのにサークルに参加できないのは悲しすぎる。というわけで、今日はできる限り屋台に立つことにした。
現在、屋台には茜とレイリア、久保さん、道永、大竹、野村、田代、瀬尾さん、若林さんに俺を加えた10人が入っている。
久保さんはローテーション上、前半は休憩のはずなのだが売り上げが気になるらしく率先して客引きをしてくれている。
せっかく、信士と学祭を回れるように同じローテーションにしたのに無駄になってしまった。かと思ったら、少ししたら一緒に学祭巡りをする約束になっているらしい。
坂口さんは午後になってからヘルプに入ってくれる予定だ。
当初の予定では2日とも午前中のはずだったのだが、昨日行われたミス&ミスターキャンパスの予備投票(予選)で、茜とレイリア、それに学祭に参加していないにもかかわらずティアも本戦に進むことが決定したらしく、そのため午後抜ける2人のために予定を変更してくれたのだ。
因みにこのコンテスト、辞退は認められていない。
といっても、人前に出たくない人がいるので、その場合は本戦出場者のお披露目&本戦は参加強制されない。ただ、投票自体はされるので理論上は参加しなくてもミスキャンパスに選ばれる可能性はある。
まぁ、人間心理として出てこない人よりもお披露目した人を選ぶのが当然なので実際には事実上の辞退と変わらないのだが。
茜も恥ずかしがって本戦は行かないと言っていたのだが、レイリアの「主殿に近づこうとする娘に対する牽制になるぞ」という言葉に渋々参加を決めた。らしい。
俺としては茜たちに変な男共が近寄ろうとするのではないかと心配しているのだが。
まぁ、それはいいや。
今は屋台である。
俺は焼き台に並べられた串焼きをひっくり返し、焼き上がった物をドンドン本焼き用の焼き台に移動させる。
昨日の評判が影響しているのか、焼いてもほとんど溜まることなく売れていっている。
ただ、昨日ほどの混乱はなく、それほどお客さんを待たせることもなく行列もできていない。それに昨日同様部室前でも下焼きをしているので割と落ち着いたものだ。
それでも本焼きしているレイリアや茜のコスプレ姿をガン見している男共のせいで少々屋台前が渋滞気味ではあるが。
「おう、兄ちゃん、やってるな」
渋いダミ声で呼ばれ、そちらに目を向けると、屋台前には不自然な空間が。
「爺さんか。いらっしゃい。ってか、満岡さんはこっちにいないぞ。章雄先輩は引退してるからさ」
ご存じ、章雄先輩の彼女さんである満岡清花さんの家の方々。満岡組の面々である。
満岡さんの祖父で会頭(組長?)の玄吾爺さんに昌さん、秀さん、下っ端の安さんもいる。
見るからにTHE YAKUZAな外見のせいで先ほどまで齧りつくように本焼きの焼き台に群がっていた男共も遠巻きに逃げていっている。
「清花と小僧にゃさっき会ったから知ってるよ。何、せっかく来たんだからちょいと顔だけでも見ておこうと思ってよ」
「柏木の兄さん、商売の邪魔しちゃって申し訳ない。会頭が挨拶だけでもっていうんで」
「買ってくれるなら別に良いっすよ。知り合い価格で特別に1本400円にしておくよ」
「割り増しじゃねぇか。くかかか、別に良いがよ。小僧が言うにゃ結構美味いって話だな。50ばかり焼いてくれや」
「塩とタレを半々にしてくださいや」
「あ、オレそこのデカい唐辛子の奴が食いたいっす」
割増料金は冗談だが、大口のご注文である。
秀さんと安さんの注文にもしっかりと対応しておこう。
塩タレ半々……上下で半々にしてみ、いや、止めておこう。爺さんたちよりも久保さんに怒られそうだ。
「にしても、大学の祭りってのには初めて来たが、随分と珍妙な格好してるな。娘っ子は可愛らしいがよ」
爺さんが俺の姿をしげしげと見ながら嫌な話題を出す。
「悪乗りしたサークルメンバーの発案だよ。まぁ、実際に客寄せにはなってるけどさ」
「良いじゃねぇか。バカできるのは若いうちだけだ。年取りゃそれも良い思い出になるだろうさ」
黒歴史にしかならない気がするんだが。
そんな会話をしているうちに注文が焼き上がり、昌さんに手渡す。
ついでにオマケで1本ずつを爺さん達に手渡すと、爺さんはジジイとは思えないほど健康そうな歯で齧り付きながら去って行った。
何か、時代劇に出てくる頭領みたいで妙に似合ってる。和服だし、ああいうのを“粋”と言うのだろうか。
あ、4本分を払わないとな。
「ありがとうございました~!」
それからもあまり途切れることなくお客が屋台に来てくれている。
中には「昨日買ったら美味かったから」という人もいて嬉しい限りである。
だが、順調なときほど問題も発生するらしい。好事魔多しとも言う。
「柏木先輩、助けてください!」
突然、少し先で模擬店を出している文化系サークルの2年生が飛び込んできた。
「どうした?」
「すっげぇ嫌な客が。別の大学生みたいなんですけど」
なんでも若い男の4人組がスマホで動画を撮りながら迷惑行為を繰り返しているらしい。
はぁ~、コレもお仕事。
仕方がないか。
「ヨシ! クロノス出動だ!!」
うるせぇ!!
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