第139話 勇者の大学祭 Ⅳ
大学祭の初日。
開場して15分が経過すると、俺たちサークルの模擬店が集まる中庭(中央広場)にチラホラと人が流れてくる。
学生が運営する模擬店は大学の外側に軒を連ねるプロの屋台と比べると値段が安く設定されている。
所詮素人の作るものなので高く設定できるわけがないというのが主な理由だが、若い人なんかはその分安く買い食いができるので買ってくれる人もそれなりに多い。
俺たちの真似なのか、人が増えるにつれ他の屋台でも意図的にソースなどを焦がしているような香りが漂うようになってきた。
鰻屋さんではないが、食べ物屋は匂いが人を寄せる大きな武器なのである。
それともう一つ。
必要なのは、そう、看板娘である。
我がツーリングサークルの屋台は中庭の中央に近い位置。
お客が屋台の並ぶ一角を通りながらそろそろ何か食べようかと周りを物色し始める最高の位置である。
「いらっしゃいませぇ! 串焼きはいかがですかぁ?」
「わ、私たちがおもてなししま~す!」
最初のお客が近寄ったのを見計らって、久保さんが、ちょっと恥ずかしそうに小林さんや瀬尾さんが呼び込みを始める。
通りかかった人は、彼女たちの姿を見ると一瞬驚き、次いで鼻の下が優に1センチは伸びる。
なにしろピンク色のノースリーブミニワンピースとか同じくミニスカートのセーラーなんちゃらのコスプレをした美少女たちのお出迎えである。
昼日中の屋外の屋台なので、夜のあんなお店的な淫靡さはないものの、それでもお客の大半は若い男たちである。
その見た目に、まるで誘蛾灯に引き寄せられる虫のごとくフラフラと群がってきた。
……男って、どうしようもねぇな……俺も人のことは言えないし、自分が同じ立場だったら間違いなく引き寄せられて買いまくる自信があるが。
「串焼き、いかがですか? とっても、オ・イ・シ・イ、ですよ?」
「は、はい、えっと、一本…」
「えぇ~、一本だけ、ですか?」
「い、いえ! ご、5本下さい!」
「わぁぁ! ありがとうございますぅ!」
「お、俺も5本下さい!」
「こっちは10本で!!」
……女って、怖い。
恥ずかしそうにしていたメンバーも、開き直ったのか歩いている男性に呼び込みの声を掛けたり、注文した男性に微笑みかけたりしている。
「ふむ、それで其方は塩で良いのか? ん? そっちはタレか、分かった、しばし待て」
レイリアは次々と入る注文を聞きながら本焼き用の焼き台に下焼きした串を並べて焼いていく。
その衣装は狐耳に胸元が大きく開いた巫女服である。
動くたびにチラチラと見える谷間に男たちの視線が釘付けだ。その姿も相まって少々ぞんざいな口調でも特に相手に不快感をもたれたりしていない様子だ。
……なんか、ムカムカするな。
「主殿、そのような目をするでない。我が肌をくまなく晒すのは主殿だけじゃ」
俺の様子を感じ取ったらしいレイリアが物を取るフリをして俺のいるタープの所まで来てそっと囁く。
バレバレらしい。
茜だけでなくレイリアやティア、メルまで独占しておきながら嫉妬までするのはさすがに狭量なのかもしれない。かといってどうしようもないのだが。
「よしっ! どんどん焼け!」
そうこうしているうちに、保温器の中で山になっていた下焼き済みの串が瞬く間に減っていっていた。
大竹が指示を飛ばし、相川と戸塚が慌てて焼き台に串を並べる。
おいおい、100本以上焼いてたはずなのに、開始してまだ10分経たずにもう無くなったのか?!
これはひょっとして完売も、いや、まだスタートダッシュが上手くいっただけだ。
大竹もそれが分かっているのか、下焼き用の焼き台にはびっしりと隙間無く串が並べられ、少しでも早く、多くの串を焼こうとしている。
っつか、アイツ随分と手慣れてるな。居酒屋ででもバイトしてるのか?
「お?! 美味いじゃん!」
コスプレ美少女の色香に絆されることなく1本だけ串を買ってそのままかじりついた男が意外そうに呟く。
元々色物じみた客寄せじゃなくちゃんとした商品で勝負するつもりだったから、味にはそれなりに自信があるのだ。
肉は鳥精肉と鳥つくね、豚の3種。しかも鳥つくねは廃鶏(卵をあまり産まなくなった雌鶏)を機械じゃなく包丁で細かく叩き、軟骨を混ぜた物だ。
廃鶏は肉質はかなり堅いが高級地鶏にも負けないほど旨味が濃く、ラーメンや煮込みの出汁として利用されているらしい。何より値段が安かった。……卸値とはいえキロ170円って……。
肉3種は1本の串に一つずつで固定。野菜は茄子、ピーマン、人参、タマネギ、葱、はるか(ジャガイモの品種。粘質の実で旨味が強く煮崩れしにくい。もちろんあらかじめ火を通してある)、タケノコ(相川の婆ちゃん提供。春に竹林で採れた大量の筍を水煮にして冷凍してたらしい。クーラーボックスに入りきれないくらい大量に、タダでくれた)、万願寺唐辛子をいろいろな組み合わせで3種類。
6種類の食材を1本の串に刺して焼いた物を300円でご提供である。試食でもサークルメンバーに大好評だったのだ。不味いわけがない。しかも結構ボリュームもある。
「ゴメン、もう1本、いや、3本くれ! 2本は後で食うから袋入れてくれる?」
あっという間に完食した男がもう一度注文をしてくれた。
『ありがとうございまーす!!』
メンバーたちが一斉に心からの声を張り上げる。
うん、嬉しいよね。
女の子たちの笑顔もお愛想抜きだ。
焼き上がった串を頬張りながら片手に残りの串焼きの袋をぶら下げて足取り軽く立ち去る男を見て、コスプレ姿に腰が引けていた見物男や女性客も屋台に集まってきた。
なるほど、こういうのが客が客を呼ぶということか。
サクラ使って客寄せする店があるのも頷けるな。
「や、やべぇ、焼きが間に合わねぇ!」
屋台の奥でボーっと見てたら大竹の叫び声が聞こえた。
確かに、焼くそばから売れていってるし焼くにもそれなりに時間が掛かる。生焼けで出すわけにはいかないからな。
今のビッグウェーブを逃すわけにはいかない。
ここは会長として俺が率先して動くべきだろう。
確か部室にバーベキュー用のコンロが二つあったはずだな。
「山崎、ちょっと…」
「道永! 野村と賢人連れて部室前で下焼きしてくれ! 部室にバーベキューコンロが2つあるから、本焼き用の焼き台から火の入った炭を少し持っていけ! 予備の炭は部室にある!」
「了解! 工藤信も貸してくれ。焼けたのを運んでもらうから。賢人、串の入ったクーラーボックス1つ持ってこい!」
「はいっす!」
「みんなも交代は落ち着くまでちょっと待ってくれ」
「大丈夫! みんな、頑張って乗り切りましょう!」
『はい!』
……あれ?
ひょっとしてマジで俺、いらない子?
「柏木! んなとこでボーッとしてんじゃねぇ、でかい図体して邪魔なんだよ! そこのポップ持って客寄せでもしてこい!」
殺気立った大竹に屋台から追い出された。
……泣いていいかな?
涙を堪えながら『ボリューム満点 特選串焼き! 美味くて安い! 美少女たちの手作り』と書かれた手持ち看板を持って屋台の付近をうろつく。
途端に俺の衣装にお客さんの注目が集まる。
「うわっ! と、コスプレ?」
「ねぇ、アレって確か『クロノス』っていうリアルヒーローの衣装じゃない?」
「似合わねぇ~。プッ」
「大丈夫なのか? この大学」
……泣いていいよね?
宣伝効果という面では良いのかもしれないが、俺の経歴と精神には致命的なダメージを与えてるんだが。
一応俺はこのエリアのトラブル対応人員として『運営』の腕章を渡されてはいる。ただ、クロノスコスに腕章までするとさらに悪目立ちしそうなので着けていない。
何か揉め事があったら提示すれば済むことだし、学祭の案内やお客のサポートは別の運営委員の仕事なので問題ない。
とはいえ、こんな学祭程度でそれほどトラブルがあるとも思えないんだが。
んなことを考えてたら少し離れた模擬店のところで揉めている声が聞こえてきた。
……そうか、フラグってこういう風に立つのか。
「だから、どうしてくれるんだよ! シャツにソースが付いちゃったじゃないか!」
「知らないって言ってるでしょ?! そっちがぶつかってきたんじゃない!」
騒いでいるのは2人組の男と3人組の女の子。
どちらも頭に血が上ってしまい周囲を気にせずに大声で怒鳴り合っている。
特にタチの悪い男ってわけでもなさそうで、もう1人の男が怒鳴っている方の肩を押さえながら宥めているし、女の子たちの残りの娘も周囲を見回して恥ずかしそうにしている。
「どうしました?」
俺は腕章を手に掲げつつ、声を掛ける。
「ああっ? って、柏木先輩?」
横からの口出しに不機嫌そうに顔を俺に向け、驚いたように固まる男。
ん? 俺を知ってる? 見覚えがないけど。
「す、すみません先輩。その、コイツがたこ焼き受け取って振り返ったら、そこの女の子にぶつかっちゃって、シャツが、その」
固まっている男に代わり、宥めていた奴がおずおずと事情を説明してくれた。
見ると確かに薄い青のチェックシャツのお腹のあたりにベットリとたこ焼きソースと青のりが付いていた。
……この匂いはおた○くソースだな。
いや、それはどうでも良いとして、こりゃ洗濯しても落ちなさそうだ。
ユ○クロっぽくないし、もしかしたらちょっと良いシャツなのかもしれない。
「私たちは、その、隣の屋台に行こうとして近づいたら…」
女の子たちにも事情を聞きながら周囲を見回す。
開場して1時間近く。
模擬店の集まっている中庭はそれなりに混雑してきている。
そうなればこの手のトラブルも起きやすいな。
まずは、怒り心頭で怒鳴っていた男をなんとかしないと。
俺はポケットからと見せかけつつアイテムボックスからウエットティッシュを取りだし、男のシャツの汚れを軽く拭う。
大まかにソースと青のりが落ちると、さらに新しい物でシミになっている部分を包み、ギュッと握る。と同時にコソッと『洗浄魔法』を発動。
便利だよねぇ。野営とかの多いファンタジー物の定番だし。
10秒ほどしてからティッシュを除けるとそこには綺麗になったシャツが。
まぁ、濡れた跡はあるけど、すぐ乾くだろ。
「あ、え? おお! 綺麗になった! マジ?!」
「シミが付いて、まだ乾いてなかったからな。これでいいだろ? 落ちたたこ焼きはもったいないけど、全部ってわけじゃないみたいだし、周囲の確認せずに振り向いたって過失もあるんだから」
「あ、は、はい、すんません」
「ありがとうございます」
意外、でもないけど、男たちは素直に頭を下げる。
「君たちも、人が多いんだから屋台の前を横切ったりたら危ないよ。人間は後ろには目が付いてないんだからね」
「はい、その、ごめんなさい。……えっと、服汚しちゃってごめんなさい」
目をつり上げて怒鳴り返していた女の子も俺と、それから相手の男に頭を下げた。
実害が少なくなり、女の子に謝られれば普通の男ならそれ以上怒り続けることはできない。
男も「怒鳴ってゴメン」と謝り返して、これで一件落着となった。
こちらに会釈しつつそれぞれのグループで解散するのを見送り肩をすくめる。
「クロノス、降臨」
……誰だ今言った奴。
背後から聞こえた声に思わず睨みつつ振り返る。が、犯人がわからん。クソッ!
「あ、あの、こ、困ります」
「良いじゃん。ちょっとだけの時間だから俺たちのサークルにも寄っていってよ」
今度は強引な客引きらしい。
必死なのは分かるけど、相手の表情を見た方が良いぞ。
「はい、そこまで! 強引なのは模擬店撤収になるぞ」
「だ、誰だよ! って、ヤバっ、柏木?!」
「って、なんで俺の顔見た途端に逃げるんだよ!」
マジで逃げていっちゃったよ。
……俺、今学内でどんな噂されてんだ?
そんなこんなで、看板掲げつつ巡回してると、少し前から視線を感じていた。
いや、視線自体は常に感じてるんだけどな。こんな格好だし。
ただ、その相手が問題だ。
「じ~~~~~!」
「じじ~~~~!」
背後からの視線に振り返ると、そっくりな2つの顔が俺を見つめていた。
双子、だな、多分。
同じようなポニーテールを別の色のリボンで飾った、幼稚園くらいの女の子がそこにはいた。
……誰?
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