第138話 勇者の大学祭 Ⅲ

 焼き台の上で串に刺した肉が良い匂いのする煙をモウモウと上げている。

 いかん、朝飯はしっかりと食ってきたのに腹が減ってきた。

 奥行き30センチ、幅120センチの焼き台が2台、L字に配置され、そこに肉や野菜がたっぷりと刺された竹串がビッシリと並べられている。全部で50本以上は乗ってるな。

 まだ味付けはされていない下焼きの段階だが、火が通った段階で屋台に設置されたガラス張りの保温器に一旦移し、注文を受けてから味付けと本焼きを行う予定となっている。

 お客の状況を見ながらだが、ある程度の数の下焼きができたら後は横側の焼き台で下焼き、お客と対面になる焼き台で本焼きをするつもりだ。

 屋台と焼き台だけ見れば模擬店とは思えない、どこに出しても恥ずかしくない立派な露店である。

 

 屋台の後ろ側、タープの中には10個ほどのクーラーボックスと麻袋に入った木炭が約100kg詰まれ、作業台として会議用長机と畳まれたいくつかのパイプ椅子。

 こっちに持ち込みきれなかった食材と木炭は部室にも保管されている。

 この光景もとても模擬店とは思えないほどだが、本当に売り切ることができるんだろうか?

 周囲の模擬店を見ると、いかにも学生の模擬店といった風から割としっかりと作り込まれた物、業者からレンタルしてきただろう物まで見られるがここまでの規模はない。

 こうしてみるとやり過ぎた感があって不安になる。

 準備段階でかなり良いものができそうということでメンバーのテンションが上がり、盛り上がりすぎたのが原因だ。

 

「おっし! こっちは焼けたぞ」

「こっち側もOKっす!」

「よし! 後はそっち側だけで下焼きするぞ。今何本焼けてる?」

「6、7、えっと73本です!」

「んじゃあと30本くらい横で焼いとくか!」

 山崎が中心になって指示を出し、大竹が焼き台を仕切っているらしい。今は戸塚と信士が焼き台を担当している。

「いいわね? それじゃあ、会計は絵里ちゃんと美樹、受け渡しは初穂と瀬莉奈、それから午前中は坂口明菜さんでローテーション。茜先輩とレイリアさんは人が途切れたときに本焼きのテコ入れをお願いします。私は状況を見て動くから」

「分かったわ」

「はい」

「えっと、はい」

「うぅぅ、だ、大丈夫かなぁ」

「はい。よろしくお願いします」

「ええ」

「うむ。任せよ」

 タープでは久保さんが女子メンバーに役割の最終確認を行っている。

 

 ……マジでやり過ぎな気がする。

 男子が9名、女子がヘルプも含めて8名、屋台としては大型の焼き台2台に下焼き済みの串が100本、仕込み済みが約6000本、さらに予備の食材&竹串……。

 ローテーションを組んで基本的に半数ごとに休憩させる予定とはいえ、学生の模擬店規模じゃねぇよ!

 全国的に有名なお祭りでプロの屋台が1日に売り上げる金額は平均40~60万円くらいだとか。となると、1食500円として800個~1200個売っている計算だ。

 しかも、そっちは集客が数十万~数百万人、屋台の数も多くなるとはいえ規模が違う。

 学祭が2日間とはいえ、仕入れを考えると3000串は売らないと赤字になる。

 ……ムリじゃね?

 

「柏木、難しい顔してどうしたよ?」

「いや、調子に乗って規模が大きくなったは良いけど、やり過ぎたかなぁ、と」

 屋台の前で腕組みして唸る俺を見とがめて山崎が声を掛けてきた。

 あ、そういえば言ってなかったな。

 俺は結局メインで屋台を回すメンバーからは外されてしまった。

 もちろん屋台に参加はするが、前回山崎たちが結託して俺を宍戸に売り払ったためにいつ抜けても大丈夫なようにメンバーを調整したのだ。(俺の意思は全無視で)

 所詮はサークルの名ばかり会長である。大した権限があるわけでもなく、所属メンバーが意見を集約すれば俺の意見など無いも同じ。

 今も学祭警備の最終ミーティングから帰ってきたばかりなのである。

 

「なんだ、そんなことか。大丈夫! 手は考えてある! って、丁度来たみたいだな」

「ん? 何が…」

「お待たせ~! なんとか間に合ったよ!」

 俺と山崎の会話を遮って響いた声は聞き慣れたもの。

「斎藤?! なんで」

 なんだろう、めっちゃ嫌な予感がするんだが。

「良かったよ。全員分できたか?」

「うん。でも言ってたように男性ものはほとんど既製品を借りたものだけどね。女の子のは採寸データ通りにできてるはず」

「上等! おーい、久保ぉ! 衣装できたって!」

「あ、はい! みんな、部室で着替えましょう」

「大竹! 男連中は交代でその辺で着替えるぞ」

「おう!」

 ちょ、ちょっと、オマエら、俺は何も聞いてないんだけど?

「柏木のはこっちだ。さっさと着替えろよ」

 あ、はい。

 ……じゃねぇよ!

 

 ジュージュー……。

 そして誰もいなくなった……。

 あ、ひっくり返さないと焦げる。

 ジュー…パタパタ…

 美味そうだな。

 文句を言う隙も無くいなくなったメンバーに代わり悶々と串を焼きながら待つことしばし。ようやく山崎と大竹が戻ってきた。

「オマエら、これ…」

「開場まで時間がねぇんだよ! さっさと着替えてこい!」

 押し切られた。

 なんだよ、あの気迫。

 仕方なくタープの後ろ、荷物の陰で渡された衣装に着替える。

 ……斎藤の野郎、何考えてやがる。

 

「お、お待たせしました」

「ちょ、ちょっと恥ずかしい、かな?」

「なかなか動きやすくて良いな。じゃがそっちの方が可愛いのじゃが、我もそっちが」

「レイリアさんだとちょっとイメージが」

「ふぉぉぉ! 男子のコスプレがっ! ジュル…」

 女子のコスプレは、某セー○ー戦士に科学○者隊、擬人化戦艦等々、きわどいとまではいかないが、それなりにせくすぃな代物でした。

 眼福です。

「ふっふっふ、これならどうよ!」

 山崎がドヤ顔でふんぞり返っている。

 

「いや、意図は分かったが、いいのか? これ」

「先輩、下期の活動は今回の売り上げ如何に掛かっているんです。これくらいなら女の子の抵抗感もそれほどじゃないですし、運営にも文句は言われないです。来場者は男性比率が高いですし」

 久保さんが強い口調で断言する。

 気のせいか、久保さんの目が“¥マーク”になってるように見えるんだが。

 ……さすが商売人の娘、ということにしておこう。

 頑張れ信士!

 因みに、男の衣装は学ランだのニッカポッカ&ランニングだの捻り鉢巻きにハッピだの、適当感満載である。

 ただ、問題なのは俺の衣装である。

「斎藤」

「どうしたの? 柏木く…痛い痛い痛い!」

 俺は斎藤の顔面をアイアンクローしながら睨みつける。

 手から逃れようと斎藤が暴れるが構うものか。

 

「クロノスのコスだぁ? 何考えてんだ?!」

「ちょ、ギブ! だ、大丈夫だよ、マスク無しだし、細部も変えてあるから、似せただけのコスプレとして、イダダダダぁ!」

 はい。

 聞いての通り、我が黒歴史の集大成、“魔道王ソーサリーロードクロノス”です。ご苦労様です。

 確かに頭に被るマスクは付いてないし、よく覚えていないが細部は違うのかもしれない。だが、散々テレビで映像が繰り返し流れたために全国的に知られるようになったコスチュームだ。

 目立ちまくりもいいとこである。

 なんで俺の周囲は俺に精神的ダメージを与えようとするのか。この世界の神とやらがいるのなら一晩がかりで問い詰めたいものだ。

 返答によっては『神殺し』に挑戦しても良いかもしれない。

 

 ドーン! ドーン!

 大学に大きな花火の音が響く。

 クソッ、時間切れか。

 とうとう開場の時間となったらしい。

「じゃ、じゃあ、僕はこれで。頑張ってね!」

「あ、待て斎藤!」

 俺の手が緩んだ隙に斎藤が顔を引っこ抜き、手形が付いた状態のまま脱兎のごとく逃げ出してしまった。

 はぁ、やるしか無い、のか?

 

「よし! んじゃ配置について! 女子は最初だけは全員で頼む。後は久保さんの判断で」

「はい。みんな頑張りましょう!

『おう!』

『はい!』

 苦悶する俺はまるで空気のようだ。

 ……ひょっとして俺ってイジメられてるのか?

「裕哉、えっと、頑張ろう? その、あ、後で、えっと、な、慰めてあげるから」

 無言で涙を流す俺に優しく声を掛けるヒロイン、茜。

 後でたっぷりと慰めてもらおう。

 今夜は寝かさないヨ。

 

 

 開場になったからといって、すぐにキャンパスの中央に近いこのあたりに人が溢れるわけじゃない。

 定番のミス&ミスターキャンバスのコンテストは午後からだし、講堂を使ったイベントもまだ時間がある。

 学内至る所で学部や部活、サークルのイベントが催されているから、当然人が分散されるし、入口に近いところから順に見て回るだろうからこちらまで人が流れてくるには多少の余裕もある。

 とはいえ、こういった学祭で食い物系の出店はつきものだし、そろそろ小腹が空いてきている人も多いだろう。

 他の屋台でも次々に調理を始めていて、あたりには良い匂いが漂ってきている。

 ウチも負けてはいられないな。

 大竹の指示で横側の焼き台にさらに串が並べられる。

 そして、本焼き用の空の焼き台に炭が追加され、火が回ったのを見計らい、醤油を撒く。

 ジュー! という音と共に醤油の焦げる良い匂いが立ちこめる。

 

 さぁ、学祭戦いの始まりだ。 

 

 

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