第137話 勇者の大学祭 Ⅱ
カンカンカン。
ドンドンッ。
「もうちょっと向こう側だ!」
「あ、テメッ、そこはウチのエリアだろうが!」
「ウルセぇ! コッチだってこれ以上減らせねぇんだよ!」
「電源ケーブルが届かねぇ!」
「プロパンそんなとこに置くんじゃねぇよ、危ないだろうが!」
ピーポーピーポー…
大学のキャンパス内は凄まじい喧噪に包まれている。
明日から大学祭が始まるということで、準備も大詰めである。
そこここから様々なイベント設営の音やら怒号やらが飛び交い、普段の比較的大人しめの雰囲気からはかけ離れた様相を呈している。
それなりにレベルの高い大学なだけあって真面目な学生が多いのだが、そこはソレ、若いのだからはっちゃける時ははっちゃける。乱闘騒ぎこそまだ起きていないが小競り合いや張り切りすぎての暴走、内輪もめなどトラブルはひっきりなしに起こっている。
学祭の実行委員はてんてこ舞いである。因みに先ほどの救急車の音はどうやら件の委員のひとりが倒れたとのことだ。
とはいえ、去年は俺と茜は教育実習だったので参加できなかったが、例年中心となっていたイベントサークルが活動自粛だったために相当大変だったらしい。それを考えると今年はまだマシなのかもしれない。
まぁ、それは置いておくとして、我がツーリングサークルも準備のまっただ中である。
俺たちが割り当てられた場所は、メイン会場の一つであるキャンパスの中央広場の手前、人の出入りが一番多くなるエリアの中ほどの場所だった。
位置的に悪くない。ってか、かなり良い。
ウチの大学の学祭は毎年結構な人が入場している。
もちろん全国的に有名な早稲田や青学、慶応なんかは15万人以上入場するらしいので比較するのは恥ずかしいレベルではあるのだが、それでも1万人以上が入場する地域としても欠かせないイベントとなっているのだ。
当然、学内だけでなく、周辺にも出店や屋台が連なるし、近所にある商店街も巻き込んだお祭りとなる。
所詮は学生の模擬店とはいえ、相応の売り上げは期待できる。気合いも入ろうってものである。
「柏木、機材はこれで全部揃ったみたいだぞ。そろそろ組むか?」
「おしっ! んじゃやるか」
山崎が持ち込んだ機材のチェックを終えたので早速準備に取りかかる。
といっても、ガチプロの鉄工所やら元プロの大工さんが作ってくれた焼き台や屋台は素人でも問題なく組み立てられるくらいしっかりと作ってくれており、頑丈且つ手間も少ないので有り難いことなのである。
来年以降も十分に活用できそうなくらいだ。もっともその分重いしそれなりに嵩張るけど。
……部室に勝手に地下室とか作ったら怒られるかな?
まずは指定されたエリアにタープを張る。
タープってのは柱となる支柱とナイロン製の屋根を持つ、壁のないテントみたいなものだ。学校の運動会なんかで放送席や貴賓席に使われてるテントの小さいものを想像してくれ。
今ではアウトドアショップやホームセンターで普通に売ってるし、バーベキューで使ってる人も多いので珍しくもないな。
章雄先輩が持っていたのを借りたのだが、大きさ的に足りなかったので俺がもう一つ購入した。二つ組み合わせれば十分な大きさを確保できる。
学祭が終われば利益から買い取ってもらう予定だ。
骨組みを広げ(今時のタープは柱の部分を広げて足を伸ばせば組み立ていらずなのだ)、風で倒れたりしないように地面にペグ(釘みたいなもの)を打ち込んでロープで固定する。
タープ同士も紐で結びつけ、揺らしたりしながらきちんと固定できているかを確認する。
次に屋台を組み立てる。
木材で作られた屋台は、ご丁寧に不燃処理された材料を使用しているらしく、火を使っても安心という話だ。たかが学生の模擬店で使うような代物じゃないのだが、作ってくれた戸塚のお祖父さん曰く『廃業して倉庫に仕舞ってあった始末に困っていた物だから気にしないでくれ』とのこと、孫が所属しているサークルで使用するということで無料で提供&作成してくれた。
焼き台のほうも、大竹の親戚が経営する鉄工所で、余剰端材を使って作ってくれたものだ。
炭を炊こうが落下させようがビクともしない頑丈な作りだが、元々そういう用途の鉄材じゃないのでやたらとゴツくて重いのが難点ではある。
ただ、こちらも無償で作ってくれた物なので文句を言ったら罰が当たる。それに頑丈なのは来年以降を考えると有り難いのは確かだし、体力が有り余った男子がいるので問題ない。運ぶのは台車使えば良いしな。
「良し、土台ができたな。んじゃ…」
「乗せるぞ。位置を見てくれ」
「ふぁ?! お、おう」
組み上がった土台の上に焼き台本体を乗せる。焼き台の土台も鋼材で作られているので安定感があるな。
「……アレって100kg近くなかったか?」
「マジで柏木先輩バケモンじゃね?」
「兄貴、ハンパないっす」
「さすがハーレムキング!」
うるせぇよ。
因みに今ここで作業しているのは男だけだ。
体力仕事だし、あまり人数がいすぎても邪魔なだけだしな。
女の子たちは部室で食材の仕込みをしてもらっているのだ。
昨日のうちに車を運転できる連中が野菜類を提供してくれるメンバーの実家まで取りに行き、今日の午前中には久保さんの家の取引先から肉類が納入された。
それを片っ端から適当な大きさに切って串に刺し、各自が持ち寄ったクーラーボックスに収納している。
今回の串焼きは20センチほどの長さで太めの竹串に肉と野菜をたっぷりと刺した物だ。
豚肉、鶏肉、キャベツにタマネギ、茄子、ジャガイモ、万願寺唐辛子、人参等々、ボリュームも見た目も十分なものに出来た。
それでいて原価は1本あたり約150円。
肉を卸値で提供してくれた久保家と野菜をこれまた卸値、というかそれ以下で提供してくれた若林・田代のご実家には大感謝である。
俺が異世界産の肉類(オークや牛系・鳥系の魔物)を持ってくることもちょっとだけ考えたのだが、それはさすがに危険なので止めておいた。味や食感もちょっと違うし、食材の調達先は抜き打ちでチェックされることがあるらしいし、そもそも来年以降は使えないからな。
それはともかく、この串焼きを300円で販売する。
味付けは塩と、クールビューティーな見た目に反して(そう言ったら怒られたが)料理が趣味という1年の瀬尾さん特製の醤油だれの2種類。それを食材の組み合わせを変えながら下焼きしておき、注文が入った時点で味付けして焼き上げる。
先日試しにいくつか焼いてメンバーで試食したが普通に美味かった。
値段と味を勘案して設定した目標販売数は5千本!
金額にして150万円。利益は単純計算で75万円にものぼる。
例年数百食程度に留まっている学生模擬店の売り上げを考えればかなり強気な目標だが、粉物や飲み物中心の屋台&模擬店の中ではそれなりに健闘できるのではないかと見込んでいる。
……でも、入場者の半数近くに売れるか、不安でもある。
まぁ、売れ残ったらみんなで打ち上げバーベキューでもやって消費するとしよう。
「柏木!」
「柏木君!」
組み上がった屋台の下側に潜り込んで、倒れたりしないかチェックしていると誰かに呼ばれた。
這い出して顔を上げると久しぶりの人物が屋台を覗き込んでいて目が合う。
「よう、久しぶりだな。宍戸、水上」
高校時代の同級生であり、イベントサークル絡みの事件で色々あった宍戸とその彼女である、同じく元同級生の水上だ。
「学祭の準備は順調そうだな」
「まぁ、それなりに。宍戸はどうして、って、ああ、イベントサークルか」
前述したとおり、イベントサークルは例年実行委員と共に学祭の運営を担っている。薬物と暴行事件で去年は活動中止状態だったが今年度から活動を再開していて、当然今回の大学祭の運営にも携わっているらしい。
「そういうことよ。茜はいないの?」
「部室で別のお仕事。んで? 準備の監督か?」
代わりに答えた水上に簡潔に応じつつ用件を尋ねた俺に、宍戸は軽く肩をすくめながら笑う。
……イケメンはこういった仕草も絵になるのでちょっとムカつくな。相変わらず水上との仲もラブラブっぽいし、嫉妬で髪の毛を燃やしたくなってきたヨ。
「何か不穏なことを考えてないか? 視線がヤバそうなんだが」
「……気のせいだ」
「その間(ま)はなんだよ。まぁ、それは置いておくとして、ちょっと柏木に協力を頼みたかったんだ」
「協力? っても、俺もサークルの模擬店があるから大したことはできないぞ」
分かってはいるだろいうが一応釘は刺しておく。
「ああ、別に無理を言うつもりはないよ。ただ、今年は例の事件のせいでウチのサークルが人手不足なんだ。通常の運営自体は実行委員もいるからなんとかなるんだが」
「大学祭って毎年沢山の人が来るじゃない。そうなると当然いろんなトラブルが起きてる。んだけど、中には結構たちの悪い人もいてね」
「一応運動部系の有志による警備の巡回も予定しているんだが、それだけじゃ心許ないからな。別に巡回に参加してくれってわけじゃなくて、ここの模擬店エリア周辺でトラブルが起きたときに対応してもらいたいんだ。初動処置だけで良いから」
……面倒くせぇ。
単なる便利屋じゃん。
「俺みたいな
「「「誰が
オマエら後ろから身内を売ろうとするなよ。
「柏木は今や大学の有名人だからな。武勇伝も広まってるし、お前が顔出すだけで大概のトラブルは収まるだろ?」
「そうそう! ウチのサークルで柏木君に助けられた
武勇伝って言うなし。俺にとっては黒歴史なんだよ!
「そうは言ってもなぁ。コッチだって人に余裕なんてあんまりないからな。みんなにも学祭楽しんでもらいたいからローテーションで人回すつもりだし」
とりあえず渋る。面倒なのは確かだが言ってることも本当だ。
「じゃあ代わりにウチのサークルから1人女の子を回すよ」
「彼女も柏木君に恩返ししたいって言ってるし。言っておくけど、結構可愛いわよ」
「ちょっと待て。さっき人手不足とか言っ…「その話、了解した! 柏木を好きに使ってくれ!!」…って、ちょ、オマエら、勝手に…」
山崎と大竹がいきなり割り込んで来やがった。
「やかましい! ティアちゃんが今回の学祭手伝えないんだろうが! 当てにしてたのに売り上げが下がったらどうすんだよ。売り子は可愛い女の子じゃないとダメだろ?!」
ぐっ、痛いところを。
山崎が言ったとおり、今回の学祭はティアは不参加なのだ。
というのも、母さんが臨月を迎え、いつ産気づいてもおかしくない状態なのだ。といっても安全を考えたのか既に数日前に産院に入院しているのでそっちの面では問題ないのだが、それでもある程度身の回りの世話をする人はいた方が良いし、メルは母さんの身体面をしっかりと見ておいてもらいたい。
そういうわけでティアが希望し、母さんの付き添いとしてメルと共に行っているのである。
当初はティアも含めた女性8人でローテーションを組んで売り子をする予定だったのだが、組み合わせに頭を悩ませているのだ。
「というわけで、お前に拒否権はない。大人しく運営に協力しろよ。別にガッツリ拘束されるわけじゃないんだろ?」
「ああ、トラブルがあったときに行ってもらうのと、実行委員本部に連絡をくれれば良い。一応、今日の夕方と学祭当日の朝ミーティングには顔出してもらいたいけどな」
「まったく問題ない。それと、代わりの女の子の件、大丈夫なんだろうな?」
「ええ。それは約束できるわよ。2日間、半日ずつで良いでしょ?」
「了解だ。コイツは煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
ちょ、オマエら……
山崎と大竹は宍戸とがっちり握手を交わしている。
文句を言おうとする俺に水上が立ち塞がって邪魔をする。
……どうしよう。
売られました……
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