第135話 Side Story 聖女の異世界生活 後編

 皆さんの注目を集めている私たち。

 理由がわからずに今の自分の行動を思い返してみます。

 ……わかりません。

 多分、教官の指示を待つこと無く勝手に女性を助けたのが悪かったのでしょう。しかし、あのままだと彼女が抜け出すことは無理だったでしょうし、場合によっては足を痛めてしまうかもしれなかったので仕方がなかったのです。

 まぁ、怒っている様子ではありませんし、何も言われていないので大丈夫でしょう。

「ご指導を中断させてしまい申し訳ありませんでした。教官様、続きをお願い致します」

「は?! あ、はい。…え~~~~~~~~~~~~っと、あ、うん、と、とにかく、コースに出ましゅ。出る! まずは各自で昨日までのコースを通って、S字の先を左折。その先のコーンのある場所で整列だ。一番から順に出発して!」

 

 私が教官にそう言って促すと、何故だか教官は頭を振って気を取り直すと私たち教習生に指示を出しました。

 エンジンを掛けてクラッチを握ってギアを入れ、順番を待ってから出発です。

 交差点や陸橋、クランク、S字カーブを抜けて、舗装された広いスペースで整列します。

 ここで“一本橋”の教習が行われるようです。

 この“一本橋”。免許の検定で一番の難関らしく、初めて挑戦する教習生も転倒したり橋から落ちてしまったりしています。

 ですが私はユーヤさんにバッチリと対策を教授されています。

 

 まずスペースの外周をゆっくりと一周し、橋の手前で一旦停止します。

 この時に気をつけないといけないのはバイクと橋が一直線になるように停まること。これができないとまず上手くできません。

 次いで、教官の合図で勢いを付けて橋に乗り上げます。秒数の制限があるからとゆっくりと乗るとバランスを崩してしまうので、両輪がしっかりと橋に乗るまで一気に進みます。

 この時点で右手側のフロントブレーキからは指を離し、右足のリアブレーキを軽く踏みます。そしてステップに体重を掛けて腰を浮かし、やや前傾姿勢になります。

 そして、両輪が橋に乗ったら右足のブレーキで減速。後はブレーキを少し掛けたままアクセルを回して速度はブレーキで調整します。

 視線は橋の終端の少し先を見ながらゆっくりと進み、ハンドルを小刻みに左右に動かし、バランスをとります。ハンドルをまっすぐに固定するよりもバランスがとりやすく、もし軌道を外れそうになってもすぐに戻れるそうです。

 15メートルの橋を30秒ほど掛けて渡り終えると、教習生の方々が拍手してくれました。

 教官は微妙な顔をされていましたが。

 

 残りの時間はもう一本ある“一本橋”も使って2組に分かれて練習です。

 教官がユーヤさんが言っていたことと同じようなコツを説明して、上手くできなかった方を中心に幾度か練習し、全員が成功したところで丁度時間となりました。

 バイクを元の場所に移動してから解散なのですが、心なしか皆さんが私を遠巻きにしているような気がします。

 理由はわかりませんが、特に親しかった方もおりませんから気にしないことにします。ユーヤさんも「コツを教えたは良いけど、最初から上手くできすぎると無免許で乗ってたんじゃないかと思われるかも」と言ってましたからそのせいでしょう。

 

 

 再び教習所の車に乗り、家まで帰ってきます。

 レイリアさんやアユミさん、ティアと一緒に昼食を摂り、午後からはアユミさんとお買い物です。

 レイリアさんとティアは御義母様に万が一の事があったときのために待機です。レイリアさんは治癒魔法や転移魔法が使えますからね。

 私はアユミさんと電車に乗って東京のデパートへ。

 今の時期は『セール』というものをしているそうなので、秋物の服を見に来たのです。

 私はこちらの世界の服をあまり持っていないので、秋冬向けに買う必要があったのです。ただ、どのようなものが良いのか分からないのでアユミさんに教えていただくことになっています。

 

 家の近くにも服屋さんはあるので、そこでも良いのではないかと思いましたが、アユミさんが「どうしても東京じゃないとダメ!」と主張されましたので。

 ユーヤさんに恥をかかせると言われれば否やはありません。

 お金はユーヤさんがアユミさんに渡してくださったそうです。なんだか罪悪感を覚えます。アユミさんはちゃっかりと自分の分も買うつもりのようですが。

 それにしても、このデパートというのも凄いところです。

 王国では服飾といえば仕立ててもらうか自分たちで作るかですが、この国では既製品が中心だそうです。しかし、その既製品の種類が考えられないほどに多いのです。

 素材もデザインも多種多様。しかもお店によって様々なタイプのものがあるので目移りしてしまいます。

 

「い、いらっしゃいませ」

 どうやら私の容姿はこの国ではかなり目立つらしく、どこに行っても注目されてしまうのですが、王国でも見られるのはある程度慣れているのでそれほど気になりません。それにあまり悪感情を向けられたりすることもありませんからね。

 いくつかの店を軽く見て回り、そのあとアユミさんに付いていってひとつのお店に入ると、店員の方がたどたどしく挨拶してくれます。

 このあたりも王国とは違いますね。

 私は軽く目礼すると、アユミさんと飾ってある服を見ることにしましたが、何か勘違いをさせてしまったのか別の店員が寄ってきました。

「Hello. What can I do for you?」

 別の言葉で話しかけられました。

 

「日本語できますので大丈夫ですよ。少し服を見せてください」

「ん。姉様の秋冬物を探してる。雰囲気を壊さないフェミニンなやつ。予算は……コレ」

 私が日本語で返すと驚いたような目で見、アユミさんが言いながら何かを指で作ると目付きが変わりました。

「お任せください。どうぞこちらへ」

 そう言って奥側の試着室の前へ誘導される。

 アユミさんが黙って付いていくので、戸惑いながらも後に続く。

 

「さっき出したやつ、アレの白を持ってきて、サイズは、そうね40で。それからボトムはそっちの棚の、そうそれ。あと、シャツは…そこのトルソが着てるやつがあるでしょ」

 店員が他の方に矢継ぎ早に指示を出します。

「え、えっと、アユミさん?」

「一度やってみたかった。店員お任せ」

 何故だか得意そうなアユミさんに不安が尽きないのですが。

 それからあれよあれよという間にいくつもの服が目の前に差し出され、試着室に押し込まれてしまいました。

 とりあえず、指示された1着目を着て試着室を出る。

 

「おぉ~!!」

「す、素晴らしいです! つ、次のも着てみてください」

 鼻息荒く言う店員が少し怖く感じます。

 なので大人しく着替えます。

「……なので、是非写…サービスを…はい……」

「…コレで…1着だけだと…」

「そ、それは……れで…この…そう…どうで…」

「…りました……こっちのも…」

「…こちらのも…それでしたら、そ…良いでしょう…」

 シャッ!

 カーテンを開けると、アユミさんと店員が握手していました。

 いったい何があったのでしょうか。

 

 それから何着となく着替えさせられ、何故か写真も撮られました。

 先ほどまで店内で見なかった男性が大きなカメラを構え、いつの間に用意したのか白や黒の大きな布を背景に、眩しいライトまで当てられながら撮られたのにはビックリです。

 でも、指示されていろいろなポーズをとっていくのはちょっと面白かったですけれど。

 それはともかく、ユーヤさんからどのくらいの予算を渡されていたのか、大量の服が包まれていきます。

 その内の1/3ほどがアユミさんの物のようですね。いつ試着をしたのでしょうか?

 お店を出るときには満面の笑みを浮かべた店員の方々と、同じくご機嫌なアユミさん。

 ……何が起こっていたのかさっぱりわかりません。が、後で御義母様とユーヤさんに報告しておいたほうが良いような気がします。

 

 

 他にも足りなかった物や部屋に置く小物をいくつか見て回り、買ったものを家に届けてもらうように手続きをしてからデパートを後にする。

 収納魔法を習得していないのが不便ですね。ティアまで使えるようになったらしいのでショックです。負けずに習得の練習をした方が良いかもしれません。

 デパートを出ると、来たときよりもさらに多くの人で溢れていて驚きます。

 まるで王都の人たちが全て1カ所に集まっているかのような人混み。

「凄いですね」

「ん。もうちょっとするともっと人が増える。近くにテレビでやってた美味しいスイーツのお店があるから、まだ時間もあるし行ってみていい?」

 アユミさんが私の顔を見ながら聞く。けれども断られるとは思っていないような表情ですね。

 まぁ、私もスイーツには興味がありますから断りませんけど。

 アユミさんがスマホというものを見ながら道を確認して歩き出す。

 人が多いので万が一を考えて障壁を張っておきましょう。

 

 アユミさんの案内でたどり着いたのは、繁華街と思われる一角にあるお店。

 といってもどこからどこまでが繁華街か、まったく区別が付かないのですけれど。

 少し古そうなビルの1階にあるそのお店の中はとても綺麗で、色とりどりのケーキなどが並べられていて、そこで食べることもできるらしいです。

 悩んだ末にひとつのケーキを選び、アユミさんと店内で楽しむ。

 ベリーが何種類も使われたケーキも厳選されたらしい紅茶も大変美味しくて、何だか留守番をお願いしているレイリアさん達に申し訳ないような気がします。

 電車で帰ることを考えるとケーキを買うのは難しいのでクッキーなどの詰め合わせをお土産として買うことにしました。

 

 お店を出て帰るために駅へ向かって歩き出したとき、不意に嫌な感覚と何かが破裂するような乾いた音が聞こえてきました。

 ただ、周囲の喧噪も大きくて場所がはっきりしません。

「アユミさん、今の」

「ん? メル姉様、どうかした?」

 アユミさんは気がつかなかったようです。

 ですが、どうにも嫌な感じが続いています。こういうときは感覚に従ってみるのが良いでしょう。

「近くで何か争いごとがあったのだと思います。多分、怪我人もいるかと」

「姉様、行く?」

 アユミさんの問いに頷いて答えます。

 とはいえ、どこへ行けば良いのか。

 

「メル姉様、アレ!」

 アユミさんが指さした方向を見ると、逃げるように走り去る男の姿がありました。

「そっちの路地から走ってきた」

 走り出そうとするアユミさんを制して私が先導する。

「あ、兄貴! しっかりしてください!」

 路地に入ると、さらに奥の建物の陰から声が聞こえてきます。

 何があっても対応できるように身構えながらそこまで行き、覗き込むと男性が腹部から血を流し倒れており、別の男性がその身体を抱きよせています。

 私は直ぐさま駆け寄ると、男性の容態を確認します。

「大丈夫ですか? 何があったんです?」

「え? あ、が、外人?」

 抱きかかえていた男性が私を見て驚いたような声を挙げますが、今は放っておきます。

 倒れていた男性は、意識はあるようですが出血が酷いですね。このままだと助からないでしょう。

 

「グッ、だ、れ、だ、観光、客か? こんな、所に、来ちゃ、あぶ、ない……」

 途切れ途切れの声で男性が言いますが、どうやら私の心配をしているようです。

 多分、それほど悪い人ではないのかもしれませんね。

 どちらにしても怪我人を前にして私がすることはひとつしかありません。

「黙って。すぐに治します」

 私は男性の腹部に手をかざし、治癒魔法を発動させます。

 腹部の奥に異物が残っているようですね。

 痛いでしょうが、手を突っ込んで取り出しましょう。

「ぐわぁっ!!」

「兄貴!! て、テメェ何を!」

 横から煩いですね。

 もっとも邪魔しようとしても私の周囲には障壁がありますから触ることはできませんが。因みに少し後ろで見ているアユミさんにも当然障壁を張ってあります。短時間ならば大丈夫でしょう。

 

 異物を取り出した私は、治癒魔法を再開する。と、見る間に出血が止まり傷口が塞がります。

 といっても流れ出た血液が元に戻るわけではありませんから見た目はそれほど変わりません。傷口も小さかったですしね。その割には内部は結構な範囲で損傷していましたから放っておいたらさほど保たずに亡くなっていたでしょうが。

「な、なんだ、痛みが引いていく……」

「あ、兄貴! だ、大丈夫なんですか?」

 奥側から治癒していき、最後に傷口を完全に塞いだのを確認して魔法を止めます。

 しばらくは多少違和感が残るかもしれませんがそのうち跡形もなく治るでしょう。

 

 男性は血を失ったせいでいまだに顔色こそ良くないものの、痛みが無くなり身体が自由に動かせるようになったのを信じられないといったふうに呆然としていましたが、そろそろ私たちも帰らなければならない時間です。

 一体何があったのかは気にならないでもありませんが、どう考えても私たちとは無関係でしょうから問題ないでしょうし。

 そう考えた私は、立ち上がって男性の血で汚れてしまった手と着ている服を魔法で綺麗にしました。

「な?! あ、貴女はもしかして天使、いえ、女神様なのですか?」

「はい?!」

「あ、兄貴?!」

 

 突然男性が呟き、その内容のとんでもなさに素っ頓狂な声が出てしまいました。

 一緒にいたもう1人の男性も唖然としています。

「馬鹿野郎! あんな至近距離でチャカぶっ放されて死にそうだった俺の腹を奇跡で治したんだぞ! こんなこと、神様以外にできるわきゃねぇだろが!!

 女神様! 俺みてぇなドヤクザのちんけな命を救ってくださってありがとうございました! 俺は確かにクズだがそれでもカタギん衆にゃ迷惑掛けねぇように生きてきました! このご恩は一生忘れません! どうかこの借りを返させてくだせぇ!」

「は、はぁ」

 いきなり目の前に跪いた男性に、顔が引き攣るのを感じながら曖昧な言葉を返します。

 いったいどうしたら良いのでしょうか。

 助けを求めるように周囲を見回すと、アユミさんと目が合いました。

 アユミさんは笑っていました。けど、何故でしょう、背後に『ゴゴゴゴゴ…』とかいう文字が浮かんで見えるのです。それに目が全然笑ってません。

 

 な、何か私はやってしまったようです。

 ……そういえば、私、こちらの世界で魔法、使って……。

 マズイです。

 先日、魔法をこっそり使ったアユミさんに散々注意したのは私自身です。

 一瞬で顔から血の気が引くのが分かりました。

 そんな私にアユミさんがゆっくりと近寄ってきました。

「メル姉様、帰ったら、お話、しよ?」

「……はい」

 

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