第132話 Side Story 亜由美の水泳大会 前編

「勝たなければならない。誰が相手でも何があっても」

「え、えっと、ここで決めなきゃいつ決めるんだよ! です、よね?」

 むぅ。

 元ネタの出所は合ってるけど、それは別の台詞だよ。

 まぁ、私のネタにすぐに反応してくれる付き合いの良さは嬉しいけども。

 メル姉様は『間違っちゃったかしら』とほわわんって感じで首をかしげている。こうしてみると本当に深窓の御令嬢といった雰囲気。

 実際は御令嬢どころかお姫様なわけだけど。

 

 私たちは今、県内の大型スポーツ複合施設に来ている。

 別に遊びに来たわけではない。

 ここにある競技用屋内プールで今日から我が水泳部の参加する大会が開かれるのだ。

 普通なら大会に行くとなればバスとかで部員全員が移動とか思うだろうけど、生憎うちの学校は近隣の市だから近いし、所詮は公立の中学校なので現地集合なのだ。

 全国大会とかなら、どうなんだろ?

 多分一応学校集合で、公共交通機関で移動、かな?

 

 そんなわけで電車とバスでえっちらおっちらとやってきた。

 メル姉様は付き添いと称して一緒に。

 集合時間はあと1時間近くあるけど、あんまりフラフラしてるとろくなことにならないのはここ最近で身にしみている。

 今も、チラチラどころか、ほとんどガン見という状態で注目を集めまくっている。メル姉様が。

 青みがかったロングの銀髪に160センチ台半ばのスレンダーな体型、目を見張るほど整った顔と見る者を蕩けさせるほどの気品ある笑み。

 人目を引かないわけがないのだ。

 

 なので、

「ねぇねぇ、君t……」

「間に合ってます!」

「あの、写し……」

「キャー、盗撮よ~!!」

「あ、あの、体育館ってどっち……」

「一昨日来やがれ!」

 蠅共を追い払うのが大変である。

「最後のは違うんじゃ……」

 あれ?

 ま、まぁ、時間は早いけどそろそろ集合場所に行っておこう。うん。

 

 集合場所には部員がチラホラと集まってきていた。

 今回の大会は学校総合体育大会といって、全国中学校水泳競技大会と関東中学校水泳競技大会予選会を兼ねた中学の水泳部としては一番の大会なのだ。

 当然、我が水泳部もエントリーしている。全部じゃないけど。

 標準記録ってのをクリアしないと参加資格ができないので、バタフライの100mと200m、個人メドレー、800m自由形はエントリーしていない。

 指導してくれる顧問の先生はバタフライが苦手らしく、そのせいかうちの部員も全員苦手である。

 私も一応バタフライはできるもののやっぱりそんなに速くない。

 因みに男子は松山先生の熱血指導の賜物か、全種目にエントリーできているらしい。

 

 んで、私が出場するのは自由形の100mと平泳ぎの200m。メドレーリレーのバタフライ(押しつけられた)である。

 私は3年生なので実質最後の大会となる。

 まぁ、どれかの種目で2位までに入れば関東大会、そこでも2位以上で全国大会と続くんだけど、スポーツに力を入れている私立中もあるから難しいとは思う。

 一応、私も部活は結構真面目にやってきたし、泳ぐのは好きだから頑張るけど。

 関東大会なら兄ぃも応援に来てくれるし。

 兄ぃは私が出る大会は時間が許す限り応援に来てくれるんだけど、今回は大学のサークルの合宿が重なってるから無理だったのだ。

 

「やっぱり来たわね! 柏木亜由美!!」

「……出た」

「ちょっ、『出た』って何よ、『出た』って!」

 いきなり後ろから大声で声を掛けられ、振り向くと見知った顔があった。

 ショートカットの髪に長い手足、勝ち気な目付きをした小娘。背は私よりも少し高いけど、胸はツルペタ、絶壁である。

 ひっじょーに! 残念な胸の残念女である。

「だ・れ・がっ! 残念な胸よ! アンタだって似たようなもんでしょうが!!」

 あれ? 声に出てた? まぁいいけど。

 因みに私はまだまだ成長途中である。去年よりも4センチ大きくなった。

 目の前の年々凹んでくる残念女とは違うのである。

「こ、この、ちびっ子が!」

 歯ぎしりしながら地面をダンダンッと踏みつける女。

 まっ、はしたない。

 

「あの、アユミさん、お友達ですか?」

「ぜ、絶対泣かす! この……へ?」

 さらに何かを言おうとした目の前の女は、メル姉様の声にそちらに視線を移し、固まった。

「な、ななな、なに、このお姫様っぽい人」

 さすがメル姉様。この小煩い女を一瞬で黙らせるとは。黙ってないけど。

「ん。友達というか、知り合い? 『強敵』と書いて『どうでもいい奴』と読む、的な相手」

「ちょっと! それを言うなら『強敵』と書いて『友』と読むんでしょうが! 何、赤の他人認定してるのよ!」

 

「そうですか。えっと、アユミさんがいつもお世話になっております。どうかこれからも仲良くしてあげてくださいね。私はメルスリアと申します。アユミさんの姉です」

 メル姉様が優雅にお辞儀をしながら、そう自己紹介をする。

 姉。うん。先日正式にお父さんとお母さんの養子になったから間違いない。

 それに実質的に義姉だしね。他にも居るけど。

「ふぇ?! あ、あの、えっと、その、わ、私は、き、ききき、金城志織(きんじょう しおり)っていいます」

「ききき金城志織、変な名前でしょ?」

「ち、ちょっと噛んだだけでしょうが! 金城よ、き・ん・じょ・う!」

 ちょっとからかっただけなのに、良いリアクション。これだから止められない。

 

 この目の前の騒がしい女、金城志織はどうしてだかやたらと私に絡んでくる。

 1年の冬の大会、といっても県主催のスポーツ振興系の大会だけど、その時の競技で滅多にないくらい調子の良かった私は、幼い頃から水泳に打ち込み、スポーツに力を入れていることで有名な私立中学でも1年ながら期待されていたこの、金ちゃんにどういうわけだか勝ってしまった。

 実際には水泳選手としては大したことのない私なので、それ以来勝ったことはないのだけれど、試合形式では同学年に負けたことがなかったらしい彼女に初の敗北をプレゼントした私に何やらライバル意識を持ってしまったらしいのだ。

 全中では負けたこともあるらしいから、私よりも実力のある選手は一杯いるはずなのに何故なんだか。

 まぁ、同じ県内の中学なので、こうして大会ではよく顔を合わせるけど、その度にこうして突っかかってくる。

 リアクションが面白いので私も楽しんでるけど。

 

「ちょ、ちょっと、柏木、アンタあんなお姉さん居たの初めて聞いたんだけど?」

「ん~、色々と事情があって最近姉になった。詳しくは国家機密に該当するので黙秘権を行使する」

「な・に・が、国家機密よ! と、とにかく、それは良いけど、えっと、その、きょ、今日はお兄さんは、来てないの?」

 私に顔を寄せて、小声で聞きながら手をモジモジと動かす金ちゃん。

「メル姉様、害虫駆除をお願い。レベル5で」

「害虫って何よ! 害虫って! それにレベル5って何?!」

「うふふふ。仲が良いんですね。楽しそうで羨ましいです」

 むぅ。メル姉様は危機感がなさ過ぎ。

 この割り箸女が兄ぃを狙ってるのに。

 

 前述の大会の時、兄ぃが応援に来てくれていた。

 その時にこの女とも顔を合わせたのだが、兄ぃを見るなり顔を真っ赤にしてボーッと呆けていたのだ。

 どうやら一目惚れしたらしいのだが、このやたらと突っかかってくる性格なのに、まるで借りてきた猫、というより、羞恥に悶えるスライムみたいにモニョモニョして口もろくにきけなかった。

 だが、それから顔を合わせるたびに兄ぃのことを聞いてくる。

 ……考えてみれば、この女が私に突っかかってくるのって、兄ぃのせいなんじゃないだろうか。

 まぁ、兄ぃがこんな割り箸絶壁ツルペタ女に靡くはずが無いのはわかっているけどね。

「アンタ、マジで喧嘩売ってる? 買うわよ!?」


「コラ! 金城! いつまで他校の選手に混じって遊んでるんだ!」

 手をプルプルさせながら私に突っかかろうとしていた金ちゃんが、離れたところからの怒鳴り声に首を竦める。

「や、ヤバっ! 柏木! 覚えてなさいよ!」

 こうして捨て台詞を残して負け犬は去っていった。

「……絶対泣かす!」

 あれ? また声に出てた?

「お~い、亜由ちゃ~ん、こっちも集合だって」

 部活仲間に呼ばれたので私もそっちに行かないと。

 

「それじゃ、私は観客席で応援していますね。終わったら電話を下さい」

「ん。メル姉様も気をつけて。なんて声を掛けられてもまともに取り合っちゃダメ」

 一応念を押しておく。

 異世界で旅をしていたメル姉様だけど、こっちの世界の人間だって油断できない。幾ら強くたって思わぬところで足をすくわれることだってあるのだ。と、とあるラノベに書いてあった。

「わかってます。大丈夫ですよ。タマちゃんもいますし」

「キュウ!」

 メル姉様が持っていたバッグから鼻先だけ出してタマちゃんが「任せろ」とばかりに鳴く。

「それよりも。アユミさんも注意してくださいね。絶対に魔法を使わないように! 身体強化もダメですからね」

「う、わかった」

 コッソリ使おうと思ってたのに。

 大会新! とか出してみたかった。

 

  メル姉様と別れて部活仲間が集まっている場所に早足で行くと、既に全員集まっていたらしい。せっかく早めに来たのにあの割り箸女のせいで私が最後になってしまった。

「ヨーシ! 全員居るな。これから割り当てられた場所に移動するからな」

 そう言って顧問の先生が歩き出し、その後をぞろぞろと部活の面々が付いていく。

 この後開会式があって、それから早速競技が始まる予定だ。

 大会は4日間。

 初日の今日はフリーリレー(男女)と800m自由形(女子)、1500m自由形(男子)の予選と200m平泳ぎ(男女)、200m自由形(男女)予選&決勝が行われる。

 2日目は50m自由形(男女)、400m個人メドレー(男女)、200m背泳ぎ(男女)の予選&決勝とフリーリレー(男女)と800m自由形(女子)、1500m自由形(男子)の決勝。

 3日目はメドレーリレー(男女)の予選と400m自由形(男女)、200mバタフライ(男女)、200m個人メドレーの予選&決勝。

 最終日がメドレーリレー(男女)の決勝と100mバタフライ(男女)、100m自由形(男女)、100m背泳ぎ(男女)、100m平泳ぎ(男女)の予選&決勝、それから閉会式となっている。

 なので、私が出場するのは今日と3日目、最終日だ。

 

 通り一遍のなんてことの無い退屈な開会式を終えて、いよいよ競技が始まる。

 最初はフリーリレー。しかも女子から。

 うちの部は6組目からだからまだマシだったけど、1組目の子たちはもの凄く緊張していたのが見ていてよくわかった。

 結果?

 5位だったよ。

 うん。順当だ。

 だって、うちの部ってそんなに強くないもの。

 一番良くても関東大会4位が歴代最高だったし。

 

 そして男子のフリーリレーが終わると、とうとう私の出場する200m平泳ぎだ。

 私は3組目。

 金ちゃんは、8組目か。

「決勝まで残りなさいよ。アンタは私が泣かすんだから」

 そう言った金城は無名の新人に惨敗して早々に姿が消えることになった。

「消えないわよ! 縁起でも無いこと言わないで!!」

 うん。今回もなかなか。

 たゆまず精進するように。

「あ、アンタねぇ…」


「そういえば、関東大会だったら兄ぃが応援来る、かも」

「?! ちょ、あ、アンタ、絶対に勝ちなさいよ! 負けたら会えな、じゃなくて、承知しないからね! あ、で、でも、ってことは私が負けるってこと? で、でも……」

「2位までは関東大会に行ける」

「そ、それだ! 良い? 私以外に絶対負けちゃダメだからね!」

 ツンデレさん?

 金ちゃんの相手をしているうちに選手が呼ばれて整列する。

 …………ちょっと緊張する。

 

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