第131話 勇者の夏合宿 その2 Ⅷ
合宿6日目。
宿泊先である北見市内の民宿を早朝に出発した俺たちは、国道39号線から道道246号線(普通なら県道だけど、北海道は県じゃないので道道)を経て道道467号線を走る。
トウフツ湖を過ぎた辺りで道路脇の空き地に一旦バイクを停めて集合する。
「章雄先輩、ここですか?」
「ちょっと待ってね。えっと、うん、もうちょっと行ったところが『天に続く道』のスタート地点だね」
「もうこの辺でも“THE 北海道!”って感じですよね。4日目の『直線日本一』はちょっと微妙だったので、こっちは期待したいです」
章雄先輩に確認すると、間違いなさそうとのこと。
小林さんがワクワクした顔で本音を吐露する。
うん、確かに美唄の国道12号線は微妙だったよな。誰も言わなかったけどさ。
先日の些細ないざこざは、まぁ、どうでも良いとして、肝心の田代のバイクは、北見市のバイク屋を回ってなんとか部品、というか、交渉の末に販売している中古車のパーツ取り外して売ってもらい修理することができた。
まぁ、イグニッションコイルなんて部品の在庫を置いてあるバイク屋はほとんど無いし、地方都市で即日部品を仕入れることもできるわけがないので仕方が無いのだが、新品の部品と同額を請求されたのは微妙に納得いかない。
とはいえ、バイク屋としては新品の部品を仕入れてから組んで販売しなきゃならないので、別に足下を見てがめつく請求されたわけじゃないんだけどな。
ともあれ、念のためプラグケーブルも一緒に購入し、代金は本人の持ち合わせが不安だったために俺が立て替えた。GSRは4気筒なので全部で3万円くらいするのだから仕方がない。バイトもしているらしいので分割で返してもらうことにした。
んで、田代と章雄先輩、リーダーの道永で部品交換。2時間弱で無事復活。
なんとか予定を変更せずに合宿を続けることができた。
ちなみにみんな、というか、男連中のレイリアとティアに対する態度がちょっと腰が引け気味になっている。
別に距離を置くようになったってわけじゃないし、逆に女子たちはなにやら”憧れの先輩”みたいな勢いで距離を詰められているのでそのせいかもしれない。
2人は結構戸惑っているようだが。
俺としては言い寄る奴がいなくなるのは安心なので放置だな。
さて、話を戻そう。
今俺たちが居るのは、先に話に出た『天へ続く道』として一部で有名らしい、トウフツ側の起点である斜網広域農道だ。
この道路、斜里町にある直線道路で、途中から国道244号と334号に合流するもののひたすらまっすぐな直線道路が28.1キロも続く。美唄の『直線日本一』には距離で及ばないものの、景観では日本一の直線道路だという話だ。
町としては国道側の約18キロを『天に続く道』として売り出しているらしいのだが実際には広域農道から合流する地点も直線が続いているので上記の距離になる。
有名とはいえ、それほど交通量も多くないのでバイク集団でも安心して走れそうだ。
改めて全員がバイクに跨がり、走り出す。
道なりに左カーブを曲がると、後は地平線までまっすぐな道路が続いていた。
「おおっ!」
思わず感嘆の声を上げる。
農道というだけあって、道路の両側はちょっとした林やジャガイモ畑や牧草地らしい広大な農地が広がり、アップダウンのみの直線道路。
上り坂に差し掛かると、道の先には空しか見えない。
確かに『天に続く道』の名に恥じない、素晴らしい景観だった。
途中で“ジャガバタ”の心引かれる看板に誘われて休憩し、ジャガバタやイモ団子、生メロンジュースを堪能。
すっごい美味かった。
アイテムボックスに入れれば出来たての味を持って帰ることもできるのだけれど、この美味しさはこの場で食べなきゃ味わえないので断念だな。
メルや亜由美は、そのうちに連れてこよう。
残りの直線も十分に堪能して、進路を南に向ける。
1時間ほどで屈斜路湖に到着する。
目的は湖畔にある観光牧場だ。
ここでは乗馬が体験できるらしく、女性陣のみならず、大竹をはじめとした男連中もリクエストしていたので訪れることにしたのだ。
人数が人数なので当然事前に予約をしてある。
カウボーイを彷彿とさせる出で立ちの男性の説明を受けてから、放牧地に馬を見に行く。
どうやらサラブレット種ではなく、もう少し小柄で足もしっかりとしている乗馬用の種類のようだ。
まずは女の子たちが馬を選ぶ。
係の人が放牧している馬を誘導して連れてきたのを選ぶのだが、まぁ、馬に乗ったことのない一般の人は善し悪しなんてわかるわけもないので、なんとなく決めていく。
そしてまずは触れ合いタイム。
おっかなびっくり馬の身体に触れていく。
「うわっ! 温かい」
「あ、毛が生えてるんだ。スベスベぇ」
馬って結構温かいんだよな。あと、目が可愛い。
けど、油断すると、あっ、山崎が頭を甘噛みされた。本気では噛んだりしないんだけど、結構痛いんだよな。あと、唾液が臭い。それが好きなんて強者もいるけど。
心配していたがレイリアもティアもかなり気配を抑えているようで、怯えられるなんてこともなさそうだった。
最初に小林さん、瀬尾さん、若林さん、峰岸さんの女性陣がパートナーとなる馬を決定。
次いで山崎、道永、大竹、相川、野村、信士、戸塚、田代が馬を選ぶ。
最後に乗馬経験者らしい章雄先輩と久保さん、異世界で乗馬経験済みの俺、レイリア、ティア、茜(異世界滞在中に初めて馬に乗り、すっかり嵌まってしまったらしい)が馬を選んだ。というか、残った馬が宛がわれた。
俺のパートナーとなったのは他のより大柄でがっしりとした足の道産子馬だった。
よろしくの意味を込めて首筋を撫でると頭を低く下げて唇を舐めながらモゴモゴと動かす。服従の印だ。癖のない素直な性格の子のようだ。
係の人の指導の下、馬にブラシを掛けたりしてから、鞍が乗せられ、
1人ずつ台の上から鞍に乗る。
係の人が誘導してくれるので問題はない。章雄先輩が馬に頭を囓られて振り回されているが、まぁ、大丈夫だろう。多分。一応乗馬経験者らしいし。
施設の人が慌てて馬を引き離しているが、さすがは先輩。すっかり馬にまで舐められている。
人数が多いせいか、俺たち経験者は各自で乗って良いらしい。
茜と久保さんは簡単に補助して乗せ、俺と異世界組は鐙に足を掛けてふわりと乗る。鐙に足を乗せたからといって一気に体重を掛けてはいけないのだ。
鞍に手を掛けて、馬のバランスが崩れないように片足でジャンプ。跳び箱のような要領で鞍に乗らないと馬にストレスを与えてしまう。
俺たちの乗り方を見て、係の人も感心したように微笑んでいた。
人数が多いので3つのグループに分かれてトレッキングを始める。
牧場内や森の中、湖畔を巡るコースだ。
触れ合いも含めて約90分で6500円と、ちょっとした贅沢だがせっかくだからと思いきった。自由参加としたのに全員が希望したんだから良いよね?
割引もしてくれたし、みんなも楽しんだらしい。
「っつーか、なんで柏木は乗馬までできんだよ! テメェはどっかの御貴族様か!」
「成績も良くて、喧嘩もあり得ないほど強くて、乗馬なんて普通はやらないことができて、金もある。食事に毒盛っていいか?」
「先輩、お願いがあります! 苦しみ抜いて死んでください!!」
「ゴ○ゴ13への依頼ってどうすれば……」
「兄貴にムチで叩かれたい」
「さすがハーレムキング!」
「……馬、可愛かった」
「……ジュル」
…………楽しんだ、はずだ。
まぁ、明日は下半身の筋肉痛に苦しむはずだから放っておこう。
牧場を後にした俺たちサークルメンバーは途中のコンビニで昼食を摂りつつ、根室を越えて納沙布岬に立ち寄る。
一般人が訪れることのできる日本最東端のこの岬は日本で一番早く朝日を拝めるところでもあるらしい。……そりゃそうか。
少々建物はボロいが岬にある北方館の2階展望室からは無料の望遠鏡で北方領土の歯舞群島を見ることができる。
時間的にあまり余裕がなかったので岬周辺を簡単に散策しただけで後にした俺たちは釧路に向かう。
根室半島の南側の道道142号を進むと周囲は牧場の広大な敷地が広がり、これぞ北海道な光景が続く。
国道ではないせいか、前後に車の姿は見えず、対向車もほとんど無い。
……ここ、本当に日本だよな?
釧路市近郊にある格安の旅館にチェックインした俺たちは、部屋に荷物を放り込んですぐに宿を出る。
目指すは市街地にあるホテル、その中にあるレストランである。
せっかく北海道までやってきたのだから、やっぱり美味いものが喰いたいってのは当たり前の感情である。
しかしながら、所詮は学生の身。
それなりの収入を得ている俺は別として、他のメンバーはバイトをしながら合宿の費用を捻出しているので、ぶっちゃけ金銭的に余裕はあまり無いのだ。
けど、北海道に来たのならカニが食いたい! ウニもホタテもイクラも、肉だって腹が破れるほど食いたいのだ!!
そうした全員の希望を検討した結果、合宿中の飲食はできるだけ費用を抑え、その分で、ここ、釧路で食い放題の食い倒れに挑むことになったのである。
釧路を選んだ理由は簡単。
大きな漁港が近く海産物が豊富であり、それなりの人口を抱える北海道有数の都市。さらに北海道の中では比較的観光客が少なく、有名な観光地は阿寒摩周国立公園や釧路湿原など、都市から少し離れた場所にあるので、市街地の飲食物価が地元民向けの価格設定だということだ。
残念ながらバイクで宿に戻らなきゃならないのでお酒は飲めないが、それよりも食い物がメインなので問題ないということにした。
山崎と道永、相川が厳選を重ねて予約したレストランへ。
案内されたいくつかのテーブルに分散して座る。
「さて、合宿も6日目がもうすぐ終了する。明後日はフェリーだ。さあ! 野郎共! 耐えるのはここまでだ! 喰って喰って食い尽くせ!!」
『おおーっ!!』
食事前の挨拶、挨拶? は飢えてギラついた目つきのメンバーが怖いので早々に終え、一斉に席を立つ。
後は言わずもがな、並べられている料理に殺到するメンバーたち。
わずか90分の制限時間をフルに活用して、数年分の美食を食いだめする気満々の面々に、他のお客さんがかなり引いている。
が、そんなことに構っていられる余裕は俺にも無い。
いや、オマエ金あんだろって?
それはそれ、これはこれ、だ。
目の前に並んでいるのはこれでもかとばかりのカニ、エビ、ホタテ、イクラ、牛肉、ラム肉、ジャガイモ、アスパラetc…。
これでテンション上がらなきゃ大学生じゃねぇよ!(偏見)
脇に置かれた皿を2枚手に取り、目に付いた料理を片っ端から盛る、盛る、盛る。
タラバガニの足、毛ガニの半身、ローストビーフ山盛り、ジンギスカン、鮭のちゃんちゃん焼き? これはスルーだな。いも餅は、腹に溜まるから後だ。
テーブルに一旦盛り付けた料理を置き、再度料理のカウンターへ。
お椀にご飯をよそい、ご飯よりも多めにイクラを、あ、ダメ? 小ぶりなレードルに一杯だけご飯に掛ける。
汁物はホワイトシチューだ。ジャガイモとアスパラもたっぷり入れる。
ふと見渡すと料理のカウンターは店員さんが大わらわで料理を追加していた。
去年の夏合宿でもホテルバイキングで店員がドン引きするくらい食い荒らした我がツーリングサークルだが、今回のペースはそれをさらに上回る勢いのようだ。
そもそも、いくら合宿中の食費を切り詰めたとして、そしていくら漁港があって安いとはいえ、ここのレストランはそれなりの値段がする。というか、それくらい出さなきゃ満足いく料理にはならないので山崎たちは妥協せずに探したらしい。
金額? まぁ、一人暮らしの学生、1週間分の食費くらいと考えてくれ。
もちろんメンバー的には結構無理のある値段なのだが、そこはそれ、とあるツテ(具体的には親父に頼んで)でこのためだけに2,3年生の男子(と章雄先輩)が1日だけアルバイトをして不足分を捻出したのだ。
だからこその値段なのだが、その分、客層は落ち着いた方々が多いのだろう。
他のお客さんは呆気にとられたような表情で俺たちを見ている。
「相変わらずスゴいわよね」
「私は見ているだけでお腹いっぱいになりそうです」
「そう? 私は食いだめするわよ!」
茜と久保さん、小林さんが言い合い。
「初穂ちゃん、最初からデザート?!」
「プリン、美味しいよ?」
「ううぅ、目移りしちゃって……」
1年女子はマイペースで。
「先輩たち、スゲぇな。俺も喰お」
「戸塚、盛りすぎだよ」
「……(ムシャムシャ)」
1年男子は、まぁいいか。
「あっ! 相川、テメェ俺のタラバ!」
「あ、すんません、でもまた持ってくりゃ良いじゃないっすか」
「じゃあ、テメェが持ってこいや!」
「ギャアギャア騒ぐな。みっともない」
「道永! そう言って俺の皿から肉盗るんじゃねぇ!」
………………
山崎たちのテーブルに向けてピンポイントで威圧を叩きつける。
「オマエら、騒いで追い出されたら、殺すゾ?」
「「「「すんませんでしたぁ!」」」」
「やれやれ、たかが食事で大騒ぎじゃのぅ」
レイリア、山になった皿の肉の向こうで言うか? それ。
「あ、レイリアさん、向こうでアイスとソフトクリームとかありましたから、自分でパフェ作れるみたいですよ?」
「なに?! ティア、何故それを早く言わん。行くぞ!」
ああ、周りの目が痛い。
店員さんたちも苦笑いを浮かべているが、料理カウンターの中央で肉を切り分けている立派なコック帽をした料理長? らしき人は微笑ましそうに俺たちを見ていた。大物だ。
そんなこんなで、できるだけ大人しく大騒ぎをしつつ、制限時間ギリギリまで喰いまくったメンバーははち切れそうになった腹を抱えてレストランを後にした。
「なんか、すみません。騒がしくしちゃって。それと……」
「いえいえ、普段のお客様は静かな方が多いので、ああやって喜んで食べていただけると料理人も嬉しいものですよ。是非またご利用ください」
最後に会計をしていたらあの料理長さんが近寄ってきたので頭を下げたらそう言われた。
本心は窺えないが、大物である。
また今度、家族で来よう。
こうして食欲を大いに満足させ、翌日は富良野・美瑛を巡り、そのさらに翌日、苫小牧からフェリーに乗って合宿は終了した。
特に大したトラブルも無く、上陸初日以外は天気にも恵まれた、夏合宿だった。
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