第129話 勇者の夏合宿 その2 Ⅵ

 抜けるような青空。

 小鳥のさえずる声。

 水辺と木々がつくる静謐な空気。

 キャンプ場爽やかな朝を迎えていた。

「おら! さっさと起きてテント片付けろ!」

 俺はまだ寝袋の中でもぞもぞしているだけの可愛さの欠片も無い野郎共に声を掛けつつ蹴り起こす。

 結局あれから、食事を終えて日帰り温泉に行く間だけの中断を挟んで、酒もないのに男性陣はくだを巻き続け、深夜まで騒いでいた。

 さすがにキャンプ場を利用している他の人に迷惑になるほどの大声は控えさせた(物理的に)が、俺への妬みから始まって、世の中の不公平を愚痴り、政治の不甲斐なさを揶揄し、最後は猥談で盛り上がっていたようだ。

 俺は途中でさっさと離脱して寝たけどな。

 

「う゛う゛う゛……眠みぃ、柏木ぃ、今何時?」

「ふぁぁ、おはようございますぅ」

「いっつつぅ、なんか腰痛ぇ」

 ようやくテントから這い出してきた山崎たちの頭に、さっき汲んできた水道の水をペットボトルでドボドボとかける。

「うわぁ、冷てぇ!」

「うきょっ?!」

「あ゛あ゛あ゛ぁ……気持ちいい」

 水の冷たさに驚いて飛び上がる奴とそうでもない奴。

「あ、裕兄、おはよ」

「兄貴、俺は元気っすよ! だから水は、あばばば」

 しっかりとした顔で起きてきた信士を除く全員に満遍なく水をかけておく。

 夏だからな。服が濡れてもすぐ渇くから問題ないだろう。

 それよりも寝ぼけて事故る方が怖い。

「もう6時だよ。さっさと片付けるぞ」

『へ~い』

 

 そんなこんなでテントを片付けて女性陣とも合流し、何故だかさらに妙な視線を1年女子から浴びながらテントなどの荷物の発送手配を行なってキャンプ場を出発する。

 今日のルートは国道40号を南下して途中のコンビニで朝食を済ませつつ、まずは旭川へ。

 メンバーの多くが希望した旭山動物園へ立ち寄る。

 従来の動物の見せ方とは異なる『行動展示』で全国的に知られるようになった動物園である。

 特に冬場のペンギンの散歩やアザラシがトンネル状の管を泳いで通る様子は俺も何度かテレビで見た。

 市営の施設で、動物園としてはそれほど大きなものではないらしく、飼育している動物も107種類620頭ほどと上野動物園の約350種2500頭の1/3以下、東武動物公園の120種1200頭と比べても見劣りする。

 けど、展示の手法に新しい取り組みを試みたり、毎年のように施設を充実させ、入園者数では東京上野動物園、名古屋市東山動物園に次いで第3位なんだとか。

 

 入口横でチケットを購入して入園する。

 料金は1人820円と上野動物園と比べるとちょっとばかり割高だが、こんな所まで来てケチっても仕方がない。

 園内マップを見ると、それほど複雑じゃないので順に見て歩いた。

 グループごとに回る予定だったはずが、何故か全員でぞろぞろと。

 他のお客さんの邪魔になっていなければ良いけど。

 シロクマとキタキツネとペンギンが可愛かった。

 アザラシはトンネルを通らず、日陰になった岩場で寝てた。

 

 昼食を挟んで午後2時頃まで動物園を散策した俺たちは、国道39号線を西に進路をとる。

 旭川市街を抜けると、すぐに民家が少なくなり、上川町を過ぎるとまったくなくなった。ついでに言うと、信号もほとんどない。

 この辺りが北海道のほぼ中央に位置する大雪山系と呼ばれる地域だ。

 真夏で、まだまだ日が高い時間帯にもかかわらず、身体を通り抜ける風はひんやりとしている。

 聞いた話だとこの辺の人は真夏でもストーブを片付けたりしないらしい。

 因みに古狸はここの層雲峡で働いていた頃、8月の3日の早朝、あまりの寒さにガスストーブを着けたそうだ。

 そして、層雲峡を過ぎてしばらくした頃、スマホの着信をメットに装着したインカムが伝えてきた。

 

「もしもし、柏木です」

 インカムのボタンを操作して通話する。

「あ、俺、道永だけど」

 2番目の組を走っているはずのDグループのリーダーからの連絡だった。

「田代のGSRがトラブル。エンジン停止して動かないんだよ。とりあえず、えっと、ここは、大雪湖? とかいう結構でかい湖の側なんだけど、39号から逸れたところにダムがあって、その先に駐車場っぽいのがあったからそこにいる」

「了解、俺たちも合流するわ。章雄先輩と山崎にも連絡しておいてくれ」

「あ、山崎たちのグループは俺たちのすぐ後ろにいたから一緒に来てもらってる。章雄先輩には連絡しておくから」

 マシントラブルか。

 順調だと思って油断してるとこういうことがあるな。

 すぐに直せる状態なら良いんだが。時間的には多少余裕があるが、最悪はトルクに余裕のある俺のバイクで牽引だな。

 

 程なく、道永の言っていた大雪湖とダムの看板が見えた。

 と、同時に対向車線を章雄先輩のグループが引き返してきたので合流しつつ、トンネルの手前を左折、ダムを通り、さらにトンネルを抜ける。

 すぐに右側にお店のような建物があり、その前の駐車場にバイクの集団がいる。

 けど、あれ?

 道永は、いる。山崎も。

 それぞれのグループのメンバーももちろんいるんだが、別口のグループもいるのか?

 10人ほどの男たちが山崎に何かを話しかけている様子だった。けど、和やかとは言い難い雰囲気だな。

 山崎と大竹が厳しい表情で男たちを睨みつけているし、道永は田代や女の子たちを背後に庇うかのように少し後ろで立っていた。

 

 俺はわざと注目を集めるようにエンジンを噴かしながら山崎のすぐ脇に停車し、バイクを降りつつレイリアに目配せをする。

 レイリアが俺の意図を察して頷くと道永の前に陣取り、章雄先輩と相川は残りのメンバーを道永たちに合流させた。

 

「山崎、どうかしたのか?」

「柏木! ふぅ~。いや、コイツらがいきなり絡んできて」

 俺はできるだけ男たちを刺激しないように口調を押さえて山崎に聞くと、安心したように表情を僅かに緩めて山崎が事情を話す。

「へぇ~、お友達ってわけ? ガタイもでかいし、結構強そうじゃん。どおりで強気なわけだ。人数も増えたから安心って? おっ?! ラッキー! 女の子も増えたじゃん! しかもすっげぇ可愛い!」

 男たちの一人、山崎と話していたらしい奴がニヤニヤしながら、からかうような軽い調子で、次いでメットを脱いだレイリア達を見て感嘆の声を挙げた。

 身長は165センチくらいか、俺よりも頭ひとつ分ちかく小柄だが、俺にひるんだ様子もない。

「俺がこのメンバーの責任者だけど、俺たちに何か用か?」

「いやぁ、君ら大学のサークルなんでしょ? 俺たちがひと夏の思い出を作ってやろうと思ってさぁ。女の子をこっちに寄越しなよ。男はいらないから、有り金置いてどっか行っていいからさぁ」

 はぁ? 何言ってんだ、コイツ。

 

「あ、もしかして人数そっちが多いから強気な返答しちゃう? け~どっ、そうとは限らないかもよ?」

 俺の表情で返答を予想したらしい別の男がそう言い終わる前に、遠くから複数台のエンジン音が近づいてくるのが聞こえてきた。

 直後、10台のバイクが駐車場に入ってくる。

 全員が男のようだ。人数もバイクと同じ10人。

 コイツらの仲間だろうな。合計ぴったり20人。

「悪ぃ、遅くなったか?」

「いんや、ちょーど良いタイミングよ? な? どうする?」

 俺たちの逃げ道を塞ぐように駐車場に入る2つの出入口に分かれてバイクを駐めて、数人が近づいてきて声を掛けると、小柄な男が嫌らしい笑みを浮かべて応じる。

 はぁ、あんまりメンバー達の前で派手な真似はしたくないんだけどな。

 けどこうなったら多少は仕方がないか。

 後で口止めをしておこう。

 

「レイリア! みんなを頼む! ティア! コイツらを1人も逃がすな! 山崎たちはレイリアの向こうにいてくれ。手は出すなよ」

 ティアはニッコリと笑って頷き、レイリアは不満そうだ。けど、20人の男を相手に美女が無双するのはインパクトが強すぎるので我慢してくれ。

「あれあれ~? ひょっとして俺たちとヤっちゃう気? 確かにお兄さん強そうだけどさぁ、1人でってのはちょ~っとナメ過ぎじゃね?」

「うっわ! ヒーローじゃん? バカだけど」

「なんかムカつくよねぇ、こーゆーチョーシこいた厨二病兄ちゃん。まぁ? ボコっちゃうけどな」

「良いじゃん良いじゃん、そうだ! コイツの目の前で女の子たちをヤっちゃおうぜ!」

 俺をゲラゲラと下品に笑いながら何やら言っている連中をガン無視して、ティア以外のメンバーが建物の方まで離れるのを待つ。

 建物を背に奥側に女の子たちが、それを守るように山崎や相川たち男のメンバーが囲み、その前にレイリアが立つのを見て、俺は連中に向き直る。

 

 俺を中心に3メートルほどの間を空けて男たちが取り囲むが、俺が何も表情を変えないことに苛ついているようだった。

「マジで20人相手に1人でヤろうってのかよ。よっぽど強いんだろうけどさぁ、俺たちもそれなりに自信があるんだよねぇ」

 連中の1人が少しだけ前に歩み出る。

 半身でかかとを少し浮かせステップを踏む。左腕は軽く曲げて顎の前に、右腕は腰だめに軽く拳を握る。どうやらボクシングっぽいな。

「俺ってさぁ、ボクシング歴長いんだよねぇ。6回戦のプロにも勝っちゃうくらいなんだけど、プロになると色々と好き勝手できないからなんないけどっ、なっ!」

 言い終わるや否や、一気に距離を詰める。

 言うだけあってそれなりの速度、なんだろうな、きっと。

「シッ!」

 短く息を吐き、左拳を飛ばしてくる。

 ジャブ。

 とある本によると、打撃系最速の攻撃らしい。板垣先生が書いてた。

 まぁ、とはいえ、俺にしてみればあくびが出るほどのんびりとした攻撃なわけだが。

 

 俺は少しだけ身を引き、左手が伸びきった瞬間に相手の拳をグッと押す。

 コンマ一秒にも満たないタイミングだが、延びきった肘は衝撃を吸収できずに腕がまっすぐな棒と化し、そのままの勢いで肩の関節が外れる。

「うぐぁ! か、肩が……」

 肩を押さえてうずくまる男はとりあえず放置して、男たちを見回す。

「チッ! 何やってんだよ」

 そう舌打ちしながら別の、大柄な男が一歩出る。

 身長は俺と同じくらいだが、横幅は1,5倍くらいはありそうだ。それも太ってるんじゃなくて鍛えられた筋肉で。

 足運びと動きから、柔道っぽい感じだ。

 なるほど、俺たちが合流して人数が増えたのにコイツらが動揺しなかったのは、単に追加で仲間たちが来るってだけじゃなくて、相応に腕っ節に自信があるからなのだろう。

 だったらまずはそいつを折ってやるか。

 

 構えることなく突っ立ってる俺に素早く掴みかかる男。

 右手で襟を掴んでそのままの勢いで俺の顎に一撃、間髪容れずに左拳で俺の腹を殴りつけてきた。

 腰の入っていない手打ちのボディーブローだが、相手は体重もあるし力も強い。顎を殴られて意識が逸れればそれなりに効くだろう。

 俺以外なら。

 男は襟を掴んだまま背負い投げを試みる。が、俺は突っ立った姿勢のまま微動だにしない。

 当然だけど、殴られたダメージなんてものは欠片もない。

 新聞丸めた棒で叩かれたくらいのものだ。

「っ?!」

 僅かも姿勢の崩れない俺に動揺した男に構わず、襟を掴んでいる手首を逆に捻り、外す。

 ったく、皮ツナギが伸びるじゃん。

 俺は男の胴を背後から抱え上げ、俺の曲げた膝に尻を叩きつける。

 プロレス技のアトミック・ドロップ。

 日本名だと『原爆落とし』というらしいのだが、昨今は色々と問題になりかねない名称なので、もう一つの『尾てい骨砕き』を使った方が良いかもしれない。

 ちなみにプロレスじゃなくてマジでやると相手の尾てい骨よりも自分の膝の方がダメージがでかいのでお勧めはしない。俺の場合はステータスが違うので問題ないけどね。

 

 ケツのダメージで四つん這いになって痛みを堪える男の股間を背後から蹴り上げる。だって、蹴ってくださいとばかりに目の前にあるんだもの、蹴るよね?

「うぎゅぐぁぁぁ!!」

 ピクピク痙攣しながら白目を剥いて転がる男。

 でかいので邪魔だ。

「なっ?! て、テメェ!」

 余裕でニヤニヤしながら囲んでいた男たちが顔色を変える。

「2人も瞬殺かよ。自信満々なだけあるってか? けどさぁ、結局はアンタ1人じゃん? それに、俺たちって、別に正々堂々なんて気はサラサラないんだよねぇ」

 表情は厳しくなってもまだ余裕があるのだろう、口調は軽いままだ。

 どうやら仲間意識もあまりなさそうだな。

 そして、言葉通り、各々がポケットやバイクの荷物からナイフ、トンファー型のマグライト、ブラックジャック(革製の細長い袋に砂や鉄粒が入っている打撃武器)、特殊警棒(振り出すと長くなる警棒)、ヌンチャク、メリケンサック、チェーン、スタンガン、変わったところでは猿玉(丈夫なナイロン紐を編み込んで先端に鉄球を仕込んである中国由来の護身具)まである。

 合法的に入手できる武器の見本市だな、まるで。それに加えて、

「飛び道具もあるんだよねぇ。クロスボウ、見たことあるかなぁ?」

 1人が手にした弓と銃身を合体させたクロスボウを見せびらかしながら笑う。

 同様の武器を持ってるのがもう1人いるな。

 

 さて、どうするかね。

 

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