第128話 勇者の夏合宿 その2 Ⅴ

 合宿3日目。

 朝7時に長万部の民宿を出発した俺たちツーリングサークルのメンバーは国道5号線を南下して函館市にある史跡五稜郭公園を観光して回ってからトラピスチヌ修道院を訪れた。

 トラピスチヌ修道院は現在でも修道女たちが敬虔な祈りを主に外界から隔絶した生活を送っているらしく、前庭以外は売店とそこに併設された資料館しか見ることができないらしい。売店とかで働いている人は修道女ではないんだと。

 男子禁制の女の園。想像力をかき立てられるが、反面、ちょっと怖そうでもある。

 

 名物であり、ここでしか販売されていない『マダレナケーキ』とやらを購入してみんなで食べた。バターの香りがしっかりとした素朴な味わいの少し堅めのケーキは、どこか郷愁を感じさせる優しい味わいだった。

 添加物を使っていないのであまり日持ちはしないらしいのだが、みんなの目を盗んでいくつか購入してアイテムボックスに放り込む。

 帰ってから亜由美やメルにも食べさせてやろう。

 バター飴やクッキーが有名なのかと思いきや、それは別の場所にあるトラピスト修道院のものらしい。そこは逆に男性のみの修道院で飴やクッキーは各地の売店や空港などでも売られていて、なかなか手広い商売をしているらしい。

 ……もしかして、男の修道士のほうは割と世俗に塗れてるのか?

 

 午前11時には函館を出て、国道228号線で渡島半島の日本海側を走り(江差で229号に変わる)、岩内からは内陸に入り国道5号線を北上。余市町の民宿で泊まった。

 余市町はニッカウヰスキー創業の場所で、北海道では有名な果物の産地だそうだ。

 道路沿いにはそこかしこにフルーツの直売所があり、値段も驚くほど安い。

 メンバーと一緒に休憩がてらちょっと冷やかしただけなのにもかかわらず、試食の果物を沢山食べさせてくれた。そして、それが目茶苦茶美味かった。

 話し好きの店のおばちゃん曰く、果物はイチゴに始まり、サクランボ、プルーン、ブルーベリー、ラズベリー、クランベリー、ブラックベリー、カラント、カシス、ハスカップ、10種類近いブドウ、和梨、洋梨、柿など様々なものが栽培、販売されていて、一番有名なのはリンゴだそうだ。

 時期の関係でその店に置いてあったのはサクランボとプルーン、ベリー系が数種類だったが、こちらは帰る日の翌日指定でたっぷりと購入して配送をお願いしておいた。

 大喜びのおばちゃんがさらに沢山果物のおまけをくれて、レイリアとティア、茜をはじめ、女性陣も歓声を上げて貪り食っていた。ちょっと怖かった。

 因みに、余市の民宿は、まぁ、なんていうか、なかなか年季が入った味わい深い感じだった。そして、素泊まりだったので食事は近所の札幌ラーメンのお店で済ませた。味は微妙だった。こういうときもある。うん。

 

 この日の移動距離は約510キロ。

 

 

 そして合宿4日目。

 早朝6時に民宿を出発。

 国道5号線で小樽を素通りして(小樽は観光すると時間が掛かりすぎるので今回はパス)札幌の手前で国道337号線に入り石狩市を抜けて、江別で国道12号線へ。

 この国道、美唄市光珠内から砂川市の新空知大橋までの直線区間が29.2kmという、日本一長い直線道路なのだ。

 北海道に来たのならやっぱり通らねば、というわけで走ったのだが、う~ん、正直あんまり実感なかった。

 割と市街地っぽい場所が続いたし、信号もあるので直線かどうかなんてあんまり気にならなかったのよ。途中で飽きてコンビニ休憩したし。正直期待したのとは違った感じだった。

 

 気を取り直して、滝川から国道232号線で再び海沿いに入り苫前町に立ち寄る。

 ここは日本史上最悪の獣害事件として名高い『三毛別羆事件さんけべつひぐまじけん』が起こった場所だ。

 知らない人のためにちょっとだけ解説すると、大正4年12月に北海道苫前郡苫前村三毛別(現:苫前町三渓)六線沢で体長2.7メートル、体重およそ350キロの巨大なヒグマが数度にわたって集落を襲い、幼子や妊婦を含む開拓民7名を殺害、3名が重傷を負った事件だ。

 いくつもの小説の題材になっているし、テレビや映画にも取りあげられているほどの事件なのだ。内容もかなりエグイので注意してくれ。

 ここは山崎のリクエストで資料館や三毛別羆事件復元地を訪問した。

 資料館には件の事件の実物大模型や、それをさらに超える史上最大のエゾヒグマの剥製なんかも展示されている。

 

 そのヒグマの剥製や模型、うん、でかかった。最大のヒグマは体重は450キロもあったらしい。名前は『北海太郎』。なんとものんびりとした印象の名前だが見た目は大迫力である。

 確かに異世界だとこれ以上でかい獣や魔獣なんか珍しくもないが、こっちの人間の戦闘能力を考えると相当な脅威だろう。

 異世界に行く前の俺なら間違いなく何もできずに食われるだろうな。

 復元地は資料館からはちょっと離れた山の中にあった。

 開拓民の住んでいた山間の村だったらしいから、そりゃそうか。

 途中で道路脇に立っている可愛らしいイラストの案内板と実際に起きた事件の差が酷いな。

 現場に到着すると、手前に慰霊碑。その向こうに藁葺きの小さな小屋とその隣にでかい熊の模型があるだけの簡素なものだった。受付とかも何もないし人もいない。

 そして、熊出没注意の看板。

 マジで熊出んのかよ。

 

 一通り見て満足したらしい山崎はともかく、他のメンバーは退屈していなかったかと気になったのだが、熱心に解説する山崎の熱意に引きずられたのか、概ね楽しそうだった。

 なんだかんだで2時間近く寄り道をしたが、ツーリングを再開。宗谷岬へ向かう。

 特に何事も無く到着した宗谷岬は、結構混んでるな。

 さすがに函館ほどじゃないが、岬の公園には多数の車、バイク、観光バスが停まり、観光客の数も多い。

 やっぱり北海道に来たら最北端の地に立ってみたいのだろう。俺たちもそうだしな。

 整備された広い公園は、さすがの観光地。多数の記念碑やら資料館やらが建ち並び、情緒もクソもない。

 

 途中で他の観光客の歓声が聞こえたのでそちらを見ると、2匹のキツネが愛想を振りまいていた。

 一応、キツネにはエサとか与えないように注意書きがあったのだが、決まりを守らない奴ってのはどこにでもいるもので、それを目当てにうろついているのだろう。

 ただ、見た目は可愛らしいし尻尾もモッフモフなので、メンバーも喜んでいる。が、レイリアとティアがほんの少し近づこうとした素振りを見せた途端、もの凄い勢いで逃げていった。

 ティアがちょっと悲しそうな顔をしたので優しく頭を撫でてやる。けど、レイリアと茜? 何故ティアの後ろに並ぶんだ?

 そして小林さんと瀬尾さん、峰岸さんは人を指さしながらコソコソと話をするのは止めてくれ。あと、若林さんの目つきが怖いんですけど。

 

 久保さんと信士は肩を寄せ合ってイチャコラしてるので放っておくとして、男連中はというと、さっさと先の最北端の碑に行った。わざわざ俺のすぐ後ろを通って、すれ違い様に俺の足に蹴りを入れていきつつ。

 他に心引かれるものがあるわけではないので最北端の碑と間宮林蔵の銅像の前で記念撮影して終了だ。

 あ、写真撮ってくれるんすか? ありがとうございます!

 微妙に曇っていて対岸のサハリンは見えなかったし、風もかなり強かったのでさっさと退散することにした。

 

 途中、稚内市内で食料品(調理前の素材)や飲み物を買い出ししてからキャンプ場へ。

 戸塚のポカの代案として信士が提案した今日の宿泊先である。

 受付で事前に発送しておいたキャンプ用品などの荷物を受け取り、一先ず一棟だけ借りることができたバンガローへ。

 女性陣が使用することになっている10人用の建物はバンガローとなっているが、一応ちゃんとトイレがあるので分類上はロッジに該当するのかもしれない。鍵も付いているので一旦全員の荷物を片隅に積んでおく。

 え? バンガローとロッジの違いが分からない?

 えっと、バンガローってのは通常ただの小屋で風呂もトイレも付いていない屋根と壁があるだけの物。あくまでテントの代わりって位置づけなのに対して、ロッジは風呂やトイレ、ベッドなどが備えられている山荘的な物だ。そしてもうひとつ、コテージってのもあるが、こっちは貸別荘のような一軒家を指すらしい。

 あくまで日本での分類らしいけどな。

 

 時間は午後6時。

 まだまだ明るいとはいえ、さっさとテントを設置しておかないと余計な苦労をする羽目になる。

 用意したテントは3張。4~6人用の大型テントだ。

 これを4人、3人、3人で利用する。

 女の子たちには食事の用意をしてもらい、その間に男たちでテントを設置する。

 場所はバンガローに一番近いテント設置エリアだ。

 テントはバイク屋の親父さんから2つ借りることができたので、ひとつは別に俺の私物として購入した。寝袋も借りられたのは10個。不足分はこれまた俺の私物。章雄先輩が1人用テントと寝袋は持っていたのだが、さすがに1人だけ別テントは寂しすぎるので寝袋だけ使う。

 アウトドアのイメージの強いバイクツーリングのメンバーとはいえ、テントの設営には手間取っているらしい。

「道永、そっち押さえててくれ! 田代! そっちのポール取って!」

「大竹先輩、これどっちが上っすか?」

「あれ?! これ届かないっすよ!」

「賢人! てめぇ、テント踏むなよ!」

「あ、す、すんません!」

「工藤! 柏木だけじゃなく、テメェまで裏切りやがって、うらやまけしからん!」

 …………大騒ぎである。

 

 俺はといえば、事前に私物のテントを使って何度か練習していたのでわずか数分で設置完了。

 俺のテントが一番でかいので(卑猥な意味じゃないよ)こっちに4人が寝る予定だ。組み合わせは適当にくじ引きした。

 んで、さっさと張り終えたので野村と相川は他の連中を手伝っている。

 

「慣れてないから結構苦労してるねぇ」

「章雄先輩、慣れてるんだから教えてやればいいのに」

「子供じゃないんだから大丈夫でしょ。それに最初に苦労した方が覚えるよ」

 珍しく年上の余裕を見せて俺と一緒にメンバーの奮闘を観戦する。

 手伝おうにも一張に4人もいれば邪魔になるしな。

 結局30分以上かけてようやく設置完了。

 章雄先輩がフライ(インナーテントの外側に張る覆い)やロープ、打ち込んだペグ(テントを地面に固定する杭)を確認してなんとか終了した。

 バンガローから寝袋を運んでテント内に放り込んでおく。

 

 作業を終えて、女の子たちが準備している炊事場へ。

 そこでは茜と小林さん、瀬尾さん、若林さんが作業している。といっても野菜や肉を洗ったり切ったりしている程度だが、手つきを見てると少々危なっかしい。

 切った野菜や肉もなかなか独創的な形や大きさになっているが、まぁ、コレも旅の良い思い出だろう。多分。

 だから包丁を持って俺を睨むな、茜。それキャンプ場からの借り物だからな。

 

 処理の終わった食材を手分けして持ってバーベキューのできる場所へ。

 そこでは久保さんとティアが鍋でご飯を炊き、おにぎりを作っていた。

 具も海苔も何もない塩にぎりだが、おかずは沢山用意するから問題ない。

 レイリアは別の煉瓦でできたバーベキュー用のかまどに炭を入れて火の番をしていた。多分役に立たないから体よく押しつけられたのだろう。

 そうは言っても焼き台は4箇所あるので火を起こすのはそれなりに面倒だ。なので無駄ではない。

 

 すべての準備が整って、全員が集合する。

「おし! 柏木会長、挨拶!」

 山崎の言葉で俺に視線が集まる。

 余計な真似を。

「あ~、と、とりあえずフェリー泊を併せて今日で4泊目。折り返しってのにはちょっと早いが、無事に北海道西部を走破できました。えっと、明日からも事故やトラブルなく合宿を終えられるように、気を付けてツーリングを楽しみましょう…」

「乾杯!」

『かんぱ~い!!』

 言葉の途中で章雄先輩がコップを掲げて乾杯してしまった。

 くそっ! 狙ってやがったな。

 まぁ、いい。とにかくメシだ。

 

 ティアと久保さん、峰岸さんが肉を焼きはじめ、鉄板が置いてある焼き台では大竹が焼きそばを作り始めた。

 予算の関係で肉は鶏肉がメインだが、ちょっとだけラム肉もある。

 バーベキューなら牛肉だろって? 大学生がどんだけ肉食うのか知らないのか? この人数なら10キロ近くいるんだぞ? そんな金出せるか!

 だからおにぎりとか焼きそばなんて腹に溜まる物を追加したんだからな。

「ユーヤさん、お肉どうぞ」

「主殿、我が起こした炭で焼いた肉は美味いぞ。それ、食え」

「ゆ、裕哉、飲み物持ってこようか?」

 食事が始まり余裕ができたのか、離れている時間が長かったことの反動か、ティア、レイリア、茜の3人が俺の世話を焼き始める。

 確かに俺も女の子にチヤホヤされるのは嬉しい。すっごく嬉しい。思わず神に感謝してしまうほどだ。が、今の状況だとちょっと、というか、だいぶよろしくない。

 俺の背中に恨みの籠もった視線がいくつも突き刺さる。

 

「サークルの私物化と女の子の占有。許すまじ!」

「ちくしょう! 柏木ばっかり良い目をみやがって!」

「ふ、ふふふ、俺の左手が奴の心臓に五寸釘を打ち込めと囁いている」

「……先輩、俺、先輩のことは嫌いじゃないっすけど、死んでもらってもいいっすか?」

「兄貴、俺のことはいっつも邪険にするのに、もっとイジメてくれても良いじゃないっすか!」

「あ~、俺は、別に、彼女いるんでなんでも良いっす」

「「「「う、裏切り者!!」」」」

 コイツら、うるせぇ~。

 

「あ、信士君、お肉ばっかりじゃなくてお野菜も食べてくださいね」

「う、うん、俺別に野菜嫌いじゃないんで、有香先輩が焼いてくれたのだったら喜んで食いますよ」

「も、もう! そういうことじゃなくて」

「あ、い、いや、その、今のは……」

 オマエら付き合っちゃえよ、もう!

 

「あ~、あはは、お酒入ってないのにカオスだねぇ」

「あ~、うん、まぁ、うちのサークルだし? 良太は混ざっちゃ駄目よ」

「そもそも全力で関わりたくねぇ! 章雄先輩、なんとかしてくださいよ」

「できると思う?」

「「無理!」」


「なんか、一年女子のあたしたちをガン無視して盛り上がられると、それはそれでイラッとくるよね」

「男って、本当に馬鹿ばっかり」

「ぐふっ、ハーレムが巻き起こす修羅場、ぐふふふぅ」

「ちょ、初穂ちゃん、鼻血!」

 

 誰かなんとか収拾つけてくれないかなぁ……。

 この後片付けと日帰り温泉行く予定なんだけど。

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