第125話 勇者の夏合宿 その2 Ⅱ
『いただきま~す』
週末、日曜日の夜。
我が柏木家の食卓に家族全員+茜が着き、一斉に手を合わせる。
20畳のリビングダイニングの10人掛けのダイニングテーブルには大量の料理が所狭しとばかりに並んでいて、食欲をそそる香りを漂わせている。
大食漢が多いので(俺、亜由美、レイリア、ティア)いつも食事は大量なのだが、今日は一際多くて豪勢だ。
俺は目の前の皿に山のように盛られたローストポークっぽいものを口に入れる。
しっかりとした歯ごたえと旨味が広がりかなり美味い。……けど、これポークじゃなくてオークだよな?
確かにこの量の豚肉だと金額が凄いことになりそうだけどさ。
「旨っ! ちょ、裕兄、いつもこんな料理食ってんの? マジで俺もこの家に住みたいんだけど!」
「信士! 何言い出すのよ、恥ずかしい」
「うふふ、この料理はほとんどティアちゃんが作ったのよ。私はちょっと手伝っただけ。自信なくしちゃうわよねぇ」
「まだまだ沢山あるので好きなだけ食べてくださいねぇ。あ、ユーヤさん、おかわりいかがですか?」
ティアが手を差し出したので茶碗を渡す。すっかり我が家の主婦が定着してしまっている。
今の会話でわかるように、今日は信士も晩餐に加わっている。試験が終わった打ち上げも兼ねて茜共々誘ったからだ。
「そんで、信士は試験どうだったんだ?」
「ん? ああ、なんとか大丈夫だと思う。基礎教養は受験の時の復習みたいなのが大半だったし、専門課程はまだ基本的なところだけだったから。裕兄は、って、なんか余裕そうだから聞かないけど、姉ちゃんはどうだったんだよ」
食事の合間に試験のことを聞いてみる。成績によっては1年でも補講や休み期間の課題増があるからな。
「どういう意味よ。まあでも、今回は私も自信あるわよ。たっぷり時間あったからしっかり勉強できたし」
「? そんな勉強してたっけ? バイトとかサークルとか裕兄とのデートとかで遊んでばっかだった気がするんだけど」
「そ、そんなわけないじゃない。よ、夜に頑張ったのよ」
「俺より寝るの早かったじゃん」
「え、英語はどうだったんだ? 久保さんに教わってたろ?」
異世界で勉強してましたなんて言えないから、しどろもどろで言い訳を始める茜。
ボロが出ないうちに話を変えてしまおう。
「へぇ~~~~」
ニヤニヤ。
「あ、あれは、その、たまたまで」
途端に顔を赤くする信士とここぞとばかりにからかう気満々の茜。
本当に仲良いな、この姉弟。
親父や母さんも微笑ましいものを見るように目を細めているし。
時折母さんが無意識なのかお腹を撫でているのは、生まれてくる子供もこうなってほしいのかね?
まぁ、溺愛する自信があるが。
「兄ぃ、合宿は来週だっけ?」
「おう。23日からだな。メルと一緒に留守番頼むな」
「はい。御義母さまのことはお任せくださいね。アユミちゃんと一緒に家のことはしっかりとしますから」
「メルさんの家事はちょっと心配」
「う、が、頑張ります」
元がお姫様だからな。野営なんかは手慣れたものだが、家事は苦手らしい。ここ数日でようやく家電製品の使い方を覚えたみたいだし。
「お土産よろしく。後でリスト渡すから」
相変わらず遠慮ねぇな。仕方がないから木彫りの熊でも買ってきてやろうか。でかい奴。
「貴方たちなら大丈夫だとは思うけど、くれぐれも気をつけて運転しなさいよ」
「そうだぞ。あと、お土産はカニとウニと夕張メロンで良いからな」
「全部ゼリータイプで良いなら買ってきてやるよ」
それか海鮮丼ドロップとか豚丼チョコな。マジであるらしいし。
「我はホッカイドーでしか食えぬパフェが楽しみじゃな」
「豚丼も美味しいんですよね? ジンギスカンとかも楽しみです」
「食べ物ばかりじゃない」
「姉ちゃんは楽しみじゃないのか? 食い物」
「……スィーツは楽しみだけど」
コイツら、バイクツーリングだっての。
「まぁ良いではないか。無論、バイクでのツーリングも楽しむつもりじゃ」
「はい。そのためのお買い物も今日アカネさんと一緒にしてきました」
ツーリングでは班がバラバラになる予定なんだが、本当に大丈夫なんだろうか。今から不安で仕方がないんだが。
「信士、頼りにしてるぞ」
「うぇ?! お、俺? マジで?」
信士なら後でフォローできるからな。
絶対に俺一人じゃ無理だ。
……合宿の時だけ、会長復帰してくんないかなぁ。いや、本気で。
「さて、無事に、一部無事じゃない奴もいるが、前期試験が終わって、いよいよ来週から我がツーリングサークルの夏合宿が始まる」
月曜日。
ツーリングサークルの部室は所属する全員が集まっていた。
さすがにこの人数だと狭い。
机と椅子も畳んでスペースを作ったが、それでも全員立ってなきゃ入れないくらいだ。
章雄先輩を含めて総勢18人。
合宿が不安になる人数だな。
「今回の合宿は5人チームが2つに4人チームが2つの4チームに分ける。そして途中でのメンバー交代はしないから、基本的に最初から最後まで同じメンバーでツーリングを行うからそのつもりで。
んじゃ、グループ分けを発表する。
まず俺のAグループ。
グループリーダーは俺。サブリーダーとして久保さん。あとは野村、戸塚、瀬尾さん。
Bグループ。
グループリーダーは章雄先輩。サブリーダーに相川。それとレイリア、工藤信士、若林さん。
Cグループ。
グループリーダーは山崎。サブリーダーは大竹、ティア、峰岸さん。
Dグループ。
リーダーは道永。サブリーダーは小林さん。工藤茜、田代。
以上だ。
一応全員のレベルを考慮した構成にしてあるが、不都合があれば言ってくれ」
頭を悩ませながら一生懸命考えたメンバーだ。
不満が出ないように女の子は各2名ずつにしたしな。
そうそう、初出の人もいるから一応1年生も紹介しておこう。
まずは工藤 信士、バイクはHONDA CB250F|(ロードスポーツ)、経済学部。
戸塚 賢人、バイクはHONDA CBR954RR FB|(スーパーレーサー)。経済学部。
以上の6名だ。
今までのメンバーには乗っている人がいなかったビッグスクータータイプを選んだのもいるが、過去にはいたらしいし特に問題はない。
「日程とルートは各自プリントで確認しておくように。出発日は午前10時に大学前に集合して、グループごとに移動。食事はそれぞれのグループで摂ること。大洗のフェリー乗り場に16時30分までに到着。交通事情で遅れそうな場合は各リーダーが連絡するように。最終の手続き時間は18時45分だから、慌てなくても余裕があるはずだ。それと、必要に応じて食い物は途中で買っておいてくれ」
「フェリーと宿泊施設の予約は確認済みだ。それとキャンプ場へも荷物発送手続き済み。ただし、絶対に現金とかキャッシュカードを忘れないように。んじゃ、最後は章雄先輩」
俺の説明の後に山崎が補足する。そして突然章雄先輩に振る。
「うぇ? お、俺? あ、えっと、その、あ~、ぜ、前日までに必ずバイクの点検をしておくように。自信がない人はバイク屋にロングツーリングに行くと言って点検してもらったほうが良い。現地でトラブルとか厄介だから」
あわ食いながら何とか無難にこなす章雄先輩であった。
「えっと、旅費以外にいくらくらい持っていけば良いんですか?」
「一応食費と燃料代の他に1~2万くらい余裕があると安心だけど、お土産とかも買いたいだろうからその辺は各自で考えてくれ。ただ、全部現金で持って歩くと危ないから途中のコンビニとかで下ろしながらのほうが良いと思う」
「財布は服の内側に入れられるもののほうが良いぞ。コケてどっかに吹っ飛んだなんてこともあるからな。分散して入れておくのも有りだ」
「服装は、どんなのが良いんでしょう」
「北海道は夏でも朝晩は結構寒いことも多いらしいから羽織れるものと、防寒にも使えるレインスーツを準備しておくと良い。作業着専門のチェーン店に行くと結構良いのが割と安い値段で売ってるからな」
「ワー○マンっすね!」
「着替えはどのくらい持っていったら」
「宿周辺のコインランドリーはチェックしてあるから洗濯をそこですれば少なくても大丈夫だ」
「おやつは300円分ですか? バナナはおやつに入りますか?」
「おやつの上限はないけど、そんなに持っていけねぇよ! バナナはおやつに入りませんが、食べた後の皮は章雄先輩に踏んでもらってください」
最後に質問を受け付けたところ、次々と出るわ出るわ、オマエらプリント見ろや!
一つ一つに答えながら出尽くすまでなんとか我慢する。
ってか、狭い部屋に人がひしめいているうえにこの季節(物語上7月半ば)なので一応設置してある小さなエアコンじゃ意味がないくらい暑いんだよ!
「と、とにかく、後は各グループのリーダーに確認しておいてくれ。それじゃ解散!!」
結局強引に打ち切った。
重要そうなのはもう出てこなそうだし。いいだろ?
人の熱気で蒸し風呂のようになっていた部室から出ると、やっぱり暑い!
ステータスが高かろうが暑いもんは暑い。肉体的な耐久性とは別問題なのだ。
とりあえず一息つこうと中庭の木陰に向かう。
校舎のロビーは節電とかで冷房入ってないからな。食堂は遠いし。
一緒にいるのは茜とレイリア、ティア、信士、と、何故か戸塚もいる。
途中の自販機で飲み物を全員分の飲み物も買う。俺のおごりで。
「あ、ちょっと涼しい」
「あはは、熱気が凄かったですね。皆さん楽しみなんですねぇ」
「我も楽しみじゃぞ。牧場ソフトとかいうのも食えるのじゃろ?」
「でも金が結構キツいよ。こりゃ帰ってきてからはバイト三昧になりそう」
北海道だしな。
ちなみに当然のことながらレイリアとティアの分は全て俺が負担することになっている。ティアは家事をレイリアは亜由美の魔法教師をしてくれているが特に報酬を払っているわけじゃないのでこれくらいは問題ない。
「あ、あの、兄貴、補講ってやっぱ出なきゃマズいっすよね?」
みんなと一緒になって騒いでいた戸塚だが、ひょっとして空元気だったのか?
前期試験の出来がヤバそうってのは聞いたが。
さっき話に出した、無事じゃない奴がこの戸塚だったりする。
「当たり前だろうが。ってか、この大学合格できる程度の学力あるならそこまで前期は難しくないはずだぞ」
「い、いや、バイトで結構講義サボり気味で」
同情の余地ないな。
章雄先輩かよ。
「補講は8月入ってすぐ始まるから出ないと単位落とすぞ。大学院生の助手の人が講師するから厳しいし。まぁ、諦めろ」
「う゛ぅぅぅ、せっかく金貯めて夏休み遊びまくるつもりだったのに」
もう戸塚のことは放っておこう。
俺の意識は既に北海道に飛んでいるのだ。
「でも、裕哉と一緒に回れないのがちょっと残念」
「そうじゃな。どうせなら我らでグループを作れば良いのに」
「んなわけにいくか! まぁ、移動はグループごとだけど、観光で回る場所は全員集まるからさ」
「すげぇ、裕兄、マジでハーレムキング」
「お、俺もそこに加わって、ぴぎょ!」
「別の機会にメル様とアユミさんも一緒に行ってみたいですね」
色々と思うところはあるようだが、それでも全員気持ちは同じだろう。
すなわち、北海道、楽しみだ!
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