第124話 勇者の夏合宿 その2 Ⅰ

 カリカリカリ…。

 シュッシュッ…パサッ…。

 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。

「そこまで! 全員、学生番号と氏名を確認して答案を伏せろ。窓側から順に提出してから退出するように」

 試験官の先生(準教授)の声が響くと同時に部屋のあちこちから大きく息を吐く音と椅子を引きずる音が響く。

 試験の度に繰り返されるどこにでもある光景だ。

 学生の恒例行事とはいえ、試験が大好きなどという酔狂な奴でもない限り、できれば避けて通りたい前期試験の日程がこれで終了した。

 一応は真面目な学生の多い国立大学だけあって、教室を出るまではほとんど私語もなく静かなものだが、一歩廊下に出ると浮ついた喧噪が響く。

 

 廊下ですれ違う学生たちの表情は様々だが、どちらかというとあまり結果がよろしくなかった感じの奴が多いようだ。

 まぁ、3年になると試験内容もかなり専門性が高くなるからな。

 俺?

 ふっふっふ、今回は結構自信ありだ。

 何せ、この間まで半年近く異世界にいて、その間もしっかりと試験対策してたからな。

 授業は進んでいないのに勉強時間だけはたっぷりとあったおかげで、全部の教科で十分な復習ができたし、前期の課題になっていた論文も完璧に仕上がっている。

 チートずるっこ? なんとでも言うがいい。

 

 去年が3年間の異世界強制旅行のせいで散々な結果だったことを考えると余裕の笑みの浮かぼうってもんだ。

 もっとも、茜と亜由美は完全に旅行気分で勉強道具を何一つ持っていかなかったので途中で一度帰ってきたけどな。ほんの2時間ほど。

 ったく、半年も何も勉強しなかったらマジで頭の中が空っぽになって苦労するってのに、まったく考えてなかったらしい。

 亜由美なんか来年高校受験だってのにこのチャンスを生かさないでどうすんだか。

 仕方がないので亜由美については俺が家庭教師としてビッチリみっちり毎日3時間は教えたよ。

 

 テレビもゲームもラノベも漫画も存在しない異世界。おかげで苦手な教科は中一にまで遡って復習させることができたので学力レベルはかなり向上したはず。

 亜由美は魔法の修練と現代日本の勉強で口から何か出てたけど、まぁ、あとで俺に感謝することだろう。

 いまだに恨みがましくグチグチ言ってるが、俺も異世界じゃ結構暇だったからな。王国じゃ俺の仕事なんてほとんどなかったし。時々魔物退治や騎士団の訓練、王宮付騎士の訓練に呼ばれるくらいで。

 茜に関しては基本的に自分でなんとかしていたようだ。まぁ単位を取るために授業は真面目に出てるのでそっちは問題ないし、来年受けるであろう教職員採用試験は学力はもとより面接力が大事らしいから、ソレは異世界じゃどうにもできないからな。

 もっとも、母さんはこういった他の人よりも有利な状況で成績を上げることに関しては思うところもあるようだが、元々学力なんて経済的なものも含めて環境要因が大きいから、そもそも平等でも公平でもないんだし、本人が努力しているならば与えられた状況を利用するのは問題ないと考えている。

 

 話が逸れたな。

 まぁ、そんなわけで異世界で注文した家具類とメルの治癒魔法の習熟の完了を待つこと5ヶ月。

 その間はそれなりに充実した時間を過ごすことができた。

 茜と亜由美の魔法も毎日の鍛錬の甲斐あって、魔力も使える魔法も結構増えたので2人とも大満足だった。

 2人ともかなり精力的に魔法に打ち込んでいたせいかその習得速度は、宮廷魔術師の人曰く、なかなかのものらしい。

 魔法に対する取り組み方も違いがあり、茜は若さを保つために魔力を高めることと魔法を身体に作用させる方法を中心に、亜由美は派手な魔法を撃ちたいらしく放出系を中心に練習していた。

 俺のように、戦いに勝つこと、生き残ることを主眼にした殺伐とした魔法修練とはエライ違いだ。

 途中調子に乗った亜由美が俺に魔法をぶっ放してきたので正面から叩き潰してドヤ顔してやった。後で茜に『大人げない』って怒られたが。

 後は身を守るための格闘関連も練習してはいたが、こちらはやはり実際に命の危険にさらされていない現代日本人、実感に乏しい分今ひとつだった。というか、周囲が強い人ばかりなのでレベルが違いすぎて最初から諦め気味だったのかもしれない。

 

 そんなこんなである意味充実した異世界生活を過ごし、準備も整ったことで日本に帰還。翌週に新築の新居に引っ越した。

 そして、その新居だが、なんというか、でかかった。

  元々の土地に馬場のじいさんの土地を合わせて約83坪。

 駐車スペースは自動車4台分は優にあるし、ガレージではないが屋根も付いている。それほど広くはないが庭ももちろんあるが、やはり目を引くのは建物だ。

 堂々の3階建て。家の位置的にそれほどお隣に圧迫感はないだろうが、それでも苦情を言われそうで怖い。

 一応隣接する家には親父が菓子折持って事前に挨拶に行ったのだが、早くもやっかみ8割の嫌みを散々言われたらしいが。

 

 間取りは図面によると居室が10部屋とリビングルームが2つ、4畳ほどの書斎にも使えるサービスルームが2つ、トイレと風呂もそれぞれ2つ、広めのバルコニーもあるし、さらに階段も2階までは2カ所もある。

 なんでこんな間取りかというと、将来的に2世帯住宅にできるようにとのことだそうだ。

 なのでキッチンも大きいのと小さいのがあるし、いくつかの場所に壁を作れば3LDK+1Sと7LDK+1Sに分けることができるのだ。玄関だって少しのリフォームで追加できるらしい。

 都心部ではないにしても十分都市部といって良い地域に近い住宅地の家と考えると結構な豪邸に見えるな。

 

 実際、棚ぼた的に屋敷をもらった俺と違い、一から働いてそれだけの家を手に入れた両親は尊敬する。

 まぁ、これから先、20年のローンが待っているらしいが、当然大学を卒業して就職したら俺も負担するし、アクセの売り上げも割合を決めて家に入れるつもりでいる。

 親父たちは就職してからで良いとは言ってくれているが、実質、建て替えたのも俺たちのためだから、少なくとも家賃分ぐらいは払わないと落ち着かない。

 海保からの報酬は、実はあまり負担したって感じじゃないし。

 ……ところで家賃分って、7LDKで幾らくらいなんだろう。


 とにかく、新生活がスタートしたわけだが、家も広くなったが人数も増えた。

 メルが一緒に住むことになり、現時点で7人。さらに年明け前後には弟か妹が増える。風呂やトイレも増えたので生活面では多少余裕ができてはいるが、まぁ、何をするにしても人が、特に女性が多いというのはなかなか大変なもので、ちょっとしたことでも大騒ぎの現状である。

 ちなみに、影狼の子供は無事に訓練が終わり、亜由美の従魔として契約も完了している。屈服したわけではないが子供の頃からの訓練でキッチリと服従できているので問題なさそうだ。

 名前は『サラ』で性別は雌らしい。名前の由来はインド神話に登場する『サラマー』という神犬だそうだ。……一応オオカミなんだけどなぁ。

 今はもっぱら影狼にくっついて色々学んでいるらしい。実際に亜由美の護衛をするのはもう少し先になりそうだ。

 

 

 そんな風に現状の説明をつらつらと脳内会話をしながら歩いているうちに、我がツーリングサークルの部室に到着してしまった。

 ガチャ

「うぃ~っす」

「えっと、それじゃここの訳はこれでいいのかな?」

「そう。そこは前文を表してるから、前の設問とは切り離して考えて」

 ……えっと、ここは、部室、だよな?

 なんか、信士と久保さんが椅子を並べてイチャコラしてるんだけど。

 

 机を回り込んで対面側に座る。

 ん? どうやら信士が英語の勉強をしていて、久保さんが教えてるって図、なんだけど、なんだ? このムズムズして甘ったるいような空気は。

「お~い」

「え? あ?! ゆ、裕兄?!」

「え? せ、先輩?!」

 2人とも、今初めて俺に気がついたらしい。

 えらく慌てて、顔も真っ赤だ。

 どう見ても俺はお邪魔虫だったようだ。わかってたけどな。

 

「いや~、邪魔だったか?」

「そ、そそそそ、そんなこと」

「そ、そうそう、邪魔なんて、ただ信士君が英語が心配だっていうので、その」

 英語の教科書を開いているのでそれは本当だろうけど、そんなに慌てると深読みしてしまいそうになるぞ?

 なんにしてもいつの間にやら良い具合に仲が進展しているようだ。

「ゆ、裕兄のほうは試験終わったの?」

 ニマニマ笑う俺に信士が誤魔化すように聞いてくる。

 まぁ、あんまりからかうのも可哀想なのでこれくらいにしておいてやろう。

「ああ、さっきの時間で全部終わり。1年は後2日あるんだっけ? 久保さんは?」

「私は明日で終わりです。履修科目が多いので」

 うちの大学は学部によって試験日程が異なるし、1年は基礎教育課程があるので試験日程も長いのだ。経済学部には試験自体を行わずに論文提出の科目もある。

 同じ大学でも他の学部のことはよくわからないんだよな。

 

「そういや、信士、英語苦手だったっけ?」

「苦手ってほどでもないけど、得意ではないよ。特に準動詞がちょっと苦手。姉ちゃんがいつの間にか英語ができるようになってたんだけど、教えるのはてんでダメでさぁ」

「幸い私が英語教師志望ですから、信士君に教えていたんです。自分の勉強にもなりますし」

 なるほど。

 茜は魔法で言語理解したからな。確かに教えるのはちょっと無理だ。

 チートはこういうときに困る。何せ積み重ねがないからな。

 

 ガチャ。

「ち~っす!」

「こんちゃぁ」

「あぁ~、やっと終わったぁ」

 そんな風に話をしていると、部室の扉が開き続々とメンバーが入ってきた。

 とはいえ、1年生は来ていないみたいだ。何故か4年生が1人混じってるが。

 茜は来ていない。久保さんと同じく教育学部の茜は明日も試験が残っているので今日はすぐに帰って勉強の予定らしい。

 俺と山崎、大竹の3年経済学部3人衆は再来週に迫った恒例のツーリングサークル夏合宿の最終確認の打ち合わせで集まったのだ。

 試験の日程に余裕があるからだが、元々そんなにやることがあるわけじゃないので特に問題はない。

 予約済みの宿やフェリー会社に連絡をして確認するのと、ルートの工事予定の有無を調べたりするぐらいだ。

 昔は地域の警察署に確認取るくらいしかできなくて、実際に行ってみたら工事で渋滞とか通行止めとかがあって大変だったらしい。今はネットで調べられるから楽なもんだ。

 オマケが1人いるのでこき使ってやろう。

 

「何か最近俺の扱い、酷くない?」

 章雄先輩がぶーたれるが、扱いが酷いのは前からなので気にしないでほしいものだ。

 なんだかんだ言いながらきちんとやってくれるし、みんな結構頼りにしてるのよ? 一切態度には出さないけどな。

「それは態度に出してよ! 泣くよ?!」

「章雄先輩、遊んでないでリストの上から順に宿に確認して!」

「あ、はい」

 大竹が宿のリストと日程表を渡すと章雄先輩はなんとも言えない表情で大人しく電話をかけ始める。

「あ、あの、裕兄、俺も何か手伝おうか?」

「いや、信士はまだ試験残ってるんだから補講にならないように頑張れ。こっちは大丈夫だからさ」

「……その優しさが俺にも欲しい」

 すみません。売り切れちゃいました。

 

「ところで、今日、レイリアさんとティアちゃんは?」

「2人は聴講生ですからね。試験はないので休みです。うちが引っ越したばかりなんで片付けなんかをしてるはずです」

「2人もそうだけど、柏木この間、別の女の子も連れてなかったか? シルバーブロンドのあり得ないくらいの美少女!!」

「何?! 山崎、その話詳しくプリーズ!」

「ああ、俺も会ったよ! メルスリアさんって言うんだって! レイリアさんやティアちゃんと同じく、近いうちに聴講生として通うんだって」

「ってことは……また?」

「柏木絡み?」

「そゆこと」

 大竹と山崎の質問を章雄先輩が肩をすくめながら肯定する。

 そして3人揃って殺気を込めたジットリとした視線で俺を睨む。

「「「チッ!!」」」

 舌打ちすんなよ。

 

「視線で人が殺せたら」

「呪殺、確実、証拠が残らない……検索」

「マジで死ねばいいと思う」

 酷すぎない?!

「「「うるせぇ! リアルハーレム野郎が! ピンポイントでテ○ドン直撃してください、お願いします!」」」

 いかん、形勢が不利すぎる。

 しかも、ハーレムとか、否定できないし。

「「マジ殺す!!」」

 うわっ! 危ねぇ!

 モンキ振り回すな!

 

 

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