第123話 勇者の異世界デート Ⅷ
「あ゛~……太陽が黄色い」
5割増しで眩しく感じる日の光を手で隠しながら伸びをする。
「兄ぃ、だらしない。老化現象?」
俺はまだ若いわ!
単に寝不足と疲労がたまっているだけだよ。
「一緒に帰ってきたメルさんはツヤッツヤで凄く調子よさそうだったのに」
それは俺も不思議でしょうがない。
一昨日、いや、昨日か、ほぼ朝方に休憩するために貴族街の俺に与えられたというお屋敷に行ってからほとんど寝ていないのは俺もメルも同じはずなんだけどな。
休憩するために行ったはずなのに『ご休憩』になってしまった。
ん? 肝心なところを端折るな?
いや、言えるわけないじゃん。気になる人はノクターン版を待て(大嘘)。
まぁ、ひとつだけ言えることは、メルは途轍もない肉食女子だったということで。
数時間前にヘロヘロになりながら王宮に帰った俺とメル。地に足がついていないほどご機嫌で、時折グフグフと怪しい笑い声を上げてトリップしているメルに周囲はちょっと引き、目の下に隈を作り頬が痩けた(俺の主観)様子の俺は茜にかなり心配された。
……これから先、身が持つのか不安で仕方がない。
部屋で少しだけ仮眠は取ったものの、回復する間もなく王城を出て街に繰り出すことにした。
理由?
エリスさんが怖かったんだよ!
ベッドで仮眠してたら鍵を掛けていたはずなのにエリスさんがベッドににじり寄ってたのには心底ビビった。
ほんの僅かに危険な気配がしたのに気がついて目が覚めたのだ。
マジで怖かった!
というわけで、逃げるように、ってか、間違いなく王宮から逃げ出してここにいるのだ。
んで、今日のお供は亜由美である。
今となっては一番安心できる、俺の心のオアシスだ。
何せ実の兄妹だからな。そういう関係になりようがないから距離感とか考える必要ないし。
もちろん茜もレイリアもティアもメルも、俺にとってはみんな大事な相手だし、全員とこういう関係になったことに後悔はない。いや、色々と考えるところはあるし、割と最低な男であるのは自覚してるが。
ただ、ここ数日で一気に関係が進んでしまったので自分の中でまだ整理し切れていない部分が多いのだ。
かといって、1人ずつ時間をおいて関係を進めるのも残った人が可哀想だし。これはこれでしょうがないのかな、とは思う。
そして、俺のメンタル面から考えて、これ以上は無理!
ヴァリエニスが何と言おうが自分にはこれ以上相手を増やす余裕なんざありません! 神罰だろうが受けて立とうとも!
と、いうわけで、今や恐ろしい魔窟と化した王宮からは早めに脱出せねばならないだろう。
早急にあの激恥の銅像も処分することを決意する。誰の文句も受け付けませんとも。
さらに、あの屋敷で働く人も男性を増やそう。若くてそれなりの外見の人を雇えばあのメイドさんたちが少々肉食系でも矛先を移してくれるかもしれないし。
あ、でもなぁ、そうなると今度は茜たちが心配だ。俺にはNTR属性なんて一欠片たりともありませんから!
それはともかく、せっかく逃げてきたので今を楽しむことにしようと思う。
帰ってからが怖いが、先送りと言われようが考えたくないことからは全力で目を背けるのが正しい人間模様と言えるだろう。うん。
とはいうものの、どうしようか。
俺は隣を歩く亜由美の頭を撫でつつ聞いてみることにする。
亜由美も特に嫌がることなく、むしろ機嫌良さそうにしているので何かしら希望がありそうだ。
「むふふふ、お出かけぇ。魔法の練習もやりがいあるけど、たまにはお休み欲しいよね」
「でだ。亜由美はどこか見てみたいところあるか?」
「う~ん、王都の中はめぼしいところ見たし、その気になればいつでも行けるし。あ、そうだ! 兄ぃ、アクセ作るときの魔法、ドワーフの人に習ったんでしょ? その人に会ってみたい!」
そういえば以前そんな話をしたことあったっけ。
王都どころか王国内ですらないけど、転移魔法で行けるから行ってみるか。
久しぶりに師匠に会うのも良いだろうし、考えてみれば邪神との戦いの後でちょっとだけ帰りに寄って顔合わせたきり、挨拶もしてないな。
「別にそれは構わないけど、見るものなんてあんまりないぞ? それでもいいか?」
「いい。どんな人か気になるし、ドワーフなんてファンタジー種族、会わずに帰るなんてもったいないことできるわけない」
さすがサブカルオタク。ぶれないな。
気持ちはわかるけどな。
そうと決まれば早めに行こう。
じゃないと師匠寝ちゃうからな。
アイテムボックスからDT200WRとヘルメットを取り出す。
まずは王都から出ないと転移魔法が使えないし、歩くにはここから王都の門までまだ10キロちかくあるからな。
スタンドを上げてキックレバーを蹴る。
カシュ、カシュヴィェィン! トコトコトコ…。
2ストエンジンの軽い音。
リアのステップを手で引き出してやると亜由美がヘルメットを被ってシートに跨がる。
俺の腰に手を回したことを確認して、ゆっくりとバイクを街門に向けて走らせた。
20分ほどで王都の門をくぐり(門は顔パスだった)門のすぐ外側でバイクを降りる。
「? 魔法で行くの?」
亜由美の不思議そうな顔に頷いて答える。
バイクだと多分2日くらい掛かるからな。
ヘルメットを脱いで立ち尽くす亜由美の肩に手を添えて転移魔法を発動する。
「うっ、いつもながら何か変な感じ」
転移したとき独特の感覚的な違和感と急激な視界の変化に亜由美が顔をしかめる。
慣れるまで結構気持ち悪いんだよな、転移って。
「えっと、ここ?」
キョロキョロと辺りを見回して戸惑っている亜由美の様子にニヤニヤしつつ、手を引いて街道に出る。
この辺はまだ街道以外は鬱蒼とした森林地帯にしか見えないが、少し歩くと森が拓け、向こう側が見渡せるようになる。
王都のように転移防止の魔法的な措置が執られているわけではないが、礼儀として街中ではなく少し手前の拓けた場所に転移ポイントを設定してあったのだ。
それが理解できたのか亜由美も大人しく付いてくる。
そして、ようやく視界が開けると、その光景に感嘆の声を挙げた。
「わぁぁ~……」
俺にとっては何度も見た光景だが、初めて見る、ましてや日本人からしたらちょっとした絶景だろう。
そこにはドワーフが造り上げた街、“バルズド”があった。
見た目はトルコのカッパドキア奇岩窟と中世に造られた中東イエメンのハジャラの城砦を足したような街だ。
岩山をくりぬいたような無数のトンネルと石造りの家々が密集していてひとつの巨大な城のようにも見える。
元々は森林地帯の中にあった鉱山にトンネルを掘って採掘し、薪や木炭を得るために周囲の木を伐採、掘り出した鉱石を加工するために坑道のすぐ外側に家と工房を建てたのが始まりらしい。
普通なら鉱山なんかはその土壌や排水に毒性の強い多量の重金属が排出されるために人が住むのには適さない。坑道の崩落の危険なんかもある。
だけど、ここは魔法のあるファンタジー世界である。
重金属は錬成して分離精製するし、水も浄化しているから無害だ。坑道も魔法を付与した建材で補強されているので安全なのである。
現代科学の申し子である日本人から見たらとんでもないチートだ。
というわけで、結果としてこの世界でも珍しい都市ができたというわけなのだ。
現在ではほとんど鉱石は掘り尽くされ、単なるドワーフを中心とした街になっているのだが、この辺りの地域自体、鉱物資源が豊富なので新しい鉱山もすぐ近くにあり、それほど不便ではないらしい。
さて、そんなこんなで既に朝とは言えない時間になってきたので急がないとな。
目を丸くして呆然と街を見上げている亜由美を促して街の入口に進む。
街は街道よりも少し高い位置にあるので近づくほどに街が迫ってくるような感覚に襲われる。
一応街道に繋がっている道がこの街のメインストリートなのだが、普通の城砦都市のように門で街と外が区切られているわけではない。
そこら中に通路が張り巡らされて、周囲のどこからでも街には入れるが、ドワーフたちが好き勝手に通路やら家やらを建ててきたのでかなり入り組んでいて、案内もなしに入れば間違いなく迷う。
最初にこの街に来たときはマジでダンジョンかと思ったからな。
街に入って緩やかな坂を登っていく。
通路は狭く荷車1台分くらいしかなくて、所々にすれ違えるように少しだけ広くなっている場所がある程度だ。
「ドワーフの街じゃないの? 歩いているの普通の人ばかりだけど」
「ドワーフの連中は極端な夜型ばっかりだからな。この時間に出歩いてるのは工房に雇われてる雑務の人たちとか買い付けに来た商人、あとはこの街で店を開いてる商会の人たちばかりだよ」
ドワーフってのは伝説によると土の精霊が変化した種族なんだと。まぁ、この辺は数多のファンタジー通りで職人気質で仕事以外は大雑把な奴が多い。
ただ、それだとやはりいろいろな面で困ることが多いので雑務を担う人を工房単位で雇っているのだ。
仕事はきついがドワーフは金払いが良いし必ず約束は守るのでそれなりに上手くいっているらしい。怒らせると超怖いので変なことをする奴もいないのだとか。
いまだにドワーフに会えていない亜由美はちょっと不満そうだが、焦らなくても会わせてやるから心配すんな。
苦笑いしながら坂を登り続け、街の中腹に差し掛かったところにある家の前で立ち止まる。
目的の、師匠の家兼工房だ。
玄関先にぶら下がっている呼び鈴代わりのフライパンのようなものをぶっ叩く。
しばし待つ。が、出てこない。
案の定既に寝てしまっているらしい。
やれやれ。
しょうがないので玄関を開け、中に爆竹を放り込んだ。
すぐに扉を閉めると中から微かに炸裂音が聞こえる。
相変わらず防音性はバッチリだ。というか、乱暴ではあるが、こうでもしないと寝ているドワーフは起きないのよ。
「うるせぇ!! 誰だ!!」
爆竹の数倍ありそうな大きな怒鳴り声が聞こえたので再び扉を開ける。
「俺だよ。師匠、久し…って、おわぁ!」
危ねぇ! ハンマーが飛んできやがった!
「てめぇ、ユーヤ! 何しやがる! このバカ弟子が!!」」
「そりゃこっちのセリフだ!」
慌ててハンマーを弾く俺と怒鳴る師匠。
「人が気持ちよく寝てりゃ、てめぇ、って、そういやおめぇ帰ったんじゃなかったのか?」
「事情があって帰ってからまた来たんだよ。とにかく、師匠、久しぶり」
「チッ、てめぇみたいなのとまた会ったってこっちは嬉しくもなんとも…おい、手に持ってるソレはなんだ?」
「異世界産の酒だけど? いや、いらないってんなら持って帰るけど? 残念だなぁ、ウイスキーにブランデー、テキーラ、ウォッカ、カルバドス、ラム、ジン、他にも色々あるんだけどなぁ。帰れって言うな…」
「よく来たな、愛弟子よ! 何してる! 早く入れ!」
手~の~ひ~ら~ク~ルクル。
お約束のやり取りを経てようやく中に入る。
「なんか、イメージ通りというか、それ以上というか」
俺と師匠の掛け合いを見てなんとも言えない表情の亜由美。
まぁ、ドワーフだからといって必ず酒好きとも限らないのだが、師匠に関して言えばかなりの酒好きで、しかも、俺が弟子入りしていた時に異世界の酒の話を随分してたせいってのもあるしな。
とりあえず手に持っていたウイスキーとブランデー、ウォッカ、ジンを師匠に渡す。銘柄はサントリーの山崎、ニッカXO、ポーランドのズブロッカ、タンカレーロンドンの4種類だ。
満面の笑みで受け取り、大事そうに床下の物入れに仕舞う。
師匠は酒好きだが昼間や仕事前には絶対に飲まない。曰く、酒を飲むときは一番美味く感じる時に飲むもんだ。だそうである。
「仕事終わりが今から楽しみだ。で? 今日はなんだってんだ? それと、後ろのお嬢さんは?」
「ああ、さっきも言ったけど、元の世界には一度戻ったんだよ。けど事情があってもう一度来ることになったんだけど、その時に元の世界とこっちの世界を自由に行き来できるようになってさ。一応師匠にも挨拶しておこうと思って。
それとこっちは俺の妹の亜由美。
以前話したように俺のいた世界にはドワーフとか獣人って種族はいないから、一度会ってみたいって言うから連れてきた」
そう説明すると亜由美も師匠に頭を下げて挨拶する。
「あの、初めまして、裕哉の妹の亜由美です。兄がとてもお世話になったと聞きました。その、よろしくお願いします」
「お、おう。まぁ、なんだ、娘っ子にゃ退屈な所だろうがゆっくりしていってくれや」
……おや?
師匠が珍しく愛想が良い。
普段の師匠は外見も内面もある意味ファンタジーのドワーフそのまんま。浅黒い肌の髭面でボサボサ頭、150センチほどの身長にずんぐりとした体型にぶっとい手足、職人気質で頑固一徹、愛想もなけりゃ手も早い。
そんな男が亜由美を前にして目尻が下がり、口調も初めて聞くほど柔らかい。
なんか……気色悪い。
「そうだ、炉の火は落としちまってるが、工房でも見学するか?」
「いいんですか? なら是非見たいです」
しかも素人に工房を見せるだと?!
師匠、何か悪い物でも食ったのか? それか、中身が別人に入れ替わってるとか?
「し、師匠、いいんすか? 俺の時だって試験だの試練だのって言ってなかなか工房に入らせてくれなかったクセに」
「な~にを言ってるのかな? ユーヤ君。僕はやる気のある若者ならどんどん教えたいと常に思ってるよ!」
き、気持ち悪ぃ。
僕って何? マジでヤバイ薬でもキメてんのか?
「わぁぁ! ホントにファンタジーの世界みたい。ここで武器とか作ってるんですか? 兄ぃに魔法も教えたんですよね?」
工房に入って、大きな炉の前に金床やらハンマーやらが並んでいるのを見て亜由美が歓声を上げる。
「もちろんだとも。ユーヤ君は非常に優秀でね。僕も随分と驚かされたよ。ああ、アユミ君だったね? 君もどうだい? 僕で良ければ弟子になってみないか? 何、心配しなくてもこの街では僕が一番弟子には優しいと評判なんだ」
「ちょ、師匠?! 何を…」
「ユーヤ君、人が悪いじゃないか、君にこんな可愛らしい妹がいたなんて」
「おい、おっさん」
「ユーヤ君、いや、お義兄さん、後のことは僕に、ぐぎゃ」
それ以上言わせずに師匠をぶん殴る。
壁まで吹っ飛ぶかと思われたが、その体型に似合わない身軽さでとんぼを切り着地する。くそっ!
「何しやがる、このバカ弟子!」
「やかましい! 14歳の子供相手に何考えていやがる! テメェの歳考えろよ! 100歳以上の差があるんだぞ!」
髭モジャのガチムチ親父のクセにガチでロリコンかよ!
「年の差がなんじゃ! そんなもの気にして鍛冶ができるか!」
「鍛冶と関係ねぇだろうが! クソ師匠が、引導渡してやるわ!」
「舐めるなバカ弟子! 返り討ちにしてくれるわ! そしてアユミたんは儂が幸せにしてやる!」
ドン! ズガン!
メキョ! ゴシャン!
「……ドワーフって、こんなんだっけ?」
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