第122話 勇者の異世界デート Ⅶ
オギャァ、オギャァ!
新しく生まれ落ちた命が懸命に産声を上げる。
ほんの少し、何かの力が加われば、或いは何かの力が欠ければ簡単に消えてしまう、そんな脆くて愛おしい小さな命が、生きるために精一杯の力を振り絞って声を上げている。
「大丈夫です。元気な男の子ですよ」
「先生、出血が…」
「これくらいは正常の範囲内ですね。さぁ、臍の緒も切りましたから子供を湯に浸して、そう、優しく身体を清めてあげて」
「はい」
「こちらはゆっくりと回復魔法をかけて、ゆっくりですよ。出力を絞って、絶対に治癒魔法は使わないように。治癒魔法だと出産前の状態に戻そうとしてしまうので逆に母胎が危険ですからね。そう、ほんの少しずつ体力を戻してあげるだけで充分です」
目隠しになっている衝立のすぐ向こう側からお産専門の治癒師と助手を務めるメルの声、それにお手伝いの女性たちが動き回る音が聞こえてくる。
今日はメルが出産に立ち会って実地で治療を学ぶために神殿内にあるお産の治癒院に来ているのだ。
俺がなんでいるのかって?
それはだな、その、レイリアに続いてティアと、えっと、なんだ、イタしたことで、次はメルの番だと追い立てられて同行することに相成ったわけだ。
ただ、レイリアやティアの時とは違い、メルは真剣に出産と新生児への対処と治療を学ぶために来ているのであって、空いている時間なんかほとんどない。
魔法に限らず、物事を習得するにはとにかく経験数、つまり数をこなしてナンボなので王都内の複数の治癒院を駆け回っている。
会話も移動時間にほんの少しする程度。他の空いた時間もベテランの治癒師に質問したり教えを受けたりしている。夕方を過ぎれば今度は昼間にできなかった公務を行わなければならない。なので、俺はほとんどついてきているだけ、の役立たずである。
こうした状態が既に数日繰り返されているのだが、茜曰く『同じスタートラインになるまでメルさんと一緒にいること』というわけなのである。
「あの、勇者様」
「はい?」
治癒院の処置室の片隅でボヘッと座っていた俺に、手伝いをしている女性神官(やっぱりシスターで良いんだろうか?)が声を掛けてくる。
「あ、あの、出産を終えた御母様が勇者様にお願いしたいことがあると。その、よろしいでしょうか」
お願い? なんだろ?
まぁ、待ってるだけだとヒマだし、最初は緊張したり産声を聞いて密かに感動したりしたものの、何度も経験すれば慣れてしまうもので。
何か手伝いたいのだが、素人のそれも男ができることなんてほとんどないんだよなぁ。
というわけで、お願いとやらも無理なことじゃなければどんどん言ってくださいな。
「構いません。俺にできることであれば」
そう答えて促されるまま衝立の向こう側へ。
寝台に女性が横たわっているが、既に必要な処置は終えたのか、その身体には毛布が掛けられているのでホッとする。
「あ、あの、勇者様。も、もしよろしければ、子供を抱き上げていただけないでしょうか。勇者様のように強くて立派な男性になれるように。どうか、お願いします!」
強くて、立派?!
誰のことだ? 俺か? 自分で言ってて悲しいが、立派とはほど遠いぞ?
ツッコミ所はあれど、この場でそれを口にするほどKYじゃないので、穏やかに微笑んで(少なくとも自分的にはそのつもりで)頷く。
女性神官が真っ白な布に包まれた赤ん坊を抱き上げ、俺に向かって差し出した。
えっと、確か生まれたばかりの赤ちゃんは首が据わっていないから身体と同時に頭を支えなきゃいけないんだったな。
亜由美が生まれた頃は俺はまだ小学1年生くらいだったから、さすがに生まれた直後に抱き上げたりしたことない。オムツを替えたり風呂に入れるのを手伝った覚えはあるが、こんな生まれたての赤ん坊を抱いたことなんてないから怖い。
神官さんに抱き方をレクチャーされながら、そっと抱く。
ずっしりとした重みを腕に感じる。たかが3キロ程度の重さしかないはずなのに明らかな存在感を持った、命の重み。
真っ赤なしわくちゃの、よく言われるように猿のような見た目で、決して可愛らしいとは言えないが、それでも愛おしさを感じさせる、小さな命。
これから先の人生が、幸福なものになるよう心を込めてしばらくの間抱き続けた。
他人の子供を抱き上げただけでこれなら、自分の子供だったらどうなることやら。
身をよじるように動かし、泣き出したので慌てて赤ん坊を神官さんに戻す。
めっちゃ焦った。
母親がメルの手を借りて身体を起こし、赤ん坊を受け取る。
おっぱいをあげるのだろう、いきなり服を捲り上げたので慌てて回れ右。
「あら? 勇者様ならご覧になっても良いのに」
「し、失礼しました~!」
気持ちに余裕ができたのか、からかうように言う女性の声を背後に慌てて衝立の向こうまで戻る。
いや、見てないよ? ホントに。
さすがに俺もそこまでデリカシーに欠けていないつもりだ。捲ろうとした瞬間メルの殺気が迸ったからなんかじゃない。
それからほどなくして全ての処置を終えたらしいメルがこちら側に歩いてきた。
「ふぅ、ユーヤさん、お待たせしました」
「お疲れ様」
少し疲れた表情で息を吐くメルを労う。
「今回はかなり安産だったので良かったです。難しい状態のほうが治癒の鍛錬にはなるのですけれど、やっぱり何事もないのが一番嬉しいですね。悩ましいところです」
軽く肩をすくめながらメルがこぼした台詞に苦笑する。
確かにどんな状況にでも対応できるようにするための訓練なのだから、安産だとあまり練習にならない。けど、難しい、厳しい状況というのは母体や新生児が命の危険にさらされているという状態なわけで、メルとしてはやはり何事もないことを祈らざるを得ないのだろう。
以前テレビか何かで、消防士や救急救命士が厳しい訓練をしつつも自分たちが活躍することがないように望んでいるっていう、ある意味矛盾した思いを抱えているって言ってたのを見た気がするが、多分似たようなものなのだろうな。
それでもこれまでに何度かそういった危険な状況にも直面したことがあったらしいメルは着実に力をつけていっているようだ。
うん、こうしてみると本当に聖女様だな。
時々もの凄くポンコツになるけど。あと、最近は時々肉食獣にもなるな。
時間も夕方にさしかかっているので本日の修練もここまでとし、治癒院を出て王城へ戻ることにする。
メルは王女様でもあるので当然お迎えの馬車が待機している。
護衛の騎士も数人傍にいるし、少し離れた場所にも複数の護衛が待機している。
もっとも、全員集めてもメルのほうが強いんだけどな。
それでも余計なトラブルを未然に避ける意味でも護衛は必要らしい。
ちなみに俺やレイリア、ティアが一緒ではなく茜や亜由美が王宮から出るときは20人以上の護衛がついているそうだ。誰かが一緒だと5人くらいが離れてついてくるけど。
まぁ、それはそれとして、とにかく図らずもVIP待遇を俺たちは受けているし、メルは正真正銘の要人なわけで、当然の事ながらその護衛につく騎士たちは信用、実力とも国内でもトップクラスの人たちなのだ。
何が言いたいんだって?
いや、俺も目の前の光景に何て言って良いのかわかんないのよ。
今日俺たちが来ている治癒院は王都の外れに近い場所にある小さな神殿に併設されている場所だ。
数十万人が暮らし、それ以外にも毎日数万人が行き来している広大な王都には複数のこうした神殿と治癒院が点在している。
この場所はその中でも比較的所得の低い労働者が集まっているエリアにあり、スラムとはいかないが住居が密集して王都の中では治安も悪い部類なのだ。とはいえ、衛兵が常に巡回しているし多くのファンタジー物でイメージするほど薄暗くも危険でもない。
せいぜいイタリアのナポリやニューヨークのハーレムくらいの治安と考えれば良いのかもしれない。もちろん女性の一人歩きができるほど安全でもないが問答無用で殺人事件が頻発するほど荒んでいるわけじゃない。とはいえ、王都民でもある程度裕福な人は立ち入らない地域であるのは確かだけどな。
まぁ、そんな中で高い身分の人が乗っていそうな馬車で乗り入れれば悪いことを考えるヤツもいるかもしれないが、そんな連中だって護衛が数人付いていれば手出ししたりしない。
にもかかわらず、今俺達の目の前で繰り広げられているのは20人ほどの身なりのよろしくない男達と護衛の騎士の戦闘である。
戦闘といっても、男たちは闇雲に騎士たちに躍りかかってはあっさりと返り討ちにあっている。
護衛の騎士は5人。数自体は1/4でも地力が違いすぎる。
瞬く間に襲撃してきた連中を戦闘不能にしていった。しかも一人も逃がさないように丁寧に足を潰していっているのはさすがだ。
まぁ普通に考えれば、そこらに転がってるようなチンピラを掻き集めてけしかけておいて、次にどう出てくるかなんてのはテンプレもいいところだ。
ザッ、ゴシャッ!
「う、ぎゃぁぁぁ!!」
戦闘に注目している俺たちの隙を突く形でメルの背後から近づいてきた黒ずくめの格好をした奴の両足を蹴り飛ばし、受け身を取ろうとしたのに構わず空中で相手の腰を踏みつけてそのまま地面にドッキングさせる。
さらに両手を踏んづけて丁寧に砕いてから自決防止に顎も外す。
別の角度から時間差で飛び込んできた襲撃者はメルが一撃で仕留めたし、他は……あ、隠れてた護衛が押さえつけてるな。
ところでメルさん、高○竜児ばりのブーメラ○フックはどこで憶えたんでしょうか? 襲撃者が宙に舞ってから顔面着地&石畳陥没までのフルコンプまで、ご苦労様です。相手は…生きてるな。さすがは丈夫な異世界人。
普通なら1話丸々使っても不思議じゃない襲撃はわずか数行で終わってしまったわけだが、さて、どうしようか。
明らかに計画性のある襲撃だけど、内容といったら非常にお粗末な代物だ。
俺たちを襲うとすれば、一番可能性が高いのは帝国だろうが、それにしてはショボい。となると、どこぞの犯罪組織か、俺たちの存在を邪魔に感じている貴族や商人ってのがありがちなパターンか。
いつの間に呼んだのか、それとも騒ぎを聞いて駆けつけたのか衛兵さんたちが沢山集まってきている。
メルが衛兵の責任者っぽい人に指示を出して次々とチンピラたちを拘束して連行させていく。
うん、とりあえず王城まで連れていって尋問だな。
後で俺も顔を出すことにしよう。
「こ、これは侯爵閣下、こんなお時間にお出かけですか?」
現代人からするとまだ宵の口くらいだが、こちらの世界の人の感覚ではもう深夜に差し掛かる時間。軽装で王城の門に来た俺に門番をしている騎士が驚いた声を上げる。
「ええ、まぁ、ちょっと野暮用というか、たまには、ね?」
「なるほど、勇者である閣下ならば心配はいらないとは思いますが、お気を付けて行ってらっしゃいませ。あ、よろしければ馬車を用意しますが」
思わせぶりなことを言ったのですぐに納得したような顔で笑みを浮かべた門番騎士さん。多分俺がこれから色街にでも行くのだと思ったのだろう。
さらに気を利かせて馬車の手配を申し出てくれるがそれは断る。王城には何かあったときのために夜間でも常に馬車と御者は待機しているらしいが、あくまで今回は私用なので申し訳ない。
騎士さんもそれ以上は言わず、すぐに大門の横にある小さな格子の扉を開けてくれた。
「あら? ユーヤさん、こんな時間にどちらまでいらっしゃるのですか?」
門を通ろうとした俺を、背後から呼び止める若い女性の声。
ありゃ、お見通しですか、メルさん。
「今宵は月も綺麗ですからね。出かけるのも良さそうです」
これは、『死んでもいいわ』と返さなきゃいけないのだろうか。意味がわからない人はググってくれ。夏目漱石&月がきれいと検索すりゃでてくるから。
まぁ、これから出かけようとしている先は、そんなロマンティックにはほど遠い場所だけどな。
「ちょっと、ドブ掃除に行くだけだからすぐに済むよ。人任せだと時間掛かりそうだからな」
「あら? ちょうど私もそのほうが良いかと思って出かけるところですので、ご一緒させてください」
仕方がない。
俺は肩を竦めてメルと一緒に門を抜ける。
騎士さんは俺と目が合うと気の毒そうな表情をしていた。絶対誤解してるな。
それよりも一国の王女様が供や護衛も連れずに夜間に外出するのに止めないのは何故だ。
王城を出た俺達は市街地ではなく貴族の邸宅が建ち並ぶエリアに向けて歩き出す。
元々色街なんかに行くつもりはなかったのよ。当然だけど。
時間が時間だけに道には人っ子一人歩いていない。
このエリアは衛兵がランダムに巡回する以外は緊急時でもない限り日が暮れてから人が出歩くことはまずないらしい。そりゃそうだ。
そして、地球と違って外灯なんて物もほとんど存在しないので足元を照らすのは月明かりだけだ。夜目の利く俺たちにしたら十分ではあるけどな。
石畳を踏む足音が静かな貴族街に響き、自然と俺とメルが話す声も小さなものになる。
話題といえば今日の襲撃とこれから向かう場所についてだ。
「それにしても、帝国との間がようやく落ち着いてきたというのに、問題は次から次へと出てくるものですね」
「落ち着いたから、じゃねぇの? 平和になると余計なことを考える奴ってのはどこにでもいるからな」
夕方に俺たちを襲撃してきた連中は、連行された王城で過酷な尋問を受けた。
武器を持った状態で王族を襲撃して現行犯で捕まったのだ。裁判すら不要と死罪が確定しているので尋問もそれだけ厳しいものになる。
尋問を行う係官の手には大きなハンマー。それと治癒術師が側に控えていた。
その尋問の結果、最初に襲撃したチンピラっぽい連中は金で雇われただけで依頼人も襲撃する理由も知らなかったらしいが、後からメルを狙った連中は多少事情を知っていたようだ。
それで聞き出したことによると、案の定、最初のチンピラは注意を引きつけるための捨て駒で、その隙にメルを確保し、俺を利用するための脅迫材料にしようとしたらしい。
とはいえ、俺たちを知っている連中は、そんなことが簡単にできるはずがないことはよく知っている。
そもそもメルは聖女というイメージを持たれてはいるが、治癒以外何もできないようなお姫様じゃなく、それなりに近接戦闘も魔法による遠距離戦闘もこなせる勇者パーティの一員。弱いわけがない。
実際、あの場に俺や護衛の騎士たちがいなかったとしても連中が目的を遂げることなんてできなかっただろう。それに人質を取られたからといって俺が簡単に言うことを聞くはずもない。
となると、必然的に今回の黒幕は俺たちの戦いに関わったことのない、一部の貴族と商人に限られる。
そして、その予想を裏付けるように、聞きだした名前は一人の貴族。俺とは面識のない、新興貴族らしい。
名前はハードスメル子爵。
何やらとても臭そうな家名だが、それは英語の知識がある俺だから思うことであってこちらの言葉だと別に違和感はないらしい。
んで件の
そして魔王軍、それから邪神が放った魔物たちとの戦いにおいて、各国の兵に対して食料や物資の調達、配送を積極的に支援した功績で半年ほど前に陞爵して子爵に封じられた。
ただ、それで満足すれば良かったのだが、どうもこの人物は結構な野心家でもあったらしく、さらに商売の手を広げて金儲けをすると同時に戦争や淘汰で多くの貴族家が断絶したこともあり、さらなる栄達を遂げたいと望むようになったんだと。
そういうわけで、目を付けたのが勇者として名声を得ている(本意ではないが)らしい俺だ。
動機や目的はわからないでもない。というか、他の貴族連中だってなんとか甘い汁を吸いたくて俺に娘だの姪だのを側室として送ってこようとグイグイ接触してくるし、当の令嬢たちも隙を見せれば食われそうに思えるほどだ。
とはいえ、今回のこれは許容できる範囲を大幅に逸脱している。法的にももちろんアウト。だけどこれから証拠を揃えて、となると時間が掛かる。
今こっちには戦闘能力皆無の茜と亜由美がいる。もちろんレイリアやティアも護衛の騎士たちもいるので早々危ないことはないんだが、万が一を考えるとリスクなんて少ない方が良いに決まっている。
というわけで、OHANASHIに向かうことにした、というわけだ。
小耳に挟んだところでは結構あくどい商売もしているようなので、俺がのこのこと1人で行けば何かしら尻尾を出すだろうと考えている。まぁ、仮に出さなくても証拠が集まるまでの牽制くらいにはなるだろう。
捜査の邪魔になってもいけないので
メルまでついてくるのは予定外だったけどな。
ところで、尋問で男の股間をハンマードッカンするのはスタンダードなのかな?
そんなこんなで歩くこと数十分。
目的の子爵邸に到着した俺たちは、早速門の呼び鈴を鳴らす。
あの、扉とかについているライオンが鉄輪を咥えてるようなヤツね。
「……どちら様で? もう主はお休みになられているので明日に改めていただきたいのですが」
門番らしき男が不機嫌そうに顔を覗かせる。
「子爵殿に『勇者と聖女が来た』と伝えろ」
俺はわざと尊大に聞こえるように言う。
我ながら夜に人の家を訪問する態度じゃないが気にしない。
とりあえず喧嘩を売られた以上高値で買うからな。
……万が一、冤罪で無関係なら後で土下座して謝ろう。
門番の「少々お待ちを」という言葉で待つこと数分。
ボソボソと小声でメルと打ち合わせ混じりの雑談をしていると、先ほどの門番が執事っぽい人を連れて戻ってきて門を開ける。
「ご案内致します」
そう言って先導する執事の後について館に入る。
先日見学したお屋敷に比べれば小ぶりではあるが、装飾はこっちのほうが華美だ。というか、ケバい。成金っぽい装飾といえばイメージできるだろうか。
「こちらで少々お待ちいただきたい。間もなく主が参りますので」
応接室に案内され、俺とメルはソファーに腰掛けて待つことにする。
本来のマナーなら促されるまでは立って待つのだろうけどね。
メルに目配せしつつ、周囲の気配を探る。
館の外で慌ただしく人が集まるのが感じられる。
館の中でも人の動きがある。隣の部屋とかね。もっともこれだけじゃ黒とも言えないけど。普通の人でも夜中に面識のない貴族が訪問すれば警戒くらいはするだろうし。
「お待たせ致しました。私が子爵位を拝命しておりますハードスメルでございます」
10分ほどで応接室に入ってきた男がそう言って俺とメルに深々と頭を下げる。
人の良さそうな笑みと胡散臭そうな目がアンバランスな小太りな男だ。
「お久しぶりですねハードスメル子爵。夜分の突然の訪問申し訳ありません」
メルが子爵に声を掛ける。
申し訳ないと言いつつも頭は下げない。
「いえいえ、殿下と勇者様のご訪問とあれば否やはございませんとも。そ、それで、今日はどのようなご用件でしょうか。それにお供や護衛の方々もおられないようですが」
「実は今日、王都内で無頼の輩に襲われましてね。幸い護衛によってすぐに取り押さえられたのですが、その者たちの口から子爵の名前が出たものですから。といっても子爵の国に対する貢献は私共もよく知るところ。誰かが子爵に罪を擦り付けようとしているのではないかと考えて、こうして話を伺いに来たのです。
子爵としてもこのような話は少しでも早いほうが良いのではないかと思い、このような時間ですが失礼させていただきました。
護衛に関しては貴族街ですし、治安も良い上に勇者様が同行して下さっていますので。あまり人数が増えてしまうと子爵に不安を与えてしまいますからね」
おお、すげぇ。
なんかそれっぽい言い訳だ。
子爵はそれを聞いてそれまでの落ち着きのない表情を弛ませる。と同時に何やら口元も弛んでいる。
あ~あ、それ負けフラグよ?
「そうでございましたか。実は私にもなかなか思い通りに行かないことも多うございまして、せっかくの機会ですので殿下には是非ともご協力いただきたいのですが」
そう言いつつ子爵は立ち上がって手首に着いている腕輪を前に掲げて魔力を流した。
魔法具、だな。
んで、効果は周囲に魔法が発動するのを阻害する、と。
「おい!」
さらに子爵が声を上げると、隣の部屋と俺たちが入ってきた扉から十人ほどの男たちがなだれ込んでくる。
「くっくっく、まさか殿下と勇者がまとめて飛び込んできてくれるとはな。さぁ、大人しくしていてくれれば手荒い真似はしない。なに、それほど難しいことは言わないよ。ああ、一応言っておくが魔法は使えないぞ」
………………馬鹿だ。馬鹿がいる。
良いのか? こんな馬鹿が貴族とか。
俺とメルは互いの顔を見ながら呆れる。
いくら護衛を連れていないとはいえ、王女がどこに行くか王城が把握しないわけがない。子爵邸に来たことは複数の人が知ってるんだから何かあればそちらもただで済むわけないだろうに。
「あいにく今日は私の所には誰も来ておりませんな。おそらく質の悪い連中にでも襲われたのでしょう。ああ、勇者様にはこのままお帰りいただきますのでご安心ください。殿下は私共が手厚く接待致しますので」
ふむ。つまりメルは子爵邸に到着する前に行方不明。俺にはメルの身を人質にして何も喋るなと。
うわぁ、雑!
あまりにアホらしいのでこれ以上付き合っててもしょうがないな。
おもむろにソファーから立ち上がる。メルも一緒だ。
そして収納魔法でメルから預かっていた錫杖っぽい棒状の武器、というか鈍器を取り出して渡す。俺は素手だ。まぁ、いらないし?
「な?! 収納魔法?! そ、そんな、魔法は使えないはず」
どうやら勘違いしているようだが、子爵の使った魔法具は魔法を阻害するのは確かだが完全に無効にできるようなものじゃないし、そもそもある程度の魔力制御ができれば阻害すらされない。あくまで一般的な魔法使いのレベルにしか通用しないのだ。なので当然俺やメルだけじゃなく勇者パーティのメンバーや高位の魔法士にとっては”多少魔法が使いにくい”程度の効果しか無い。それに。
ドゴンッ! ズガッ!!
「ぐえぇっ!」
「な?!」
ガンッ、ズガッ!!ガンッ、ズガッ!!ガンッ、ズガッ!!ガンッ、ズガッ!!
あっという間になだれ込んできていた男たちの半数が壁を突き破って退場。
なんでかって? ぶん殴ったからだが? 俺が大人しくしているわけないだろ?
「う、動くな、殿下がどうなっても、ぶぎゃん!」
慌ててメルに近寄ろうとした男がメルの鈍器に脇腹を強打されて俺が空けた壁の穴から廊下に吹っ飛ぶ。
メルは振り抜いた錫杖を今度は別の男の肩に振り下ろし、打たれた男は床に潰れてピクピクしている。
その間にも俺は残りをサクッと片付けて、はい、終了。
「そ、そんな馬鹿な。な、何故」
「いや、そもそも魔王やら邪神やらを相手に勝った奴にこの程度の人数でどうにかできると思っていたのが凄いわ。メルだって勇者パーティーの一員として戦ってきたのに弱いわけないじゃん」
「あ、あれは国が喧伝してるだけじゃ」
んなわけあるか。
アホは放っておいて、俺は部屋の窓から外の上空に向かって特大ファイヤーボールをぶっ放す。
内務卿を通して騎士団には話をしてあるから、これで騎士がこっちに来るはずだ。
その間に今後のことをメルと話し合っていたらアホがコソッと逃げようとしたので縛り上げて天井から吊しておいた。
ついでに何やら書類を燃やそうとしていた執事も見つけたので、こっちも縛って書類の代わりに髪の毛を燃やす。せっかく火を用意していたんだから活用せねば。
屋敷の外に集まっていた私兵らしき連中もメルと2人でサクッとお片付け。
そんなこんなで騎士団も到着し、すぐさま屋敷にいる全員を拘束。そして証拠品の押収。
メルが陣頭指揮を執って作業し、俺は適当にお手伝いしているうちに気がつけば外は白み始めていた。
「はぁ、疲れたな」
「そうですね。さすがに少し眠いです」
一段落ついたところで後を騎士団に任せて子爵邸を後にした俺たちはトボトボと王城に向かって歩く。
やっぱり馬車を頼めば良かったか。
のんびりと歩いて帰るには精神的にちょっとばかり疲れている。そうなると王城までの数キロの道のりが面倒くさい。
かといって王都内は転移魔法禁止されてるので使えない。いや、使おうと思えば使えないこともないんだが、探知されるので色々と説明やら何やらをしなければならないので余計に面倒になる。
「今日は少しのんびりしようと思います。集中力を欠いた状態で患者を診たり公務をしたりできませんから」
俺と同じく顔に疲労感を映しながらメルが伸びをしつつ言う。
確かにメルは普段からかなり忙しくしているから、それができるならたまには休んだほうが良いだろう。治癒魔法の習熟は日程的にもまだまだ余裕もあるし。
「そういえば、ユーヤさんの邸宅が準備できたと聞いていますが、確かこの辺りではありませんか?」
「あ? あ、ああ、どう、だったっけ? ば、場所はあんまり憶えてないなぁ」
や、ヤバイ。色々あったせいで石像の撤去or破壊を忘れてた。
「大丈夫ですよ。場所は私も憶えていますから。最低限の使用人も既にいるはずですし、このまま王宮に帰ったら仕事を押しつけられてしまうでしょうし、少しそちらで休ませていただけませんか?」
う゛、そう言われると断れない。
ま、まぁ、メルのことだから既に見たことがあるだろうし、石像のことを気にしなければ良いか。
そう思って了承する。
が、なぜかその一瞬メルの目つきが怪しくなったような。
気のせい、だよな?
ほら、まだ朝日が昇ったばかりだし……。
だよね? ね?
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