第120話 勇者の異世界デート Ⅴ
「はぁ…」
王都の街角を歩きながらため息を吐く。
「主殿、随分と疲れておるようじゃの。なにやらやつれておるぞ」
レイリアが隣で呆れたように横目で俺を見る。
しょうがないじゃんか。
昨日はあれから酷い目に遭ったのだ。
退路を塞がれた俺は、結局女性騎士たちの訓練を行わざるを得なかった。
元々王妃陛下の依頼を快諾した以上、断れるはずがないのだが、ここまで来るとさすがに彼女たちが俺を誘惑しようとしているのはわかる。なにせ格好がビキニアーマーだし。恥ずかしがってはいても嫌そうな気配は欠片も感じられなかった。
そして、貴族の令嬢とはいえ王宮付の騎士だけあって身体能力は並の兵士よりも高い。さらに敵意があるわけじゃない、それも女性に、乱暴な真似ができるはずもなく戦略的撤退に失敗したというわけである。
おかげでプルンプルンとかプリンプリンとかバインバインとかフニュンとかポニョンとか……
大変素晴ら…じゃなくて、天国…でもなくて、とにかく、精神力がゴリゴリ削られる思いをしながらなんとか訓練を終えた。
もちろん手を出したりしてませんよ? 飢えた肉食獣みたいで怖かったもの。
終わった後の残念そうな騎士たちの表情もエリスさんの舌打ちも一切合切無視して、這々の体で宛がわれている部屋に戻り、無邪気にボディータッチを含むコミュニケーションを取ろうとするティアを鋼の精神力で退け、悶々とした滾りを抱えながら一夜を明かした。
さすがの俺も王宮内に借りている部屋で茜と戯れたり自家発電を行うほど厚顔にはなれない。何よりどこかで覗いていそうなエリスさんが怖い。
おかげで寝不足と精神的な疲労でゲッソリしてしまっているのだ。
そんないろいろな意味で疲弊しきった俺が今向かっているのは王城からほど近い、というか王城を囲んでいる貴族の邸宅が建ち並ぶエリアの一角だ。
王都は数多のファンタジー物で語られているのと同様、王城を中心としてその周囲に貴族の邸宅のエリア、その外側が一般民の住む市街区となっている。
市街区は商会が多いエリアや職人が多いエリアなどがあるものの明確な区別はなく、単に商業的、工業的に利便性で集まっているという程度だ。
アリアナス王国の王都は百年以上前に別の場所から遷都されたらしく、城塞都市のような複雑な構造はしておらず、都市計画に沿った街作りが行われたらしい。だから、王城と貴族街、一般市街は明確に区別されている。
その貴族街だが、一般市街とは水路と鉄柵で区切られ、そこに邸宅を持つ貴族か特別に許可された者しか立ち入ることができないことになっている。らしい。
実際に俺も貴族街に入ったことはそれほどない。
そんな場所になんの用事があるのかというと、叙爵に伴って貴族街に家が与えられることになったのだ。
正直、貴族なんてのはできれば勘弁してほしいと思っているし、家も、確かに王国内に住む拠点は欲しいとは思っていたが一般市街で適当な大きさの家でも借りようと思っていた。
ところがそれは両陛下によって却下されてしまったらしい。
曰く、『救国の英雄に屋敷ひとつ与えないなど国の体面からも考えられない』『一般市街に住めば良からぬことを考える輩が何をするかわからない』『
……最後のはごく最近
とまぁ、そんなわけで断り切れずに、せっかくなのでありがたく受けることにした。
それで、下賜される予定の家とやらを見に行ってみることにしたのだ。
同行するのはレイリアだけ。
ティアは職人ギルドで依頼してある物品の確認と各種調整をしなければならず、メルは王族としての公務、亜由美と茜は朝に行われたレイリアによるスパルタ魔法訓練で限界まで魔力を使ったためにダウン。多少回復したら、善意(多分)で請け負ってくれた宮廷魔術師(の女性)による座学の予定だ。
なのでレイリアの手が空いたために声を掛けたところ二つ返事で一緒に行くことになった。
王城と貴族街の行き来は馬車を使うのが一般的らしい。何しろ王城に程近いとはいってもそれなりに面積がある。だから場所によっては結構な距離があるのだ。
そのため、元々一般市街よりも遥かに人口密度が低いので広い通りは人がほとんど歩いていない。時折どこかの使用人らしき人が行き交う程度だ。
もちろん、俺たちも王城から馬車の手配を申し出てもらえたのだが断った。
馬車に乗って移動だと道憶えられないし。
目的の家は王城の正門から東に5キロほどの場所にあるらしい。
貴族街の道は大型の馬車がすれ違うことができる幅に加えて貨物用とさらに歩行用の幅が執られているので結構な広さがある。具体的には車道3車線くらいの幅だ。
俺とレイリアは歩行者用の石帯をのんびりと歩いている。
別に急ぐ必要もないし、たまにはレイリアとこうやって歩くのも悪くない。
このところレイリアと一緒に行動するのって何かの事件やらトラブルの時ばっかりだったしな。
「ムグッ、たまには主殿とこうして歩くのも良いな。ハムッ、チュ…」
「そう思うならパフェ食いながら歩くなよ。ほら、口の周り拭けって」
ウエットティッシュをレイリアに渡す。子供かよ。
ティアが山のようにアイスやら生クリームやらチョコソースなんかを買い込んでこっちに持ち込んでた(レイリアの収納魔法で)から予想はしてたけど、なんか、見る度にパフェ食ってる。いい加減飽きないのだろうか。
俺ならいくら好きな物でも毎日食ってたら1週間で飽きるぞ。
さすがに行儀が悪いので歩きパフェは止めさせる。
意外にもあっさりと納得して、それでも手に持ってるヤツはしっかりと食いきって、容器を魔法で片付け、歩く。
不意に俺の腕をレイリアが抱き寄せるように抱える。
「ちょ、レイリア?!」
「たまには良かろう? アカネがいるときには遠慮しておるのじゃから、2人でいるときくらいは好きにさせよ」
レイリアはそう言うと絡めた腕に力を込める。込める。……込めすぎです。
普通の人ならちぎれかねないほどの力で腕を絡めるのは止めてほしい。
「昨日は随分と楽しんでおったそうではないか。まったく我らがいるというのに、別の女子(おなご)と戯れたなどと聞いては我だとて面白くないわ」
「人聞き悪いな、おい」
どこからか(多分エリスさんだろうが)聞きつけたらしい昨日のことが気に入らないらしく、不満そうに膨れるレイリアは泰然としている普段の表情よりも子供っぽく見える。
それが何やら気恥ずかしくて目を逸らしつつ反論だけはしておく。
少々気まずい沈黙を挟みつつ、歩くこと小一時間。
教わった場所が見えてくる。
「ふむ。主殿、あそこではないか?」
貴族の邸宅は特徴付けるためなのか、遠目でもわかるように門に目立つ装飾を施してあることが多いらしい。
レイリアが指さした門もそんな特徴的な形をしていた。
具体的には門のアーチの上に人の彫刻、いや、彫像か、が設置されていた。
「………………よし! 位置も確認したし、帰ろう!」
「何を言っておるか。まだ門が見えただけではないか。中を見ねば意味が無かろうが」
踵を返そうとした俺を、腕を組んだままのレイリアが阻止する。
「離せレイリア! あんなところに住むくらいなら魔獣蔓延る森の中でテント生活したほうがマシだ!」
俺は力を込めてレイリアの手を振りほど、けねぇ!
「なかなか良くできておるではないか。まぁ、我だけが黒龍の姿なのは少々不満じゃが」
「そういう問題じゃねぇ! なんだよあれ!」
門の上に鎮座ました彫像。甲冑を身につけた男と清楚な上衣の聖女っぽい女性、ネコミミ&しっぽの少女と背景のようにその後ろに上体をかたどられたドラゴン……どっからどう見ても勇者様ご一行です。お疲れ様です。
っつか、ブルーノとウィスパーはどこいった?!
ないわー、これはないわー。
何が悲しくてこんな羞恥プレイを通り越して拷問に等しいもんをこれ見よがしに飾り立てた家に住まなきゃならんのだ!
よし! 壊そう! 修復不可能なほど粉々にしてしまえばいずれは見た人の記憶も消え去るだろう。そうしよう!
「いきなり魔法を放とうとするでないわ。まだ正式に譲渡されたわけではあるまい。それにこんな貴族共が住んでいる場所ではさほど注目を集めることも無かろう」
爆裂系の魔法をくらわそうとしたがレイリアに阻害されて不発だった。
ぐぐぐ、い、今だけは我慢する。
「カシャーギー侯爵閣下! お待ちしておりました!」
門近くで騒いだせいか、門番? 歩哨? をしていた軽騎士っぽい人が駆け寄ってきて俺たちに敬礼する。
……この人も女性だ。しかもまだ若いし。
昨日からの一連の出来事で王宮の思惑は透けて見えている。というか、あからさますぎて引く。
多分だけど、俺を王国に留まらせる手段の一環として女性を宛がっておこうとか考えてるんだろうけど、元々別にこの国を離れようとか思ってるわけじゃない。
色々と便宜を図ってくれているし、勇者として活動していたときも最大限の援助を惜しむことなくしてくれた。それにメルの母国でもある。王国を離れる理由がそもそも無いのだ。
なので一度しっかりと話し合う必要があるだろう。絶対国王陛下の悪ふざけだろうからな。
ただ、今はそんなことよりも門の上の彫像だ。
いくら人通りの少ない貴族街とはいえ、変に噂になる前に撤去してしまいたい。
「バークリー様から近いうちに閣下がおみえになると伺っておりました。すぐに案内の者を呼びますのでこちらへお越しください」
敬礼したままそう告げる門番さんに促されるが、先に聞くことは聞いておこう。
「あ、ありがとうございます。と、ところで、その、あそこに飾られている彫像なんですけど……」
「はっ! 元々中央広場に飾られる予定だったのですが、閣下が固持されたのでお住まいになられるこの邸宅の門に置かれることになったと聞いております。おかげで連日貴族の方々や特別な許可を得た大型馬車で市民が一目見ようと訪れるほどです」
「まさかの観光地化?! マジやめて!!」
「ま、まぁ、今は気にしても仕方あるまい。抗議は王宮に帰ってからすれば良いのではないか?」
崩れ落ちそうになる俺を支えながらレイリアが苦笑いで励ましてくれる。が、もう手遅れな気がする。
そうこうしているうちに案内してくれる人が門まで早足で歩いてきた。
この人も女せ…もういいや。
突然グッタリとした俺に困惑していた門番さんを後ろに従えつつ這々の体で歩き、門を潜る。
途端に開けた視界に、俺に下賜されたという邸宅が写る。
「なぁ、レイリア」
「ん? なんじゃ?」
「何か……でかくね?」
ざっと見たところ、王都の中にあるとは思えないほどの敷地は日本の地方都市近郊にある小学校とおなじくらいか。そこにヴィクトリアンハウス調の大きなお屋敷。外から見た感じ3階建てプラス屋根部分も部屋がいくつもありそうな建物が中央にあり、敷地の左右に壁に沿うような2階建ての建物がそれぞれ一棟。
中央の館の前まで石畳が敷かれ、その石畳は屋敷の右側奥の、多分馬車を置くスペースと思われる広場まで続いている。
敷地は芝が敷き詰められていて、植物が植えられた庭園のようなものも見える。
まごうことなく大・邸・宅! である。
俺が今まで訪れたことがある貴族の屋敷の中でもトップクラスの大きさだ。まぁ、領地持ちの大貴族だとこれ以上のお屋敷もあるのだろうが、あいにく俺はそんなところにいったことは数えるほどしかないので詳しくは知らない。けど、王都の中にあることを考えれば相当な大きさであることは間違いないだろう。
一般庶民で日本育ちの俺としてはどう考えても落ち着けなさそうなお屋敷に、案内してくれるメイドさんの後についていき、中に入る。
馬鹿でかいホールと20人ほどのメイド服姿の女の人が整列してお出迎え。
もうね、そこにはツッコまないよ。妙に身体のラインが強調された、スカートの丈がちょっとだけ長いアン○ミラーズの制服みたいなメイド服だけど。
「この邸宅は部屋数が60ほどございます。客室が30、主とそのご家族の部屋が10、それと食堂が5つ、ほかは談話室や遊戯室、書斎などです。なお、それとは別に住み込みの使用人用の部屋が15ございます。浴室は各部屋に小さなものと大浴場を備えております」
……でかすぎだってばよ。
メイドさんが先導しながら説明してくれる内容に頭痛が止まらない。
「こちらが旦那様の居室でございます。手前側が執務室、奥側が主寝室です」
そう言って開け放たれた部屋はまず20畳ほどの部屋に大きなデスクとソファーセット、装飾の施された重厚な家具。左手前に簡単な炊事ができる使用人の控え室の扉があり、奥側の大きめの扉の向こうが寝室だった。
寝室には巨大な天蓋付きベッドがドーン!
日本の家具屋で見たキングサイズベッドの優に2倍はありそうだ。
……はぁ、こんなのどうすりゃいいんだ?
屋敷見学からの帰り道。
トボトボと歩いて帰る。
行きもそうだったが帰りも足取りは重い。
「なんだかなぁ」
「所詮たかが家であろう? あまり気にせずとも良いのではないか? それにもとより父上殿や母上殿も含めた、家族全員が滞在できる家と言っていたではないか」
まぁそうなんだけどな。
確かに程度はともかく、広いほうが何かと便利だし、信頼できる人であれば人を雇うのもいろいろな面で助かる。王宮が人選してくれるなら変な人も入り込まないだろうし。
「……まだ周囲に茜以外の者が侍るのが嫌か?」
呟くように言った言葉でレイリアに目を向ける。
レイリアは俺と目を合わせると皮肉げに、少し寂しそうに微笑む。
「よく知らない女の子が言い寄ってくるのは、まぁ、抵抗はあるな」
今回のはでかすぎるお屋敷のことがメインだけど、やたらと女性を宛がおうとしている周囲に疲れてるのも確かなので正直に答える。
「……知っている者ならば、どうなのじゃ?」
レイリアが言わんとしていることは、わかっている。
「最近は、そうだな、俺がよく知っていて、俺に好意を向けてくれる、ごく少数の人に応えるのもアリかな、っと、思わないでもない」
「主殿?」
さすがにこれだけレイリアやティア、メルが純粋な好意を俺に寄せてくれているのをなんとも思わないなんてできやしない。
ただでさえ3人とは生死をかけた旅路を共に過ごした強い絆がある。
茜のことは間違いなく好きで、言葉にするのは照れくさいが、愛しているといっていい。けれど、3人が離れていくのも嫌なのだ。
とんだろくでなしのハーレム野郎だけどな。
茜は茜で、ヤキモチを焼きつつも3人と俺をくっつけようと、折に触れて言葉を尽くし、事あるごとにレイリアたちと俺を二人きりにしようとしている。
思い切れないのは単に俺がヘタレなだけだ。
けど、そろそろ結論を出さなきゃ、待たせすぎだな。
俺は立ち止まってレイリアに向き直る。
「えっと、な? その、なんだ、俺もみんなの気持ちに応えたいと思っている」
「あ、主殿? そ、そそそ、それは、つまり、我らと……」
頑張れ俺。
漢を見せろ!
「俺は! レイリアのことが好き、だひょ……」
……泣いていいっすか?
どこまでも締まらない俺の言葉とは裏腹に、レイリアはまるで我慢していたパフェが目の前に出てきた時のような、笑顔を浮かべる。
例えがあまりに相応しくないのはアレだが。
「うむ。うむ! 嬉しいぞ! まるで我慢に我慢を重ねた極上のパフェをようやく口にできるような思いじゃ!」
レイリアの返答も大概だな、おい!
「茜への気持ちは、変わってないけどな。それでも茜もレイリアも、ティアとメルも大事にしたいと思ってる。こんな煮え切らない俺だけど、それでも一緒にいてくれたら嬉しい」
「任せよ! 無論、アカネは正妻として尊重するし、主殿が我らを同じように思ってくれる限り決して主殿を煩わせることはせぬと約束しよう」
レイリアはそう言うと、感極まったように俺を抱きしめた。
俺もレイリアの背に手を回し、応える。
「じ~~~~~~~」
「うわぁ!」
「な?! そ、そなたどっから湧いた!」
突然至近距離から声がして心底驚く。
はい。ご想像の通り出歯亀が1人。
安定の神出鬼没。
「え、え、エリスさん!」
「こやつ、本当に人間か? 妖魔の類いではないのか?」
エリスさんがお菓子をお預けくった幼児のように指を咥えてジットリと見ている。
ここまで来ると俺も本当にエリスさんが人間か疑わしくなってきた。
「失礼致しました。ユーヤ様方をお迎えにあがったのですが、何やら実に面白そ…いえ、興味をそそられる雰囲気でしたので」
言い直した意味ねぇよ!
「いずれにしても、子細は後程じっくりネットリお聞きするとして、もうすぐ昏くなってくることですし、王城まで馬車でお送りしますのでどうぞこちらへ」
エリスさんが指し示すほうを見ると100メートルほど先に馬車が止まっている。
っていうか、わざわざあそこから気配を消して近づいてきてたのか、この人。
ツッコんでも疲れるだけなので言わないが。
俺は溜息を吐くと、大人しく馬車に向かって歩き出す。
レイリアも同じく肩をすくめると、俺の隣に並ぶ。
俺はほんの少し俺に寄せたレイリアの手を握った。
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