第119話 勇者の異世界デート Ⅳ
王宮の中を女性騎士に先導されて歩く。
俺はできるだけ視線を動かさないようにして真っ直ぐ前を見ているのだが、そうなるとどうしても前を歩く騎士のお尻が目に入るわけで。
女性といえど王宮のさらに奥、王族の私的な場所や後宮となっている離宮の警備を担っているれっきとした騎士なので、当然動きやすい簡素な物ながら鎧を身に纏っている。
騎士が戦場で身につける鋼製の、いわゆるプレートアーマーではなく、金属と革で作られ最低限の部位を守る、軽鎧と呼ばれるタイプなのだが、以前に見た物とは何かかなり印象が違う。
男臭いイメージの騎士だが少数ながら女性もいる。
主な役割は式典での儀仗兵や女性王族や王族の配偶者、愛妾の警護だ。前者は式典を華やかにするため、後者は、まぁ、わかるだろ?
女性ということもあり、その装備は男性の物よりも軽量で装飾が多く、女性的なシルエットとなっている。
はず、なのだけど、あんなに胸元が開いてたっけ? それに腕も肩当てと手甲もごく小さなものしか着いてないし、おヘソ丸出しで太股も生足なんですけど?
腰当てやタセット(草摺)も着けてないからショートパンツ(これも本来なら長ズボンのはず)が丸見えで、フリフリするお尻が非常に魅惑て…いや、目のやり場に困る。
いったいいつから女性騎士の格好はこんな美味し…ゲフン、魅力的…いやいや、その、男心をくすぐる、じゃなくて、えっと、と、とにかく、装備が変更されたのか。ひょっとして戦争が終わって国王陛下がはっちゃけたか?
話を戻そう。
今俺が向かっているのは王妃陛下の待つ、王宮のテラスだ。
王宮には複数のテラスがあるが、呼ばれているのは王宮の中でも奥側にある王族の私的なエリアとなっている場所のそれである。
昨日、茜とのデート中に衛兵から聞いたことを確認するために、国王陛下に謁見を申し入れた。
だが、国王陛下は時間が取れないらしく、代わりに王妃陛下が応じていただけるということで、こうして向かっているというわけだ。
王族の私的な空間ということで、普通なら入ることができないのだが、俺はメルに案内されて何度か入ったことがある。とはいえ、下手にキョロキョロして怪しまれたくないので真っ直ぐ前を見て歩いているのだ。
プリプリ。
いかん、視線が吸い寄せられる。
ゴホン。ちなみに、別に衛兵さんから話を聞いて、すぐに帰ってきたわけではなく、夕方までたっぷりと茜との散策を楽しんだけどな。魔法具も面白そうなのをいくつか買うことができたし。
「こちらです」
扉の前で立ち止まり、手でその扉を指し示しながら恭しく頭を下げた女性騎士に軽く頭を下げつつ扉に手を掛けようとすると、騎士がおずおずと声を掛けてきた。
「あ、あの、勇者様、わたくし、ルシンダと申します。フィルド男爵家の3女で…」
「は、はぁ」
「当直番以外は夕方以降基本的にヒマですので、いつでも、いつでも! お声掛けください。で、では!」
それだけ言うと、そそくさと歩いていってしまった。
……今の、何?
いや、言ってる内容はわかった。けど、意味がわからん。今の娘は、多分初対面、だよな?
俺は首を捻りながらも扉に手を掛ける。
考えてもわからないことは後回しだ。
扉の向こう側は小部屋があり、といっても優に15畳くらいはありそうだが、そこに数人のメイドさん。
その1人が優雅に微笑みながら会釈して付いてくるように促す。
大人しく奥の扉をさらに通り抜けてテラスへ出る。
そこには既に王妃陛下が椅子に掛けて待っていた。
近くまで歩み寄り、膝を突こうとした俺を制して椅子に座るように言われた。
「本日はお忙しいところ、急な謁見に応じていただき……」
「そう固くならず、お茶でも飲みながらお話ししましょう」
辿々しい俺の言葉が終わらないうちに王妃陛下がにこやかに言う。
こうやって間近で話すのは久しぶりだけど、俺は王妃陛下がちょっと苦手だったりする。
いや、嫌いなわけじゃない。むしろ好感を持っていると言って良い。
けど、この人って、どことなく母さんに雰囲気が似ていて、かつ言動が捉えどころがないので振り回されるのだ。
立場以上に逆らえない気持ちにさせられてしまう。まだ国王陛下のほうが時折変なことでぶっ飛ぶがちょいワル親父っぽい分、話はしやすい。
「こちらではようやく帝国との交渉と駐在部隊の展開が一段落したところですが、元の世界での生活はいかがですか? メルスリアの話では相変わらず随分と活躍しているようですが」
王妃陛下がそう切り出し、俺もまずは無難な世間話に興じる。
陛下からは帝国に関する話をされたが、それに関しては完全に殿下たちに丸投げして関わるつもりはなかったので聞き流す、のは失礼なので、ちゃんと聞きつつも俺から何か言うことはない。っていうか、戦功があったとはいえ部外者にあんまりディープな政治話を振らないでください。
逆に、聞かれることは当然日本でのこと。
大学での学生生活やレイリやティアを交えた家庭でのこと。それにやらかしたアレコレとか……。
聞かれることや話すことが多くてなかなか話を進められない。
帝国との戦争終結からこっちの世界だと半年にも満たないが、日本では1年近く経ってるからな。
ここで一応解説しておく。
レイリアとも色々話したりして考えた結果、こちらの世界と俺たちの育った地球のある世界はまったくの別次元の世界らしい。まぁ、これは意外でもないけど、その結果として時間軸は2つの世界間で連動していない、完全に独立したもののようだ。
つまり地球の存在する宇宙の中にはこっちの世界は存在していないということ。
俺がもらった『転移の宝玉』はこの2つの世界を繋ぐ機能を持っているのだけれど、その際、宝玉を使用した地点を時間軸ごと記録して繋げるということらしい。だから厳密にはこっちの世界にいる間、日本の時間が停止しているというわけではなく、宝玉を使用することで記録した地点に移動する、擬似的な時間遡行をするということだ。
え? 何言ってるかわからないって?
安心しろ、俺も実はよくわかってない。
まぁ、あれだ。要するにもし俺がこっちの世界で死んだとしても、日本のある世界は時間は停止したりせずに、単に俺が宝玉を使った時点から行方不明になるっていうだけだということだ。
何にしても、だからことこうやってそれぞれの時間の経過を無視して行き来ができるんだから、細かいことは気にしないでくれ。
「では、家具の完成を待つ間は特にしなければならないことはないのですね?」
「えっと、そうなります。けど、メルが治療技術を磨いてるのに遊んでいるのもアレなんで、魔物の駆除なんかをしようとは思ってますけど」
話題が今後のことになり、王妃陛下から予定を聞かれたのでそう答える。
何か仕事を言いつけられるならそれでも構わないしな。
「そうですか……ところで、メルスリアとの仲は少しは進展したのでしょうか?」
「ぶっ!」
突然聞かれて紅茶を噴く。
「陛下。殿下の様子を見てもそれは無いかと。少しでもあれば今頃舞い上がって面白いことになっているでしょうし。ユーヤ様のヘタレランクからしても幼児レベルから脱却できていないかと」
「やかましい! ってか、ヘタレランクってなんだ?! それといつからいたんですか!」
脈絡もなく突然現れたエリスさんにツッコむ。
しかもまったく気配を感じなかったんだけど? この人だけはホントに謎だ。
「ヘタレランクとは目の前の果実を余計なことばかり考えてもぎ取ることができない情けない殿方に付けられる称号でございます。ちなみにわたくしは最初からおりましたよ? そこのカーテンの陰にですが」
「それは隠れてたって言いますからね」
呆れたように肩を竦めるエリスさんに力なくぼやく。
もぉやだ、この人。
これ以上脱線すると思う壺になりそうなので本題に入ろう。
「えっと、王妃陛下にお伺いしたいのですが、その……」
「ユーヤ殿が陞爵したことについて、ですか?」
お見通しでした。
というか、この様子だと予定通りという感じなんだろうか。
「はい。昨日衛兵の方に“侯爵閣下”とか呼ばれて驚きまして」
確かに帝国との戦争が終わった後に論功行賞で叙爵の話が出たけど、それは辞退したはず。
「貴方の功績は比類無いものです。元々魔王に加えて邪神まで討伐した功績があったにもかかわらずほとんど褒賞がなかったのは元の世界へ帰るのであればもらう意味がないとユーヤ殿が固辞されたからです。
しかし、帰ったはずのユーヤ殿が王国の危機に駆けつけ、さらなる功績を打ち立てた以上、国の体面からも相応の勲功が必要なのです。ましてやその一度きりではなく、今後も行き来することが可能なのですから。
とはいえ、領地の運営をいきなりするのも難しいでしょうからとりあえずは相応しい爵位と金品を叙することが決まっただけですが」
「と、と言われても、いきなり侯爵とかって……」
「ユーヤ殿は元々卿の称号と子爵位相当の権限をお持ちでしたので妥当かと思いますよ」
……マジっすか。
「公爵や大公にするべきという意見もあったのですが、その場合領地をどうするかというのもありますので、(メルスリアを娶れば問答無用で公爵位を押しつけることができますし)今後のユーヤ殿の希望もあるでしょうから」
ん? 何か不穏な本音が聞こえた気が……。
「わ、わかりました。そういうことなら称号だけ、いただきます。ただ、貴族としての義務を課されても今はお応えしかねます。もちろんできる範囲で王国のために働こうとは思っていますけど」
これ以外に返事のしようがないな。
国王陛下とかレオン殿下が相手ならなんとかして逃げることもできるんだけど、やっぱり王妃陛下相手だと押し切られる気しかしない。
まぁ、義務がないならそれほど問題ないだろ。称号だけで領地やら役職やらがなければ実質的に名ばかり貴族だし。多分。
「侯爵ともなれば王城への出入りはフリーパス。両陛下への謁見も優先されます。なによりユーヤ様であれば王宮に勤める侍女に手を出し放題ですね。その場合はまず私が優先権を主張させていただきますが」
「しませんから!!」
どさくさ紛れの自分推しはやめてください。
「チッ」
舌打ち?! いいのか? 王族付きの侍女がこんなに態度が悪くて。
「細かな部分ではまだ決めなくてはならないことが残っていますが、当面はユーヤ殿にあまり負担を掛けるつもりはありません。ですが、時間に余裕のある時で結構なのですが、騎士の訓練をお願いできますか? 王宮内に詰めている騎士はあまり騎士団の鍛錬に出られませんので」
王妃陛下からの言葉に少し考える。
依頼、というか話の流れから考えると仕事みたいなものか。とはいえ、俺に貴族としての仕事なんてできるわけがない。こっちの世界では戦うことくらいしかできないので、王宮に世話になっている手前断れないな。
騎士の訓練の指導くらいならなんとかなるだろう。といっても模擬戦の相手を務めるくらいかもしれないが。
「わかりました。毎日というわけにはいきませんが、できるだけ時間をつくって訓練に参加させていただきます」
元々時間があるときは王国内の魔物討伐でもしようと思っていただけだし、茜と亜由美は日本じゃ難しい、魔法の訓練をする予定だしレイリアはその指導。メルは王族としての仕事に加えて妊婦や新生児に対する治癒魔法の習熟がある。なので基本的に俺とティアは時間に余裕があるのだ。
「では、日程を調整でき次第お願いします。エリス」
「畏まりました。早速明日の午後にでも行えるように調整致します。ユーヤ様、よろしいですか?」
王妃陛下とエリスさんの言葉に頷き、俺はこの場を辞することにした。
さて、茜たちにも事情を話しておかないとな。
そんなわけで翌日。
エリスさんの案内に従って、騎士たちの訓練のために王宮を歩く。
昨日から女性の後ろ姿を見ながら歩いてばっかりだが、俺が先に歩くわけにもいかないので仕方がない。
それにエリスさんはメイド服姿なのでそこまで目のやり場に困るわけではないのでまだ良い。……わざとらしくお尻をフリフリするのはやめてください。
それはともかく、普通なら騎士の訓練は王城の練兵場で行われるはずなのだが、何故か向かっているのは王宮内のさらに奥側にある中庭だそうだ。
「訓練の指導をお願いしたいのは普段王宮内に詰めている騎士です。役割が普通の騎士とは異なるので一緒に訓練するわけにはいきません。それにあまり人に見られないほうがよろしいかと思いますので」
なんでだ?
いや、王宮詰めの騎士ということは王族がここで暮らす上で最後の盾となる人たちだ。手の内を晒さないほうが良いのかもしれない。
そんなことをやりとりしているうちにようやく中庭に到着する。
王宮には中庭と呼べる場所がいくつもあるが、ここは王宮の一番奥に近い、王族や国王陛下の側室が暮らす館がある場所である。
さすがに俺でもこんなところまで来たのは初めてだ。
いってみれば後宮みたいなところなわけで、特別な許可を得た者しか入ることができない。特に男性は商人であれ職人であれ、立ち入るには監視が付く。
……ここにいる騎士って、確か……。
「既に騎士たちは集まっているようですね。提案したときにかなり乗り気のようでしたので心配してはいませんでしたが」
淡々と言うエリスさんを余所に俺は固まっていた。
目の前で整列する騎士たち。
そのすべてが年若い女性達だった。
「え、エリスさん」
「はい。なにか?」
「なんで女性だけ?」
「? 王宮詰めの騎士は女性が中心ですが? 近衛騎士ではありませんよ?」
「き、聞いてねぇ~!! そ、それに、なんでそんな格好…」
まぁ騎士が女性なのは良い。けど、
なんでビキニアーマー?!
整列している20人ほどの女性騎士たち。
そのほとんどが極端に露出の多い、甲冑って言っていいのか?
……紛れもなくゲームやなんかに出てくるお色気担当の美少女(作品によってはマッチョなおネェ)が身につけているビキニアーマーである。
実用性皆無のファンタジー衣装を実際にこの目で見る機会があるとは思わなかった。
「動きやすい格好でと指示しておきましたので。もちろん彼女たちが自主的に選んだものですのでお気になさらずに指導をお願い致します」
「いやいやいや、なんで訓練でそんな格好させてんですか! めっちゃ恥ずかしがってんじゃないですか!」
思わずガン見してしまったが、見たところ10代後半から20代前半の女性たちである。全身を羞恥で紅潮させながらモジモジしている。
胸元や股間を恥ずかしげに手で隠すその仕草は、とにかくエロい!
ご馳走さ…いやいや、そうじゃなくて、これでどうやって訓練しろと?!
それに王宮詰めの女性騎士といえば、武系の貴族家の令嬢たちのはず。
こんなこと知られたら絶対マズイよね?
「ユーヤ様が指導されると聞いて、是非ともと希望した騎士たちですのでご安心を。なんでしたらお持ち帰りもOKです。自動的に私(わたくし)もセットとなりますが」
いかん、エリスさんの目がマジだ。
「まぁ、そんな些事は置いておくとして、指導は真剣にお願い致しますね」
「できるかぁ~~~!!」
踵を返そうとしたら、あれ? 扉が閉まってるんですけど?
え? 何故に俺を包囲するような位置取りを?
……俺、ヤバくね?
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