第112話 勇者の海難救助大作戦 Ⅲ
横浜に到着した。
仙波さんの所属する第三管区海上保安本部らしい、けど、てっきり海上保安本部っていうから海に面した警察署みたいなものを想像してたけど、見た感じお役所みたいなビルだった。実際、法務局とか労働基準監督署とかも入ってるみたいだし。
確かに海には近いが接してるわけじゃないし。
と思ったらビルを通り過ぎてさらに進み、水路のようになっている海辺の船着き場のようなところに車を停める。
「ここだ」
仙波さんがそう言って車を降り、俺たちも後に続く。明智警視は降りないらしい。
俺の格好?
ああそうだよ、厨二心を刺激しまくるクロノスバージョンのヒーロースーツだよ! ちくしょうめぇ!!
ついていった先に白い船が見える。
海上保安庁の巡視船らしい。間近で見るのは初めてだけど、結構でかいな。
「現場海域にはこの船で行ってもらう」
「巡視船で、ですか? でもそれじゃ結構時間がかかるんじゃ」
房総の沖合650キロとか言ってたよな?
「今日の海の状態なら急げば40ノットくらいだから、約9時間だな。できればヘリを出したかったんだが……」
どうやら仙波さんの権限じゃ難しいらしい。
けど、俺のところに来た時点で時間的に余裕がないとか言ってたからな。
何より、俺には明日も午前中から講義があるんだよな。1ヶ月もサボり気味だったから単位に余裕がないんだよ。
というわけで、どうせある程度は能力もバレてるんだし、好きにやらしてもらうことにしよう。
こちら(主に仙波さんの姿)を見て近寄ってきた海上保安官(でいいのか?)が俺とレイリアの格好を見てギョッとしてるのを見なかったことにして仙波さんに話しかける。
「速いほうがいいんでしょ? なら俺たちは自分で行くことにする。現場の詳しい位置、というか正確な方角を教えてほしい。それから現地への連絡も」
「は? じ、自分でって、どうやって行くつもりだ?」
「飛んで」
「とっ?! ……い、いや、今更か。わかった、GPS端末を渡す。座標はそこに入力しておこう。連絡は向こうに入れておくから、着いたらまず巡視船に行ってくれ」
色々と常識が壊れたらしい仙波さんは頭を振りつつ諦めたように言う。
そうそう人間諦めが肝心なのよ。俺みたいに。
仙波さんの指示を受けた海上保安官が持ってきた携帯GPS端末の使い方を聞き、座標を確認する。
何せ現地は海の真っ直中なので目印なんてものはない。まだあと2時間近くは明るいが暗くなってしまったら船を見つけるのも一苦労だからな。
一通り現地での対応に関して打ち合わせ、ようやく出発となる。
「それじゃ、行ってきます」
それだけ言ってレイリアに目で合図すると、『飛行魔法』を発動する。
顎がカクンと落ちた仙波さんと海上保安官さんを尻目に10メートルほどの高さまで浮かび上がるとGPS端末の画面を確認。
表示された方角へ一気に飛ぶ、前に、認識阻害の魔法を忘れずに掛けておこう。
これ以上余計な騒ぎを招きたくないからな。もう遅いとか言わないように。
高度を上げつつ飛び続け、陸地から充分に離れたところでレイリアに黒龍の姿になってもらう。
このまま魔法で飛び続けることもできなくはないが、飛行魔法は実はそれほど速くないし結構な魔力も使う。
現地に着いたら救出作業にさらに魔力が必要なことを考えるとちょっと現実的じゃないのだ。
というわけで、
「ふっふっふ、やはり主殿に一番力を貸せるのは我じゃな。任せよ。空で我に敵うものなどおらぬからな」
レイリアのハイテンションが不安をかき立てる。ちょっと早まった気がしないでもない。
とはいえ、余裕がないのも確かなので
「しっかり掴まっておれ!」
「ちょ、ま、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そうして飛び続けること凡そ1時間。
眼下に3隻の船が見える。
バカでっかいクレーンが付いているのが深海調査船の母船だろう。それからヘリポートがある大型船とそれより少し小さい船も見える。色も白いし、多分あれが海上保安庁の船だな。
なんとか日のあるうちに到着できたので紺碧の海と白い船のコントラストが眩しい。
もっとも、先程までは俺の視界にはお花畑が見えてたけどな。数年前に鬼籍に入った婆ちゃんとうっすらとしか覚えていない爺ちゃんが仲良くツイスト踊ってたよ。
勇者なのに情けないって?
想像してみ? 650キロ離れた場所まで1時間程度で着くってことは最高速度なんて音速に近いんだよ? んで、俺はキャノピー(風防)はおろかベルトすら付いていない龍の背中に自力でしがみついてたんだよ?
普通に死ぬわ!
もう息はできねぇわ、鱗掴んだ手以外は宙に浮いてるわ、なにやら気持ちよくなってくるわ、色々とヤバかった。
もう二度と御免被るよ。
とはいえ、急いだ甲斐があって日のあるうちに到着することができたのは幸いだった。といっても、そろそろ水平線に太陽が近づこうとしているけどな。
あんな無茶な速度で、途中方角の確認もしなかったのに一発で目的地につけたのは奇跡かそれともレイリアの凄さかはわからんが、褒めると調子に乗りそうなのでスルーしておこう。
船の上空でレイリアに元の人型(ヒーロースーツ・イリスver)に戻ってもらい、ヘリポートのある船まで降下する。
降り始めた段階で認識阻害は解除しておく。じゃないと気づいてもらえないし。
船の操舵室ではこちらに気がついたらしく指を指しながら別の人に何かを言っているのが見える。
できればこの服装に関して話していないことを祈るが、まぁ無駄だろうなぁ。
俺とレイリアがヘリポートに降り立つと、ほどなく数人の船員が走り寄ってきた。
「失礼ですが確認させていただきます。仙波三等海上保安監の要請で来られた方々で間違いありませんか?」
「そうです。緊急とのことでしたので船を使わずに来ました」
「了解しました。仙波より『クロノスと呼ぶように』と言われておりますがよろしいですか? それと、そちらの方は何とお呼びすれば」
「えっと、それは「それでよい。我のことはイリスと呼ぶがいい」あ~、はい」
なんか、もう、好きにしてくれ、はぁ……。
それからその船員さん(浜崎一等海上保安士とか名乗ってた)に付いていき船内へ。
促されるままに通路先の扉をくぐると会議室のような部屋だった。
正面に大きなモニターとその脇にホワイトボード、長机と椅子もある。
作戦会議とかミーティングとかをする場所みたいだ。
そしてそこには3人の人物が俺たちを待っていた。
「この巡視船の船長を務めている一等海上保安正、大原だ。話は聞いている。俄には信じがたいが上の判断だし、実際打つ手がない状況だ。期待させてもらおう」
言葉とはうらはらに胡散臭い人物を見る目でこちらをみている。
気持ちはわかるので別に腹も立たないな。
「状況は聞いていると思うが、現在無人潜水艇で周囲の土砂を取り除く作業を夜を徹して行なっている。ただ視界が悪くほとんど捗っていない状態だ。後数時間で潜水調査船のライフサポート時間を過ぎる。報告では酸素量はまだ多少の余裕はあるらしいが、現地の水温は凡そ摂氏2度。搭乗者の体力も心配だ」
大原さんがモニターに現場の写真を写しながら説明してくれる。
濁りがあるのかあまり鮮明な写真ではないが、潜水艇とその上に乗っている大きな岩盤は確認できる。
見える範囲では大きな破損はなさそうな感じだが、実際はどうなのかは映像だけではわからない。
「正確な位置は?」
「調査船、この船の北側のクレーンのついてる大型船の真下、4217メートル地点だ。クレーンからワイヤーが潜水船のすぐそばまで降ろされているからそれをたどれば間違わないだろう」
その後も周囲の地形や引き上げる際の注意点などの細かな内容を確認していく。
大原さんからは必要な物資の確認をされたので純酸素のボンベをお願いする。その辺は魔法でもなんとかすることもできるが、できるだけ余力を持っておきたい。
提供してくれた酸素ボンベは手持ちバッグのようなものに入っていて、酸素濃度の検知器と連動して一定以下の濃度になると自動的にボンベから酸素が出る仕組みらしい。便利なものがあるな。
なんでも、船が沈没した際などに船内の空気溜りに避難している要救助者が呼吸を確保できるようにと造られたらしい。もっとも実際にはそんな装備を届けるよりも救助するのが最優先なためほとんど使われることはないらしいが。そりゃそうだ。
そうしてすべての確認と準備を終えて、周囲が闇に覆われた巡視船の甲板に出た俺たちに大原さんが問いかける。
「それで? いったいどうやって潜水船を引き上げるのか聞かせてくれないか」
ごく当然の疑問。
俺はその言葉に頷くと、口で説明するのではなく実際に見せることにする。
騒ぎになるか? なるだろうなぁ……まぁ、でも、他に思いつかないし、警察と海保の中間管理職2人に頑張ってもらおう。
そう内心で言い訳しつつ、魔法陣を展開する。
「
『召喚魔法』
影狼、レイリア、タマに続く、第4の、そして最後の召喚獣。
ってか、4話で俺に召喚獣が4体いるって話したけど、覚えてる奴いるのか?
巡視船の右側の海面に巨大な、レイリアのそれよりも更にでかい魔法陣が広がる。
魔法陣の魔力光が消え(俺とレイリア以外には最初から見えていないけどな)て夜の真っ暗な周囲に巨大なシルエットが浮かび上がる。ついでに不規則な波が起こり船が揺れる。
「な、な、ななな、なんじゃこりゃ~~~!!」
松田優作化した大原さんと腰を抜かしたらしい保安官さんが見守る中、シルエットの主がこちらに首を向けて近寄ってくる。
「ギュルァァァ」
巡視船の船外照明に照らされたソレは巨大な頭とそれに見合う身体を持つだ。
古代の首長竜に近いシルエットだがヒレではなく水掻きのついた4本の足を持ち、トリケラトプスのような顔だ。
当然のことながら地球上にはこんな生き物は存在しない。
「キュルア!」
ズンッ!
俺に向かって頭突きをしてくる
「久しいのぅミズチよ。そなたの身体の大きさではそうそう呼ぶことはできなかったのじゃ。そう拗ねるでない」
レイリアがそう取りなすと渋々蛟は顔を離した。その際俺の頭を甘噛みしたんだが、喰われるかと思ったわ。
とにかく準備が整ったので改めて大原さんに向き直る。
「俺たちがこいつと潜水船まで潜り、岩盤を除去して引き上げます。…………どうかしました?」
そこには呆然とした大原さんと甲板の床に這いつくばって逃げようとしている保安官さん。……驚きすぎじゃね?
「えっと、とにかく行ってきます」
首振り人形みたいに不自然な上下運動で首を振る大原さんを残し、酸素ボンベが入ったバッグを手に取って、俺とレイリアは蛟の背に飛び乗る。
「レ、いや、イリス、遮断結界を頼む。最低でも地上の600倍くらいの圧力に耐えられる強度で」
「うむ。内圧は地上と同じで良いのじゃな? 任せよ」
うっかりレイリアと呼びかけて睨まれた俺は慌てて訂正しつつ、要望を伝える。
コレが今回レイリアを連れてきた理由だ。
俺も魔法の複数同時展開はできる。が、せいぜい同時に展開できる魔法は3つ。
今回最低限必要となるのは、深海の水圧に耐えられるだけの結界魔法、浮力に逆らい結界ごと潜水船まで沈むための重力魔法、真っ暗な深海で視界を確保するための光魔法の3つだ。
岩盤の除去自体は蛟にやってもらうつもりだが、そのほかの土砂は土魔法で除かなきゃならないし、場合によっては船体の保護もしなければならない。更に不測の事態に対応するためにも魔法に長けたレイリアの協力が必要なのだ。
特に結界魔法は常に強度を維持しなきゃならないから俺には難しい。
レイリアは俺たちをすっぽりと覆う真球状の結界を張る。見た目は無色透明だが、複層で結構な魔力をつぎ込んだ強力なもののようだ。
蛟には簡単な指示を出して一緒に潜ってもらうことにする。
結界が海面に接し、一切海水が入り込まないことを確認してから俺は重力魔法を展開する。
徐々に重力を増していき、海中に沈んでいく俺たち。
なんか、透明なボールに入って沈んでいくような変な感じ。
蛟の姿を見られるとパニックになりかねないので調査船には近づかず、その場で沈降する。ワイヤーのところに行くのはある程度潜ってからで良いだろう。
すでに日が沈んでいることもあり海中は真っ暗な闇の中だ。
結界の球の少し先に魔法で光を点す。
30メートルほど潜ってから調査船の方角に移動するとすぐにワイヤーは見つかった。
後はこれをたどって潜ればいいだけだな。
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