第111話 勇者の海難救助大作戦 Ⅱ
「シージャック事件を解決した“クロノス”ならなんとかできるかもしれないと思ってね」
仙波と名乗った男の一言に背筋に冷たいものが流れる。
「……そのクロノスってのと俺になんの繋がりが? 申し訳ないですけど、俺にそんな知り合いいないですよ」
かろうじてそう返すのが精一杯。
っつーか、なんでバレたんだ?
「……なるほど、間違いなさそうだ。シージャック事件、5月に起きたトンネル崩落事故、いや、昨年の美術館占拠事件もだな。様々な状況証拠で君が“クロノス”であることは予想していたが、今の反応で確信したよ」
明智警視が俺を強い視線で見る。ってか睨んでる。
眼鏡の奥の理知的な目が、まさに犯罪者を追い詰める探偵のようだ。
本当に江戸川先生の創作キャラじゃないだろうな、この人。それか呪われた高校生探偵の知り合いとか。
そしてそんな目を向けられてるのが自分とかじゃなきゃワクテカな光景なんだが。
というか、カマ掛けられてまんまと引っかかったのか俺。
「仮に俺がそのクロノスだとして、何か警察のお世話になるようなことってありましたか?」
特に犯罪を起こした認識はないんだけど。
「昨年の美術館占拠事件の時、チケット代を払わず館内に侵入したね」
「ごめんなさい」
それかよ。いや、確かに払ってないな。完全に忘れてたよ。
「……刑法上の緊急避難は違法性が阻却されるから犯罪ではないがね」
そうなの? そういえばそんなことを聞いた覚えがある。……またカマ掛けに引っかかった。アホな俺。
「……で? 俺をどうするつもりです?」
「正直に言って、放置するには不安がある。君自身も君の周りの人も、ね」
「あ゛?」
思わず声と視線に険が交じる。あと、ついでにちょっと魔力も漏れた。
「「!!」」
俺の気配の変化を察したらしい2人が腰を浮かす。
「ま、待ってほしい。我々は君に対してどうこうする意思はない。ただ力を借りたいだけだ」
そこまで言って、仙波って人が両手をテーブルに着いて頭を下げる。
「主殿、どうした?」
「ユーヤさん」
「ゆ、裕哉?」
そこに扉をぶち破らんばかりに突入してくる待機してたはずの3人娘。
あ~、いつものことながら、なんだ? このグダグダ感。
「と、とにかく、話は伺います。ただ、協力できるかどうかは聞いてからということで」
「それで構わない。この話を受けても受けなくても君たちが不利益を被ることはないと約束する。明智もそれで良いな? お嬢さんたちも不都合がなければ一緒に聞いてくれて構わない」
仙波さんが俺の目を見て言った後に明智警視に念を押す。
明智警視はなにか言いたそうな顔をしていたが大きく息を吐いて頷いて同意した。
改めて2人を見る。
さっきも言ったが明智警視は眼鏡のインテリキャリアって感じそのままで、真面目そうだがその分融通は利かないような感じだ。
対して仙波さんは身長は明智警視と同じくらいだが横幅がありガッシリとした体型、それに親分肌的な雰囲気を持っている。
対照的な2人だが見た感じ同年代に見える。それに管轄のまったく違う2人が一緒に来たということは、察するに俺に用があったのは仙波さんで、クロノスの正体にあたりをつけていた明智警視に頼んで俺の所在を尋ね、同行したということなんだろう。
仙波さんの言葉を聞いてティアがいそいそと奥側のデスクにあった椅子を俺の座っているソファの後ろに持ってきて座った。
そして俺の左側に茜、右側にレイリアが腰掛ける。……狭い。
「それで、俺に協力してもらいたいことって?」
そう切り出すと、仙波さんと明智警視が目配せを交わし頷くと、仙波さんが話し始めた。
「5日前、千葉県の房総半島の南東650キロ沖合の水深4200メートル地点で地震に伴う海底地質調査をしていた有人潜水調査船が岩盤の崩落事故に巻き込まれた。乗組員の無事は確認できたが調査船がほとんど埋まっている状態で救出作業が難航している。特に推定20トンの大きな岩が調査船の真上にあるらしく、どうにも手が出せない」
「その岩を引き上げたり砕いたりはできないんですか?」
素朴な疑問をぶつけてみる。
「無人潜水艇でいろいろと試してはいるが岩が大きすぎてどうにもできない。砕くのも、確かに水深数千メートルを掘削できる科学掘削船も存在するが調査船を避けて岩を砕けるほどの精密さはない。海上自衛隊に深海での作業をするための飽和潜水設備はあるが、実際に作業できるのはせいぜい水深500メートルまでだ。4200メートルの深さには全然足りない」
「…………」
「潜水艇のライフサポート時間は約130時間。事故発生からの時間を考えるとリミットがちかい状況だ。酸素は多少余裕があるらしいし、乗組員も経験豊富なベテランだからもうしばらくはなんとかなるだろうが、このままでは生還は絶望的だろう」
……想像以上に切迫しているらしい。
「正直、無茶苦茶なことを言っているのは承知している。だから君に対応するための手段が無かったとしても恨み言を言うつもりはないし、君が責任を感じる必要はない。だが、もし、なんらかの手段があるのなら力を貸してほしい」
考える。
手段があるかないか、それでいえば、ある。
が、俺1人では無理だ。
チラリと右側のレイリアを見る。俺の考えがわかるのか、それとも俺に任せるというのか、レイリアは目だけで笑うと小さく頷いてくれた。
左側の茜を見る。不安そうに俺を見つめている。安心させるようにそっと茜の手を握る。
ティアは、後ろにいるから見えません。
「確証はありません。けど、手段はあります」
「! 本当か?!」
「ただ、さすがに4200メートルの深海なんて経験が無いので上手くいく保証はありません。それと、受けるにしても条件があります」
人の命に条件なんざつけたくはないが、さすがに自分の人生すべてをなげうって人命救助に身を投じることができるほどの使命感は俺にはない。そんなことをできるような人間ならこちらの世界に帰ることなく今頃ウィステリアで復興に尽力しているだろう。
もちろんこの世界では並外れた力を持つ以上、自分の手の届く範囲でできるだけのことはしたいとは思うが、自分の人生を犠牲にするつもりはない。だからこそある程度の保険は必要なのだ。
「……聞こう」
明智警視が俺をジッと見据えながら応え、仙波さんも頷いた。
「まず、救出作業がもし失敗したとしても責任を負うことはできません。そもそも4200メートルの深海なんて俺にとっても初めての場所です。状況もはっきりわかりませんし、不確定要素が多すぎますから」
確か水深が10メートル深くなることに1気圧水圧が増すはずだから、単純計算で420気圧の圧力にさらされる場所での作業なんて想像すらしたことがない。
「当然だな。今回の件は責任はすべてこちらで取る。要救助者の生命も含め一切そちらに責任を問うことはしないと約束する」
これは予想していたのだろう、仙波さんが躊躇うことなく了承した。
「次に、現場の情報の提供と深海における知識のレクチャーが必要です。手段があるとはいっても実践したことはありませんから」
「それも承知している。現地には潜水調査船を収容する船舶と海保の巡視艇、支援船が救出作業にあたっていて、詳細なデータや海底地図も作成されている。そこで必要な情報は得られるはずだ」
ここまでは問題ない。
問題は次だ。
「最後に、俺の正体と能力に関しての情報の秘匿をお願いします。俺は特別世間を騒がせるつもりはありませんし、ごく普通の一般人としての生活を維持したいと思っています。騒がれるのも困るし、監視されるのも御免です。
なので、警察を含めた行政の関係者が俺や俺の周囲に干渉しないことと、俺の正体や能力を公表しないことを約束してください」
「それは……」
俺の言葉に2人は顔を見合わせて苦い表情をする。
「それは私たちの権限では約束できない。私たちはそれぞれ地方警察の一部署と海保の一部署の管理職に過ぎない。今回の件に限っては情報を漏らさないようにはするが、上司の指示によっては報告せざるを得ない」
まぁ、普通はそうだよね。
けどそれじゃ困るのよ。
「上と掛け合ってもらうしかありませんね。警察の一番上は内閣府でしたよね? 海上保安庁は……」
「国土交通省、だ」
「そうっすか、となると、内閣官房長官と国土交通大臣、それか、それぞれの次官が事務方のトップですよね? その2人の薔薇な写真がネットに拡散するとか、ね」
俺がそう言うと明智警視の目が鋭く睨みつけてくる。
「我々を脅迫する気か? しかも
あれ? どうしよう、通じてないわ。
「落ち着け明智! 薔薇ってのは、殺すって意味のバラじゃなくて、男性同士の性関係の隠語だ」
どうやら明智警視は見た目通りの堅物だったらしい。
薔薇、百合、チューリップ、仲間はずれはど~れだ、とか聞いてみようか。多分球根で育たないから薔薇だ、とか答えるだろう。
仙波さんのフォローに、勘違いした明智警視が誤魔化すように咳払いして言葉を重ねる。
「それでも脅迫には変わりないな。そもそもネットで拡散した時点ですぐに逮捕されるぞ」
「拡散したのが本人なら関係ないでしょ? それともそんなことはできっこないとか思います?」
「…………わかった。そちらの要望に最大限応えられるように全力を尽くそう」
「仙波?! ……ふぅ、わかった。だが、犯罪行為に関しては一切見逃すつもりはないぞ」
熟考の末に仙波さんが答えると、一瞬驚いた表情をした明智警視も渋々同意しつつ釘を刺してきた。
でも、それは構わない。というか、そもそも別に犯罪に手を染める気は最初から無いってば。少なくとも凶悪犯罪は。
それからすぐに明智警視の乗ってきた車に乗り込み、まずは仙波さんの拠点、横浜にある第三管区海上保安本部に向けて出発した。
乗っているのは明智警視と仙波さん、俺、それにレイリアだ。
茜とティアは帰ってもらった。今回2人にできることはほとんど無いからな。
明智警視の私物らしいミニバンタイプの乗用車。黒のアルファードって、良い車乗ってんなぁ。
その3列シートの一番後ろに俺とレイリアが座り、真ん中の列に仙波さん、運転が明智警視だ。なにげに俺たちを逃がさないようにしていると感じるのは被害妄想だろうか?
移動している間に詳しい事故の状況を説明してもらう。
潜水調査船にはパイロット2名と地質学者1名が搭乗していて、地震に関する地質調査を日本海溝で行なっていたらしい。以前東北沖で発生した震災や俺達も関わることになった長野県内の地震など、地震大国日本では日常的に様々な場所で地質調査が行われていて、今回もその一環だったらしい。
ただ、今回運の悪いことに海底にあった大きな裂け目の内部を調査している最中に小規模な地震が発生し、その影響で裂け目の上部の岩盤が崩落。それに巻き込まれたということだった。
幸い、推定20トンの岩とはいえ、水中で水の抵抗と浮力が働いたことで抵抗もほとんど無く離れるほどに加速がつく地上での崩落とは異なり潜水艇自体の損傷はそれほど致命的ではなかった。直撃したわけではないらしいし。
特に乗組員を守る耐圧殻は700気圧の圧力にも耐えられるように相当頑丈に造られているらしく、生命維持に必要な電力も無事だそうだ。
問題は潜水調査船を覆うようにのしかかっている岩のせいで調査船が自力で脱出するのは不可能なこと。それと、無人、有人を問わず現存している潜水艇ではその岩を除くことができないこと。さらに430気圧もの水圧がかかる環境で船体に影響を及ぼさないほど精密に水中爆薬を設置できる方法が無いということらしい。
「トンネル崩落事故の報告書は私も読んでいてね。土砂を生き物のように操って移動させたとか、数百キロの瓦礫や自動車を持ち上げたり、理屈はわからないがトンネルの崩落を防いだとか、瀕死の重傷者を一瞬で治したとか、信じられない内容ばかりだったがな。だが、今回の事故は普通の人間の力が及ばない場所だ。だから、たとえ眉唾物の話だろうが縋るしかなかった」
シートの隙間から見えた仙波さんの手は硬く握られ、胸の内を吐露している。
「ひょっとして独断なんですか?」
「アドバイザー程度ならともかく、よほどの事情がなきゃ民間人に協力要請はできないからな。しかも友人とはいえ警察官に海保が頼るなんざバレたら始末書だな」
「おかげでこっちまで巻き込まれていい迷惑だ。同じように捜査権を持つ公務員とはいえ、捜査情報の漏洩となれば、戒告処分で済めばいいがな」
おどけたように肩をすくめる仙波さんに対し、明智警視はムスッとした表情で言う。
俺たちにしてみれば警察も海上保安庁も同じようなものだけど、色々とあるらしい。
「捜査情報っていっても別に被疑者ってわけじゃねぇだろ? まぁ、公安あたりは動いてるだろうが」
うわぁ、めんどくせぇ……。
「まぁ、それはこっちのこととして、とにかくできる範囲で良い。なんとか頼む」
「うむ。断言はできぬが、まぁ、我らに任せよ。お主らの覚悟は無駄にならぬじゃろう」
「はは、美人にそう言われりゃ信じるさ。って、コレってセクハラか?」
笑って言った後に焦って視線をさまよわせる仙波三等海上保安監殿。
最近は迂闊に女性を褒めることもできないらしい。
……俺も気をつけよ。
「それはそうと、着替えはどうするんだ? 例の、あのスーツに着替えるんだろ? 必要な荷物は無いとか言ってたからここまで来たが、まだ都内だし戻ろうと思えば戻れるが」
「は? いや、とりあえず顔が隠れれば良いから帽子とサングラス、マスクで済まそうと思ってますけど」
トンネル事故の時に二度とあのヒーロースーツは着ないと誓ったんだよ。
何が悲しくて黒歴史を量産せにゃならんのだ?
「いやいや、それはダメだろう! どこまで通じるかはともかく、当面我々は君たちの正体は知らないことにしたほうが都合が良いんだよ。君の情報を秘匿するにも準備が必要だし、幸い明智が調べた内容もまだ上に報告していないから警察も海保もまだ“クロノス”の正体に気付いていないはずだ。公安がどこまで調べているかはわからないが、隠しておくに越したことはないだろう。
支援船に合流するにも得体の知れない男女が行くよりも正体はわからないまでもシージャック事件やトンネル崩落事故で活躍した“クロノス”が行ったほうがスムーズに話が進むはずだ」
マジ?
え? またあの格好するの?
「ふむ。我も異存はないぞ。やはり人を救う場にはそれに相応しい装いも必要じゃ」
いや、服装なんてどうでもいいじゃん!
なんか、急にモチベーションが急降下したんですけど?
「いまさら断るとか言うなよ。万一、君が約束を果たさないなら我々も協力はできないぞ」
明智警視がトドメを刺す。
あれ? もしかして、俺、詰んでる?
「……………………着替えます」
「そうか! あのスーツは持ってきてるのか?」
苦虫を数百匹まとめてかみつぶしたような気持ちで苦渋の決断をした俺を、休ませることなく仙波さんがたたみかける。
俺はそれに答えることなく、アイテムボックスから転移の宝玉を取り出した。
すかさず俺の腕を掴んだレイリアとともに、異世界に転移した。
再び
そして、再び黒歴史を刻むために。
…………帰っていいか?
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