第110話 勇者の海難救助大作戦 Ⅰ
今日の俺はツーリングサークルの部室でまったりタイムだ。
何せ約1ヶ月に渡って御堂さんの護衛任務でほとんど大学に来られなかったのだ。
一応最低限出なきゃいけない講義は受けることができたものの、サークル活動は実質何もしていない。
神崎会長から引き継いだのにどうしようもない新会長である。
幸い、段取りにうるさい山崎や全般的に能力が高い後輩の久保さんがいるので新入生の面倒やサークル活動自体はなんとかなったようだし、準備が佳境を迎えている夏合宿は経験が豊富で暇を持て余している先輩、法科大学院に進学予定の我が大学随一のチャラ男、キングオブへタレ、ミスターチキン、五所川原章雄先輩がいる。
進捗状況は適宜教えてくれているのでほぼ問題はない。
なので、こうして俺がまったりとコーヒーを飲んでいる余裕があったりするのだ。
「いやいやいやいや、そんな一仕事終えた、みたいな顔でまったりする余裕ないからね? 肝心のルートの決定と宿泊施設の予約が全部終わってないから!」
章雄先輩が俺をジト目で睨む。
ちなみに今現在、部室には相川、小林さん、久保さんと1年生部員の内バイクを持っていない3人が一緒にバイク屋まで行っているが、それ以外のメンバーは全員揃っている。茜はもちろん、レイリアとティアも一緒だ。
それはともかく、確かに今回の合宿は今までで最大規模の参加人数なので宿泊施設の確保がもっとも大変なのだ。
1年生が6人、2年生が4人、俺を含めた3年生が5人、更にレイリアとティアの2人に加えて『準備手伝わせたんだから参加しても良いでしょ? 良いよね? ね! お願い! 仲間に入れて~!!』とごねまくった章雄先輩の総勢18人である。
去年は12人だったことを考えると大幅増員だ。
当然、宿泊施設の確保は難題なので、大まかな候補地を選定してから宿泊施設を総当たりして予約を入れている。
メンバーの多くは合宿費用を現在頑張って稼いでいる最中なので、予約金を求められた宿泊施設へは俺が立て替えて支払っている状況だ。
それもあって俺の不在という身勝手を容認してくれているのもあるんだけどな。
そして、そんなみんなの協力があって完遂できた仕事なので、前回の護衛で得た収入はサークルに還元するつもりだ。
どう還元するかはまだ秘密だけどな。
話が逸れたが、さすがにこの人数だと宿泊施設の選定は前述の通り困難を極める。
基本的に俺たちのような国立大学の学生なんて貧乏なヤツが多い。しかもバイクなんて趣味を持っていれば尚更だし、特に新一年生は自分のバイクも買わなきゃいけないのが半数を占めている状況なのだ。
そして今年の夏合宿は北海道! である。
サークルメンバーの投票によって決まったのだが、毎年候補には挙がるものの費用がネックになって実現していなかった。ところがどういう訳か今年は賛同者が多くて決まってしまった。
もっとも、決まった後に予想費用を見て青くなってるヤツがいたので、人の話を聞いていない&そもそも深く考えないヤツが数人いたらしい。今から先行きが不安でしょうがない。
合宿で嵩む費用といえば移動費と宿泊費だ。例年なら移動費用はツーリングを兼ねているので燃料代だけだが、今回は目的地に着いてからがツーリングスタートで、そこまではフェリーでの移動となる。
茨城県の大洗から苫小牧まで割引を使ってもバイクの料金を含めて片道22,000~26,000円くらいかかる。
昨年は10日間だった合宿日程を8日間に短縮しても費用的には大幅に多くなってしまうのだ。
そうなると宿泊費用はできるだけ抑えなきゃならないのだが、昨年よりも人数が増えた分、宿泊施設の確保が難しくなってしまった。
第1候補としてユースホステルを優先的にあたったのだが、北海道はユースホステル自体は多いものの、規模が小さいところが多いので全ての日程で確保するのは無理だ。
ちなみにユースホステルってのはドイツ生まれの宿泊施設ネットワークで、当初は名前の通り若年者が、今では誰でもが軽い負担で安全に宿泊できるようにとの理念で運営されているらしい。基本的に男女別の相部屋で宿泊者同士の交流も目的のひとつとされている。
日本国内では財団法人日本ユースホステル協会が統括しているが、基本的に宿泊施設ごとの独立した運営で、1泊2,500~3,500円ぐらいで誰でも泊まることができる。非会員だと600円の追加料金がかかるが。
費用だけを考えるならライダーハウスっていう手もある、のだけど、施設ごとの当たり外れが大きすぎて、少なくとも女の子が含まれたメンバーでは使えない。
男女別にすらなってないところも多いし、管理者が適当だと貸し出した布団がカビだらけでとても寝られないなんてこともザラだ。第一、安全面でも不安だから初めていく場所では選択肢に入らないな。
結局暫定的にルートを決めて、その周辺、特に夏場はあまり混雑しないであろうスキー場近くとかの民宿や旅館、古めのホテルなんかを押さえていたはずなのだが。
「4日目が全滅、ルートを少し変えても駄目そうなんだよ。あと、6日目は逆に南回りと東回りの両方で宿が確保できたからどちらかを決めないと」
章雄先輩が難しい顔で言う。
「ちょっと待った。4日目って、確か戸塚が『稚内で親戚がペンションやってるんで、九分九厘大丈夫です』とか言ってなかったか?」
俺はすぐ側の机で観光ガイドブックを睨んで頭を抱えていた戸塚を見る。
「い、いや~、その、残りの9割1厘にあたっちゃって、い、イタタタタタァ! あ、アニキ、て、てっぺんの毛がヤバイです! ハゲちゃいます! あ、足が浮いたぁ、浮いてますってぇ!! でも、これはこれで、ふぎゃぁ!」
「九分九厘ってのは慣用句だろうが! 確率のことじゃねぇ!!」
バカじゃねぇのかコイツは。
そもそもが確認も取らずに安請け合いしたコイツに任せて放置してた俺の責任でもあるんだが。さて、困ったな。
「あ、あのさ、裕兄、キャンプ場とかどうかな? コテージとかバンガローがある所も結構あるし、もしそういうのが取れたら女の子たちに優先して割り振って、あぶれた男性陣がテントとか使えば」
信士がおずおずと手をあげて提案する。
前向きな意見は大歓迎だ。
それにしても、キャンプ場か。
「採用! 山崎!」
「今検索してる! ……お、ここなんかどうだ? 風呂とかは無いけど6人泊まれるコテージがひとつ空いてるし、テントエリアの利用料は一張500円プラス1人100円。近場に日帰り温泉もあるって。ルートもほとんど変更しないでいけそうだ」
「おし! 押さえろ! 信士でかした!!」
「う、うん、あ、でもテントとか寝袋とかはどうしよう」
「それならアテがあるから、俺のほうで確保しておく。山崎、テントとかのキャンプ用品を前日までに届くように配送したいから先方に確認しておいてくれ」
信士の提案聞くまですっかり忘れてたが、バイク屋の親父さんが主催するツーリングイベントでキャンプとかもしていて、そのための貸出用テントとか寝袋なんかのキャンプ用品をいくつか持っていたはずだ。
帰りにでも寄って交渉してみよう。最悪借りられなければ俺の方で購入しても良い。使い道は色々あるし。
「6日目のルートはどうするの?」
「そっちは宿取れてるんだろ? 多少の時間的余裕はあるから道の駅とかの食い物とかで決を採ったらどうだ?」
茜の質問にちょっと考えて答える。やっぱり北海道と言えば美味い食い物だろ? より安く、より美味いものが食えるルートを選べば良いんじゃね?
まぁ、それぞれ好みとかもあるだろうから多数決で決めれば問題ないだろう。
1ヶ月前までならキャンセル料も取られないからまだ2週間以上ある。
さて、次にやらなきゃいけないことは、と考えたところでスマホが着信を告げた。
「はい、柏木です。あ、はい、学内の部室にいますけど。え? わかりました。行きます」
「裕哉? どうしたの?」
電話を切ると茜が聞いてきた。
「学生課の事務局から。なんか、俺に客が来てるんだと。ちょっと行ってくるわ」
心当たりはまったくないが、まぁ、行けばわかるだろ。
念のため荷物は持っていくことにする。
俺は章雄先輩達に事情を話し部室を出る。
何故か茜、レイリア、ティアも一緒についてくる。
「……部室に残っててくれても良いんだけど」
「ふむ。じゃが我らがいても手伝えることはあまりないしの」
「それにユーヤさんのお客さんは気になりますので」
「なによ、私たちに知られるとまずいことでもあるの?」
控えめに1人で行くことを告げたんだが、三者三様に拒否される。
先日の護衛最終日の出来事のせいで1人での行動に制限が設けられた。というか、風呂とトイレ以外常に誰かが一緒にいる。
自分の信用の無さに涙が出るんですけど。
そもそもアレは不可抗力だと思う。いきなりその、なんだ、御堂さんがあんなことをしてくるとは思わなかったから反応が遅れたんだよ。
「主殿の反応速度で躱せなかったとは思えぬの」
「されてからも抵抗しなかったです」
「ギルティ」
驚きすぎて固まってただけだってば。
はぁ、どうしてこうなった。
肩を落としつつも歩けば目的地には到着するものだ。
事務局の窓口に用件を伝えると、男性の事務員が部屋から出てきて先導するのについていく。
チラチラとこちらを見る目がかなりきつい。舌打ちまで聞こえてきそうだ。
事務所棟の奥側にある応接室の前で事務員が止まる。
手で『ココだ』と示してすぐに元の通路を戻ってしまう。
うぉ?! すれ違い様にホントに舌打ちしていきやがったよ!
俺だって好きこのんでこんな場所まで女の子連れ歩いてんじゃないよ。
理不尽だ。
とはいえ、嘆いたところで何かが変わるわけでもない。
今は目の前のことを済ませよう。
俺は溜め息をつきつつ、扉をノックし、返事を待ってから「失礼します」といって扉を開ける。
中で待っていたのは40代くらいの男性2人だった。どちらも見覚えがない。
ってか、誰?
俺が開け放った扉の隙間から茜とティアがヒョイと覗き込んでいたからあらぬ疑いを受ける恐れは無かろう。
「そ、それじゃそこで待ってるから」
待ってるのかよ。微妙に落ち着かないな。
とはいえ、初対面の年配者がなんの用かは知らないが訪ねてきて、落ち着けるかというと無理だけど。
まぁなんにしても話をしてみないことには始まらない。
荷物を茜に預かってもらい、部屋に足を踏み入れてお客さんの前まで行き、挨拶する。
男たちも立ち上がって出迎えてくれた。
「柏木裕哉です。えっと、お、いや、私に御用だとか?」
「急な訪問で驚かせてしまったかな? 忙しいところ申し訳ない」
そういって2人は名刺を差し出した。
受け取る。
えっと、名刺は両手で受け取る、で良いんだよな? ん? 2枚目を受け取るときはどうするんだ?
最近受けた就職セミナーで教わったことを思い出しながらギクシャクしつつなんとかクリア。
促されてソファに腰を静める。
そして、改めて名刺の内容を見る。
『警視庁組織犯罪対策部第2課 課長 警視 明智 吾朗』
『第3管区海上保安本部警備救難部 次長 三等海上保安監 仙波 勇太郎』
…………何コレ?
普通のお巡りさんなら、まだわかる。わかりたくはないが、でも何かの事情聴取とか、つい先日のストーカー逮捕とかの件もあるし。
けど、どう見ても警察とか海保とかのお偉いさんの肩書きだよね?
それに警視庁はともかく、海上保安本部? え?
ここ海無しの埼玉県だよ? それに警視庁だって管轄外でしょ?
思わず2人を見返す。2人とも穏やかそうな笑顔で俺を見ているが、目の奥が笑ってないような気がする。
「えっと、それで、お、じゃなくて、私に何か?」
「ああ、まぁそう警戒しないでほしい。別に君を逮捕しようとか取り調べようとかの話じゃないんですよ。それと、言葉も無理に改まる必要はないですから」
向かって左側の男性が落ち着いた声で言う。
眼鏡を掛けたいかにも仕事ができそうな雰囲気の人だ。
警視ってことは多分いわゆるキャリア組ってヤツなのかな?
「そうなんですか? えっと、
「あきとも、です! あ・き・と・も!」
おおぅ、すっごい食い気味で訂正された。過去に何か、あったんだろうなぁ。
「今日伺ったのは、私の、第3管区海上保安本部の抱えている案件に対して、協力を要請、力を貸してもらいたいからだ」
「協力、ですか? でも俺は民間人ですよ?」
俺の言葉に、向かって右側の男性、
「民間人に協力を要請することはそれほど珍しくない。特に海保では職員よりも地元の漁師の方が様々な知識が上のことも少なくないし、特殊な技能や専門知識を民間に頼ることも多い。警察もそうだがね」
「いや、だからって、俺は単なる大学生ですよ。協力と言われても、できることなんて」
「今回の件は通常の民間人にも我々海上保安官にも対処できない事案でね。だが、君なら、シージャック事件を解決した“クロノス”ならなんとかできるかもしれないと思ってね」
…………バレてる?
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